「なんなんですの? それにご出身はあの小国ゴラウン? なんて忌々しい。よろしくて? わたくしは代々皇后を輩出してきたトゴス族の出身ですのよ!」
「そうだな」
「ならば、本来ジャンブール様に最も愛されるべきは、わたくしじゃありませんこと? 一体どんな卑劣な手を使って、ジャンブール様を篭絡したんですの!?」
(やれやれ)
 先王毒殺の犯人を見つける足掛かりとしてグアマラルと接触したが、一方的にまくしたてられるばかりで会話にならない。セオラはだんだんうんざりしてきた。
 夫は妃を平等に扱うものだが、妃たちの間では一応序列が存在している。本来であれば、第二妃のグアマラルが、セオラに対してこのように居丈高な態度をとるのはご法度のはずである。
「皇后を多く輩出してきたトゴス族と言うが」
 ようやくセオラは口を開く。
「皇后というのは、王の妃。この国の倣いでは、次期王は末っ子(オッチギン)のガンゾリグ殿のはずだ。ジャンブールの妃では、皇后にはなれんぞ」
 さりげなく、ジャンブールが王位を狙っていないことを主張しておく。しかしグアマラルは毒々しく高笑いをした。
「セオラ様は何もご存じないのね。今、サンサルロの王に最も相応しいのはジャンブール様よ。家臣たちも皆そう言っているわ」
「そこまでにしておけ、グアマラル。ガンゾリグ様は監国を務められていて、今最も王位に近いお方だ。それを否定すれば反逆とみなされるぞ」
「セオラ様は、ジャンブール様が王に相応しくないとおっしゃるの? あなたそれでも、ジャンブール様の第一妃と言えるのかしら」
「帰る」
 セオラは椅子から立ち上がる。
「茶会と聞いて来たが、茶の出てくる気配はなし。お前の金切り声ばかりを浴びせられて、うんざりだ」
「まぁ!」
 グアマラルが美しい顔を歪ませる。しかしすぐに侍女を呼びつけ、茶を持ってくるように命じた。
「まさか招かれておきながら、何も口にせず天幕を出るほど不作法じゃございませんでしょう? いくら小国の女とは言え」
 いちいち嫌味を挟むグアマラルに辟易しながらも、セオラは椅子へ座り直す。
「どうぞ」
 目の前へ湯気の立つ茶が置かれた。
(探りを入れるのは、また日を改めてからにしよう。今日の所はまともな会話になりそうにない。さっさと飲んで退散しよう)
 そんなことを思いながらセオラが茶杯をあおる。その瞬間、口の中を満たしたのは煮えたぎった茶だった。
「んううっ!?」
「あーっはっはっはっは!」
 あまりの熱さにもだえ苦しむセオラの姿に、グアマラルは腹を抱える。茶を運んで来た侍女たちも、袖で口を覆い笑っていた。
 セオラは目に涙を浮かべながらも、この仕打ちに堪える。一度口に入れたものは、絶対に吐き出してはならないという習慣が、草原の民の間にはあった。どうしても吐き出したい場合は、地面に穴を掘り埋めなくてはならない。セオラは出入り口へと目を向ける。しかしそこには侍女たちが立ち塞がっていた。
(熱い!)
 あまりの熱さに飲み込むことも出来ず、セオラは苦しむ。だが、いくら禁忌とはいえ、限界があった。
 セオラが床に茶を吐き出そうとした時だった。出入口がさっと開き、オレンジ色(オルバルシャル)の人影が飛び込んできた。
「セオラ!」
(ジャンブール!)
 ジャンブールはさっと辺りを見回し、状況を確認する。グアマラルがセオラの茶を袖で隠そうとしたのを見て、そこに異変があると察した。
 茶杯に触れ、そのあまりの熱さに手を引っ込める。そして迷うことなくセオラの真っ赤な頬を掴むと、苦しむ彼女の唇へ自分のものを重ねた。
「じゃ、ジャンブール様!?」
 悲鳴を上げるグアマラルの目の前で、ジャンブールはセオラの口の中の茶を全て吸い取る。その熱さに顔をしかめながらも、ごくりと音を立てて飲み下した。
「けほっ……」
「大丈夫か、セオラ」
 ジャンブールはセオラの顎に手をかけ、口を強引に開かせる。そこは痛々しく火傷を負っていた。セオラは浅い呼吸を繰り返し、口の中の熱を追い出す。
「グアマラル、これはどういうことかな?」
 普段温厚なジャンブールの口から怒気のこもった低い声が発せられた。グアマラルは顔色を変え、侍女たちと共に身を縮める。
「ち、違うんですのよ、ジャンブール様」
 グアマラルは愛想笑いを顔に貼りつけ、首を横に振る。
「セオラ様ったら、あわてんぼうでいらっしゃって。お茶は適度に冷まして飲むものだと、ご存じなかったようですの、ほほ。これだから小国の女は」
「君の所の侍女は、もてなしの際には飲める温度にしてから出すということを、知らなかったのかな」
「! ほ、本当にそうですわね!」
 グアマラルは狼狽えて見回すと、茶を運んで来た侍女を前へ突き出した。
「えっ、グアマラル様?」
「この者ですわ。セオラ様を酷い目に合わせたのは」
「お、お待ちください。あれはグアマラル様のご命令で……」
「お黙りなさい!」
 グアマラルは侍女の頬を打つ。そして驚きと恐怖に震える侍女を、冷たい瞳で見下ろした。
「第一妃様に怪我を負わせるなんて、とんでもないことでございますわ。いかようにも処罰なさってくださいまし」
 ジャンブールは厳しい表情をグアマラルへ向ける。グアマラルはしなを作り、憐れみを漂わせながら潤んだ瞳でジャンブールを見つめた。
「怒らないでくださいまし。今後このような落ち度がないよう、しっかり躾けておきますから」
「……そうか」
 ジャンブールはセオラの腰を抱えるようにして、それ以上何も言わず天幕から出ていく。
「お、お待ちくださいまし、ジャンブール様!」

 追いすがるグアマラルを無視して、ジャンブールは馬を繋いだ柵の所まで移動する。そこで辺りを見回し、怪訝な表情となった。