イントールの天幕が、セオラの天幕群の中へ迎え入れられた。
「ふふ、これからはセオラ姉さまの所へすぐに会いに行けますね」
その名に相応しく頬を桜色に染める第三妃に、セオラも嫌な気はしない。
(ニルツェツェグと過ごしているようだ)
ゴラウンの地へ残してきた妹の姿と重なった。それにしても、出会った頃のイントールは人見知りで距離を置いていたが、ずいぶんと慕われたものである。
「そうだな。私もイントールの天幕へ行ってみたい。先日は、アルトゥザムのやつらのせいで、それが叶わなかったからな」
セオラの言葉に、イントールがぱっと目を輝かせる。
「はい、ぜひ! セオラ姉さまがお望みでしたら、いつでもいらしてください。何なら、今からでもおいでになられます?」
「いいのか?」
「はいっ」
勢いのままにセオラはイントールの天幕を訪れた。
(おぉ……)
怪しげな呪具の収集が趣味だとは聞いていたが、室内の光景は圧巻だ。極彩色で、意味ありげなものが並んでいる。外から見たイントールの天幕は、控えめで目立たぬ色合いとなっていたが、一歩足を踏み入れると別世界が広がっていた。
青い、目玉を描いたガラス玉。見慣れぬ文字の書きつけられた紙。赤い石を連ねた首飾り。
(あっ、あれは……)
先日、イントールが隊商の天幕で購入していた、赤に黒の模様の入った木の実を連ねたブレスレットもあった。
(あれは、呪いの道具ではないのか? こうして見回すと、毒物を含んでいそうな色合いのものが他にも沢山ある。まじない道具と言いながら、実際はそこに含まれた毒が作用する、なんてことがあってもおかしくない)
「どうぞ、セオラ姉さま」
イントールの声に、セオラは視線を戻す。目の前には、棗入りの馬乳酒があった。泡立つ白い液体の中に、赤い実が艶々と浮かんでいる。
「……大歓迎だな」
特別な時にのみ供される縁起物の登場に、セオラは目を丸くする。
「セオラ姉さまとこうしてお近づきになれたのは、特別なことですから」
うっとりと見つめてくるイントールに微かに微笑んで返し、セオラは杯に口をつけた。グアマラルとの一件があるので、警戒しながら。
「良い発酵具合だ」
「ふふ、良かったです」
イントールがほっとしたように息をつく。セオラは口の中に広がる酸味と控えめな発泡ぶりを、舌でゆっくり味わった。
「ところで、あれのことだが」
「あれ?」
セオラは、黒い模様の入った赤い実を連ねた、毒々しい色合いのブレスレットを指差す。
「珍しいものだな」
「まぁ、セオラ姉さまも興味がございまして?」
イントールはいそいそと立ち上がり、無造作にそれを掴み上げる。
「あっ」
「どうかなさいました?」
「いや、ずいぶんと派手な色合いをしているのでな。素手で触っても大丈夫なものかと」
「問題ありません。これは南方の魔除けなのです」
ウキウキとイントールは説明を始める。
「この赤い実には雌雄がありまして、赤一色のものが雌、黒い模様が入っているのが雄なんだそうです」
「へぇ、そうなんだ」
「かの地では悪いものを退け、幸運を呼び込むお守りとされているんです。あっ」
イントールは立ち上がり、引き出しを開ける。小さな紙の箱をの蓋を取ると、そこには今見ているものと瓜二つの、赤黒い実のブレスレットが収められていた。
「こちら、セオラ姉さまに差し上げますね」
「イントールの大切なのものだろう? もらえないよ」
「まだございますから、ご心配なく。実はこの実には、もう一つの言い伝えがございまして」
イントールがセオラの耳元へ口を寄せる。
「この雌雄の実を一つの箱に入れておくと、子宝に恵まれると言われております」
(子宝!?)
