その頃、ミキオはGPSで確認した朱莉の場所が廃屋の倉庫と分かり警察へ110番していた。
受付対応の警官が言う。
『えっと、小林さんは、彼女……あかりさんという女の子をナンパから逃がして、駅へ向かわせた。そして後に駅へ向かったけど、彼女はいなくなっていた、彼女に持たせたGPSで確認したら徒歩では直ぐに行けない廃屋に居る……ということですね。駅へ向かった女の子が誘拐された場面は見ていないということで、それでは出動するわけにはいかないですねぇ。そこで、まず小林さん、貴方にやって頂くのは、小林さん自身で廃屋へ行ってもらって、女の子が拉致・監禁・拘束されているのを確認して下さること、それからお電話くださいね』
「ああ、はい、分かりました。確認したら直ぐに110(電話)します」
ガチャ。うーむ。
おっと義孝に位置情報を連絡してっと……。
『よお、なんだ小林。デートの自慢でもするのか?』
「違う。あのな義孝、ナンパされてた朱莉が攫われた。彼女が現在いる場所の位置情報は今から送る。男たちの人数は不明、助けがいる。ナンパは三人だったが攫ったのはタイミング的にも奴らの仲間だと思う。警察へは通報したが、現場でオレが拉致監禁を確認してからだと」
『おいおい警察の動きマジかよ。しかし予想してた通り朱莉ちゃんが攫われただと、いきなり深刻だな。でも状況は理解した。今着信した廃屋倉庫の位置情報から距離と短い時間から彼女は車で攫われたんだろうな、一番近いのは小林、お前だな……サトシにも声を掛ける。俺も直ぐに駆けつける。それまでガンバレ』
「了解。まぁ警察は俺の話し方が悪かったかもしれんがな。ヨシタカ、なるべく急いで道に迷わず正確にな。先に行って待ってるぜ」
『五人ぐらいなら素手でも小林一人だけで何とかなるだろ』
「ああ余裕だな」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
【廃屋の倉庫の外】
「110番、えっと先ほど女の子の誘拐でお電話しました小林幹夫と申します。指示通り倉庫内で女の子が拘束されているのを確認しましたので、なるべく早く出動して助けて下さい。男の人数は正確には分かりませんが十数人ぐらいと思います。武装は特にしていないと思います」
『分かりました。警官が到着するまで手を出さずにお待ちください』
「(これで警察が来るまで粘ればいいな。早速乗り込むぜ)」
ガンッ! ドカッ!
ドアをけり破るミキオ。
「助けに来たぞ! 朱莉っ」
見たところ、気絶して倒れている男子が一人、朱莉は腕を後ろ手にしてタオルとガムテープで拘束されていた。丁度、二人の男が朱莉を脱がすため制服のボタンを外そうとして彼女が嫌がっている場面だった。AV撮影なのか録画係まで居る。手慣れた感じがした。
「ミキオくん! だ、だめよ、逃げて!」
「おいおい、またお邪魔虫かよ」
「エロビデオの撮影会かよ! 汚い手を朱莉から放せ、コラぁ!」
ミキオは朱莉の元へ一直線で走って、手を出そうとしていた男、足を掴んでいる男を蹴り飛ばした。一瞬で決まるスピードだった。それを見た他の男たちが目を見開いて驚いていた。ミキオが仕留め損ねた、朱莉を後ろ手にして腕を掴んでいる男が叫ぶ。
「何だお前、余計な真似を、お前はこの娘の何だ?」
「彼氏だ」
「彼氏はそこで気絶しているがな」
……と言って気絶している男子を指さした。
「な、なんだとぉ……彼氏はオレじゃないのか」
ミキオは全身を雷に撃たれたかのような衝撃を覚えた。
「ミキオくん! 今はそこ気にするところじゃないから!」
「(なんだ、この突然現れた馬鹿強い奴は……倒された二人とも運動部で猛者だったのに……チッ)」
同時に男がぐいっと朱莉を引き寄せて、ナイフを懐から取り出して彼女の首筋に当てた。ミキオが飛び込んできて、男たちが油断していたとはいえ、あっという間に二人を倒されたので警戒したのだ。目にも止まらない速さ……を具現化したかのようなミキオのスピードは驚くべきものだった。
「おい冗談きついな。女子供をナイフで脅すとは」
「動くなよ小僧、彼氏だか何だか知らんが、動けばこの娘が傷つくぞ」
「ミキオくん、倒れている彼は達也君というの、私の幼馴染の高校3年生、助けに来てくれたんだけど……」
「逆にやられてしまった、という訳か」
「うん、ミキオくんも今すぐ逃げて、わたしの事は良いから、大丈夫だから」
「動くなと言っているだろ、おい、皆でコイツを囲め」
ドカッ!
