想像してみて欲しい。
いきなり異分子のような美少女がクラス内に誕生したら、しかも転校生ではなく、かつて「ブサイク」とイジメていた全員に人を見る目がないという評価を下せる人物が実在しているさまを。
言った言わない程度ではないだけに、残念なことにクラス内不協和音みたいな別の問題も発生していく。
「みんなね、小林くんと朱莉ちゃんのことで、新しい噂をしているのよ」
義孝の恋人である瑞葉が噂の事実予想合戦に参戦した。話によると同学年の各クラスでも話題だそう。ミキオの気軽に思いついた「朱莉の前髪あげたら可愛いよ」が二年生を席巻していた。
「おい、あのクラスに水野朱莉ちゃんっていただろ、すんげー可愛いぞ。カットモデルでもやってるっぽい」
「見た見た、可愛い系で且つ妹系だな」
「あんな可愛い子、前から居たっけ?」
「こりゃ、たまらん」
「でも、その娘って以前はブサイクとか言われて嫌がらせされてたろ?」
「水野さんのこと知ってるのか?」
「可愛いからイジメられるってのは普通にあるらしいぞ」
「それを庇い続けた級友がいるって話だ」
「ちょっとマテ、水野さんは、小林ミキオって奴と仲が良いらしい」
「その彼だよ、水野さんを庇い続けた級友っての」
「こ、こばやし……ミキオ君かぁ……硬派で有名な奴だな」
「なぜ小林は一匹オオカミと呼ばれて、僕はぼっち呼ばわりなのか、それが疑問だし、是非みんなに問いたい」
「そ、それはな……」
「僕が女の子の後ろを付けているとストーカー呼ばわりだが、小林くんだと一途な男と呼ばれる。これが問われなければならない」
「か……かお……」
「それだけは言ってやるな」
「朱莉ちゃん、アイドルみたいで可愛い」
「お前ら、外見ばかりじゃなく彼女の性格も見てやれよ。美醜姿ばかりで噂したらダメ男の一派になるぞ」
「小林くんと水野さんは、もう一線を越えたのだろうか、それが問題だ」
あっという間にミキオまでが他クラスでも話題になった。
ある者はミキオの硬派ナイスガイぶりから、もし自分が告白しても成功率はほぼゼロだろうと絶望のどん底に叩き落とされ、ある者はミキオに嫉妬をする。一方、女子たちは、新カップル? の誕生かもしれないと経過を楽しみにしつつ、ミキオが意外と女子に”隠れ人気”だったことが露呈され、どこまで噂に信憑性があるのかと話題にしていた。
「小林くん、とうとう春が来たね」
ニッコニコで新しいオモチャが出来たと喜ぶような顔をする瑞葉。
「瑞葉、今は止めてやれ。小林にも幸せになる権利がある」と義孝が軽く注意する。
「僕は応援するよ。小林君はとうとう彼女持ちになったかぁ、羨ましいな」
(僕もハルちゃんにアタックしなければ……勇気よ燃えろ)と隣のクラスからやってきてた聡が言う。
「サトシくんは早くハルちゃんに告白して当たって砕けなきゃ」
「砕けたらダメだろ」
「キミたち、僕の心をえぐるの止めてくれないかな、なぁ、小林君」
「いや、俺に話を振るなよ」
「ねーねー、何話してるの~?」
……と隣のクラスから華がやってきて参戦。一気に緊張する聡と義孝。
「ハルちゃん、小林くんと朱莉ちゃんの幸せを祈る会を開催してるのよ」
「あらあら、まぁまぁ」目を細めてニヤけるハル。
「お前ら、どーでもいいが、静かにオレの愛をはぐくむ様子を、遠くから眺めててくれや」
仲間からもいじられ始め、一人ボヤくミキオだった……。
「朱莉を迎えに行ってくる。お前ら、ついて来るなよ」
・・・・・・・・・・
とある上級生。
こんなの俺が知っている幼馴染の朱莉じゃないだろ。
家族連れで一緒に海へ行って、砂浜で俺の隣にしゃがみ文字や絵を描いた、いつも純粋な笑みを浮かべて俺に可愛い顔を見せていた朱莉。綺麗な貝殻を見つけたと、岩場ではカニを捕まえたと俺に見せながら、どこまでも一緒だった朱莉。幼いころから記憶の中で生き続けていた朱莉は俺にべったりだった。
