ミキオは、ヨシタカに最近の恋愛事情を説明したうえで心を打ち明け悩みを相談し、対策みたいなものを授けられた。今日することに対して準備は万全であった。

 恋愛の物語では主人公が鈍感すぎてイライラすることが多いが、主人公が鈍感でないとラブコメはあっという間に終わってしまう。如何にイライラさせないかが原作側の手腕なわけだが、ミキオは力強く語る。

「オレのラブコメはあっという間に終わらせてやるぜ!」

 という風に彼は発奮していた。じれじれが彼は嫌いだったのだ。

 恋愛ベテランの耳年増・瑞葉(ミズハ)がミキオに前もって言ってきた。

「ひとつだけ言えることはね、後悔というものは、どれだけ振り払っても、あなたに追いついてきて、縋りついてくるものなの。ミキオくんがこれから楽しく生きていくためには、朱莉ちゃんに失恋しても潔く切り替えていかなければいけないわ。過ぎた過去にすがる労力というものは、いつか予想以上に大きくなるからよ。当たって砕けてきなさい!」

「よく解らんかったが、やっぱり砕けないといけないんだな……」

 ヨシタカとミズハのカップルにはお世話になったな……とズボンのポケットに手を突っ込みながら肩をいからせて歩く。

 夜の帳が下りる頃、ミキオは朱莉の家の近所の公園に着いた。
 いよいよミキオはお別れの覚悟を持って足を踏み入れる。

 するとブランコの傍に(たたず)む女の子が見えた。ぱっちりした目は今は伏せられていて、祈るように掌を胸の前で組んでいるのは朱莉だった。これからの厳しい展開を予感し、小さな胸を痛めながら、緊張しているのだろう。

 いつも元気で周りを笑顔にしてくれたミキオの大好きだった恋人……。理想のカップルと噂されていたのが嘘みたいである。

「朱莉、呼び出しに応じてくれてありがとう」

 何かをミキオが覚悟したことが、この声掛けで確かに朱莉に伝わり、これから起きる出来事を朱莉は察した。

「……うん」

 喉が乾ききって朱莉の返事は小さく弱々しかった。

「あそこに座ろう」

 ミキオは朱莉に声を掛けてブランコ横のベンチに座った。近くの自動販売機で購入した緑茶とコーヒーのうち、お茶の方をミキオの左側に座ろうとした朱莉に渡した。

「朱莉、最近は元気に過ごしてたか?」

 カップルどころか同級生とは思えない程、疎遠な関係を伺わせる言葉から始めた。

「私は元気にしてました。ミキオくんは?」

「オレか……オレは朱莉の事を想って毎日モンモンとしてたなぁ」

「そ、そうですか……」

「……」

「……」

 言葉のキャッチボールが続かない。仕方がなくミキオは本心を打ち明けようと、早速、本題を話し始めた。

「オレ、朱莉が達也先輩とくっつくのなら反対しないぜ? 最初の頃、朱莉に相応しい男子が出てきたらオレに遠慮するなと話したっけ。覚えてるかな?」

「はい、覚えてます」

「最近のオレたちは付き合っているカップルとは言えないと思うんだ。だから先日、話をしようと朱莉の自宅に行ったんだ。こうやって公園で話そうと思ってさ。朱莉の家の傍で電話をかけたら、時間がないという事で朱莉に断られて、タイミング悪く朱莉の部屋を見てしまったんだ」

「えっ、そんなことがあったんだ……いつ頃のことですか?」

「ついこないだ。夜に時間あるか? って聞いた時」

「あの日……、時間ある? って言ってたのは電話じゃなかったの? 家まで来てくれてるんだったら、部屋に上がってくれれば良かったのに」

 最初、話を聞いた朱莉はミキオが何を指しているのか分からなかった。自宅まで来ているのに呼び鈴すらなかったことだと気がつき、最悪の展開がくることを察してビクっとしてしまった。

 もうこの件から避けて通れない……とも思い起こした。

「オレが時間がないと断られて部屋を見上げた時に、朱莉の部屋で朱莉と男子が笑い合う声が聞こえて、その時に察したんだ、ここ最近ずっとデートが出来なかった事、スレ違いばかりで一緒に登下校も昼飯もおざなりになっていたことが、その男子の存在のせいじゃないかと思ってさ」

「あ……あの時は、たしかに達也くんが部屋にいました……」


【部屋に男がいた経緯】

「そうか、朱莉の相手は達也先輩だと思っていた。だから正直に話して欲しい。達也先輩と、どういう関係なのかを」

 朱莉は予想した通り、ミキオから別れ話をされているのだと確信した。彼がいつもと違う強引さで大切な話があると誘ってきて、どうしたんだろうとは思いながら嫌な予感がしていたのだ。