動画撮影をしていた男が、斜め後ろからミキオの脇腹にケリを入れた。正面の男との会話途中で意表を突かれたミキオは耐えられず蹲る。
「うぐっ……」
遠巻きにしていた他の男たちも寄ってきてミキオの腹にケリを入れる。頭を蹴ろうとする者もいた。頭を蹴られると脳が揺さぶられフラついたり最悪気絶してしまうので、それだけは上手く躱したが、朱莉がナイフで人質になっている為に反撃ができなかった。
腹は蹴られる瞬間のインパクト時に筋肉にタイミングよく力を入れれば大したダメージにはならなかった。
「くそっ、ナイフ野郎を先に倒しておけば……」
流石のミキオでも万事休すだった。二人倒したと言っても残り十人いる。
暴漢の隙を伺いつつも絶望しそうになった、その時だった。朱莉の首にナイフを突きつけていた男が急に糸が切れたように倒れた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「小林君、手を貸そうか」
「さ、サトシ……」
「サトシ君!」
爽やかな笑顔で登場したのは聡だった。
【決着】
「小林君、手を貸そうか」
「サトシ! お前……来てくれたのか」
「フッ、小林君が手を貸してくれなどと言う男とは思えないけどね」
「いや。でも今回は助かったぜ」
「サトシ君も来てくれたのね! ありがとう」
「なんだコイツ、フェニックス一輝みたいな登場しやがって」
聡は思った。男性の”異性としたい”というのは性欲であり、女性の異性としたいというのは愛情を確認するためだ、と聞いたことがあった。ここにいる暴漢たちはたった一人の女の子を相手に、性欲で汚すつもりだったのだろう。
サトシはこのようなクズたちを大変軽蔑している。他人を顧みない自分勝手な自己中心者は特に嫌いである。怒りに身を包ませて周囲の暴漢たちを睨む。不思議なことに、サトシの身体を中心に空気の揺らぎが発生し、コンクリート床の隙間からわずかに出た足元の小さな草が少し揺れていた。
ミキオは倒れたナイフを持つ男に向かって駆け寄り、ナイフを蹴り飛ばし、朱莉を抱き締める。
「大丈夫か、朱莉!」
「ミキオくん、あ、ああ……あーーん」
安心したのか泣きわめく朱莉。
「ごめんね、ごめんね。駅に向かって走ってたらワゴン車が……」
彼女の脳裏には、組み敷かれナイフで脅してきた男が突然糸が切れたように崩れ落ちたことがあった。
「サトシくんが……、何もない所から急に出てきた感じがして、サトシ君が男を倒して……」
解放されたものの腰が抜けていた為に動けず、その認知が追いつかず、いまだ言葉にならない。目の前には何処からか現れたサトシがいた。彼女からは急に目の前に現れたとしか認識できなかった。
「朱莉、無理に話さなくてもいい、大丈夫だよ。もう安心だ。これでオレも自由に動ける」
「ああ、小林君、朱莉さんをしっかり守っていてくれ。ここは僕に任せて」
「いや、サトシ。オレも奴らに対して悔しい気持ちがあってな、一緒にやろう」
「分かった。右側の五人は僕が沈めるよ」
「了解。オレは左側の全員を叩く」
互いに目を合わせて小さく頷いたサトシとミキオは、物凄いスピードで男たちの首を手刀で叩き、気絶させていく。その常人離れした光景に朱莉が息を吞む。
「えっ、何、なにが起きてるの……?」
十秒にも至らず、たった数秒しか経っていないのに男たち全員が倒れ伏した。尋常でない彼ら二人の動きに朱莉が唖然としている。まるで案山子の頭を叩いているかの如く、相手は動く人間だというのに、いとも簡単に手刀一発で首打ちし、相手は倒れていった。まったく抵抗する余裕もなく男たちは無力化されたのである。
「なんだかヒーローもののショーを観ているみたい……」
被害者で拘束され、ナイフをちらつかせて怖くて動けなかった朱莉が、驚きすぎたのか、場違いで、あっけらかんとした感想を呟いた。
