オドンチメグはイントールが台の上に並べた魔除けの類に目をやり、困ったように笑う。
「そんなに色んな神様並べてお願いしたら、ケンカしちゃうんじゃないかい?」
「だって、どの神様でもいいんだもの。セオラ姉さまを助けてくれるなら。あぁ、そうだわ!」
イントールは立ち上がると、全てのアミュレットを回収し始めた。台の上にあるものがなくなると、壁面に飾ってあるものまでを取り外す。
「今度は何だい?」
「これ全てをセオラお姉様の天幕に持って行くの。そうすればきっとセオラ姉さまは助かるわ」
「落ち着きなって。そんなにたくさん持ってっても、置き場がないだろう?」
イントールは呪具の類を胸に抱き、へなへなとしゃがみ込む。
「だって……、だって……」
「もう、セオラが目を覚まさなくなって二日だっけか。心配だよね」
オドンチメグは、そっとイントールの背を撫でる。そして身を捩って泣く妹分を見ながら、誰に聞かせるともなく独り言ちた。
「丹薬でもあれば、あの子を助けることが出来るのかねぇ」
その日、ジャンブールの馬の足音が遠ざかると、入れ違うようにセオラの天幕へ侵入して来た人影があった。
「セオラ姉さま……」
苦し気な表情で眠り続けるセオラを、イントールはじっと見下ろす。やがて意を決し、懐から器を一つ取り出した。
「セオラ姉さま、こちらを飲んでください」
天窓から差し込む明かりの下、イントールは器の中の黒い液体をスプーンで掬い上げ、セオラの口元へと持って行く。
「う……」
眉間に皺をよせ、セオラは顔を背ける。しかしイントールは指先でセオラの口元をこじ開けると、そこへ黒い液体を流し込んだ。
「うっ、んぐっ……」
「吐きだしちゃだめです、セオラ姉さま」
イントールは布を取り出し、セオラの口元を覆う。セオラの喉がこくりと動いたのを確認すると、イントールは満足気にうなずいた。再び黒い液体を口元へと運ぶ。
「きっと楽になれますから、セオラ姉さま」
イントールは時間をかけて、セオラの口へと液体を注ぎ続ける。
最後のひと匙を流し込んだ時、空色の暖簾が音を立てて開いた。
「誰だ! そこで何をしている!」
医者と共に天幕へ戻って来たジャンブールが目にしたのは、セオラの口へ何やら運ぶ第三妃の姿だった。
「……あ」
ジャンブールの声に、第三妃は身をすくませる。
「イントール。なぜ君が、ここに……」
ジャンブールはイントールの手元の器に目をやる。器にこびりつく黒い粉を目にした刹那、ジャンブールは血相を変えてイントールの手からそれを奪い取った。
「きゃっ!」
「医者!」
ジャンブールは僅かに液体の残った器を医者へ手渡し、セオラに駆け寄る。セオラは赤みの引いた顔で静かに目を閉じていた。その口元には器の中身と似た、黒い粉状のものが僅かにこびりついている。
「この粉は……」
先程まで熱をはらんでいたセオラの白い手に触れ、ジャンブールは声を震わせる。
「……冷たい」
ジャンブールはイントールを振り返る。
「君はあれを、彼女に飲ませたのか?」
器をイントールに示すと。彼女は戸惑いながらも、一つ頷いた。
「滋養強壮のお薬と聞いておりましたので、セオラ姉さまがお元気になられるかと」
「勝手な真似を!」
ジャンブールの思わぬ剣幕に、イントールはびくりと身をすくめる。間もなく瞳にじわりと涙を浮かべ、おろおろとその場に手をついた。
「も、申し訳ございません。私はただ、セオラ姉さまの役に立ちたくて……!」
その時、セオラの様子を診ていた医者が、口を開いた。
「熱が引いておられるようです」
「え……」
ジャンブールがぽかんとして医者を振り返る。
「治った、ってことかい?」
「そこまでは。ただ、脈も顔色も体温も昨日に比べてかなりましになっておられます。まだ深い眠りについておられるようですが」
「だけど、これが……」
ジャンブールは、黒い粉末の残る器を医者に見せる。医者はスンと鼻をうごめかし、眉間に皺を刻んだ。続けてセオラの口元に残る粉を、指でぬぐい取る。
「例のもので間違いありませんな」
「やはり」
重々しい声の医者へ、ジャンブールは固い声を返す。
「あのぅ……」
おずおずとイントールが口を開いた。
「これが、何か?」
「イントール」
温度のない声でジャンブールは第三妃の名を呼ぶ。
「君にはしばらく見張りをつける」
「えっ、あの……」
「セオラへの接触を禁止する」
セオラが目を覚ましたのは、陽が落ち、夜が明け、皆がそれぞれの仕事を始めた頃だった。
「セオラ!」
目を開けたセオラは、ジャンブールの両手が自分の右手をしっかりと握りしめていることに気付く。
「……ジャンブール」
「良かった」
大きく息をつき、ジャンブールは包み込んだセオラの手を祈るように自分の額に当てる。
「目を覚ましてくれて、良かった……」
その目尻に光るものを見つけ、セオラは力なく笑う。
「大袈裟だな」
「大袈裟なものか。君は、……殺されかけたんだ」
「……え?」
まだ虚ろな眼差しのまま、セオラは怪訝な表情となる。
「殺されかけた? 誰に?」
