瑞葉の指摘通り、時が経つにつれて学校内だけではなく、駅周辺やショッピングモール、カラオケなどで朱莉に声を掛けてくるナンパが増えてきた。
今まで隠していた美貌が露になっただけで中身は今までと変わらない朱莉は、ナンパに遭遇する度に「私みたいなブサイクに声を掛けて下さるなんて、何て優しい男の人」と感謝してしまい、ミキオ的には朱莉が危う過ぎてなかなか落ち着かなかった。
それゆえ朱莉の安全確保として、常に起動しているGPSを持たせ、ミキオが朱莉の位置情報を受信、また彼が学校からのガードマンのように彼女の送り迎えをしている。想定外もどんどん加速して増えた。
街のナンパ師の中には強引にナンパを行うクズ系の連中も多くいて、ミキオがその都度追い払うのだが、少ないながらもチンピラ連中と怨恨が発生していた。朱莉は小柄の体躯であり、数人の男子に囲まれれば断り切れずに連れ去られる危険性がある。大きな声も恥ずかしがって出せないようだ。
前髪が長かったころの朱莉が、前髪をあげた美少女になって、尚、今まで通りの感性であれば、今後は非常に危険であった。とはいえ餌食になるのを待つばかりではいかんと、彼女の意識改革を試みた。
まずは彼女から信頼されているミキオを先生にして危機管理を教えたが、彼女の性善説に従って動く純粋行動を防ぐことは難航し、兎にも角にも男子相手を疑う事から実践訓練を始めた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
【上級生の幼馴染:達也】
おかしい、朱莉に既読スルーされただなんて。初めてじゃないか?
そうか、朱莉、今まで放ったらかして、ごめんな。反省するよ。俺はお前に相応しい男じゃないかも知れないけど、でもお前を手放したくないんだ。自慢に出来る幼馴染、それが顔を出しているお前だった。男が寄ってきたから前髪を下ろさせたのに、俺のアドバイスを無視して又前髪をあげるとは。
さらに俺が連絡すれば直ぐに返事をくれた朱莉。なぜだ?
俺の事、大好きだって、将来結婚しようって言ったよな?俺は忘れてないぜ。
どうして最近冷たいんだよ。メッセージ送っても塩対応だし。
可愛いからって天狗になってんじゃねーぞ。
まさか例の小林とかいう男友達にNTRされてしまったのか、この俺があんな男に負けるだと?
幼馴染としての勘が冴えてくるぜ。精神を含めなければネトラレとは言わん。肉体だけなら只のレイプだ。ちくしょー、俺と朱莉の10数年の長い付き合いを邪魔しやがって……小林とかいう奴は上級生を舐めてんのか!
朱莉、俺のメシの誘いを無視しやがって。そんな扱いをするんなら、俺がお前の身体に快楽の上書きをしてやる。ふふふ……。
俺から逃げるなよ朱莉。
・・・・・
朱莉
「あ、あの……みなさん凄く仲良しなのですけど、何か特別なご関係でもあられるのですか?」
義孝
「あー、朱莉ちゃんには話してなかったけど、もう仲間だから良いかな?(異世界帰りの事)」
由愛
「あのね、朱莉先輩。気をしっかり持ってよく聞いてください」
「はい」
「お兄ちゃんと瑞葉ねえちゃんは、幼馴染で恋人同士なの」
「う、うん」
「お兄ちゃんとハル先輩は、元恋人同士なの」
「ええっ!」
ハル
「ちょっと由愛ちゃん! そんなことバラサナクテモ……」