二人の圧倒的な強さで、多人数の男たちが無力化されている光景は、例えばバスケ部のメンバー相手に文化部のメンバーでバスケ試合をするようなもの。高校の部活ですら、やってる部員と門外漢とでは圧倒的な差があることは誰しも想像しやすいだろう。
(まぁ、オレたちリアル勇者パーティの元メンバーだからなぁ)
「片付いたかな」
「助かったぜ、サトシ」
「お疲れ、小林君。お互い腕は落ちてないみたいだね」
「ありがとう、ミキオくん、サトシ君」
そして、ようやく動けるようになった朱莉は立ち上がり、倒れている幼馴染の達也へ駆け寄る。
「ねえ、達也君、達也君……大丈夫? しっかりして」
「ああ……朱莉……俺は……気絶してたのか……ううっ」
「うん、助けに来てくれてありがとう。もう大丈夫よ」
「そ、そうか……すまなかったな」
「わたしの友達のミキオくんとサトシ君が助けてくれたの」
「みんな、もう直ぐオレが呼んだ警察が来る。今、救急車も手配した。もう大丈夫だ」
「うん、ミキオくん」
「あ、朱莉……俺は役に立たなかったのか。お前を助けに来て、お前の男友達に逆に助けられちまった。少し情けないな……」
「何言ってるの、助けに来てくれただけで凄くありがたく思っているよ」
「ありがたいか……、そんな風に言われると来た甲斐があった」
「もう、達也君は無茶ばかりして……」
「朱莉……すまないが手を握ってくれないか? 少しの間だけでいい」
「……うん」
手を握り合い、見つめ合う達也と朱莉。
ミキオが静かに眺めていると、この二人の雰囲気はなぜかしっくりしていて、長い年月を共にした幼馴染らしいお似合いのカップルに見えてしまった。なぜか胸に痛みが走った。
ふとあることに気づいた朱莉が達也に問う。
「達也くん、どうして私が攫われてると知って、どうしてこの場所も分かったの?」
「……」(ギクッ)
「ごめんね、こんな時に問い詰めることなんてして。ねぇ、どうして?」
「そ、それは連れ去られるお前を目撃したからなんだ。それで直ぐに追いかけた」
「わたし車で攫われたのに追いつけるの?」
「……」(ギクッ2)
「まさか暴漢の仲間じゃないでしょうね」
「お前が俺を避けるようになってから、位置情報を俺のスマホに送るようにアプリを仕込んであったのさ、ごめんな、で、小林宛の助けてメールも俺のところに転送されてきて……」
「えっ、メール転送? 私の位置情報? ……そんな達也君……ハッキング?」
せっかく救出成功という喜ばしい状況にも関わらず、不穏な空気が漂い始めた。少々マズいなとサトシらが思い始めた時だった。義孝が遅れて現場に到着した。
「おーい、小林、朱莉ちゃん、サトシ、もう終わってるんだな」
「ヨシタカ遅いぞ、戦闘は終わったぞ、残念だったな」
「西之原君、おつかれさま。僕は君の連絡のおかげで早く着けたよ」
「おう、結果オーライだな」
「瑞葉ちゃん、ハルちゃんたちは?」
「留守番してるよ」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
達也は、朱莉に対するストーキングまがいの行為を義孝らに追及され、その場で朱莉がかつて見せたことがなかったほどのお怒りモードを全身に浴びていた。
バツの悪そうな顔を朱莉へ向けて達也が謝罪する。
「勝手にスマホいじって、ごめんな、朱莉」
「ぶー! 私のメールを盗み見してたのよね? 暗証番号も知ってるの?」
「いや、俺は位置情報だけだよ。よく観たら朱莉の助けてメールは小林向けの誤送信だったよ。俺が仕込んだあのアプリじゃそこまで転送できないみたいだ」
「ほんと? 嘘だったら怒るからね!」
(ミキオくんとのラブラブメールだけは読まれてなくて良かった……)
「まぁまぁ、警察には話しませんから、達也先輩はこれからどうするか、ご自分で考えて決めて下さいね。僕が来たのは西之原君が教えてくれたからだからね、朱莉ちゃんのを観たから来たんじゃないよ、誤解しないでね」
「サトシ……、誰も疑ってないって。過剰に自分のこと気にするんだ、結構、小心者かい?」
