見捨てられ嫌われ姫の打算婚【長編版】

 第三妃イントールと第四妃オドンチメグは、二人連れだって買い物に来たようだった。互いに顔を見合わせ、仲良く会話をしながら物色している。やがて第三妃は、毒々しい赤と黒の斑の実を連ねた首飾り状のものを、興味深げに手に取った。
(イントールは怪しげな、まじないの道具を好んで収集すると聞いていたな)
 どう見ても呪いに関わりそうな首飾りだ。更に続けて、木彫りの人形を手に取る。禍々しげなそれを、うっとりと見つめるイントールの姿に、セオラは背筋がぞわりとなった。
 一方第四妃は、すぐ隣の鉱石の並ぶ場所で品々に見入っている。
(あそこにあるのは、宝石類だな)
 先程山のように装飾品を購入していた、第二妃グアマラルの姿が思い出される。しかしオドンチメグは宝石類には目もくれず、武骨な鉱石を手にしては()めつ(すが)めつしている。やがて商人がやってきて、通訳越しにオドンチメグに説明を始めた。オドンチメグは満足そうにうなずくと、沙棘(チャチャルガン)の実のごとく鮮やかな橙色の石を買い取った。
(石? あんなものを、どうするつもりだろう……)
「あ、第一妃様」
 背の高いオドンチメグが、セオラの存在に気付き深々と頭を下げた。
「よしてくれ、オドンチメグ。こんな場所で」
 セオラは慌ててオドンチメグに駆け寄る。
「ここでは私も、客の一人にすぎない」
 セオラの言葉に、年かさの妃はふっと口元を緩める。
「そう、でしょうか」
「あぁ、それから……」
 オドンチメグの背後に隠れるように立っているイントールにもちらりと目をくれる。セオラはこの機を逃すまいと、まくしたてた。
「もし良ければ二人とも、私に対してかしこまった口調はやめてもらえないか? 確かに私は第一妃だが、このサンサルロにおいては一番の新参者だ。あなた方に教えを乞うことも、今後出てくると思う」
 オドンチメグが意外そうに目を見張り、イントールも顔を上げた。
「オドンチメグ、そしてイントール、私は二人の仲良く買い物をする様子を、羨ましく思った。そんな風に心を砕いて付き合える相手が、私もほしいと。だから……、仲良くしてもらえるとありがたい」
「わかった」
 低くも柔らかいオドンチメグの声。
「じゃあ、あたしも楽にしゃべらせてもらうよ。元々、堅苦しいのは柄じゃないんでね」
 頼りになる姐御肌と言った風情のオドンチメグは、背後を振り返る。
「イントール、あんたはどう?」
「わ、私は……」
 か細く弱々しいイントールは、オドンチメグの陰に隠れたままぼそぼそと答える。
「い、いきなりくだけた口調というのは、その、ちょっと難しくて……」
「あぁ、無理強いするつもりはない。安心してくれ、イントール」
 セオラの言葉に、イントールは目を上げる。そしてほっとしたように儚く笑った。
(よし)
 少し強引ではあったが、妃二人と近づくことができた。
(これで今後探りやすくなった)


 夜になると、いつものようにジャンブールはセオラの天幕へやって来た。ホランたちの用意した夕飯の蒸し餃子(ボウズ)を、ぱくぱくと食べ始める。
(機嫌は直ったのか?)
