天窓から差し込む光が、セオラの瞼をくすぐる。
(朝か……)
いつものように馬で集落を一周して来ようと目を開いたセオラのすぐ前に、ジャンブールの顔があった。
「ヒュッ」
「おはよう、セオラ」
ジャンブールは寝床に頬杖をつき、にこやかにセオラの顔を見つめている。
「やっぱり可愛いねぇ、僕の第一妃……ガッ!?」
セオラは起きざまにジャンブールへ頭突きを食らわせる。
「ちょいちょいちょい。そんな猛々しく目覚めなくても良くない?」
「人の寝顔を勝手に見るからだ!」
「一緒に同じ天幕で寝起きしてるんだから、普通に見えちゃうでしょ。セオラだって、僕の寝顔くらい見たことあるよね?」
「視界に入ってはいる。だが、あえて見ようとしたことはない」
ぷいっと顔を背けるセオラに、ジャンブールは額をさすりながら笑いかける。
「どうせ強烈なのくれるならさ、もっと他にあるでしょ」
ジャンブールは自分の唇を、ちょいちょいと指先でつつく。
「こことか」
「唇に頭突きがお望みか? 次はそうしよう」
「……歯を折る気かな」
「でさー。実際の所、どうなの?」
共に馬で外を一周して帰ってくると、朝食が用意されていた。揚げパンを塩ミルクティーに浸して食べながら、ジャンブールはセオラに問いかけてくる。セオラは背後をちらりと伺い、当たり障りのない言葉を選んだ。
「妃たちについてか? それに関してはもう少し親交を深めてから……」
「違う違う。そろそろ僕のこと、ちょっとは好きになってくれたかな~、って」
セオラは口に含みかけた塩ミルクティーを、吹き出す寸前で何とか堪えきる。
「……いきなり何を言い出す」
「えー、だってさぁ。僕ばっかりセオラ好きなの、ちょっとやるせないじゃん」
給仕をしている侍女たちがくすくすと笑っている。セオラの頬が熱を帯びた。
「……私たちは、互いに利点があるから手を組んでいる戦友だ。私はお前の役に立つ。お前は私とその仲間を保護してくれる。それでいいではないか」
「でも、どうせなら僕のこと好きでいてほしいしさ」
ジャンブールはセオラの目を覗き込んだ。
「で、どう?」
不意に艶めいた声で問われ、セオラの心臓が跳ねる。
改めて見れば、ジャンブールの顔立ちはとても整っている。いつもへらへらしているため親しみやすい雰囲気ではあるが。
「こ、この後仕事があるのだろう、さっさと食え!」
「セオラが答えてくれるまで、ここから離れない」
「……嫌ってはいない」
「おー、好きってこと?」
無邪気に顔を輝かせるジャンブールを前に、セオラの鼓動が早まっていく。
「し、信頼は出来る、そう判断した」
「嬉しいね。他には僕のことどう思ってるの?」
「馬の扱いが上手い、弓の腕も立つ」
「弓の名手であるセオラに言われると、説得力あるね! それから?」
ぐいぐいと身を乗り出してくるジャンブールに対し、セオラは逆に身を引く形となる。
「語学力が高い。隊商の証人と直接話しているのを見て驚いた」
「うわー、セオラに褒められるのすごく気持ちいい。それでそれで?」
「人心を掴むのがうまい。お前が慕われる理由が分かる気がする」
「それって……」
ジャンブールは小首をかしげてにっこりと笑った。
「セオラもそう、ってこと?」
「私のことはいいだろう、いい加減にしろ!」
セオラは茶を飲み干し席を立つ。これ以上ジャンブールの近くにいたら、心臓の音に気付かれてしまいそうだった。
食器の片付けで侍女たちが天幕から出ていくと、セオラは以前から気になっていたことを思い出した。
「ジャンブール」
「なんだい?」
「私たちの関係は、お前の目的を果たすまでとなっているが」
「僕はずっとセオラに第一妃でいてもらいたいよ」
ジャンブールの言葉にセオラは安堵を覚える。そしてそんな自分に戸惑った。
「そ、そう言う話をしているのではない。私が協力する見返りとして、ゴラウンから連れて来た民を保護してくれるという約束を覚えているな」
「うん、覚えてる」
「だったら……」
足元を見つめ、セオラはゴクリと唾を飲む。
「……ゴラウンの民をこれからも保護してもらえるなら、お前の言う通りこのまま私が第一妃でいても構わない」
(そうだ、仕方ない)
セオラは自分自身に言い聞かせる。
(ゴラウンの民たちのためだ。決して私が、ジャンブールの側にいたいわけじゃない)
自分の中でつじつま合わせをして、セオラはジャンブールの顔を見上げた。
(え……)
セオラは彼の満面の笑みを予測していた。無邪気に喜んでくれるものだと。
しかしジャンブールの表情はつまらなさそうなものだった。
「僕はさ」
ジャンブールの声に、セオラは思わず身を固くする。
「君の気持ちが聞きたかったな」
そう言い残し、ジャンブールは空色の暖簾の向こうに消えた。
(な、何を言っている……?)
思わぬ反応に、セオラは戸惑う。
(私の気持ち? 私は気持ちを伝えたぞ。ゴラウンの民を保護してくれるなら、第一妃のままでいいと。ジャンブールは何を聞きたかったんだ?)