「(西之原君、不自然にならないよう先輩に軽く回復かけておいて)」
「(OK)」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「えっと達也先輩、俺は義孝と言います。……ということで、朱莉ちゃんのスマホに貴方が忍ばせてたアプリは消しますからね、あと盗撮っぽい朱莉ちゃんの画像とかも消去します、よろしくです」
「う、うう……俺の名前を知ってたのか? 君には自己紹介をしていなかった筈」
「調べさせてもらいました。少しオイタが過ぎましたね、相手が嫌がることを強要すれば夫婦や恋人でも犯罪ですからね。盗撮魔やストーカーになってはいけません。朱莉ちゃんとは幼馴染なんでしょ、もう少し節度を持ってください。先輩」
ファン、ファン、ファン
「おっと、警察と救急車が来たみたいだ」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
警察が着て共にミキオたちはパトカーに乗せられ警察署へ、暴行を受けた達也先輩と朱莉は救急車にて病院で検査を行う、追加のパトカーで暴漢の男たちが逮捕され拘置所へ。
その後、全員で事情聴取を長々と受けた。そして、ミキオとサトシは、後日、現場検証があったりするから又呼び出しするからねと指示された。
学校へも警察から連絡を入れる旨があり、この案件は事件化するとのこと。後日、追加の事情聴取のために警察署まで来る際に、もし授業中の場合は色々と便宜を図ると、組織間のやり取りが担任の先生を含めて話し合われた。
そして裁判が始まった場合も検察から呼び出しがあるかもという話をされて、俺たちは、ようやく解放された。
ミキオとサトシによって暴漢が全員気絶していたが、過剰防衛にならないよう一発で首筋を狙った手刀なので問題なしだった。もちろん正当防衛の戦いだったのでミキオもサトシもお咎めなしだった。
朱莉は告訴状を提出した。被害届よりも強い書類だ。これを受理した警察は必ず捜査しなければならない。捜査の結果、男たちに犯罪の疑いがあり、証拠が積み上がれば、告訴して裁判所での訴訟が始まる。ミキオとサトシはそれぞれが現場での救助活動を録画しており、ダブルで証拠提出と相成った。
十数人もの逮捕者は被告人となり、次々と犯罪が暴かれていった。やはり組織化されており、レイプ映像によるネット課金にて泡銭を得て羽振りが良かった。チンピラたちは、予想以上に関連する犯罪を繰り返しており、長い捜査によって過去の被害者らも訴えを始め、前科十犯持ちが続出した。
刑事裁判だけでなく民事裁判も増え、大層な賠償金、慰謝料が発生したが、ようやく現実を見た暴漢連中は、親が自宅をはじめとする不動産を手放すまでになっている。
……朱莉の前髪をあげる、という些細な発端から、街の風紀が改善するという大きな出来事へと発展した。義孝が言った通り”結果オーライ”であった。
暴漢の連中は逮捕され拘置所送りとなっているが、女の子に与えるジュース類に混ぜて投薬した薬が麻薬系という事で、管轄の違う厚生労働省が出張ってきて事情聴取を繰り返した男子陣はへとへとになっていた。朱莉だけは意外と元気で、どうやら女子会のネタに出来る、初体験だぁとボッチらしい感覚のズレで喜んでいた。
(注:麻薬系は厚生労働省の麻薬捜査官であり、特殊な潜入捜査まで許されている。警察官には潜入捜査は許されていません)
そして時は戻る。
大きな出来事というのは、少なからず人の心を変化させる。
受付対応の警官が言う。
『えっと、小林さんは、彼女……あかりさんという女の子をナンパから逃がして、駅へ向かわせた。そして後に駅へ向かったけど、彼女はいなくなっていた、彼女に持たせたGPSで確認したら徒歩では直ぐに行けない廃屋に居る……ということですね。駅へ向かった女の子が誘拐された場面は見ていないということで、それでは出動するわけにはいかないですねぇ。そこで、まず小林さん、貴方にやって頂くのは、小林さん自身で廃屋へ行ってもらって、女の子が拉致・監禁・拘束されているのを確認して下さること、それからお電話くださいね』