「お兄ちゃんとサトシさんは、ハル先輩を巡る三角関係、恋のライバルなの」
「えええっっ!」
「お兄ちゃんとハル先輩とは大観覧車で一回キスも済ましているわ(#)。ミズハねえちゃんとは三回もよ! 湖の畔でのキスは特に嫉妬したわ!!」
「ええええっっ!」
「しかもハル先輩はファースト・キスだったの。愛情がこもって大変甘い口づけだったらしいわ」
ハル
「ちょ、ちょっと……由愛ちゃん……こ、声が大きいよ……相談したことをバラしちゃ、い、いや……」
瑞葉
「ごほん」
ハル
「ああ……、ミズハちん」
「おい由愛! 湖の畔って見てたのかよ! どうしてそんなに詳しいんだよ! 大観覧車だって」
「女の子はね、好きな人の事は何でも知ってるのよ」
ミキオ
「こ、このパターンは……」
サトシ
「ボクが泣くパターンだよね? きっとそうだよね?」
ハル
「また大観覧車に乗りたい……ヨシくんと」
由愛
「あと、お兄ちゃんの好きな飲み物がミカジュー。これだけは許せなかったわ」(#2)
義孝
「あーあーあー聞こえないー」
サトシ
「こ、今回はボクが話したわけじゃないよ」
朱莉
「ミカジューって何ですか?」
義孝
「そ、それは……」
ミキオ
「朱莉、バカやってないで帰ろうぜ」
瑞葉
「もう帰るの?」
朱莉
「うん、ミキオくんのお家でお勉強会するんです」
ミキオ
「瑞葉、そんな目でオレを見るな! 何もしねーよ。あとお前ら、邪魔しに家に訪ねてくるなよ」
「でも、どうしよう。結婚とかまだ早いとご家族に反対されたら困っちゃう」
「はやい、早すぎる朱莉! オレも妄想はしたがプロポーズすらしてないだろ」
(朱莉先輩も異世界帰りなのかしら。感性がズレてるわ)ボソリ
(仲間として相応しいな、由愛)ボソリ
(まさか勝負下着なんて……朱莉ちゃん、大胆かも)ボソッ
(ハルちゃんHすぎよ、欲求不満が溜まってないかしら?)
(ちょ、ちょっとミズハちん、そんな欲求不満だなんて)
(欲求不満ならボクが解消のお役に立ちます)
(ちょっとサトシ君……)
(ふふふ……いいの。ハルちゃんだって女の子だもんね)
(おいミズハ、いじめすぎ。俺も欲求不満が溜まってるんだが、キスしたいし)
(あの……お兄様がた、朱莉先輩、帰っちゃいましたよ)
【兆し】
「ミキオくん、もういいかな?」ノックされる扉。
「準備オーケー」と返事をすると扉が開き、朱莉が俺の部屋に入って来た。
今日は一緒に宿題をやろうとミキオの家で過ごす会。そして今、急いで部屋の掃除を済ましたところだ。それまで朱莉にはリビングに居て貰っていた。
肩より少し短いボブカットの綺麗な黒髪。黒い宝石のような深く美しい瞳。プルンと潤っている薄ピンクの形の整った唇。そして木目細かい白い肌と幼さが残る体型や、似つかわしくない胸を押し上げる膨らみ。
どれだけミキオが罪悪感にさいなまれ迷いに駆られても、ミキオの部屋に朱莉が入ってくると全てが打ち消され、彼女を”抱き締めたい”という欲望にまみれてしまう。しかし、彼女の純粋な笑顔にどうしても彼の心の中に罪悪感がふくらむ。
――まだ何もしていない。ただの勉強会でどうしてこんなに緊張するのか?
――男の欲望に火をつけるこんなことは、もう自宅では止めた方が良いんじゃないのか?
