◯夜の火鷹村の山林。

本殿から連れ出された奈々は大勢の村人と共にある場所へ向かう。そこは、大昔に火神が人間と妖の争いを止める為に力を使い果たし死んだとされる場所。
生贄を捧げるのに相応しいと父と村人達は考え聖域であるその場所に決めた。
悲しむふりをしながら瑠璃奈は、生贄となった姉の姿を見てほくそ笑む。

瑠璃奈(惨めで可愛いそうなお姉様。まぁ、私と静流様の幸せの為にとっとと食べられてくれる?アンタが泣き叫びながら食べられる姿がとても楽しみよ♪)

瑠璃奈のそんな歪んだ思いを知らない静流は愛おしそうに彼女を抱き寄せる。
そうこうしているうちに、準備を終えた白無垢姿の奈々が使い役の村人と共に本殿から出てくる。
見物に来ていた村人達がようやく辻村の家から疫病神がいなくなる。等影口を口々に呟く。
奈々はそれを耐えながら捧げられる場所に向かう。
すると、涙目の瑠璃奈が奈々に近づく。

村人「瑠璃奈様…!!!」
瑠璃奈「お願い。大好きなお姉様の顔を最後にみておきたくって…」

奈々は瑠璃奈に目線を向けない。瑠璃奈はそんな姉に内心苛立つも隠しつつ奈々の耳に囁く。

瑠璃奈「アンタ無能に生まれてきてくれて本当に助かるわ。みんなから嫌われてるアンタを見るがすごく楽しかった」
奈々「……」
瑠璃奈「静流様の妻になる私が醜い氷狼神なんかに食べられずに済むもの」

瑠璃奈は奈々にしか見えない様にニタリと笑う。

瑠璃奈「静流様曰く、氷狼神は凄まじい強さと引き換えに見た目がとても醜いんですって。狼の神様だから毛むくじゃらで気持ち悪いに決まってるわ」
奈々「……」
瑠璃奈「私には関係ないからどうでもいいけど。さよなら。お姉様。食べられる瞬間は泣いてあげるから」

バレない様に口元を押さえながら奈々から離れ静流の元へ戻りなく真似をする瑠璃奈。
奈々は瑠璃奈から聞いた氷狼神の姿を聞いて頭のかで想像する。

奈々(嬲られず、そのまま食べてほしいなぁ…)

一思いに食べてほしいと願う奈々。

奈々(痛みも感じないまま死にたい。もう痛いのは嫌だから)

奈々の脳裏に浮かぶのは両親達から受けた暴行や暴言を浴びせられた思い出。ようやく苦しい日々から解放されるのだと思うと奈々の中から氷狼神と死に対する恐怖心が薄れる。
満月が天辺に昇る頃に凍てつく風が吹き上がり始める。
生贄になった奈々の行く末を見物しに来ていた村人達は突然の凍てつく寒さに恐怖で震え上がる。

瑠璃奈「静流様…」
静流「そろそろだな。大丈夫。瑠璃奈は俺が守る」

イチャつく2人を後目に奈々は凍てつく風が吹く方向に顔を向ける。その顔は覚悟を決め目を閉じる。

奈々(氷狼神様がどんな姿であろうとどうなっても私は死ぬ運命だ。これでやっとみんなの役に立てるの。だから早く…私を…)
伯斗「奈々」
奈々(え…?)

聞いたことのない優しい声で囁かれた奈々は目を見開き慌てて顔を上げる。
凍てつく風と満月の光と共に現れたのは瑠璃奈が言った様な毛むくじゃらでも何でもなかった。
奈々の目の前に現れたのは美しい黒髪の男だった。
奈々だけではなく周りで見ていた瑠璃奈達もひどく驚いていた。

奈々「あ、あの、貴方は…?」

驚く奈々を見て伯斗は嬉しそうに微笑む。

伯斗「先に氷狼神と言った方が早いか?お前を迎えに来た」
奈々「迎えに?でも、お父様達は人間を守ってもらう代わりに私を食べるって…」
伯斗「あれはあの馬鹿…否、雷神の嘘だ。俺はお前を迎えに来たのだ。俺の大事な花嫁として」
奈々「花嫁?私が?!」
伯斗「ああ。そして、お前の中に眠る真の力を目覚めさせる為に」

伯斗は奈々に近付き愛おしそうに彼女の頬に触れる。
頰を触れられた奈々だが嫌だとは思わなかった。寧ろ、どこか懐かしい気がした(前世の陽菜の記憶がそうさせている)

奈々「(ずっと前にこの人に触れられたことがある気がする。どうしてかしら?私の名前も知っていたのも気になるけど…)あの…貴方の名は?」
伯斗「霜月伯斗。伯斗でいい」
奈々「伯斗…」

伯斗の美しい灰青色の目に見惚れてしまう奈々。そんな彼女を伯斗は優しく抱きしめる。
すると背後から瑠璃奈の叫び声が響いた。
伯斗は苛立った表情で声がした方に顔を向ける。

瑠璃奈「う、嘘よ!!氷狼神様がこんな美しい殿方なんて聞いてないわよ!!しかもお姉様を花嫁にするとか何なの?!!」
伯斗「出来損ないの雷神の婚約者か。あんな嘘を信じてほくそ笑んでたくせに何を言うか」
瑠璃奈「っ…!!ひ、氷狼神様!!実はこの女は異能を持たずに生まれてきた無能なんですよ!!私の方が貴方の花嫁に相応しいですわ!!」
伯斗「雷神の妻になるというのに愚かだな。見た目で選んでるのが丸見え。それに奈々は無能なんかではない」

瑠璃奈を追いかけてきた静流と両親も現れる。

伯斗「奈々を目を瞑ってくれ。今からお前の中に眠る力を目覚めさせる」
奈々「本当に私にそんな力があるの?」
伯斗「ああ。やっと解き放てる。待たせてすまなかった」

奈々は伯斗を信じ彼の言う通りに目を閉じる。伯斗はそっと自身の唇を奈々の唇にそっと重ねた。
奈々は突然のことに驚き目を開くが、それと同時に彼女に異変が起こる。
そっと伯斗から離れ宙に浮いた奈々の身体が柔らかく優しい炎の様な光に包まれる。

瑠璃奈「な、なんなの?!」
父「まさか奈々にも異能があったというのか?!瑠璃奈よりも強い力を?!!」
静流「そんな、火神も、その巫女も滅んだはずなのに…」

唖然とする瑠璃奈達。伯斗は誇らしげに光に包まれ火の巫女の力を開花させる姿を見守る。
そして、光に包まれていた奈々が遂に姿を現す。
その姿は、黒かった髪が血の様に赤い髪へと変わり、瞳も翠玉の様に美しいものになっていた。