「ああ、はい、分かりました。確認したら直ぐに110(電話)します」
ガチャ。うーむ。
おっと義孝に位置情報を連絡してっと……。
『よお、なんだ小林。デートの自慢でもするのか?』
「違う。あのな義孝、ナンパされてた朱莉が攫われた。彼女が現在いる場所の位置情報は今から送る。男たちの人数は不明、助けがいる。ナンパは三人だったが攫ったのはタイミング的にも奴らの仲間だと思う。警察へは通報したが、現場でオレが拉致監禁を確認してからだと」
『おいおい警察の動きマジかよ。しかし予想してた通り朱莉ちゃんが攫われただと、いきなり深刻だな。でも状況は理解した。今着信した廃屋倉庫の位置情報から距離と短い時間から彼女は車で攫われたんだろうな、一番近いのは小林、お前だな……サトシにも声を掛ける。俺も直ぐに駆けつける。それまでガンバレ』
「了解。まぁ警察は俺の話し方が悪かったかもしれんがな。ヨシタカ、なるべく急いで道に迷わず正確にな。先に行って待ってるぜ」
『五人ぐらいなら素手でも小林一人だけで何とかなるだろ』
「ああ余裕だな」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
【廃屋の倉庫の外】
「110番、えっと先ほど女の子の誘拐でお電話しました小林幹夫と申します。指示通り倉庫内で女の子が拘束されているのを確認しましたので、なるべく早く出動して助けて下さい。男の人数は正確には分かりませんが十数人ぐらいと思います。武装は特にしていないと思います」
『分かりました。警官が到着するまで手を出さずにお待ちください』
「(これで警察が来るまで粘ればいいな。早速乗り込むぜ)」
ガンッ! ドカッ!
ドアをけり破るミキオ。
「助けに来たぞ! 朱莉っ」
見たところ、気絶して倒れている男子が一人、朱莉は腕を後ろ手にしてタオルとガムテープで拘束されていた。丁度、二人の男が朱莉を脱がすため制服のボタンを外そうとして彼女が嫌がっている場面だった。AV撮影なのか録画係まで居る。手慣れた感じがした。
「ミキオくん! だ、だめよ、逃げて!」
「おいおい、またお邪魔虫かよ」
「エロビデオの撮影会かよ! 汚い手を朱莉から放せ、コラぁ!」
ミキオは朱莉の元へ一直線で走って、手を出そうとしていた男、足を掴んでいる男を蹴り飛ばした。一瞬で決まるスピードだった。それを見た他の男たちが目を見開いて驚いていた。ミキオが仕留め損ねた、朱莉を後ろ手にして腕を掴んでいる男が叫ぶ。
「何だお前、余計な真似を、お前はこの娘の何だ?」
「彼氏だ」
「彼氏はそこで気絶しているがな」
……と言って気絶している男子を指さした。
「な、なんだとぉ……彼氏はオレじゃないのか」
ミキオは全身を雷に撃たれたかのような衝撃を覚えた。
「ミキオくん! 今はそこ気にするところじゃないから!」
「(なんだ、この突然現れた馬鹿強い奴は……倒された二人とも運動部で猛者だったのに……チッ)」
同時に男がぐいっと朱莉を引き寄せて、ナイフを懐から取り出して彼女の首筋に当てた。ミキオが飛び込んできて、男たちが油断していたとはいえ、あっという間に二人を倒されたので警戒したのだ。目にも止まらない速さ……を具現化したかのようなミキオのスピードは驚くべきものだった。
「おい冗談きついな。女子供をナイフで脅すとは」
「動くなよ小僧、彼氏だか何だか知らんが、動けばこの娘が傷つくぞ」
「ミキオくん、倒れている彼は達也君というの、私の幼馴染の高校3年生、助けに来てくれたんだけど……」
「逆にやられてしまった、という訳か」
「うん、ミキオくんも今すぐ逃げて、わたしの事は良いから、大丈夫だから」
「動くなと言っているだろ、おい、皆でコイツを囲め」
ドカッ!