朱莉はボッチじゃなきゃ駄目だ、独りでいればいいのに、どうして男の友達なんか作るんだ。まさか俺に黙ってずっと前から交際していて淫らな行為を教え込まれたのか。許せん。俺以外の男は朱莉には不要だ。
いや待てよ、相手は小林とかいう硬派な同級生らしい。なら奥手で下手だ。朱莉は変わってしまったと思ったが、それはきっと間違いだ。朱莉はあの頃と何も変わっていない筈。小林から朱莉の肉体に淫らな快楽を刻み込まれても下手すぎれば満足できない、すなわち乱れることがない朱莉の心は清らかなままの筈だ。俺が朱莉を正常な状態に戻してやらねばならん。
久しぶりに朱莉とのラインを立ち上げメッセージを打つ。
「俺だ、達也だ。朱莉、久しぶりだな、飯でも食いに行かないか?」
既読スルーだった。
・・・・・・・・・・
朱莉の幼馴染・達也が腰を上げたころ。
あれから朱莉には男子たちから交際の申し込みが殺到した。ミキオの予想外だった。
「朱莉さん、僕はずっと貴女の事が好きでした! 付き合ってください。よろしくお願いします!」
「ごめんなさい、お付き合いできません」
「なぜですか? 理由を教えてくれませんか」
「前髪を上げる前なら告白のお申し出は嬉しかったのですが、ずっと好きだったと言われても少し信じられなくて、すみません」
「ずっと好きだったけど、朱莉さんが前髪を上げたから、他の男子に取られると思って、僕は焦って今告白したんだ。少し僕の気持ちや事情も考慮してくれないかな?」
「あ、あの……ごめんなさい。実は、わたし好きな人がいます……」
「好きな男子の名前を教えてもらえないか?」
「……こ、小林くん、ミキオくんです」
「小林かぁ……。あいつ好いヤツだもんな。誠実に対応してくれてありがとう。僕は朱莉さんを好きになって良かったよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「僕のために時間をくれて有難う。朱莉さんも小林攻略、頑張ってな」
「あ、うん、……ありがとう」
こんな風にフラレれた男子ですら爽やかな風が吹く。些細な展開だが好印象が朱莉に積み上げられていった。あっという間に彼女は学校内でも正直な美少女という印象で有名になった。たった二週間で告白男子は二十五人を超え、全員が玉砕していった。
校門で朱莉が来るのを門に凭れ掛かって待っていたミキオは、タッタッタッと小走りで走ってくる朱莉を見つけ、ようやく告白タイムが終わったかとホッとしながら彼女の到着を待った。
【束の間の幸せ】
校門で待っていたミキオに小走りできた朱莉が声を掛ける。
「ごめん、お待たせしましたー」
「やれやれだな、朱莉、告白では何もなかったか? 逆切れした男はいなかったか?」
「だいじょーぶ。告白の人達は優しくて理解が早くて、何の問題も起きなかったわ」
「そうか、良かったな」
「うん。待っててくれて、ありがとー」
「フッ、素直に礼を言われると不思議と照れるな」
「帰ろ!」
驚くことに朱莉はさっとミキオの手を握って歩き始めた。
「お、おい、手を引っ張るなよ」
「ふふん、帰りにお茶しよー」
「ああ、分かったってば、降参、降参だって~」
・・・・・・・・・・
【夜:ミキオの部屋】
ぷるるるる……スマホが通話の知らせで震える。
(お、電話か。朱莉だな)
『もしもしミキオくん?』
「おう、どうした」
『あのね、声が聞きたかったの』
「そ、そうか……オレも声が聞きたいなぁ~なんて思ってたところだぞ」
『えへっ、私達シンクロしてるね、嬉しい』
「お、おう」
・
・
・
「じゃ、朱莉、おやすみ。夢で会えるといいな」
『今度は抱き締めながら私の顔を見て言ってくださいね』
「ツッ!……」(想像してテンパるミキオ)
『うん、あの……大好き、ミキオくん、おやすみなさい』
「お、お、おう、おやすみ」
……うーむ、可愛すぎる。
ミキオはかつてない幸せを感じていた。これが話に聞く恋人なのか、男に彼女が出来るとはこういう事だったのか。浮かれた気持ちを認識するとともに、あの可愛らしい朱莉をぎゅっと抱き締めている自分を妄想する。
