夜道の中、セオラたちは連行される。
(傷病者や老人が多い……)
サンサルロ兵は「不要な人間」を出すよう言った。
故に、戦力や労働力となる人間を残すようにした結果こうなったのだろう。
(ん?)
よたよたと進む虜囚たちの中に、セオラはよく知る顔を見つけた。
「ばあや」
「セオラ姫様」
ホランが憂いを滲ませた眼差しをセオラへ向ける。
「おいたわしい。なぜセオラ姫様がこのような目に」
「私のことは良い。ばあや、お前の家族はお前を追い出したのか?」
セオラの問いに、ホランは首を横に振った。
「いいえ、私は自らの意思で出てまいりました。子や孫を犠牲にしたくはなかったので」
「……そうか」
慈悲深いホランの言葉に、セオラの胸は締め付けられる。自分にはこんな風に愛してくれる家族はいない。
「大丈夫か」
足元をよたつかせたホランを支えたセオラへ、鞭が跳んで来た。
「無駄口を叩くな!」
セオラはキッと睨み返す。男は一瞬怯んだが、すぐにニタニタと下卑た笑いを浮かべた。
「族長様の姫君は、気位が高くていいねぇ」
芋虫のような指先が、セオラの頬をペタペタと撫でる。
「だが捨てられたんだよなぁ。見限られたんだよなぁ。ならどうだ? 俺がもらってやろうかい」
「おい、やめろ」
別の兵士がたしなめる。
「そいつらは例の作戦に使う奴らだ。勝手なことをすればバル様に叱られるぞ」
男がセオラの頬から手を離した。
「チッ、勿体ねぇなぁ」
未練がましくセオラを振り返りながら、男は隊列に戻る。
(例の作戦?)
セオラはゴラウン族の老人たちを庇いながら、聞こえてきた言葉を頭の中で反芻した。
森の中を夜通し歩き続け、一行は国境を越えた。
(ここは……)
サンサルロとゴラウンが接している場所ではあるが、西を向けばアルトゥザムとの国境もすぐ目の前にあった。ゴラウンは、大国サンサルロと強国アルトゥザムが隣り合う箇所の、ちょうど両方の北部にへばりつくように存在している小さな国だった。
(嫌な予感がする)
草原の民は、互いに互いの土地に侵入しては小競り合いの後に領地を削り合うことを繰り返してきた。今やすっかり力を失ったゴラウンはともかく、サンサルロとアルトゥザムにとってそれは今も日常茶飯事だと聞いている。
「来い、お前たち!」
サンサルロ兵は虜囚一行を、深い森を挟んで道が二股に別れた箇所へと連れて行く。そして古びてまともに使えそうにない弓矢を、バラバラとセオラたちへ投げつけた。
「いいか、俺たちは今からアルトゥザムに乗り込み、ひと騒ぎをしてすぐに引き返してくる。奴らは怒り狂って追ってくるだろう。俺たちは北の道へ引く。お前たちは南の道を行け。その武器で抵抗しながらな。奴らはお前たちを敵とみなし、襲い掛かってくるだろう。そこを森に身を潜めた俺たちが仕留めるって寸法だ」
(卑劣漢どもめ)
得意げに語るサンサルロ兵に、セオラは怒りを覚えた。「要らぬ者」と言われ差し出されたのは、傷病者や老人など機敏に動けない者ばかりだ。自分たちは馬で素早く移動しながら、まともに逃げられない人間を敵の気を引くために眼前へ放り出し、それを囮に陰から攻撃をすると言っている。しかも、森から道に向かって射かければ、間違いなく虜囚たちも巻き添えを食らうだろう。
(自分たちの小競り合いを成功させるため、無関係のゴラウンの民を餌にする心づもりか)
セオラの目の前で男たちが出発する。都合のいい囮を手に入れた男たちは、浮かれた様子でアルトゥザムとの国境へと向かい始めた。
セオラは素早く最後尾の男の馬に飛び乗ると、男の首を絞めて気絶させた。即座に男の帽子を毟り取り自分の頭へ乗せる。物音を怪訝に思い振り返ったサンサルロ兵の一人は、馬の影から覗く帽子を目の端で認め、気のせいだったかと視線を前方へ戻した。セオラは巧みに馬を操り、サンサルロ兵たちから徐々に距離を置く。十分に間が空いたところで、ゴラウンの仲間たちの元へと戻った。
「セオラ様!」
「シッ」
セオラは、気絶させた兵士を森の中へ放り出し、虜囚たちに蔓で縛り上げるように指示を出す。
「それから皆も、森へ隠れておけ。武器だけは持ってな。だがあいつらの言う通り、南の道を進んではだめだ」
「姫様、何をなさるおつもりですか?」
セオラは白い歯を見せて笑い、男から奪った弓矢を携えた。
「あがいてくる」
サンサルロ兵士たちは、アルトゥザムへ侵入するやひと暴れをする。そしてすぐさま馬を駆りサンサルロの領内へと取って返した。予定ではその勢いのまま北の道へ侵入し、追ってきたアルトゥザムの人間は、南の道をもたもたと進むゴラウンの虜囚に気を取られるはずだった。
しかし、分かれ道まで戻ってきた時にサンサルロの男たちは目を剥いた。ゴラウンの虜囚たちの姿がない。
「あいつら、どこへ逃げやがった」
「追手が来る! ひとまず予定通り、北の道へ進むぞ」
だがその時、森に隠れていたセオラが馬を操り飛び出してきた。
「なっ!」
そのまま、たった今彼らが今騒ぎを起こしてきたアルトゥザムに向かって突進する。
「ば、馬鹿め! 死ぬ気か!?」
セオラは手綱を引き締め、アルトゥザムとの国境へと向かう。その時、正面から飛んで来た弓が、セオラの耳元を掠めた。
(今だ!)