そんな迷いに駆られている小林ミキオ。硬派ゆえ女の子の扱いに馴れていないどころか、変な妄想が頭の中をぐるぐる回っていた。ただ、抱きしめたい=家族ハグ、というレベルの欲望であり、ファースト・キスまでも想定しておらず遠かったのだが、高校男児の妄想はいつも炸裂するものである。
(でも結局俺は童貞のまま勇気が出なくて……いや、それは前からか……)
「ね、ねぇ……」
頬を染めオネダリをするような上目使いの瞳でミキオを見る朱莉は、クッションに座っている彼の隣に座ると、そっと寄り添い彼の肩に頭をつけた。朱莉はいつもの制服姿であり普段通りなのだが、シチュエーションがミキオの部屋であるというだけで、彼の欲望が爆発しそうな究極のピンチを招くのであった。
(今、朱莉の肩に手を回して抱き締めたら怒られるかな……? 上手く行けば、キ、キスも)
「ねぇ、ミキオくん、今変な事を考えてるでしょう?」
「え、ええ……」
「変なことしちゃダメだよ、私たちまだ高校生だからね……」
「う、うむ、当然だな」
「西之原君の好きなミカジューって何?」
「……」
この日、ハグすら出来なかったミキオは上の空で、宿題は終わったが何一つ記憶に残っていなかった。
・・・・・・・・・・
【ある日の放課後】
恋人同士になってから未だキスもなく、純粋な清い交際を続ける二人。
「小林くん、当面の目標は、まずは恋人繋ぎと家族ハグ。キスはもっと後じゃないとダメよ」と瑞葉から改めてアドバイスを貰っていた。
「飢えたオオカミのオーラをまとったら嫌われるからね。イヤらしい目つきも禁止よ。胸は凝視したら一発で退場だからね。頭撫では様子を観て。アニメやラノベと違って現実では嫌がる女の子が圧倒的多数だからね、髪型が乱れるとか気持ち悪いとか思われたら悲惨よ。大好きな人以外からの頭撫ではホント難しいわ。ハグは両腕で優しく包み込んで、そうね、可愛いとか好きだよとか声を耳元でささやくのは未だ早いわ。女の子は弱くて可愛い生き物という事を常に念頭に置いて大切に扱うの……。義孝君からエッチな目で見られても平然としている私や由愛ちゃんやハルちゃんは例外中の例外だからね、参考にしないで」云々。
「マジかよ、俺ってそんなにエッチな目をしてるのか……そんなつもりは、あったかもしれんが」
……と思わぬトバッチリを受ける義孝。
・・・・・・・・・・
放課後の帰宅中。
手を繋ぎ歩きながら瑞葉のアドバイスを思い出し、頭をフル回転させていたミキオは無言が多くなり、朱莉はミキオの顔をチラッと見てクスッと笑いながら、繋いだ手の指を絡め、恋人繋ぎにしてギュッと握った。
「こ、これが幻の恋人繋ぎか……すげぇ」
条件反射的にミキオも握り返す。柔らかくて壊れてしまいそうな小さな手と密着する。朱莉はニコニコである。
「大きな手……ふふ」
そこで突然、ミキオの頭にピコンと電球が点った。新たな発想に従って彼は指を動かして朱莉の指先や関節を軽くモミモミ、スリスリしてみる。猫の肉球を愛撫するかのように。
(優しく丁寧に繊細に、握り返すのだ……手に汗はかくなよ……)
「え、ミキオくん、そんなこと……ぁぁ」
(親指、人差し指、そこから小指にかけて一本一本、ゆっくり触っていこう。手の平の生命線に沿って指を這わせて、うん、柔らかいな朱莉の手は。触っているだけでいいな)
「ちょ、ちょっと待って、そんなに触っちゃ……触りすぎちゃ……」
(おや? どうした朱莉。指を触られると気持ちいいのか?)
