【巡る思考】
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 部屋に戻ってから今までのことを考えてみた。

 ……確か、ラノベの主人公だと、ラブホテルから恋人と知らない男が手を繋いで出てきてキスしてる光景を目撃してさえも何もせずに学校へ行って、一人寂しくモンモンとしてる描写ばかりよな。恋愛初心者のオレの場合だと、すぐにスマホでお別れメッセージを送って、恋人との付き合いを終わらせるのが良いと思うのだが、間違っているのだろうか?

 今までラノベの主人公がヘタレだとばかり思っていたが、ひょっとしたらオレがそう思うのはオレが恋愛初心者だからであって、実際は耐え忍ぶのが本物の男、否、真の漢だと言えるのじゃなかろうか?

 今回、朱莉の部屋で、朱莉以外に男子が居たのを目撃した。しかも少し時間をくれと願ったのに忙しいの一点張りだった。これって”ラブホから手を繋いで出てきた”の次点レベルで決定的な目撃じゃないだろうか。

 今すぐ電話かメッセージで「さっき朱莉は忙しいと言ってたけど、男が朱莉の部屋にいるからだよな? もう朱莉のことが信じられない、信頼は失墜した、お別れだ、サヨナラしよう」って送れば済む話だよな?

「そんな、いきなり別れるなんてイヤ」とか返事が返ってきたらどうする?
「オレが電話で誘った後、部屋に男がいるってところを見てしまったんだよ」と言えば終わりだろう。

「部屋にいたのは達也くんなの! 誤解よ」と返事が着たらどうしよう?
「幼馴染でも高校生だろ、夜遅くに朱莉の部屋で二人っきりというのはオレは嫌だな」と返す。

「じゃ、もう二度としないから」と返されるな。うーむ。

 待て、そもそも……だ。

「ミキオくん、分かった。別れましょ。最近すれ違ってばかりだったし」って返事がきたらジエンド。
「ま、まて早まるな朱莉、オレが悪かった」って返しちゃうよな。まず朱莉の怒りをおさめないと。

 いや、別れるんだから怒りをおさめなくていいのか。

 この思考のグルグル巻きは何だってばよ。


 ……そして以前ヨシタカが言っていた言葉を思い出した。「いいかミキオ、ラノベではNTR現場を見てしまった後で主人公が何もせず日数が経ち、さっさと行動しろよと思っている読者はイライラの絶頂に陥るだろ、それはNTR現場を見たせいで主人公の脳が脳死に至っているからで、すなわち脳破壊が起き、正常な判断を無くしてしまったせいだ。決して主人公が行動を起こして裏切った彼女と別れてしまった瞬間に物語が終わってしまうラブコメと同じだからではない」

 ……奥が深すぎて、やっぱりヨシタカが何言ってたのか理解できないな。恋愛初心者のオレからしたら、ラブコメの鈍感主人公なんて物語を引き延ばすだけの要素だし、NTRと浮気も同じだろ、現場を見るかどうかの差しかないというか、うーむ、やっぱり分らん。

 朱莉を疑って問い詰めるのがベターか、恋人の朱莉を信じきって、今まで通りに過ごすのがベストなんじゃないか?

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 これじゃ、どんなに考えても恋愛初心者のオレには解決できん。明日にでも義孝に相談しよう……。

【恋愛…悩み相談】

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 昼休み、小林ミキオはヨシタカと席を前後させて弁当を食べながら相談をしていた。

「掻い摘んで説明すると、今のオレと朱莉は危機的状況だ。まさに崖っぷち」

「うーん、俺と小林が立場逆転して久しぶりに嬉しいけど、聞いた話を事実羅列すると結論は一つだな」

「言ってくれ」

「最悪を軽めにオブラートで包んで話すのが良いか、そのまま事実からの推測を述べるか、どちらがいい?」

「率直にヨシタカの意見を頼む」

「分かった」

(ごくり)