動画撮影をしていた男が、斜め後ろからミキオの脇腹にケリを入れた。正面の男との会話途中で意表を突かれたミキオは耐えられず蹲る。
「うぐっ……」
遠巻きにしていた他の男たちも寄ってきてミキオの腹にケリを入れる。頭を蹴ろうとする者もいた。頭を蹴られると脳が揺さぶられフラついたり最悪気絶してしまうので、それだけは上手く躱したが、朱莉がナイフで人質になっている為に反撃ができなかった。
腹は蹴られる瞬間のインパクト時に筋肉にタイミングよく力を入れれば大したダメージにはならなかった。
「くそっ、ナイフ野郎を先に倒しておけば……」
流石のミキオでも万事休すだった。二人倒したと言っても残り十人いる。
暴漢の隙を伺いつつも絶望しそうになった、その時だった。朱莉の首にナイフを突きつけていた男が急に糸が切れたように倒れた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
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「小林君、手を貸そうか」
「さ、サトシ……」
「サトシ君!」
爽やかな笑顔で登場したのは聡だった。
【決着】
「小林君、手を貸そうか」
「サトシ! お前……来てくれたのか」
「フッ、小林君が手を貸してくれなどと言う男とは思えないけどね」
「いや。でも今回は助かったぜ」
「サトシ君も来てくれたのね! ありがとう」
「なんだコイツ、フェニックス一輝みたいな登場しやがって」
聡は思った。男性の”異性としたい”というのは性欲であり、女性の異性としたいというのは愛情を確認するためだ、と聞いたことがあった。ここにいる暴漢たちはたった一人の女の子を相手に、性欲で汚すつもりだったのだろう。
サトシはこのようなクズたちを大変軽蔑している。他人を顧みない自分勝手な自己中心者は特に嫌いである。怒りに身を包ませて周囲の暴漢たちを睨む。不思議なことに、サトシの身体を中心に空気の揺らぎが発生し、コンクリート床の隙間からわずかに出た足元の小さな草が少し揺れていた。
ミキオは倒れたナイフを持つ男に向かって駆け寄り、ナイフを蹴り飛ばし、朱莉を抱き締める。
「大丈夫か、朱莉!」
「ミキオくん、あ、ああ……あーーん」
安心したのか泣きわめく朱莉。
「ごめんね、ごめんね。駅に向かって走ってたらワゴン車が……」
彼女の脳裏には、組み敷かれナイフで脅してきた男が突然糸が切れたように崩れ落ちたことがあった。
「サトシくんが……、何もない所から急に出てきた感じがして、サトシ君が男を倒して……」
解放されたものの腰が抜けていた為に動けず、その認知が追いつかず、いまだ言葉にならない。目の前には何処からか現れたサトシがいた。彼女からは急に目の前に現れたとしか認識できなかった。
「朱莉、無理に話さなくてもいい、大丈夫だよ。もう安心だ。これでオレも自由に動ける」
「ああ、小林君、朱莉さんをしっかり守っていてくれ。ここは僕に任せて」
「いや、サトシ。オレも奴らに対して悔しい気持ちがあってな、一緒にやろう」
「分かった。右側の五人は僕が沈めるよ」
「了解。オレは左側の全員を叩く」
互いに目を合わせて小さく頷いたサトシとミキオは、物凄いスピードで男たちの首を手刀で叩き、気絶させていく。その常人離れした光景に朱莉が息を吞む。
「えっ、何、なにが起きてるの……?」
十秒にも至らず、たった数秒しか経っていないのに男たち全員が倒れ伏した。尋常でない彼ら二人の動きに朱莉が唖然としている。まるで案山子の頭を叩いているかの如く、相手は動く人間だというのに、いとも簡単に手刀一発で首打ちし、相手は倒れていった。まったく抵抗する余裕もなく男たちは無力化されたのである。
「なんだかヒーローもののショーを観ているみたい……」