「だめなのっ、わたし、お、怒っちゃうんだからね、ミキオくんのバカぁ」
(えっ!? オレ怒られてるのか、な、なぜっ)
ミキオの理性が『朱莉を守るナイト』から『勘違いする阿呆男』にクラスチェンジした結果、朱莉はミキオに手を握り返され、指まで肉球のごとくイジイジされたせいで、思いっきり首まで真っ赤になった。まさしく初心である。ただ人間の手と猫の肉球では通っている神経の数が段違いであった為、まさかの朱莉お怒りモードになってしまった。
後にこのことを報告したミキオは、瑞葉から「たとえ女の子の指先、末端でも長々と撫で回してはいけません!」と厳命された。
「そういえばウチのクラスの男子にも「水野朱莉さんいいよなぁ……」という感じで興味津々、好きだと考える男がちらほら増加していたな」
高校二年生の男子たちにとって美少女というのはハチミツであり、ピンクの桃の味であり、イチジクで、男子生徒を狂わせるには充分だった。
「……ほんと?」
「今の朱莉は恋人が選び放題、ひょっとしてオレが付き合わなかったら、朱莉にもっといい素敵な男子の恋人が出来るんじゃないか?」
朱莉に対して気を使った、彼女いない歴の長いミキオのセリフだったが、彼は心の底では、自分なんかが朱莉のような美少女と付き合うだなんて不吊り合いでダメなのではなかろうか? と思い始めていた。
「そんなこと言うの、やめてください! ミキオくん……わたし、わたしはミキオくんのこと、す、しゅ、しゅきっ、です。だいしゅき、なんです。他の男性なんて全く考えません。これからも、ずっと、わたしと一緒に居て下さい。お願いします」
「ああ、ごめん、朱莉。頭を思考に割いていたのでウッカリ変なことを言っちゃったな。でもよ、オレよりも素敵な男子が目の前に出て来たら、オレに遠慮せずに頼むな」
「いやです! どうしてそのようなことを言うのですか? 私が一番素敵だと思っているのはミキオくんだけなんですよ? 花壇を荒らされた時、貴方は傍にいてくれました。ブサイクと言われていた時も私の事を想ってくれていた。私の方こそミキオくんと相思相愛だなんて勿体ないお化けが出ます」
ミキオは目を見開き、驚いた様子で朱莉を見つめた。
歩くのはやめて立ち止まっていた。人通りがあるにもかかわらず、思わず朱莉の頭を撫で始め、ヨシタカに教えて貰っていた呪文を唱える。抱っこしたり、頭を撫でる時に唱えると相手に究極のリラックス効果を与えるとかないとか……聞いていたからだ。
「いいこ、いいこ、なでこ、なでこ」
義孝製呪文を唱えながらリズムを合わせて朱莉の頭を撫でる。ミキオは馴れていないため少しぎこちない。
しかし彼女は頭撫でだけでは物足りなかったらしく思いっきりハグしてきた。彼女は小さい声で「ミキオくんの匂いがする」と胸に顔を埋めてグリグリと擦りつけ続ける。彼女はミキオの匂いが大好きだった。
「他の男子なんて要らないの、他に恋人候補はいらないし、ミキオくんだけ傍に居てくれたら、わたしは満足だから」
「分かったよ、照れるからもう止めてくれ」
「次言ったら、前髪を元に戻します!」
「思えば朱莉の顔がよく分からない頃、前髪があった時に惚れているんだよなオレ」
「うん、顔が見えないのに可愛いと言ってくれたんだよ、ミキオくん。と、ところで……、さっきの私の想いに対して反応が欲しい、です。だいしゅきの所の」
「オレもだよ、好きだよ朱莉……なでこ、なでこ」
「ありがと、う、うれしいです」
「朱莉、抱き着くのはそろそろ……」
「だめです、わたしを喜ばせた罰ですから」
このような会話とハグを人通りの多い所でしていれば、いずれバカップルが代名詞になりそうである。
……だが、この光景をこっそりと後をつけて来ていたある男が不穏な言葉を発する……。
【上級生の幼馴染・達也】