「ずばり、小林はNTR界に片足を突っ込んでいる!」

「な、なんだってぇぇーー!!」

 まさかのNTR(寝取られ)か……。

 義孝ではなく、まさか自分に降りかかってくるとはショックだった。しかし朱莉のことで悶々としていた日々の反動で醒めてしまったのか、免疫が出来たのか、心が鈍感になり、あまり動かなかった。

「しかし、あの朱莉が裏切る様な事なんてするかな……筋通す子だと思うが」

「朱莉ちゃんの親しい男子関係と言ったら、廃屋倉庫の時の達也先輩しかいなかったよな。幼馴染の彼は、朱莉ちゃんに恋心を持ち、ミキオとの交際で嫉妬にまみれて、ストーカーになりかけていた」

「うむ、盗撮写真はエグかったな……」

「ところがいざ朱莉ちゃんがピンチになったら、一人で十数人相手に立ち向かう勇気を見せた。俺が思うに、それで彼女が胸キュンっとしてしまったのだろう」

「それはオレにも分かる。あの時の二人は好いムードだった」

「そうだな。それでミキオとの連絡が少なくなり、デートもしなくなり、忙しいと断るだけで、その忙しい具体的な理由は恋人であるミキオに伝えていない、最早、王道パターンに入ってラブホゴール間近な段階だ」

「ら、らぶほゴール……」

「自宅デートでもありえる。カラオケでもイチャイチャBぐらい進んでいても不思議じゃない」

「ヨシタカはNTRのベテランだから的確な意見だな。すこぶる辛辣で、鬼のように見えるがソレは置いておく。オレでも普通に泣くレベルだけどな」

 不名誉なベテランNTRerレッテルを貼られた義孝。

 しかし、愚図ってはいられない。辛いがこれからの予定を推測せねばならない。

「今後、駅前周辺に行けば、二人で腕を組んで密着して歩いていたり、恋人繋ぎで彼氏(ミキオ)が見たこともないような、素敵な雌顔の笑顔をした彼女(アカリ)を目撃し、最悪なパターンでは、ラブホから出てきて恋人キスをする二人を、偶然に見てしまうかもしれない」

「じ、地獄だな」

「まずありえない確率だが、なぜかネトラレ界では、普通に90%の確率で目撃してしまうんだよ」

「それって避けることは出来るのか?」

「残念ながら、まず無理だな。ネトラレ神に見初められたものは、地獄を観なければならないんだ」

「回避不能かよ、ネトラレ神より上位の神様にお願いするのはどうだ?」

「ネトラレ神より上位って、あの女神様(ハルちゃん)の事か?」

「うむ、あの女神様に頼んでみる」

「小林と朱莉ちゃんが別れそうです、よりを戻してくださいって頼むのか? あの女神様に」

「うむ」

「ネトラレ神に、貴方やりすぎよ、って怒ってもらうならまだしも、小林の不始末を頼むのはなぁ、無理ちゃう?」

「そうか」

「そう。恋人を作るのは自力で頑張ってね、って昔お前に言われてた気がするが」

「そうだったか」

「それぐらい思い出せよ。恋人欲しいって言った時に即却下(#)だったろ?」

「いつも恋人欲しいって言ってたなオレ」

「話を戻すぞ。今の時点で小林がやれることは、正直に現在の不安・心情を朱莉ちゃんに伝えること、そして互いに何を考えているのかを話し合う事、そして倦怠期やら疎遠路線を防ぐ打開策を二人で模索する事だな」

「ああ、それなら出来そうだ」

「最後に納得がいかねば、最悪、朱莉ちゃんと別れることも視野にすべきかも知れない」

「ぐっ……別れることからは逃げられないのか」

「小林、辛いかもしれないが、自分が朱莉ちゃんと別れたら、彼女が幸せになれるかもしれない、という視点を持つことは重要だぞ。一旦恋人同士になると他の異性とは親しくできない、彼女の自由を縛っているのが彼氏かも知れないんだ」

