セオラがサンサルロへ来て半月ほど経った頃。ジャンブールから素晴らしい贈り物が二つ届けられた。
「おぉ!」
 セオラの口から声が漏れる。
 ジャンブールに促され男が恭しくセオラへ差し出したのは、白く優美な弓矢であった。
「これ、私がもらってもいいのか?」
「うん。欲しかったんだろう?」
 おずおずと手に取り、セオラはその強度や握り心地を確かめる。そして満足そうに微笑んだ。
「良いものだ!」
 弓と矢筒を胸に抱き、セオラはジャンブールを振り返る。
「ありがとう、ジャンブール! とても嬉しい!」
「はは、喜んでもらえて何よりだよ」
 ジャンブールはセオラに歩み寄り、その耳元でそっと囁く。
黒貂(ブルガン)の毛皮の時とは比べ物にならない笑顔だね」
 ジャンブールの悪戯っぽい物言いに、セオラの頬にうっすらと朱が差す。
「す、すまない。あれも別に、気に入らなかったわけじゃないんだ。ただ……」
「はは、わかってるよ。ちょっとからかっただけ」
 ジャンブールは歯を見せて笑う。
「やっとセオラを心から喜ばせてあげられたようで、安心した」
「ジャンブール……」
「それと、もう一つ」
 ジャンブールが後方に向かって合図を送る。体格のいい男が、一頭の馬を引いて現れた。
「えっ?」
「セオラ、馬に乗りたいって言っていただろう?」
 目の前に立っていたのは、艶やかな毛並みを持つ美しい白馬だった。たてがみは光の加減で金色に輝いて見える。
「まさかこれも?」
「そうだよ、君のために取り寄せた」
「ジャンブール!」
 セオラは喜びのあまりジャンブールの胸に飛びつこうとする。ジャンブールはそんな彼女を迎えるべく、両手を大きく広げた。しかし一瞬後セオラはハッと我に返り、踏みとどまった。
「いや、なんでそこで止まるの! 飛び込んできてよ、この流れなら!」
「いや、その……」
 セオラはもじもじと指の先で弓を掻く。
「とても嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう。この喜びは、言葉では言い表せん」
「なら、なおさら態度で示してくれればいいのに」
 両手を大きく広げたまま、ジャンブールがセオラへ迫る。セオラはじりじりと後退した。
「もう、仕方ないなぁ」
 ジャンブールは抱きしめることを諦め、手を下ろす。そしてきびすを返すと、漆黒の愛馬にひらりと跨った。
「おいで、セオラ。狩りに行こう」
「! あぁ!」
 セオラは目を輝かせ、白馬に乗ろうと振り返る。その時、白馬を引いてきたのが見知った人物であることに気付いた。
(バル……!)
 ゴラウンから自分を攫った、サンサルロ兵の隊長。がっちりした猪首の上に、いかつい顔が乗っかっている。そしてその双眸は、鋭くセオラを睨みつけていた。
(なぜこの男が私を睨む。それをしていいのは、攫われた私の方だろう)
 セオラはそう考えたが、対アルトゥザムの時に、自分が彼らの作戦をぶち壊したことを思い出す。その後、飛び掛かってきた兵を何人か投げ飛ばしたことも。
(だが、先に手を出したのはそっちだ)
 セオラは視線を切り、白馬に跨る。その瞬間、ズンッと重い衝撃を感じた。
(え?)
 白馬が悲鳴のような嘶きを上げ、前足で宙を搔きながら立ち上がる。そしてセオラの合図を待たず、勢いよく駆け出した。セオラは咄嗟に手綱を握りしめ、振り落とされまいと馬に自分の身を引き付けた。
「ははっ」
 耳に届いたのは乾いた笑い声。
(あいつ……!)
 恐らくバルが白馬の尻を派手に殴ったのだ。それで白馬は怒り、異様な興奮状態に陥ったのだろう。
(くっ……!)
 セオラは揺れに合わせながら徐々に身を起こし、体重を後ろにかけて手綱を引く。そうしながら地面を注意深く凝視し、馬の足が土撥鼠(タルバガン)の巣へはまらぬよう右へ左へと操った。しかし白馬の勢いは止まらない。
 やがて前方にジャンブールの黒い馬が見えたかと思うと、一瞬の後にそれを抜き去った。
「セオラ!」
 ジャンブールの声があっという間に後方へと消える。
(止まってくれ!)
 セオラは手綱を後ろに引き続ける。やがて進路の先に、なだらかな登りになっている斜面を見つけた。
(あれだ)
 その時、ダダッダダッと馬の重い蹄の音が背後へ迫った。
「セオラ!」
 声と共に衝撃があり、ジャンブールが自分の後ろに飛び乗ってきたのを、セオラは理解する。乗り手を失った黒駒が、脇を軽やかな足取りで駆け抜けていった。
 ジャンブールの腕が背後から伸びてきて手綱を掴む。そのため、セオラの背は思いの外逞しい体に包み込まれる形となった。
「よし、久々にセオラを抱けた」
「ふざけている場合か。この速さで二人も乗せて走れば、白馬の心臓が破れてしまうぞ」
「それは良くないな。君を泣かせてしまう」
「泣かん」
 二人は息を合わせ、手綱を操り、重心を移動させる。
「セオラ、あっちだ」
 ジャンブールが示したのは、先ほどセオラが見つけた斜面であった。
「わかっている、私も同じことを考えた」
 上り坂に差し掛かると、白馬は徐々に速度を落とす。案の定、ついにはその足を止めた。二人は素早く滑り降り、白馬の状態を確認した。
「……良かった」
 セオラはほっと息をつく。全力で走った馬は限界を超えると、心臓の動きを止めることがある。白馬は荒い息をついてはいたものの、問題はなさそうだった。
「頑丈な馬で、助かった」
「セオラ、何があった」
「……誰かが馬を殴った」