達也のメシの誘いを断った朱莉と、仲が良いという噂の小林の後をつけて監視してたものの、達也にとっては余りにも衝撃的な光景が広がっていた。愛してやまない幼馴染の朱莉と小林が、人通りのある道端で歩みを止めて抱き締め合い、小林が朱莉の頭を撫で回している。朱莉は嫌がるどころか満更でもない雌の表情を浮かべていた。
「お、俺の朱莉を抱き締めて頭を撫でまくってるだと……(怒)」
「なんだ、あいつ。恋人つなぎしやがって!」
「おい待てや、朱莉の指をいじりまくってるぞ! 朱莉の顔がほんのり赤いじゃないか」
「や、ヤメローーーーーーっ!」
「俺の朱莉から手を放せ、こら~っ!」
「他に男の存在なんか居ないと思っていたのだが……俺という幼馴染がいるのに、裏切りやがったな朱莉」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これから大きな騒動が勃発するのだが、二人はまだ何も知らなかった。
(#)大観覧車
『嘘告と二股と妹と。』
オマケ:隣の席の娘に恋をした(サトシ視点)
https://novema.jp/book/n1762704/6
(#2)ミカジュー
勇者たちの使命感:次なる異世界 第43話 森の隠れ家
https://novema.jp/book/n1761951/44
今まで隠していた美貌が露になっただけで中身は今までと変わらない朱莉は、ナンパに遭遇する度に「私みたいなブサイクに声を掛けて下さるなんて、何て優しい男の人」と感謝してしまい、ミキオ的には朱莉が危う過ぎてなかなか落ち着かなかった。
それゆえ朱莉の安全確保として、常に起動しているGPSを持たせ、ミキオが朱莉の位置情報を受信、また彼が学校からのガードマンのように彼女の送り迎えをしている。想定外もどんどん加速して増えた。
街のナンパ師の中には強引にナンパを行うクズ系の連中も多くいて、ミキオがその都度追い払うのだが、少ないながらもチンピラ連中と怨恨が発生していた。朱莉は小柄の体躯であり、数人の男子に囲まれれば断り切れずに連れ去られる危険性がある。大きな声も恥ずかしがって出せないようだ。
前髪が長かったころの朱莉が、前髪をあげた美少女になって、尚、今まで通りの感性であれば、今後は非常に危険であった。とはいえ餌食になるのを待つばかりではいかんと、彼女の意識改革を試みた。
まずは彼女から信頼されているミキオを先生にして危機管理を教えたが、彼女の性善説に従って動く純粋行動を防ぐことは難航し、兎にも角にも男子相手を疑う事から実践訓練を始めた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
【上級生の幼馴染:達也】
おかしい、朱莉に既読スルーされただなんて。初めてじゃないか?
そうか、朱莉、今まで放ったらかして、ごめんな。反省するよ。俺はお前に相応しい男じゃないかも知れないけど、でもお前を手放したくないんだ。自慢に出来る幼馴染、それが顔を出しているお前だった。男が寄ってきたから前髪を下ろさせたのに、俺のアドバイスを無視して又前髪をあげるとは。
さらに俺が連絡すれば直ぐに返事をくれた朱莉。なぜだ?
俺の事、大好きだって、将来結婚しようって言ったよな?俺は忘れてないぜ。
どうして最近冷たいんだよ。メッセージ送っても塩対応だし。
可愛いからって天狗になってんじゃねーぞ。
まさか例の小林とかいう男友達にNTRされてしまったのか、この俺があんな男に負けるだと?
幼馴染としての勘が冴えてくるぜ。精神を含めなければネトラレとは言わん。肉体だけなら只のレイプだ。ちくしょー、俺と朱莉の10数年の長い付き合いを邪魔しやがって……小林とかいう奴は上級生を舐めてんのか!
朱莉、俺のメシの誘いを無視しやがって。そんな扱いをするんなら、俺がお前の身体に快楽の上書きをしてやる。ふふふ……。