「オレが朱莉を縛っているのか」

「ということ。朱莉ちゃんのために身を引いてあげるのも一つの手段だし、無理に一緒に居ても恋人らしいお付き合いが出来ないのなら、達也先輩に限らず、次の恋人を見つけて貰った方がいい」

「……オレと朱莉、オレたち相性が悪かったのかな?」

「いや、小林と朱莉ちゃん、二人の性格は合っていると思う。唯、彼女には達也先輩という長期の仲良し縁者が傍にいて、その男が命がけで自分を愛してくれていると知れば、様々な気持ちが沸き上がってくるのも自然だと思う」

「襲われていた女の子を救って両想いになるのは腐るほどあるもんな。白馬の王子様のように。古今東西の映画、アニメしかり」

「これだけは運が悪かったとしか言えないな。別の見方をすれば、達也先輩からすると小林が間男扱いになる」

「お、オレが間男扱いになる……だと、言われてみれば……」

「ただな、彼には少し危険な臭いがある。最初は暴漢連中と仲間じゃないか、自作自演で救う王子様を演出したのではないかと、疑いはあったからな。警察の捜査ではシロだったが」

「朱莉も最初は達也先輩の事を、暴漢の仲間だと疑っていたもんな。でもオレ、色々と考えすぎて、何が本当で、何が間違いなのか、何をするのが優先なのか、しちゃいけないのか、優先順位が分からなくなってしまった」

「そうそう、なっ、脳破壊が進むだろ? それも一つの人生経験だぞ」

「そんな経験したくないわ!」

「お、おう」

「でも人生経験ってもよ、そもそも朱莉が達也先輩を選んだのなら、彼と付き合う前に、筋を通してオレとは別れてから付き合うべきだと思うんだよな」

「それは……その通りだな。達也先輩とは未だ彼氏彼女にはなっていないかもしれないし、とりあえず順序としては、次に小林が朱莉ちゃんと会った際に別れ話をする、という事で好いだろう」

「なぁヨシタカ、別れるコース以外で、一発逆転って手はないのかな?」

「今までの話からすると難しいな。ネトラレ界へようこそ、としか言えん」

「寝取られ界って怖すぎるだろ……家でじっくり考えてみるよ、サンキューなヨシタカ」

「おう、何かいい案があったら又MTGを開こう。あと忘れるなよ小林、NTR界の怖い所は純愛度が高い程パワーアップするんだよ」

「さすがネトラレ界の重鎮、貴重な意見ありがとう、じゃーな」

 その時、ちょうど下級生のヨシタカの妹・由愛(ユアイ)が教室に来た。

「お兄ちゃん、一緒に帰ろう。瑞葉(ミズハ)ねえちゃんも下駄箱のところで待ってるよ」

「ああ、今終わったところだ、行こうか」

「晩御飯はアサリのクリームパスタが好いなー」

「そうだな、じゃ駅前のパスタ屋さんに行こうか」

「由愛ちゃん、兄貴を借りてて、ごめんな」

「私は小林先輩が朱莉さんと上手く行くことを祈ってるよっ、じゃーねー」

「気をつけてな(由愛ちゃんはいつも可愛いなぁ)」


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 ヨシタカがいうネトラレ界の論理……最後の方は特に理解できなかったが……。

 とにかくオレに起きる次の試練は、駅前辺りで男性と腕を組む朱莉を目撃してしまう事、知らない男性と恋人繋ぎをする朱莉を見かける事、公園でキスをする朱莉を見て自殺を考えること、駅裏で男とホテルから出てくる朱莉とバッタリ出会ってしまって地獄を見ること……。こんな光景たちに、これから遭遇してしまうのか……。

 これって有り得ないほど低い確率の遭遇を、ネトラレ神とやらが誘導して偶然に目撃させてくれるんだろうな。なんだよネトラレ神って。魔王より怖すぎるだろ。

 心が耐えられなくなる前に朱莉と直接話すか……

 決意するミキオだった。



(#)即却下:真ん中辺です。
勇者たちの使命感:第14話 最終回
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