ジャンブールは器から拭き取った黒い粉を見せる。
「これに見覚えはないかい?」
「……」
「イントールの部屋にあったんじゃないかな?」
「あぁ。薬包の中にあったと思うが」
ジャンブールが大きく息をつく。
「やはりか。君は、それをイントールの天幕で飲まされはしなかったかい?」
(あの黒い粉を?)
セオラはかぶりを振る。途端、頭を揺らしたため眩暈を起こした。
「うっ……」
「あ、あぁ、ごめんよ」
ジャンブールは慌てて粉のついた布を遠ざける。
「まだ目覚めたばかりだったね、急に色々聞いて悪かった」
「……」
セオラは再び眠気に襲われる。目を閉じたセオラの側に跪き、ジャンブールは再び彼女の手を両手で包み込む。
「……怖かったよ。君を失うかもしれないと思って、ずっと気が気じゃなかった」
「……」
「もしも神が、君を救う代わりに僕へ火に飛び込めと言ったら、迷わず飛び込んだよ。そんなことで君を救えるなら、お安い御用だと思った」
「……ふっ」
目を閉じたままのセオラが微かに笑った。
「まるでお前は、本当に私のことが好きなようだ」
「好きだよ」
間髪を入れず、ジャンブールは答える。セオラは瞼を開きジャンブールを見た。霞がかったようなその双眸を、ジャンブールはまっすぐに見返す。
「僕はセオラが好きだよ。初めてゴラウンの森で出会った時から、心惹かれていた。君に関する素晴らしい噂を耳にしてはいたけど、本物をこの目でどうしても確かめたくて、あの日ゴラウンの森へ行ったんだ。一瞬で魅了されたよ。見た目も姿勢も、その眼差しも。腕の立つ様子も度胸も、聡明さも。……どうしても君が欲しくなった。そして、このサンサルロの地で共に過ごすうちに、ますます君のことが好きになっていったんだ。人生を共に歩んでいく心強い友として、そして一生の愛を捧げる相手として。僕には君しかいないと思ったし、今も思っている」
ジャンブールは睫毛を伏せ、セオラの指先にくちづけを落す。
「僕の置かれている状況に対して、君の能力や立場はとても都合がいい、それは確かだ。だけとそれだけじゃない。君という人間が、僕には必要なんだ。だから何度も伝えたじゃないか。全ての問題が解決しても、僕の第一妃でいてほしいって。だって僕は……」
そこまで言ってジャンブールは目を上げる。
「……セオラ?」
そこにはジャンブールに手を取られたまま、規則正しい寝息をたてるセオラの姿があった。
「……。寝てる? えっ、いつから?」
ジャンブールの問いに、セオラは微動だにしない。ただただ気持ち良さげな呼吸を繰り返していた。
「一世一代の告白だったのにな」
ジャンブールは苦笑し、そっと手を離して立ち上がる。
「今はただ、この世に踏みとどまってくれてよかったよ。本当に良かった……」
医者による適切な処置のおかげで、セオラの体は夕方には話せるほどに回復した。時おりジャンブールによって飲まされた、自作の白梅の飲料もまた、いくばくかの効果があったのかもしれない。
起き上がれるようになったセオラへ、ジャンブールは改めて問う。
「この黒い粉を、君はイントールの天幕で見たよね」
「あ、あぁ……」
イントールが強壮剤と言っていたのを思い出す。これは本の間に挟まっていた最後の一包であると。そしてこれを男に使う際は、あの艶めかしい絵を枕元に飾ることで、夫婦円満の効果を得られると。
(どうしよう、ジャンブールに追及されたら)
酷く恥じ入っていたイントールの姿を思い出す。ジャンブールには秘密にしてほしいと。
だが、ジャンブールの口から発せられたのは意外な言葉だった。
「本当にこれを、イントールの天幕で飲まされてないんだね?」
「ない」
セオラは即答する。全く身に覚えがなかった。
「例えば、食べ物や飲み物に混ぜられた可能性は?」
「彼女の天幕で口にしたのは、馬乳酒だけだ。そんな黒いものが混ぜられていれば、一目でわかる」
「……、そうか」
あごに手をやり、ジャンブールは考え込む。
「イントールがセオラにこれを確実に飲ませたのはつい昨日のこと。それに対し、セオラが苦しみ始めたのは数日前の夜中だった。……時間が合わないか。むしろ、これを飲まされた後、急激に持ち直している。それに報告のあった症状とも合致しない。とすると……」
「ジャンブール、さっきから何をぶつぶつ言っている?」
「セオラ、今後はこの黒い粉末に気を付けてほしいんだ。先王の死に関わっている可能性のあるものだ」
セオラはぎょっとなる。
「えっ、それは強壮ざ……」
口を突いて出てしまった言葉を、慌てて抑え込む。しかしジャンブールは静かにうなずいた。そして立ち上がると、セオラの物入れへと足を進める。
「これ、借りるよ」
ジャンブールは、セオラが妹からもらった本を取り出し、ページを開く。そこには以前ちらりと見た尾の太いトカゲのようなものが載っていた。
「ウランスールイモリ? これがどうかしたか?」
セオラの問いに、ジャンブールは武骨な指で説明文をゆっくりと辿る。セオラはそれを目で追った。
「えぇと、干して焼いたものを粉末にして使う。強壮剤。媚薬効果もある。しかし常用すると……」
そこでセオラは目を見開く。
「不調を引き起こし、最悪死を迎える!?」
「これに見覚えはないかい?」
「……」
「イントールの部屋にあったんじゃないかな?」
「あぁ。薬包の中にあったと思うが」
ジャンブールが大きく息をつく。
「やはりか。君は、それをイントールの天幕で飲まされはしなかったかい?」
(あの黒い粉を?)