セオラはすぐさま馬の頭を逆へ向け、今来た道を戻る。時おり馬上で身を捻り、追手に向かって矢を射かけながら。縦に四本の銀の縫い取りが特徴的な服装のアルトゥザム兵。その連中を誘導しつつ、セオラは北の道へ突っ込んできた。
「ば、馬鹿っ!」
「こっち連れて来るな!」
セオラは不敵に笑うと、馬から飛び降り藪へと身を躍らせた。すぐさま体を反転させ身を低くして矢をつがえ、追って来たアルトゥザムの兵に向かって射かける。ギャッと悲鳴を上げ、追手が馬から転げ落ちたのが見えた。すかさずセオラは矢を放った場所から移動する。
タンッと音がして、セオラのいる近くの樹に矢が刺さる。
(ふ、やるな)
方角からしてこれは、向かいの森から放たれたものだ。恐らく森に身を潜めた仲間のうちの誰かが、渡された壊れかけの弓を使い攻撃をしたのだと思った。
思わぬ方向から飛来した矢に、アルトゥザムの追手の陣形が乱れる。そこへサンサルロ兵が追撃し、追手は不利と見たのか引き返していった。
「この女ァ!!」
(傷病者や老人が多い……)
サンサルロ兵は「不要な人間」を出すよう言った。
故に、戦力や労働力となる人間を残すようにした結果こうなったのだろう。
(ん?)
よたよたと進む虜囚たちの中に、セオラはよく知る顔を見つけた。
「ばあや」
「セオラ姫様」
ホランが憂いを滲ませた眼差しをセオラへ向ける。
「おいたわしい。なぜセオラ姫様がこのような目に」
「私のことは良い。ばあや、お前の家族はお前を追い出したのか?」
セオラの問いに、ホランは首を横に振った。
「いいえ、私は自らの意思で出てまいりました。子や孫を犠牲にしたくはなかったので」
「……そうか」
慈悲深いホランの言葉に、セオラの胸は締め付けられる。自分にはこんな風に愛してくれる家族はいない。
「大丈夫か」
足元をよたつかせたホランを支えたセオラへ、鞭が跳んで来た。
「無駄口を叩くな!」
セオラはキッと睨み返す。男は一瞬怯んだが、すぐにニタニタと下卑た笑いを浮かべた。
「族長様の姫君は、気位が高くていいねぇ」
芋虫のような指先が、セオラの頬をペタペタと撫でる。
「だが捨てられたんだよなぁ。見限られたんだよなぁ。ならどうだ? 俺がもらってやろうかい」
「おい、やめろ」
別の兵士がたしなめる。
「そいつらは例の作戦に使う奴らだ。勝手なことをすればバル様に叱られるぞ」
男がセオラの頬から手を離した。
「チッ、勿体ねぇなぁ」
未練がましくセオラを振り返りながら、男は隊列に戻る。
(例の作戦?)