被害者で拘束され、ナイフをちらつかせて怖くて動けなかった朱莉が、驚きすぎたのか、場違いで、あっけらかんとした感想を呟いた。
二人の圧倒的な強さで、多人数の男たちが無力化されている光景は、例えばバスケ部のメンバー相手に文化部のメンバーでバスケ試合をするようなもの。高校の部活ですら、やってる部員と門外漢とでは圧倒的な差があることは誰しも想像しやすいだろう。
(まぁ、オレたちリアル勇者パーティの元メンバーだからなぁ)
「片付いたかな」
「助かったぜ、サトシ」
「お疲れ、小林君。お互い腕は落ちてないみたいだね」
「ありがとう、ミキオくん、サトシ君」
そして、ようやく動けるようになった朱莉は立ち上がり、倒れている幼馴染の達也へ駆け寄る。
「ねえ、達也君、達也君……大丈夫? しっかりして」
「ああ……朱莉……俺は……気絶してたのか……ううっ」
「うん、助けに来てくれてありがとう。もう大丈夫よ」
「そ、そうか……すまなかったな」
「わたしの友達のミキオくんとサトシ君が助けてくれたの」
「みんな、もう直ぐオレが呼んだ警察が来る。今、救急車も手配した。もう大丈夫だ」
「うん、ミキオくん」
「あ、朱莉……俺は役に立たなかったのか。お前を助けに来て、お前の男友達に逆に助けられちまった。少し情けないな……」
「何言ってるの、助けに来てくれただけで凄くありがたく思っているよ」
「ありがたいか……、そんな風に言われると来た甲斐があった」
「もう、達也君は無茶ばかりして……」
「朱莉……すまないが手を握ってくれないか? 少しの間だけでいい」
「……うん」
手を握り合い、見つめ合う達也と朱莉。
ミキオが静かに眺めていると、この二人の雰囲気はなぜかしっくりしていて、長い年月を共にした幼馴染らしいお似合いのカップルに見えてしまった。なぜか胸に痛みが走った。
ふとあることに気づいた朱莉が達也に問う。
「達也くん、どうして私が攫われてると知って、どうしてこの場所も分かったの?」
「……」(ギクッ)
「ごめんね、こんな時に問い詰めることなんてして。ねぇ、どうして?」
「そ、それは連れ去られるお前を目撃したからなんだ。それで直ぐに追いかけた」
「わたし車で攫われたのに追いつけるの?」
「……」(ギクッ2)
「まさか暴漢の仲間じゃないでしょうね」
「お前が俺を避けるようになってから、位置情報を俺のスマホに送るようにアプリを仕込んであったのさ、ごめんな、で、小林宛の助けてメールも俺のところに転送されてきて……」
「えっ、メール転送? 私の位置情報? ……そんな達也君……ハッキング?」
せっかく救出成功という喜ばしい状況にも関わらず、不穏な空気が漂い始めた。少々マズいなとサトシらが思い始めた時だった。義孝が遅れて現場に到着した。
「おーい、小林、朱莉ちゃん、サトシ、もう終わってるんだな」
「ヨシタカ遅いぞ、戦闘は終わったぞ、残念だったな」
「西之原君、おつかれさま。僕は君の連絡のおかげで早く着けたよ」
「おう、結果オーライだな」
「瑞葉ちゃん、ハルちゃんたちは?」
「留守番してるよ」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
達也は、朱莉に対するストーキングまがいの行為を義孝らに追及され、その場で朱莉がかつて見せたことがなかったほどのお怒りモードを全身に浴びていた。
バツの悪そうな顔を朱莉へ向けて達也が謝罪する。
「勝手にスマホいじって、ごめんな、朱莉」
「ぶー! 私のメールを盗み見してたのよね? 暗証番号も知ってるの?」
「いや、俺は位置情報だけだよ。よく観たら朱莉の助けてメールは小林向けの誤送信だったよ。俺が仕込んだあのアプリじゃそこまで転送できないみたいだ」
「ほんと? 嘘だったら怒るからね!」
(ミキオくんとのラブラブメールだけは読まれてなくて良かった……)
