深夜、セオラの体調は一変した。
(気持ち悪い)
吐き気に襲われ、頭が割れるように痛む。全身が燃えるように熱かった。
「セオラ?」
異変に気づいたジャンブールも目を覚ます。
「具合でも悪いのか?」
「……だめだ、近づくな」
苦しい息の下でセオラはジャンブールを制止する。
「悪い病気に罹ったかもしれない。お前にうつすとまずい」
「何を言ってるんだ!」
ジャンブールは躊躇なくセオラに近づき、額に手をやった。
「熱っ」
「手を放してくれ。頭を押さえられると、気持ち、悪……っ」
「あ、あぁ、ごめんよ」
ジャンブールは辺りを見回す。
「……そうだ」
以前セオラの作った、白梅の飲料を思い出す。熱と吐き気と体調不良、今のセオラの症状と合致していた。
湯を沸かし、生姜を擦る。引き出しから取り出した丸薬状のものをそこに加え、よく混ぜた。
「セオラ、これを飲めるかい? 君が以前作ったものだ」
「……」
セオラは虚ろな目で、ジャンブールが手にした杯を見る。だが、匂いを嗅いだだけで、口を手で覆い眉間に皺を寄せた。
「……無理だ」
「そ、そうだね。民間療法より、まずは専門家だ。……だめだ、動揺してる」
寝床に倒れ伏したセオラは、浅い呼吸を繰り返している。額には冷たい汗がびっしょりと浮かんでいた。
「医者を呼んでくるよ」
立ち上がろうとしたジャンブールの手を、セオラが掴んだ。
「セオラ?」
「いや、だ」
小刻みに震えながら、セオラはか細い声で伝える。
「一人に、しないで……」
弱々しいセオラの様子に、ジャンブールは虚を突かれる。しかしそっと指を引き抜くと、セオラの手を自身の大きな手で包み込んだ。
「すぐに戻って来るよ」
あやすようにぽんぽんと軽く叩き、ジャンブールは天幕を後にした。
医者に見せたものの、セオラの容体は回復しなかった。それどころか、ただ昏々と眠り続けるようになってしまった。
「セオラ……」
ジャンブールは熱の下がらないセオラの手を取る。医者からは何の病気か分からないため、接触を控えるようにと指示されていた。しかしジャンブールは医者が立ち去ると、眠り続けるセオラに寄り添った。
「まぁ、ジャンブール様!」
暖簾の開く音と共に、第二妃グアマラルが侍女とともに現れた。
「あぁ、グアマラル。セオラを心配して見舞いに来てくれたのかい?」
ジャンブールは第二妃に力なく微笑んで見せる。
「だけど、君に感染してしまってはいけないからね。今はここへ入ってこない方がいいと思うよ。君の優しい気持ちだけ、受け取っておくね」
グアマラルは口元を袖で覆い、セオラを忌々しげに見やる。
「いけませんわ、ジャンブール様。セオラ様は奇病を患っておられるのでしょう? さ、あなたたち」
グアマラルは侍女を振り返り指示を出す。
「ジャンブール様を、安全な場所までお連れして」
自らは天幕の入り口に立ち、病気が感染らぬようにと距離を取る。侍女たちは一瞬不安げに顔を見合わせたが、互いに頷きあいジャンブールの元へ進み出た。
「ジャンブール様」
「どうぞこちらへ」
しかしジャンブールはセオラへ顔を向けたまま動かない。
「ジャンブール様、どうか御身を大切になさって?」
グアマラルは自身の美貌をたっぷり意識しつつ、離れた場所からしなを作って見せる。
「ずっとセオラ様の側についておられるなんて、なんてお優しいお方。けれど、さぞかしお疲れでございましょう? 今宵はわたくしの天幕にいらして、ゆっくりとお休みくださいませ。わたくしが全てを捧げ、身も心も癒してさしあげます。今後はわたくしがセオラ様に代わり、ジャンブール様をお支えしますから、ご安心なさって」
その言葉に、ジャンブールの肩がピクリと動いた。ジャンブールの横顔を目にした侍女たちがサッと青ざめる。第二王子がグアマラルを振り返った時、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。白々とした光を宿す両の目以外は。
「グアマラル。僕はセオラが君の天幕で、火傷をするほど熱い茶を飲まされたことを忘れてないよ」
グアマラルが小さく息を飲む。
「あ、あれは、わたくしではなく侍女の粗相で……」
「……そうだね。念のため確認させてもらうけど、まさか今回もまた、君の『侍女』が、セオラに何かしかけたわけじゃないよね?」
ジャンブールのえも言われぬ迫力に、グアマラルはかぶりを振りながら後ずさる。
やがて「どうぞお大事になさって」と早口でまくし立てると、第二妃は暖簾の向こうへ姿を消した。
「あっ、グアマラル様!」
遠ざかる足音に、侍女たちもすぐさま後を追う。
天幕の中が静まり返ると、ジャンブールは大きく息をついた。
「……らしくないな。僕としたことが」
本音を探るためには、妃たちに警戒心を抱かせない存在でいなくてはならなかったジャンブールとしては、失態だった。
「セオラ姉さま……」
イントールは自身の天幕の中で、異国のアミュレットをありったけ並べた前に跪き、一心に祈っていた。
そこへ訪れたのは親交の深い第四妃である。
「何やってるんだい、イントール」