「ご、誤解です……ミキオくん、わ、わたしね……」

「……」

 ミキオは朱莉が語りだすのを待っていた。しかし口をもごもごするだけで一向に話が始まらなかった。

「朱莉……話してくれなければ、オレが想像しているのが正解だと考えて帰宅するけど、いいかな? 喋りたくない気持ちも分からないでもないし、これ以上、強制的に話をさせようというのはオレも望まん」

「――達也くんのこと……幼馴染っていうのは不思議ですよね」

「無理に話さなくてもいい、後で結論だけメールで送るよ」

「――そ、その結論というのは、お別れなのでしょうか?」

「ああ、ハッキリ言えば、その通りだ」

 今までと違う、ハッとした驚きの顔が朱莉に広がる。見る見るうちに目頭に涙が溜まっていき、奇麗な顔がぐしゃりとなり、泣くのを耐えるのに一生懸命になった。

 それでも泣き出さず、ぐしゃりとなった顔のまま俯き肩を震わせていた。

「いえ、聞いてください」

「分かった」

「あの日、達也くんは暴漢グループの仲間だったと言ってきました。それを私が非難したら、逆に私が(なび)かないせいだと責めてきて、ビデオ通話の切り忘れの時と同じように無理やりに抱き締められキスされました」

「!」
(な、なんだとぉ)

 血の気が引いていくのが分かった。

「ただビデオ通話の切り忘れの時と違うのは、キスをされ口を塞がれたまま、わたしをコロンとベットに押し倒してきて服の隙間から手を入れられてしまい……」

 遊園地の大観覧車で朱莉とファーストキスをするという夢が音を立てて崩壊していく。

「待った、ベットの上からの話は詳しくしないでくれ」

 聞きたいけど聞きたくないという複雑な心境と戦うミキオ。ただ聞いてしまえば戻ってこれなくなってしまうと本能が叫んでいた。

「はい、わたしはお母さんに助けて貰って、彼は謝りもせず帰り、今に至ります」

「話を変えよう。あの廃倉庫の監禁時の事をもう少し話してくれ」

「はい、暴漢グループの数名は達也くんの顔を知っていましたが、顔をよく知らなかったメンバーが殴る蹴るをやりすぎてしまって、達也くんは失神してしまったと白状したのですが、それを聞いた私は、嫌がらせをけしかけて自分が救うという自作自演みたいなものだと思いました」

「!!」

「でも事情を知らなかった他の多数の暴漢者たちは、いつも通りにエッチなビデオ撮影をして売るという作業の為、わたしを脱がせにかかってきたのだそうです。わたしは懸命に逃げようとしました……」

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「そんな事があったにも関わらず達也くんは今でも幼馴染ですし、縁を切りたくても切れない、幼馴染なんて、今では切ることが出来ない呪いなんです。恋人なら別れれば他人になりますが、幼馴染は延々と繋がってしまいます。より酷いです」

「……」

「こんな幼馴染がいたら、ミキオくんと仲良くなっても嫌がらせをしてくるのでは? と心配で、どうすればいいのか悩んでしまい、また、これからも達也くんから身体に手を出されるのでは? と怖くなってしまい……誰にも話せず精神的に引き籠ってしまいました」

 想定外の話を聞かされてミキオは愕然としていた。知らなかったとはいえ、いつの間にか愛しの恋人のファースト・キスが奪われていたのだ。

 朱莉は以前言っていた。(瑞葉と同じように)結婚するまでは何も性的なことはしてはいけない、と。特に朱莉の父親からも健全な交際をするようにと厳命されていたので、キスすらしていなかった。ハグと恋人繋ぎがせいぜいだった。それでもミキオは幸せを感じ、朱莉をとても大切にしていた。

(にも拘らず達也先輩の野郎、嫌がる朱莉を抱き締めて唇を奪うとは、しかもファースト・キスを。最低でもキス二回も! さらにベットに押し倒して服の隙間から手を侵入させただとぉ、オレの可愛い朱莉を! 許せん!)

 正義感に嫉妬が加わり、怒りで狂いかけてしまうミキオ。

「なんてこったい!」

「ごめんなさい……」

「どうしてオレに話してくれなかったんだよ、どうして……」

「でも、だって……、あなたに嫌われたくなくて……ごめんなさい……」

「うむ、でもだっては今は置いておこう、まだ聞きたいことがある。説明してくれ」

 ミキオは気を取り直して話を促した。