 昼間、ジャンブールが一瞬見せた表情が気がかりだったのだが、引きずってなさそうな様子にセオラは安堵する。そして自身も、餃子を口に運んだ。プリッとした皮が破れると、中から濃厚な羊肉の肉汁があふれ出す。それをこぼさぬよう、セオラは器用に飲み込んだ。
 夕食を終えると、セオラは昼からやっていた作業の続きを始める。
「何をしてるんだ?」
「これか?」
 セオラは鉢の中ですりつぶしていたものを見せる。
「昼間、買ってもらった白梅に白檀その他だ」
「あぁ、例の本の。作ってみたんだね」
「うん」
 十分に混ざったところで、セオラは一口ほどの大きさの団子状にしていく。
「これをこうして器に入れて、生姜汁と湯を注ぎ……。できた」
 湯気の立つそれを、セオラはジャンブールへと渡す。ジャンブールは戸惑った様子を見せたものの、素直にそれを受け取った。
「これは、美味しいものなのかな?」
「分からん。私も初めて作ったものだからな」
「ぇえ……」
 困惑するジャンブールを尻目に、セオラは出来たばかりの飲料に口をつける。
「……んっ、これは」
「どうだい?」
「説明しづらい味だな。甘いような酸っぱいような、苦みもあって……、あと癖が強い」
「それは、まずいって言うんじゃない?」
 苦笑しながら、ジャンブールも器に口を寄せる。
「あっ、待てジャンブール」
「何?」
「美味しくない……と思うぞ。無理をするな、返してくれ」
 ジャンブールは、申し訳なさそうなセオラに一つ微笑みを返し、一気に中身をあおった。
「あっ、こら!」
「はは……、これは」
 ジャンブールは口元をぬぐいながら、苦笑した。
「薬だと思えば、まぁ、飲めなくもないかな」
「無理をするなと言ったのに」
「愛しい妃が、僕のために淹れてくれたものだからね」
 興味深げに、ジャンブールは空になった杯を目の前で振る。
「これは薬湯?」
「薬湯、とまではいかないが」
 セオラは、この飲料の作り方の頁を開いて見せる。
「喉の渇きを癒す、養生のための飲物だそうだ」
「ふぅん。セオラが作ったのはこれだね。熱とあらゆる体調不良と、吐き気に効く、と」
 本を閉じ、ジャンブールは肩をすくめる。
「残念ながら、どの症状もない僕には、この飲物の効能がよく分からないよ」
「はは、私も同じだ」
 セオラとジャンブールは笑い合う。その途中、ふとセオラは昼間のことを思い出し真顔になった。
「どうしたの、セオラ?」
「あぁ、その……。ひょっとして私は、お前に嫌なことをしてしまったのかと思って」
「嫌なこと?」
黒貂(ブルガン)の毛皮を私が断った時、お前が気を悪くしたように見えた」
 セオラの言葉に、ジャンブールは「あぁ」と小さく答えた。
「違うよ、気を悪くしたんじゃない」
「なら、なぜ」
「あの時、セオラは『自分に似つかわしくない』とか『申し訳ない』なんて言ってただろう? あれが、……切なかったんだよ」
『切ない』という言葉に、セオラはきょとんとなる。
「だってセオラは、ゴラウンの族長の娘だ。本来なら、贈り物なんて当然のように受け取る立場だし、自分に似合わないなんて思わないはずだ。でも君の口から出た言葉は、そうじゃなかった。それは、……君がいろいろ否定されてきたからじゃないか、と思ったんだ。君にそう言わせるようにした奴は一体誰なんだ、って」
「ジャンブール……」
 思わぬ言葉に、セオラは動揺する。
「そう、なのだろうか? 私はただ、感じたことを言っただけだったのだが……」
「あの毛皮は君によく似合っていたよ」
 ジャンブールの温かな声に、セオラの心臓がトクリと鳴る。
「よく似合っていた。気高い艶やかな毛並みが、君にふさわしかった。僕はセオラにあれを贈りたかった。あの毛皮を纏った君を見たかった」
 ジャンブールはセオラの髪をひと房すくう。
「あれほどの品はそうそう手に入るものではないが、次は受け取ってくれるね?」
「あ、あぁ……」
 不思議と、髪に触れられたことにセオラは不快を覚えなかった。ただ気恥ずかしくて、そっとその手から逃れる。
「ねぇ、セオラ。何度も聞いて悪いけど、僕の第一妃でいてくれるのは、限られた期間だけかな? 僕としては本気で君を第一妃として迎えたいと思っているよ」
「私は……」
 ジャンブールから視線を逸らす。
『サンサルロの王子の第一妃には相応しくない』、そう返したかったが、この言葉はジャンブールにまたあの顔をさせると感じ取った。
「尊敬できる男に嫁ぎたい」
「はは。それは僕じゃ役者不足って言いたいのかな?」
「まだわからん。出会ってから、それほど日が経っていない」
「それもそうか。他には?」
(他?)
 セオラは混乱する。
 大国サンサルロの王子たるものが、他に希望はないかと促しているのだ。
(なぜ私の希望など、知りたがるのだ……)
 セオラの出自や能力が、彼にとって都合のいいものであることは既に解っている。だがそれも、問題を解決した後には不要のものであろう。
(この男がここまで私の望みを叶え、手元に置きたがる理由はなんだ?)
 自分という存在そのものを、受け入れてくれているのだろうか? 心の鎧が緩みかけたセオラであったが、すぐに思い直す。どんなに冷たく扱おうとも身内の情はあると心のどこかで信じていた家族すら、いざとなればセオラをあっさりと捨てた。誰かに心をゆだねてしまっては、もしもの時に自分の足で立てなくなる。セオラはそれが怖かった。
「そうだな。私のクソ親父を殺してくれる人だと言えば?」
 さすがにこの条件には呆れると思ったセオラであったが。
「わかった。君を認めようとしなかった父親を討つよ」
 いつもの柔和な顔つきのまま、平然と言ってのけたジャンブールに、驚かされたのはセオラの方であった。