俺から逃げるなよ朱莉。
・・・・・
朱莉
「あ、あの……みなさん凄く仲良しなのですけど、何か特別なご関係でもあられるのですか?」
義孝
「あー、朱莉ちゃんには話してなかったけど、もう仲間だから良いかな?(異世界帰りの事)」
由愛
「あのね、朱莉先輩。気をしっかり持ってよく聞いてください」
「はい」
「お兄ちゃんと瑞葉ねえちゃんは、幼馴染で恋人同士なの」
「う、うん」
「お兄ちゃんとハル先輩は、元恋人同士なの」
「ええっ!」
ハル
「ちょっと由愛ちゃん! そんなことバラサナクテモ……」
「お兄ちゃんとサトシさんは、ハル先輩を巡る三角関係、恋のライバルなの」
「えええっっ!」
「お兄ちゃんとハル先輩とは大観覧車で一回キスも済ましているわ(#)。ミズハねえちゃんとは三回もよ! 湖の畔でのキスは特に嫉妬したわ!!」
「ええええっっ!」
「しかもハル先輩はファースト・キスだったの。愛情がこもって大変甘い口づけだったらしいわ」
ハル
「ちょ、ちょっと……由愛ちゃん……こ、声が大きいよ……相談したことをバラしちゃ、い、いや……」
瑞葉
「ごほん」
ハル
「ああ……、ミズハちん」
「おい由愛! 湖の畔って見てたのかよ! どうしてそんなに詳しいんだよ! 大観覧車だって」
「女の子はね、好きな人の事は何でも知ってるのよ」
ミキオ
「こ、このパターンは……」
サトシ
「ボクが泣くパターンだよね? きっとそうだよね?」
ハル
「また大観覧車に乗りたい……ヨシくんと」
由愛
「あと、お兄ちゃんの好きな飲み物がミカジュー。これだけは許せなかったわ」(#2)
義孝
「あーあーあー聞こえないー」
サトシ
「こ、今回はボクが話したわけじゃないよ」
朱莉
「ミカジューって何ですか?」
義孝
「そ、それは……」
ミキオ
「朱莉、バカやってないで帰ろうぜ」
瑞葉
「もう帰るの?」
朱莉
「うん、ミキオくんのお家でお勉強会するんです」
ミキオ
「瑞葉、そんな目でオレを見るな! 何もしねーよ。あとお前ら、邪魔しに家に訪ねてくるなよ」
「でも、どうしよう。結婚とかまだ早いとご家族に反対されたら困っちゃう」
「はやい、早すぎる朱莉! オレも妄想はしたがプロポーズすらしてないだろ」
(朱莉先輩も異世界帰りなのかしら。感性がズレてるわ)ボソリ
(仲間として相応しいな、由愛)ボソリ
(まさか勝負下着なんて……朱莉ちゃん、大胆かも)ボソッ
(ハルちゃんHすぎよ、欲求不満が溜まってないかしら?)
(ちょ、ちょっとミズハちん、そんな欲求不満だなんて)
(欲求不満ならボクが解消のお役に立ちます)
(ちょっとサトシ君……)
(ふふふ……いいの。ハルちゃんだって女の子だもんね)
(おいミズハ、いじめすぎ。俺も欲求不満が溜まってるんだが、キスしたいし)
(あの……お兄様がた、朱莉先輩、帰っちゃいましたよ)
【兆し】
「ミキオくん、もういいかな?」ノックされる扉。
「準備オーケー」と返事をすると扉が開き、朱莉が俺の部屋に入って来た。
今日は一緒に宿題をやろうとミキオの家で過ごす会。そして今、急いで部屋の掃除を済ましたところだ。それまで朱莉にはリビングに居て貰っていた。
肩より少し短いボブカットの綺麗な黒髪。黒い宝石のような深く美しい瞳。プルンと潤っている薄ピンクの形の整った唇。そして木目細かい白い肌と幼さが残る体型や、似つかわしくない胸を押し上げる膨らみ。
どれだけミキオが罪悪感にさいなまれ迷いに駆られても、ミキオの部屋に朱莉が入ってくると全てが打ち消され、彼女を”抱き締めたい”という欲望にまみれてしまう。しかし、彼女の純粋な笑顔にどうしても彼の心の中に罪悪感がふくらむ。
――まだ何もしていない。ただの勉強会でどうしてこんなに緊張するのか?
――男の欲望に火をつけるこんなことは、もう自宅では止めた方が良いんじゃないのか?