「まぁまぁ、警察には話しませんから、達也先輩はこれからどうするか、ご自分で考えて決めて下さいね。僕が来たのは西之原君が教えてくれたからだからね、朱莉ちゃんのを観たから来たんじゃないよ、誤解しないでね」
「サトシ……、誰も疑ってないって。過剰に自分のこと気にするんだ、結構、小心者かい?」
「(西之原君、不自然にならないよう先輩に軽く回復かけておいて)」
「(OK)」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「えっと達也先輩、俺は義孝と言います。……ということで、朱莉ちゃんのスマホに貴方が忍ばせてたアプリは消しますからね、あと盗撮っぽい朱莉ちゃんの画像とかも消去します、よろしくです」
「う、うう……俺の名前を知ってたのか? 君には自己紹介をしていなかった筈」
「調べさせてもらいました。少しオイタが過ぎましたね、相手が嫌がることを強要すれば夫婦や恋人でも犯罪ですからね。盗撮魔やストーカーになってはいけません。朱莉ちゃんとは幼馴染なんでしょ、もう少し節度を持ってください。先輩」
ファン、ファン、ファン
「おっと、警察と救急車が来たみたいだ」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
警察が着て共にミキオたちはパトカーに乗せられ警察署へ、暴行を受けた達也先輩と朱莉は救急車にて病院で検査を行う、追加のパトカーで暴漢の男たちが逮捕され拘置所へ。
その後、全員で事情聴取を長々と受けた。そして、ミキオとサトシは、後日、現場検証があったりするから又呼び出しするからねと指示された。
学校へも警察から連絡を入れる旨があり、この案件は事件化するとのこと。後日、追加の事情聴取のために警察署まで来る際に、もし授業中の場合は色々と便宜を図ると、組織間のやり取りが担任の先生を含めて話し合われた。
そして裁判が始まった場合も検察から呼び出しがあるかもという話をされて、俺たちは、ようやく解放された。
ミキオとサトシによって暴漢が全員気絶していたが、過剰防衛にならないよう一発で首筋を狙った手刀なので問題なしだった。もちろん正当防衛の戦いだったのでミキオもサトシもお咎めなしだった。
朱莉は告訴状を提出した。被害届よりも強い書類だ。これを受理した警察は必ず捜査しなければならない。捜査の結果、男たちに犯罪の疑いがあり、証拠が積み上がれば、告訴して裁判所での訴訟が始まる。ミキオとサトシはそれぞれが現場での救助活動を録画しており、ダブルで証拠提出と相成った。
十数人もの逮捕者は被告人となり、次々と犯罪が暴かれていった。やはり組織化されており、レイプ映像によるネット課金にて泡銭を得て羽振りが良かった。チンピラたちは、予想以上に関連する犯罪を繰り返しており、長い捜査によって過去の被害者らも訴えを始め、前科十犯持ちが続出した。
刑事裁判だけでなく民事裁判も増え、大層な賠償金、慰謝料が発生したが、ようやく現実を見た暴漢連中は、親が自宅をはじめとする不動産を手放すまでになっている。
……朱莉の前髪をあげる、という些細な発端から、街の風紀が改善するという大きな出来事へと発展した。義孝が言った通り”結果オーライ”であった。
暴漢の連中は逮捕され拘置所送りとなっているが、女の子に与えるジュース類に混ぜて投薬した薬が麻薬系という事で、管轄の違う厚生労働省が出張ってきて事情聴取を繰り返した男子陣はへとへとになっていた。朱莉だけは意外と元気で、どうやら女子会のネタに出来る、初体験だぁとボッチらしい感覚のズレで喜んでいた。
(注:麻薬系は厚生労働省の麻薬捜査官であり、特殊な潜入捜査まで許されている。警察官には潜入捜査は許されていません)
そして時は戻る。
大きな出来事というのは、少なからず人の心を変化させる。