セオラはつい、箱を取り落としそうになる。
「ななな……」
「ふふ、セオラ姉さま、意外と初心でいらっしゃるのね」
おかしそうにイントールはくすくすと笑う。
「いや。そんな言い伝えがあるなら、なおさら私がもらうわけにいかんだろう。これはイントールが大切に保管しておくべきだ」
「……私はきっと、ジャンブール様に求められておりませんから」
イントールの寂しげな声に、セオラはぎくっとなる。イントールは視線を落とし、自虐的に笑う。
「きっとこれからも、ジャンブール様に目を向けてもらえることはないでしょう。それならば、敬愛するセオラ姉さまの役に立った方が、この子も喜びます」
白く細い指先が、禍々しい色合いのブレスレットをそっと撫でる。箱を突き返せない雰囲気に、セオラは気の利いたことが何も言えずにいた。
(ジャンブールは、先王殺しの容疑者を自分の后妃に選んだと言っていたからな。寵愛の対象でないことは確かだ)
イントールのような繊細なタイプは、そう言った心の機微を察しやすいのかもしれない。
「そ、そうだ、イントール」
セオラは空気を変えんと、この天幕に入って最初に目についた、目玉の描かれた青いガラスを見る。
「あれにはどういう効果があるんだ?」
「まぁ、セオラ姉さまもあれの良さに気付かれました?」
イントールの顔がぱっと輝く。実のところ、セオラにとってはそれほど興味のあるものではなかったが。
「これも魔除けなんです。西方からの隊商が持ってきましたの。妬みや災いを防いでくれるものなんですって。なんでも持ち主に災いが降りかかった時は、これが身代わりになって割れてしまうとか」
「忠誠心の高いお守りなのだな。では、あれは?」
セオラが木彫りの人形を指差すと、イントールは立ち上がり、人形を手にとって説明を始める。
自分の好きなものに興味を持ってもらえるのがよほど嬉しかったのだろう。その後もイントールはセオラに問われるたびに、その呪具の持つ効果や言い伝えについて饒舌に語り続けた。
(ふむ、なるほどな……)
イントールが収集している呪具の持つ効果は「魔除け」と「受寵」の二種類に大別されるようだ。特に、ここ最近手に入れたものに関しては「魔除け」ばかりのように見える。
意外と言ってはなんだが、誰かに災いを与えるような呪いの類はなかった。
あくまでもイントールの言葉を鵜吞みにすればの話だが。
(うん?)
呪具の山の中に、セオラは絵巻物らしきものを見つける。高い位置に押し込められ、長らく開かれていないのかうっすらと埃を纏っていた。
「イントール、これは……」
「あっ、だめ!!」
思いの外大きな制止の声に、セオラはぎくりと身をすくめる。はずみで動いた手が、予期せず巻物に強く当たってしまった。
開きながら落ちてきたそれはセオラの頭にバサリと被さり、舞い上がった粉状のものがセオラの口へと飛び込む。
「うえっ、ゲホゲホッ」
「セオラ姉さま!」
「ふふ、これからはセオラ姉さまの所へすぐに会いに行けますね」
その名に相応しく頬を桜色に染める第三妃に、セオラも嫌な気はしない。
(ニルツェツェグと過ごしているようだ)
ゴラウンの地へ残してきた妹の姿と重なった。それにしても、出会った頃のイントールは人見知りで距離を置いていたが、ずいぶんと慕われたものである。
「そうだな。私もイントールの天幕へ行ってみたい。先日は、アルトゥザムのやつらのせいで、それが叶わなかったからな」
セオラの言葉に、イントールがぱっと目を輝かせる。
「はい、ぜひ! セオラ姉さまがお望みでしたら、いつでもいらしてください。何なら、今からでもおいでになられます?」
「いいのか?」
「はいっ」
勢いのままにセオラはイントールの天幕を訪れた。
(おぉ……)
怪しげな呪具の収集が趣味だとは聞いていたが、室内の光景は圧巻だ。極彩色で、意味ありげなものが並んでいる。外から見たイントールの天幕は、控えめで目立たぬ色合いとなっていたが、一歩足を踏み入れると別世界が広がっていた。
青い、目玉を描いたガラス玉。見慣れぬ文字の書きつけられた紙。赤い石を連ねた首飾り。
(あっ、あれは……)
先日、イントールが隊商の天幕で購入していた、赤に黒の模様の入った木の実を連ねたブレスレットもあった。
(あれは、呪いの道具ではないのか? こうして見回すと、毒物を含んでいそうな色合いのものが他にも沢山ある。まじない道具と言いながら、実際はそこに含まれた毒が作用する、なんてことがあってもおかしくない)
「どうぞ、セオラ姉さま」
イントールの声に、セオラは視線を戻す。目の前には、棗入りの馬乳酒があった。泡立つ白い液体の中に、赤い実が艶々と浮かんでいる。
「……大歓迎だな」