そんな迷いに駆られている小林ミキオ。硬派ゆえ女の子の扱いに馴れていないどころか、変な妄想が頭の中をぐるぐる回っていた。ただ、抱きしめたい=家族ハグ、というレベルの欲望であり、ファースト・キスまでも想定しておらず遠かったのだが、高校男児の妄想はいつも炸裂するものである。
(でも結局俺は童貞のまま勇気が出なくて……いや、それは前からか……)
「ね、ねぇ……」
頬を染めオネダリをするような上目使いの瞳でミキオを見る朱莉は、クッションに座っている彼の隣に座ると、そっと寄り添い彼の肩に頭をつけた。朱莉はいつもの制服姿であり普段通りなのだが、シチュエーションがミキオの部屋であるというだけで、彼の欲望が爆発しそうな究極のピンチを招くのであった。
(今、朱莉の肩に手を回して抱き締めたら怒られるかな……? 上手く行けば、キ、キスも)
「ねぇ、ミキオくん、今変な事を考えてるでしょう?」
「え、ええ……」
「変なことしちゃダメだよ、私たちまだ高校生だからね……」
「う、うむ、当然だな」
「西之原君の好きなミカジューって何?」
「……」
この日、ハグすら出来なかったミキオは上の空で、宿題は終わったが何一つ記憶に残っていなかった。
・・・・・・・・・・
【ある日の放課後】
恋人同士になってから未だキスもなく、純粋な清い交際を続ける二人。
「小林くん、当面の目標は、まずは恋人繋ぎと家族ハグ。キスはもっと後じゃないとダメよ」と瑞葉から改めてアドバイスを貰っていた。
「飢えたオオカミのオーラをまとったら嫌われるからね。イヤらしい目つきも禁止よ。胸は凝視したら一発で退場だからね。頭撫では様子を観て。アニメやラノベと違って現実では嫌がる女の子が圧倒的多数だからね、髪型が乱れるとか気持ち悪いとか思われたら悲惨よ。大好きな人以外からの頭撫ではホント難しいわ。ハグは両腕で優しく包み込んで、そうね、可愛いとか好きだよとか声を耳元でささやくのは未だ早いわ。女の子は弱くて可愛い生き物という事を常に念頭に置いて大切に扱うの……。義孝君からエッチな目で見られても平然としている私や由愛ちゃんやハルちゃんは例外中の例外だからね、参考にしないで」云々。
「マジかよ、俺ってそんなにエッチな目をしてるのか……そんなつもりは、あったかもしれんが」
……と思わぬトバッチリを受ける義孝。
・・・・・・・・・・
放課後の帰宅中。
手を繋ぎ歩きながら瑞葉のアドバイスを思い出し、頭をフル回転させていたミキオは無言が多くなり、朱莉はミキオの顔をチラッと見てクスッと笑いながら、繋いだ手の指を絡め、恋人繋ぎにしてギュッと握った。
「こ、これが幻の恋人繋ぎか……すげぇ」
条件反射的にミキオも握り返す。柔らかくて壊れてしまいそうな小さな手と密着する。朱莉はニコニコである。
「大きな手……ふふ」
そこで突然、ミキオの頭にピコンと電球が点った。新たな発想に従って彼は指を動かして朱莉の指先や関節を軽くモミモミ、スリスリしてみる。猫の肉球を愛撫するかのように。
(優しく丁寧に繊細に、握り返すのだ……手に汗はかくなよ……)
「え、ミキオくん、そんなこと……ぁぁ」
(親指、人差し指、そこから小指にかけて一本一本、ゆっくり触っていこう。手の平の生命線に沿って指を這わせて、うん、柔らかいな朱莉の手は。触っているだけでいいな)
「ちょ、ちょっと待って、そんなに触っちゃ……触りすぎちゃ……」
(おや? どうした朱莉。指を触られると気持ちいいのか?)
「だめなのっ、わたし、お、怒っちゃうんだからね、ミキオくんのバカぁ」
(えっ!? オレ怒られてるのか、な、なぜっ)
ミキオの理性が『朱莉を守るナイト』から『勘違いする阿呆男』にクラスチェンジした結果、朱莉はミキオに手を握り返され、指まで肉球のごとくイジイジされたせいで、思いっきり首まで真っ赤になった。まさしく初心である。ただ人間の手と猫の肉球では通っている神経の数が段違いであった為、まさかの朱莉お怒りモードになってしまった。
後にこのことを報告したミキオは、瑞葉から「たとえ女の子の指先、末端でも長々と撫で回してはいけません!」と厳命された。
「そういえばウチのクラスの男子にも「水野朱莉さんいいよなぁ……」という感じで興味津々、好きだと考える男がちらほら増加していたな」
