◯夜。辻邑家の奈々の父親の部屋。
父の口から妹の幸せと村の平和の為に生贄となって死んでくれと死刑宣告された奈々は突然のことで言葉を失う。
瑠璃奈と母親はニヤニヤした顔で絶望する奈々を見ている。

父「可愛い妹の幸せと村の為に氷狼神の生贄となってくれ。奈々」
奈々「そん…な…」

奈々は青ざめ、恐怖で震えている。

奈々モノ「氷狼神様は人間界と神界を守る守護神の一人でその力はどの神よりも強力と聞いていた。けれど、人間界を守る代わりに生贄を捧げなければない。その生贄も普通の人間では駄目だ」

異能を使う瑠璃奈の姿と何なく沈む奈々の姿。

奈々モノ「火神から異能を授かった一族の血を引く者ではなければいけない」
母「瑠璃奈を差し出すわけにはいかないものね。瑠璃奈は立派な雷神様の花嫁になるのだから」
瑠璃奈「そうよ。幾ら私が異能持ちだからって氷狼神様の餌になんてなれないわ。嫌よ。食べられちゃうなんて」
奈々「……ですが、私には異能がありません。氷狼神様はすぐに気づく筈じゃ…」
静流「火神から異能を授かった一族の血さえ流れてればいいんだ」

背後から聞こえてきた襖が勢いよく開く音と声に驚いた奈々が後ろを振り向くとそこに雷神・片淵静流が勝気な笑顔を浮かべながら立っていた。
静流を見た瑠璃奈がうっとりした様子で彼の名を呼ぶ。

瑠璃奈「まぁ♪静流様♪来てくださったの?」
静流「ああ。瑠璃奈の顔が見たくなってな。相変わらず辛気臭い顔してんなお前のお姉様は」
瑠璃奈「仕方ありませんわ。今さっき氷狼神様の生贄になれって聞いたのですから。きっと食べられてしまうのが怖いのでしょう?」

奈々は耐えるように目を瞑る。

奈々(本当に嫌な男。どうして華山様はこの人を雷神に選んだんだろう?)
奈々モノ「東莱華山。静流様のお父様で先代の雷神。息子である静流様を次の雷神に選んだ。長子である事と、受け継がれた雷神の力が他の誰よりも強力だったからだ。でも…」

奈々は少し目を開け華山を憐れむ。

奈々(今の静流様を見て嘆いていたわね。こんなに傍若無人だったなんて。やっぱり弟の露華様に継がせればよかったと言っていたけれど…)
父「奈々を氷狼神に捧げた後に静流様と瑠璃奈の婚姻の儀を挙げる。この村を支える雷神と雷の巫女の門出をしっかり祝わなければな!!」

母親が見下す様に奈々を見て嘲笑う。

母「うふふ。とても素敵な式にしましょう♪奈々?村と可愛い妹の為に氷狼神様の餌になりなさい」

母親は持っていた扇子を使って奈々の顎をぐいって上げる。奈々は少し痛そうな表情を浮かべながら母親を見る。

母「逃げたりしたら承知しませんからね」
奈々「……」
母「返事は?」
奈々「っ…はい。お母様」
母「全く。ただでさえ無能でどうしようもないアンタをここまで育ててやったのだから、最期ぐらい恩を返してちょうだい?いいわね?」
奈々「わかってます…」

◯ 霜月家の伯斗の部屋。
沈む奈々を遠くから見守る鴉が一羽。木々に止まっていた鴉はカアっと一声だけ鳴くとどこかへ飛び去ってゆく。
飛び去った先で鴉はある男の腕に止まる。
鴉は自分が見てきたものをその男に報告する。

鴉「辻邑の者が花嫁を決めていました。伯斗様の言う通りでした。あの者達は、奈々様のことを何も分かっていない」
伯斗「そうか。全部予想通りだったな」
鴉「すぐに奈々様を貴方の生贄として差し出すでしょうね」
伯斗「ああ。こっちもすぐに奈々を迎えに行くつもりだったから丁度いい。早速支度の方に取り掛かろう」
鴉「はっ!」

奈々を迎えに行く支度をする為に飛び去る鴉を見送る伯斗は美しく輝く満月を見る。

伯斗「もう少しで先祖と火神の願いが叶えられる。そして、奈々を苦しみから解放できる。火の巫女としての開花も近い」

月を見ながら奈々を想う伯斗。

伯斗「奈々。俺の愛しい花嫁。やっと見つけた」


◯火神が祀られる火鷹神社。本殿。
数日後の奈々と瑠璃奈の18歳の誕生日。
瑠璃奈が雷神・静流との婚約したことを伝えられた村の者はとても喜ぶ。
それと同時に姉の奈々が村の平和の為に氷狼神の生贄となることを伝えられる。瑠璃奈の時とは違い「無能なのだから当たり前」等とくすくす笑う。
神社の本殿で支度を終えた白無垢姿の奈々が新月の夜空を人生最期の月なのに今日に限って月が隠れてしまっていると夜空に思いを馳せる。
奈々の手には逃げられない様に鎖がついた手枷、足にも足枷が付けられていた。(わざとキツく付けられていて赤くなってしまっている)

奈々(生贄になれと告げられた時はあんなに綺麗な満月だったのに。今日は星空だけ。無能な私に相応しい最後の夜なのかもしれないわね)

ため息を吐く奈々。
本殿の外では瑠璃奈と静流が祝福されている声が聞こえる。

奈々モノ「私が死んだ後に挙げられるであろう瑠璃奈と静流の婚姻の儀では、自分が着ている白無垢よりもっと良い物を着るのだろう」

奈々の想像上の幸せそうな静流と白無垢姿の瑠璃奈。

奈々モノ「私が生贄となって村を平和にしても、両親や村の者は当然のことなのだから無能は最期ぐらい村の役に立てとすぐに忘れられる。それでもかまわない。もうぶたれずに済むのだから」

無理矢理自分を納得させる奈々。恐怖を押し殺し氷狼神が現れるのを待つ。