「オドンチメグ……」
(気持ち悪い)
吐き気に襲われ、頭が割れるように痛む。全身が燃えるように熱かった。
「セオラ?」
異変に気づいたジャンブールも目を覚ます。
「具合でも悪いのか?」
「……だめだ、近づくな」
苦しい息の下でセオラはジャンブールを制止する。
「悪い病気に罹ったかもしれない。お前にうつすとまずい」
「何を言ってるんだ!」
ジャンブールは躊躇なくセオラに近づき、額に手をやった。
「熱っ」
「手を放してくれ。頭を押さえられると、気持ち、悪……っ」
「あ、あぁ、ごめんよ」
ジャンブールは辺りを見回す。
「……そうだ」
以前セオラの作った、白梅の飲料を思い出す。熱と吐き気と体調不良、今のセオラの症状と合致していた。
湯を沸かし、生姜を擦る。引き出しから取り出した丸薬状のものをそこに加え、よく混ぜた。
「セオラ、これを飲めるかい? 君が以前作ったものだ」
「……」
セオラは虚ろな目で、ジャンブールが手にした杯を見る。だが、匂いを嗅いだだけで、口を手で覆い眉間に皺を寄せた。
「……無理だ」
「そ、そうだね。民間療法より、まずは専門家だ。……だめだ、動揺してる」
寝床に倒れ伏したセオラは、浅い呼吸を繰り返している。額には冷たい汗がびっしょりと浮かんでいた。
「医者を呼んでくるよ」
立ち上がろうとしたジャンブールの手を、セオラが掴んだ。
「セオラ?」
「いや、だ」
小刻みに震えながら、セオラはか細い声で伝える。
「一人に、しないで……」
弱々しいセオラの様子に、ジャンブールは虚を突かれる。しかしそっと指を引き抜くと、セオラの手を自身の大きな手で包み込んだ。
「すぐに戻って来るよ」
あやすようにぽんぽんと軽く叩き、ジャンブールは天幕を後にした。
医者に見せたものの、セオラの容体は回復しなかった。それどころか、ただ昏々と眠り続けるようになってしまった。
「セオラ……」
ジャンブールは熱の下がらないセオラの手を取る。医者からは何の病気か分からないため、接触を控えるようにと指示されていた。しかしジャンブールは医者が立ち去ると、眠り続けるセオラに寄り添った。
「まぁ、ジャンブール様!」
暖簾の開く音と共に、第二妃グアマラルが侍女とともに現れた。
「あぁ、グアマラル。セオラを心配して見舞いに来てくれたのかい?」
ジャンブールは第二妃に力なく微笑んで見せる。
「だけど、君に感染してしまってはいけないからね。今はここへ入ってこない方がいいと思うよ。君の優しい気持ちだけ、受け取っておくね」
グアマラルは口元を袖で覆い、セオラを忌々しげに見やる。
「いけませんわ、ジャンブール様。セオラ様は奇病を患っておられるのでしょう? さ、あなたたち」
グアマラルは侍女を振り返り指示を出す。
「ジャンブール様を、安全な場所までお連れして」
自らは天幕の入り口に立ち、病気が感染らぬようにと距離を取る。侍女たちは一瞬不安げに顔を見合わせたが、互いに頷きあいジャンブールの元へ進み出た。
「ジャンブール様」
「どうぞこちらへ」
しかしジャンブールはセオラへ顔を向けたまま動かない。
「ジャンブール様、どうか御身を大切になさって?」
グアマラルは自身の美貌をたっぷり意識しつつ、離れた場所からしなを作って見せる。
「ずっとセオラ様の側についておられるなんて、なんてお優しいお方。けれど、さぞかしお疲れでございましょう? 今宵はわたくしの天幕にいらして、ゆっくりとお休みくださいませ。わたくしが全てを捧げ、身も心も癒してさしあげます。今後はわたくしがセオラ様に代わり、ジャンブール様をお支えしますから、ご安心なさって」
その言葉に、ジャンブールの肩がピクリと動いた。ジャンブールの横顔を目にした侍女たちがサッと青ざめる。第二王子がグアマラルを振り返った時、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。白々とした光を宿す両の目以外は。
「グアマラル。僕はセオラが君の天幕で、火傷をするほど熱い茶を飲まされたことを忘れてないよ」
グアマラルが小さく息を飲む。
「あ、あれは、わたくしではなく侍女の粗相で……」
「……そうだね。念のため確認させてもらうけど、まさか今回もまた、君の『侍女』が、セオラに何かしかけたわけじゃないよね?」
ジャンブールのえも言われぬ迫力に、グアマラルはかぶりを振りながら後ずさる。
やがて「どうぞお大事になさって」と早口でまくし立てると、第二妃は暖簾の向こうへ姿を消した。
「あっ、グアマラル様!」
遠ざかる足音に、侍女たちもすぐさま後を追う。
天幕の中が静まり返ると、ジャンブールは大きく息をついた。
「……らしくないな。僕としたことが」
本音を探るためには、妃たちに警戒心を抱かせない存在でいなくてはならなかったジャンブールとしては、失態だった。
「セオラ姉さま……」
イントールは自身の天幕の中で、異国のアミュレットをありったけ並べた前に跪き、一心に祈っていた。
そこへ訪れたのは親交の深い第四妃である。
「何やってるんだい、イントール」
「オドンチメグ……」