セオラはかぶりを振る。途端、頭を揺らしたため眩暈を起こした。
「うっ……」
「あ、あぁ、ごめんよ」
ジャンブールは慌てて粉のついた布を遠ざける。
「まだ目覚めたばかりだったね、急に色々聞いて悪かった」
「……」
セオラは再び眠気に襲われる。目を閉じたセオラの側に跪き、ジャンブールは再び彼女の手を両手で包み込む。
「……怖かったよ。君を失うかもしれないと思って、ずっと気が気じゃなかった」
「……」
「もしも神が、君を救う代わりに僕へ火に飛び込めと言ったら、迷わず飛び込んだよ。そんなことで君を救えるなら、お安い御用だと思った」
「……ふっ」
目を閉じたままのセオラが微かに笑った。
「まるでお前は、本当に私のことが好きなようだ」
「好きだよ」
間髪を入れず、ジャンブールは答える。セオラは瞼を開きジャンブールを見た。霞がかったようなその双眸を、ジャンブールはまっすぐに見返す。
「僕はセオラが好きだよ。初めてゴラウンの森で出会った時から、心惹かれていた。君に関する素晴らしい噂を耳にしてはいたけど、本物をこの目でどうしても確かめたくて、あの日ゴラウンの森へ行ったんだ。一瞬で魅了されたよ。見た目も姿勢も、その眼差しも。腕の立つ様子も度胸も、聡明さも。……どうしても君が欲しくなった。そして、このサンサルロの地で共に過ごすうちに、ますます君のことが好きになっていったんだ。人生を共に歩んでいく心強い友として、そして一生の愛を捧げる相手として。僕には君しかいないと思ったし、今も思っている」
ジャンブールは睫毛を伏せ、セオラの指先にくちづけを落す。
「僕の置かれている状況に対して、君の能力や立場はとても都合がいい、それは確かだ。だけとそれだけじゃない。君という人間が、僕には必要なんだ。だから何度も伝えたじゃないか。全ての問題が解決しても、僕の第一妃でいてほしいって。だって僕は……」
そこまで言ってジャンブールは目を上げる。
「……セオラ?」
そこにはジャンブールに手を取られたまま、規則正しい寝息をたてるセオラの姿があった。
「……。寝てる? えっ、いつから?」
ジャンブールの問いに、セオラは微動だにしない。ただただ気持ち良さげな呼吸を繰り返していた。
「一世一代の告白だったのにな」
ジャンブールは苦笑し、そっと手を離して立ち上がる。
「今はただ、この世に踏みとどまってくれてよかったよ。本当に良かった……」
医者による適切な処置のおかげで、セオラの体は夕方には話せるほどに回復した。時おりジャンブールによって飲まされた、自作の白梅の飲料もまた、いくばくかの効果があったのかもしれない。
起き上がれるようになったセオラへ、ジャンブールは改めて問う。
「この黒い粉を、君はイントールの天幕で見たよね」
「あ、あぁ……」
イントールが強壮剤と言っていたのを思い出す。これは本の間に挟まっていた最後の一包であると。そしてこれを男に使う際は、あの艶めかしい絵を枕元に飾ることで、夫婦円満の効果を得られると。
(どうしよう、ジャンブールに追及されたら)
酷く恥じ入っていたイントールの姿を思い出す。ジャンブールには秘密にしてほしいと。
だが、ジャンブールの口から発せられたのは意外な言葉だった。
「本当にこれを、イントールの天幕で飲まされてないんだね?」
「ない」
セオラは即答する。全く身に覚えがなかった。
「例えば、食べ物や飲み物に混ぜられた可能性は?」
「彼女の天幕で口にしたのは、馬乳酒だけだ。そんな黒いものが混ぜられていれば、一目でわかる」
「……、そうか」
あごに手をやり、ジャンブールは考え込む。
「イントールがセオラにこれを確実に飲ませたのはつい昨日のこと。それに対し、セオラが苦しみ始めたのは数日前の夜中だった。……時間が合わないか。むしろ、これを飲まされた後、急激に持ち直している。それに報告のあった症状とも合致しない。とすると……」
「ジャンブール、さっきから何をぶつぶつ言っている?」
「セオラ、今後はこの黒い粉末に気を付けてほしいんだ。先王の死に関わっている可能性のあるものだ」
セオラはぎょっとなる。
「えっ、それは強壮ざ……」
口を突いて出てしまった言葉を、慌てて抑え込む。しかしジャンブールは静かにうなずいた。そして立ち上がると、セオラの物入れへと足を進める。
「これ、借りるよ」
ジャンブールは、セオラが妹からもらった本を取り出し、ページを開く。そこには以前ちらりと見た尾の太いトカゲのようなものが載っていた。
「ウランスールイモリ? これがどうかしたか?」
セオラの問いに、ジャンブールは武骨な指で説明文をゆっくりと辿る。セオラはそれを目で追った。
「えぇと、干して焼いたものを粉末にして使う。強壮剤。媚薬効果もある。しかし常用すると……」
そこでセオラは目を見開く。
「不調を引き起こし、最悪死を迎える!?」