高校二年生の男子たちにとって美少女というのはハチミツであり、ピンクの桃の味であり、イチジクで、男子生徒を狂わせるには充分だった。
「……ほんと?」
「今の朱莉は恋人が選び放題、ひょっとしてオレが付き合わなかったら、朱莉にもっといい素敵な男子の恋人が出来るんじゃないか?」
朱莉に対して気を使った、彼女いない歴の長いミキオのセリフだったが、彼は心の底では、自分なんかが朱莉のような美少女と付き合うだなんて不吊り合いでダメなのではなかろうか? と思い始めていた。
「そんなこと言うの、やめてください! ミキオくん……わたし、わたしはミキオくんのこと、す、しゅ、しゅきっ、です。だいしゅき、なんです。他の男性なんて全く考えません。これからも、ずっと、わたしと一緒に居て下さい。お願いします」
「ああ、ごめん、朱莉。頭を思考に割いていたのでウッカリ変なことを言っちゃったな。でもよ、オレよりも素敵な男子が目の前に出て来たら、オレに遠慮せずに頼むな」
「いやです! どうしてそのようなことを言うのですか? 私が一番素敵だと思っているのはミキオくんだけなんですよ? 花壇を荒らされた時、貴方は傍にいてくれました。ブサイクと言われていた時も私の事を想ってくれていた。私の方こそミキオくんと相思相愛だなんて勿体ないお化けが出ます」
ミキオは目を見開き、驚いた様子で朱莉を見つめた。
歩くのはやめて立ち止まっていた。人通りがあるにもかかわらず、思わず朱莉の頭を撫で始め、ヨシタカに教えて貰っていた呪文を唱える。抱っこしたり、頭を撫でる時に唱えると相手に究極のリラックス効果を与えるとかないとか……聞いていたからだ。
「いいこ、いいこ、なでこ、なでこ」
義孝製呪文を唱えながらリズムを合わせて朱莉の頭を撫でる。ミキオは馴れていないため少しぎこちない。
しかし彼女は頭撫でだけでは物足りなかったらしく思いっきりハグしてきた。彼女は小さい声で「ミキオくんの匂いがする」と胸に顔を埋めてグリグリと擦りつけ続ける。彼女はミキオの匂いが大好きだった。
「他の男子なんて要らないの、他に恋人候補はいらないし、ミキオくんだけ傍に居てくれたら、わたしは満足だから」
「分かったよ、照れるからもう止めてくれ」
「次言ったら、前髪を元に戻します!」
「思えば朱莉の顔がよく分からない頃、前髪があった時に惚れているんだよなオレ」
「うん、顔が見えないのに可愛いと言ってくれたんだよ、ミキオくん。と、ところで……、さっきの私の想いに対して反応が欲しい、です。だいしゅきの所の」
「オレもだよ、好きだよ朱莉……なでこ、なでこ」
「ありがと、う、うれしいです」
「朱莉、抱き着くのはそろそろ……」
「だめです、わたしを喜ばせた罰ですから」
このような会話とハグを人通りの多い所でしていれば、いずれバカップルが代名詞になりそうである。
……だが、この光景をこっそりと後をつけて来ていたある男が不穏な言葉を発する……。
【上級生の幼馴染・達也】
達也のメシの誘いを断った朱莉と、仲が良いという噂の小林の後をつけて監視してたものの、達也にとっては余りにも衝撃的な光景が広がっていた。愛してやまない幼馴染の朱莉と小林が、人通りのある道端で歩みを止めて抱き締め合い、小林が朱莉の頭を撫で回している。朱莉は嫌がるどころか満更でもない雌の表情を浮かべていた。
「お、俺の朱莉を抱き締めて頭を撫でまくってるだと……(怒)」
「なんだ、あいつ。恋人つなぎしやがって!」
「おい待てや、朱莉の指をいじりまくってるぞ! 朱莉の顔がほんのり赤いじゃないか」
「や、ヤメローーーーーーっ!」
「俺の朱莉から手を放せ、こら~っ!」
「他に男の存在なんか居ないと思っていたのだが……俺という幼馴染がいるのに、裏切りやがったな朱莉」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これから大きな騒動が勃発するのだが、二人はまだ何も知らなかった。
(#)大観覧車
『嘘告と二股と妹と。』
オマケ:隣の席の娘に恋をした(サトシ視点)
https://novema.jp/book/n1762704/6
(#2)ミカジュー
勇者たちの使命感:次なる異世界 第43話 森の隠れ家
https://novema.jp/book/n1761951/44