セオラはゴラウン族の老人たちを庇いながら、聞こえてきた言葉を頭の中で反芻した。
森の中を夜通し歩き続け、一行は国境を越えた。
(ここは……)
サンサルロとゴラウンが接している場所ではあるが、西を向けばアルトゥザムとの国境もすぐ目の前にあった。ゴラウンは、大国サンサルロと強国アルトゥザムが隣り合う箇所の、ちょうど両方の北部にへばりつくように存在している小さな国だった。
(嫌な予感がする)
草原の民は、互いに互いの土地に侵入しては小競り合いの後に領地を削り合うことを繰り返してきた。今やすっかり力を失ったゴラウンはともかく、サンサルロとアルトゥザムにとってそれは今も日常茶飯事だと聞いている。
「来い、お前たち!」
サンサルロ兵は虜囚一行を、深い森を挟んで道が二股に別れた箇所へと連れて行く。そして古びてまともに使えそうにない弓矢を、バラバラとセオラたちへ投げつけた。
「いいか、俺たちは今からアルトゥザムに乗り込み、ひと騒ぎをしてすぐに引き返してくる。奴らは怒り狂って追ってくるだろう。俺たちは北の道へ引く。お前たちは南の道を行け。その武器で抵抗しながらな。奴らはお前たちを敵とみなし、襲い掛かってくるだろう。そこを森に身を潜めた俺たちが仕留めるって寸法だ」
(卑劣漢どもめ)
得意げに語るサンサルロ兵に、セオラは怒りを覚えた。「要らぬ者」と言われ差し出されたのは、傷病者や老人など機敏に動けない者ばかりだ。自分たちは馬で素早く移動しながら、まともに逃げられない人間を敵の気を引くために眼前へ放り出し、それを囮に陰から攻撃をすると言っている。しかも、森から道に向かって射かければ、間違いなく虜囚たちも巻き添えを食らうだろう。
(自分たちの小競り合いを成功させるため、無関係のゴラウンの民を餌にする心づもりか)
セオラの目の前で男たちが出発する。都合のいい囮を手に入れた男たちは、浮かれた様子でアルトゥザムとの国境へと向かい始めた。
セオラは素早く最後尾の男の馬に飛び乗ると、男の首を絞めて気絶させた。即座に男の帽子を毟り取り自分の頭へ乗せる。物音を怪訝に思い振り返ったサンサルロ兵の一人は、馬の影から覗く帽子を目の端で認め、気のせいだったかと視線を前方へ戻した。セオラは巧みに馬を操り、サンサルロ兵たちから徐々に距離を置く。十分に間が空いたところで、ゴラウンの仲間たちの元へと戻った。
「セオラ様!」
「シッ」
セオラは、気絶させた兵士を森の中へ放り出し、虜囚たちに蔓で縛り上げるように指示を出す。
「それから皆も、森へ隠れておけ。武器だけは持ってな。だがあいつらの言う通り、南の道を進んではだめだ」
「姫様、何をなさるおつもりですか?」
セオラは白い歯を見せて笑い、男から奪った弓矢を携えた。
「あがいてくる」
サンサルロ兵士たちは、アルトゥザムへ侵入するやひと暴れをする。そしてすぐさま馬を駆りサンサルロの領内へと取って返した。予定ではその勢いのまま北の道へ侵入し、追ってきたアルトゥザムの人間は、南の道をもたもたと進むゴラウンの虜囚に気を取られるはずだった。
しかし、分かれ道まで戻ってきた時にサンサルロの男たちは目を剥いた。ゴラウンの虜囚たちの姿がない。
「あいつら、どこへ逃げやがった」
「追手が来る! ひとまず予定通り、北の道へ進むぞ」
だがその時、森に隠れていたセオラが馬を操り飛び出してきた。
「なっ!」
そのまま、たった今彼らが今騒ぎを起こしてきたアルトゥザムに向かって突進する。
「ば、馬鹿め! 死ぬ気か!?」
セオラは手綱を引き締め、アルトゥザムとの国境へと向かう。その時、正面から飛んで来た弓が、セオラの耳元を掠めた。
(今だ!)
セオラはすぐさま馬の頭を逆へ向け、今来た道を戻る。時おり馬上で身を捻り、追手に向かって矢を射かけながら。縦に四本の銀の縫い取りが特徴的な服装のアルトゥザム兵。その連中を誘導しつつ、セオラは北の道へ突っ込んできた。
「ば、馬鹿っ!」
「こっち連れて来るな!」
セオラは不敵に笑うと、馬から飛び降り藪へと身を躍らせた。すぐさま体を反転させ身を低くして矢をつがえ、追って来たアルトゥザムの兵に向かって射かける。ギャッと悲鳴を上げ、追手が馬から転げ落ちたのが見えた。すかさずセオラは矢を放った場所から移動する。
タンッと音がして、セオラのいる近くの樹に矢が刺さる。
(ふ、やるな)
方角からしてこれは、向かいの森から放たれたものだ。恐らく森に身を潜めた仲間のうちの誰かが、渡された壊れかけの弓を使い攻撃をしたのだと思った。
思わぬ方向から飛来した矢に、アルトゥザムの追手の陣形が乱れる。そこへサンサルロ兵が追撃し、追手は不利と見たのか引き返していった。
「この女ァ!!」