「……イントールだよ」
「まさか」
「そんなに色んな神様並べてお願いしたら、ケンカしちゃうんじゃないかい?」
「だって、どの神様でもいいんだもの。セオラ姉さまを助けてくれるなら。あぁ、そうだわ!」
イントールは立ち上がると、全てのアミュレットを回収し始めた。台の上にあるものがなくなると、壁面に飾ってあるものまでを取り外す。
「今度は何だい?」
「これ全てをセオラお姉様の天幕に持って行くの。そうすればきっとセオラ姉さまは助かるわ」
「落ち着きなって。そんなにたくさん持ってっても、置き場がないだろう?」
イントールは呪具の類を胸に抱き、へなへなとしゃがみ込む。
「だって……、だって……」
「もう、セオラが目を覚まさなくなって二日だっけか。心配だよね」
オドンチメグは、そっとイントールの背を撫でる。そして身を捩って泣く妹分を見ながら、誰に聞かせるともなく独り言ちた。
「丹薬でもあれば、あの子を助けることが出来るのかねぇ」
その日、ジャンブールの馬の足音が遠ざかると、入れ違うようにセオラの天幕へ侵入して来た人影があった。
「セオラ姉さま……」
苦し気な表情で眠り続けるセオラを、イントールはじっと見下ろす。やがて意を決し、懐から器を一つ取り出した。
「セオラ姉さま、こちらを飲んでください」
天窓から差し込む明かりの下、イントールは器の中の黒い液体をスプーンで掬い上げ、セオラの口元へと持って行く。
「う……」
眉間に皺をよせ、セオラは顔を背ける。しかしイントールは指先でセオラの口元をこじ開けると、そこへ黒い液体を流し込んだ。
「うっ、んぐっ……」
「吐きだしちゃだめです、セオラ姉さま」
イントールは布を取り出し、セオラの口元を覆う。セオラの喉がこくりと動いたのを確認すると、イントールは満足気にうなずいた。再び黒い液体を口元へと運ぶ。
「きっと楽になれますから、セオラ姉さま」
イントールは時間をかけて、セオラの口へと液体を注ぎ続ける。
最後のひと匙を流し込んだ時、空色の暖簾が音を立てて開いた。
「誰だ! そこで何をしている!」
医者と共に天幕へ戻って来たジャンブールが目にしたのは、セオラの口へ何やら運ぶ第三妃の姿だった。
「……あ」
ジャンブールの声に、第三妃は身をすくませる。
「イントール。なぜ君が、ここに……」
ジャンブールはイントールの手元の器に目をやる。器にこびりつく黒い粉を目にした刹那、ジャンブールは血相を変えてイントールの手からそれを奪い取った。
「きゃっ!」
「医者!」
ジャンブールは僅かに液体の残った器を医者へ手渡し、セオラに駆け寄る。セオラは赤みの引いた顔で静かに目を閉じていた。その口元には器の中身と似た、黒い粉状のものが僅かにこびりついている。
「この粉は……」
先程まで熱をはらんでいたセオラの白い手に触れ、ジャンブールは声を震わせる。
「……冷たい」
ジャンブールはイントールを振り返る。
「君はあれを、彼女に飲ませたのか?」
器をイントールに示すと。彼女は戸惑いながらも、一つ頷いた。
「滋養強壮のお薬と聞いておりましたので、セオラ姉さまがお元気になられるかと」
「勝手な真似を!」
ジャンブールの思わぬ剣幕に、イントールはびくりと身をすくめる。間もなく瞳にじわりと涙を浮かべ、おろおろとその場に手をついた。
「も、申し訳ございません。私はただ、セオラ姉さまの役に立ちたくて……!」
その時、セオラの様子を診ていた医者が、口を開いた。
「熱が引いておられるようです」
「え……」
ジャンブールがぽかんとして医者を振り返る。
「治った、ってことかい?」
「そこまでは。ただ、脈も顔色も体温も昨日に比べてかなりましになっておられます。まだ深い眠りについておられるようですが」
「だけど、これが……」
ジャンブールは、黒い粉末の残る器を医者に見せる。医者はスンと鼻をうごめかし、眉間に皺を刻んだ。続けてセオラの口元に残る粉を、指でぬぐい取る。
「例のもので間違いありませんな」
「やはり」
重々しい声の医者へ、ジャンブールは固い声を返す。
「あのぅ……」
おずおずとイントールが口を開いた。
「これが、何か?」
「イントール」
温度のない声でジャンブールは第三妃の名を呼ぶ。
「君にはしばらく見張りをつける」
「えっ、あの……」
「セオラへの接触を禁止する」
セオラが目を覚ましたのは、陽が落ち、夜が明け、皆がそれぞれの仕事を始めた頃だった。
「セオラ!」
目を開けたセオラは、ジャンブールの両手が自分の右手をしっかりと握りしめていることに気付く。
「……ジャンブール」
「良かった」
大きく息をつき、ジャンブールは包み込んだセオラの手を祈るように自分の額に当てる。
「目を覚ましてくれて、良かった……」
その目尻に光るものを見つけ、セオラは力なく笑う。
「大袈裟だな」
「大袈裟なものか。君は、……殺されかけたんだ」
「……え?」
まだ虚ろな眼差しのまま、セオラは怪訝な表情となる。
「殺されかけた? 誰に?」
「……イントールだよ」
「まさか」