「セオラ妃」
いつの間に入ってきていたのか、ばあやのホランがやんわりと目を細めていた。
「本当に、良いお方に嫁がれましたね」
セオラはぎこちなく頷く。ホランは寝床を整えながら、静かな声で続けた。
「ですが、セオラ様はご自身のお気持ちを第一に考えてください。私どものことはついででよいのです」
(また『気持ち』……)
(朝か……)
いつものように馬で集落を一周して来ようと目を開いたセオラのすぐ前に、ジャンブールの顔があった。
「ヒュッ」
「おはよう、セオラ」
ジャンブールは寝床に頬杖をつき、にこやかにセオラの顔を見つめている。
「やっぱり可愛いねぇ、僕の第一妃……ガッ!?」
セオラは起きざまにジャンブールへ頭突きを食らわせる。
「ちょいちょいちょい。そんな猛々しく目覚めなくても良くない?」
「人の寝顔を勝手に見るからだ!」
「一緒に同じ天幕で寝起きしてるんだから、普通に見えちゃうでしょ。セオラだって、僕の寝顔くらい見たことあるよね?」
「視界に入ってはいる。だが、あえて見ようとしたことはない」
ぷいっと顔を背けるセオラに、ジャンブールは額をさすりながら笑いかける。
「どうせ強烈なのくれるならさ、もっと他にあるでしょ」
ジャンブールは自分の唇を、ちょいちょいと指先でつつく。
「こことか」
「唇に頭突きがお望みか? 次はそうしよう」
「……歯を折る気かな」
「でさー。実際の所、どうなの?」
共に馬で外を一周して帰ってくると、朝食が用意されていた。揚げパンを塩ミルクティーに浸して食べながら、ジャンブールはセオラに問いかけてくる。セオラは背後をちらりと伺い、当たり障りのない言葉を選んだ。
「妃たちについてか? それに関してはもう少し親交を深めてから……」
「違う違う。そろそろ僕のこと、ちょっとは好きになってくれたかな~、って」
セオラは口に含みかけた塩ミルクティーを、吹き出す寸前で何とか堪えきる。
「……いきなり何を言い出す」
「えー、だってさぁ。僕ばっかりセオラ好きなの、ちょっとやるせないじゃん」
給仕をしている侍女たちがくすくすと笑っている。セオラの頬が熱を帯びた。
「……私たちは、互いに利点があるから手を組んでいる戦友だ。私はお前の役に立つ。お前は私とその仲間を保護してくれる。それでいいではないか」
「でも、どうせなら僕のこと好きでいてほしいしさ」
ジャンブールはセオラの目を覗き込んだ。
「で、どう?」
不意に艶めいた声で問われ、セオラの心臓が跳ねる。
改めて見れば、ジャンブールの顔立ちはとても整っている。いつもへらへらしているため親しみやすい雰囲気ではあるが。
「こ、この後仕事があるのだろう、さっさと食え!」
「セオラが答えてくれるまで、ここから離れない」
「……嫌ってはいない」
「おー、好きってこと?」
無邪気に顔を輝かせるジャンブールを前に、セオラの鼓動が早まっていく。
「し、信頼は出来る、そう判断した」
「嬉しいね。他には僕のことどう思ってるの?」
「馬の扱いが上手い、弓の腕も立つ」
「弓の名手であるセオラに言われると、説得力あるね! それから?」
ぐいぐいと身を乗り出してくるジャンブールに対し、セオラは逆に身を引く形となる。
「語学力が高い。隊商の証人と直接話しているのを見て驚いた」
「うわー、セオラに褒められるのすごく気持ちいい。それでそれで?」
「人心を掴むのがうまい。お前が慕われる理由が分かる気がする」
「それって……」
ジャンブールは小首をかしげてにっこりと笑った。
「セオラもそう、ってこと?」
「私のことはいいだろう、いい加減にしろ!」
セオラは茶を飲み干し席を立つ。これ以上ジャンブールの近くにいたら、心臓の音に気付かれてしまいそうだった。
食器の片付けで侍女たちが天幕から出ていくと、セオラは以前から気になっていたことを思い出した。
「ジャンブール」
「なんだい?」
「私たちの関係は、お前の目的を果たすまでとなっているが」
「僕はずっとセオラに第一妃でいてもらいたいよ」
ジャンブールの言葉にセオラは安堵を覚える。そしてそんな自分に戸惑った。
「そ、そう言う話をしているのではない。私が協力する見返りとして、ゴラウンから連れて来た民を保護してくれるという約束を覚えているな」
「うん、覚えてる」
「だったら……」
足元を見つめ、セオラはゴクリと唾を飲む。
「……ゴラウンの民をこれからも保護してもらえるなら、お前の言う通りこのまま私が第一妃でいても構わない」
(そうだ、仕方ない)
セオラは自分自身に言い聞かせる。
(ゴラウンの民たちのためだ。決して私が、ジャンブールの側にいたいわけじゃない)
自分の中でつじつま合わせをして、セオラはジャンブールの顔を見上げた。
(え……)
セオラは彼の満面の笑みを予測していた。無邪気に喜んでくれるものだと。
しかしジャンブールの表情はつまらなさそうなものだった。
「僕はさ」
ジャンブールの声に、セオラは思わず身を固くする。
「君の気持ちが聞きたかったな」
そう言い残し、ジャンブールは空色の暖簾の向こうに消えた。
(な、何を言っている……?)
思わぬ反応に、セオラは戸惑う。
(私の気持ち? 私は気持ちを伝えたぞ。ゴラウンの民を保護してくれるなら、第一妃のままでいいと。ジャンブールは何を聞きたかったんだ?)
「セオラ妃」
いつの間に入ってきていたのか、ばあやのホランがやんわりと目を細めていた。
「本当に、良いお方に嫁がれましたね」
セオラはぎこちなく頷く。ホランは寝床を整えながら、静かな声で続けた。
「ですが、セオラ様はご自身のお気持ちを第一に考えてください。私どものことはついででよいのです」
(また『気持ち』……)