特別な時にのみ供される縁起物の登場に、セオラは目を丸くする。
「セオラ姉さまとこうしてお近づきになれたのは、特別なことですから」
うっとりと見つめてくるイントールに微かに微笑んで返し、セオラは杯に口をつけた。グアマラルとの一件があるので、警戒しながら。
「良い発酵具合だ」
「ふふ、良かったです」
イントールがほっとしたように息をつく。セオラは口の中に広がる酸味と控えめな発泡ぶりを、舌でゆっくり味わった。
「ところで、あれのことだが」
「あれ?」
セオラは、黒い模様の入った赤い実を連ねた、毒々しい色合いのブレスレットを指差す。
「珍しいものだな」
「まぁ、セオラ姉さまも興味がございまして?」
イントールはいそいそと立ち上がり、無造作にそれを掴み上げる。
「あっ」
「どうかなさいました?」
「いや、ずいぶんと派手な色合いをしているのでな。素手で触っても大丈夫なものかと」
「問題ありません。これは南方の魔除けなのです」
ウキウキとイントールは説明を始める。
「この赤い実には雌雄がありまして、赤一色のものが雌、黒い模様が入っているのが雄なんだそうです」
「へぇ、そうなんだ」
「かの地では悪いものを退け、幸運を呼び込むお守りとされているんです。あっ」
イントールは立ち上がり、引き出しを開ける。小さな紙の箱をの蓋を取ると、そこには今見ているものと瓜二つの、赤黒い実のブレスレットが収められていた。
「こちら、セオラ姉さまに差し上げますね」
「イントールの大切なのものだろう? もらえないよ」
「まだございますから、ご心配なく。実はこの実には、もう一つの言い伝えがございまして」
イントールがセオラの耳元へ口を寄せる。
「この雌雄の実を一つの箱に入れておくと、子宝に恵まれると言われております」
(子宝!?)
セオラはつい、箱を取り落としそうになる。
「ななな……」
「ふふ、セオラ姉さま、意外と初心でいらっしゃるのね」
おかしそうにイントールはくすくすと笑う。
「いや。そんな言い伝えがあるなら、なおさら私がもらうわけにいかんだろう。これはイントールが大切に保管しておくべきだ」
「……私はきっと、ジャンブール様に求められておりませんから」
イントールの寂しげな声に、セオラはぎくっとなる。イントールは視線を落とし、自虐的に笑う。
「きっとこれからも、ジャンブール様に目を向けてもらえることはないでしょう。それならば、敬愛するセオラ姉さまの役に立った方が、この子も喜びます」
白く細い指先が、禍々しい色合いのブレスレットをそっと撫でる。箱を突き返せない雰囲気に、セオラは気の利いたことが何も言えずにいた。
(ジャンブールは、先王殺しの容疑者を自分の后妃に選んだと言っていたからな。寵愛の対象でないことは確かだ)
イントールのような繊細なタイプは、そう言った心の機微を察しやすいのかもしれない。
「そ、そうだ、イントール」
セオラは空気を変えんと、この天幕に入って最初に目についた、目玉の描かれた青いガラスを見る。
「あれにはどういう効果があるんだ?」
「まぁ、セオラ姉さまもあれの良さに気付かれました?」
イントールの顔がぱっと輝く。実のところ、セオラにとってはそれほど興味のあるものではなかったが。
「これも魔除けなんです。西方からの隊商が持ってきましたの。妬みや災いを防いでくれるものなんですって。なんでも持ち主に災いが降りかかった時は、これが身代わりになって割れてしまうとか」
「忠誠心の高いお守りなのだな。では、あれは?」
セオラが木彫りの人形を指差すと、イントールは立ち上がり、人形を手にとって説明を始める。
自分の好きなものに興味を持ってもらえるのがよほど嬉しかったのだろう。その後もイントールはセオラに問われるたびに、その呪具の持つ効果や言い伝えについて饒舌に語り続けた。
(ふむ、なるほどな……)
イントールが収集している呪具の持つ効果は「魔除け」と「受寵」の二種類に大別されるようだ。特に、ここ最近手に入れたものに関しては「魔除け」ばかりのように見える。
意外と言ってはなんだが、誰かに災いを与えるような呪いの類はなかった。
あくまでもイントールの言葉を鵜吞みにすればの話だが。
(うん?)
呪具の山の中に、セオラは絵巻物らしきものを見つける。高い位置に押し込められ、長らく開かれていないのかうっすらと埃を纏っていた。
「イントール、これは……」
「あっ、だめ!!」
思いの外大きな制止の声に、セオラはぎくりと身をすくめる。はずみで動いた手が、予期せず巻物に強く当たってしまった。
開きながら落ちてきたそれはセオラの頭にバサリと被さり、舞い上がった粉状のものがセオラの口へと飛び込む。
「うえっ、ゲホゲホッ」
「セオラ姉さま!」