「柔らかいよ、朱莉ちゃん。オレ、すんごい幸せだわ」
ベットに横たわり、枕をぎゅっと抱き締める。
「ああ……朱莉、あかりっ! オレの大好きな彼女、恋人、いずれは結婚したりして……ふふ」
「あー、あーかーりー! 大好きだぁぁあああ」
思わず叫んでしまったミキオ。
【次の日の朝】
「あ、おはようミキオ。あのね、お母さん夜、ちょっと聞こえてきたんだけど、彼女が出来たんだね。名前は、あかりちゃんって言うんだ。近いうちに家に連れてくるのかな、お母さん緊張しちゃうわ。いつ勉強会するの? もしお母さんがいるのが嫌なら前もって言ってくれば出かけてくるわよ。ふふ、青春っていいわね」
「……母さん、今すぐ学校、行ってくるよ」
「朝ごはん、食べないの?」
「ああ、ごめん、残しておいてくれれば夜食べるよ」
(聞かれてたーーーー! まさか母さんに聞かれているとは思ってもみなかった。朱莉の名を叫んでベットでゴロゴロしてたもんな。もし家に連れてきた自宅デートの際は嬌声に気をつけねば)
早くも自宅デートで声を気にする気が早いミキオであった。
・・・・・・・・・・
教室でサトシが握りこぶしをしながら熱く語っている。
「恋愛は戦いなんだよ、小林君。同じ人を想う他のライバルがいたら絶対に負けられない。だって考えてもみたまえ、ハルちゃんにキスとか見えないところでしてるんだぞ巷のカップルって。大観覧車とかの頂点で。それ以上の事までするかもしれない。そんなの、好きな人にされてるのを想像したら耐えられないだろ? だから恋愛は負けたら駄目なんだ。奇麗ごとじゃない、命がけで自分の気持ちを相手に伝え、分かってもらうんだ。そして自分の方を向いていただく。そこから距離が近づいて、自分もカップルの勝利者になるんだよ。心が折れるまで頑張るんだ、その先にきっと光明が見えてくるさ……」
感心したミキオが溜息をつきながら言う。
「なるほど、さすが勇者サトシ。含蓄があるなぁ」
由愛
「この力説、前にも聞いた記憶が……いえ、なんでもないです」
瑞葉
「ねぇねぇ、失恋側の主張よね、コレ」
幸せの第一歩を踏み出したミキオと朱莉。初々しいカップルは未だ自分達の価値を知らなかった。特に朱莉が、ブサイクといじめられていたのが突如美女に変身、周囲の生徒たちに想像を超えた影響を与えたにもかかわらず、当人だけは知らぬが仏状態。
朱莉が美人薄命、男はオオカミ、等の意味を知っていれば多少の自己防衛策が出来たのに、今までと変わらず同じ感性だった為、ナンパ等の力技には無防備であった。
彼女は、性善説のように相手をまずは信じた上で行動してしまう。非常に危険な状態のまま美少女姿での生活が始まっていた。
一方のミキオは手を繋いだ朱莉の小さくて可愛い指の感触にどぎまぎしつつ、まんざらでもなかった。お花畑である。
朱莉が前髪を上げてから約二週間、25人の告白を受けた。……ということは、そろそろ打ち止め、流石の男子たちも朱莉が容易に落とせないことが理解できる頃であり、ミキオとしては、これからは朱莉への告白も減るだろうという希望的観測を持っていた。
告白祭りが間もなく終わるとミキオは先走ってホッとしていた。
ミキオにはすでに分厚い恋心が芽生えていた。最初期の花壇トラブルにおいて簡易的な告白? も朱莉へと済ませている。そして朱莉も「小林くん好きです」と告白している為、正式にカップルになっていた。
しかし、まだ恋人同士として相思相愛が成立したという事実は仲間以外へは内緒にしてあった。
どうして未だお付き合いが始まったことを公表していないのか?
それは花壇の嫌がらせ騒動の際、小林&朱莉の恋心の告白は突発的であったこと、それゆえ心変わりがあると早期失恋に繋がる云々という瑞葉からアドバイスをされて、二人で少し冷静になってみようと互いに同意したからであった。
朱莉の美人化に対する男子勢告白騒動が落ち着いたら、こちらもお互いに気持ちや周囲の状況を再度見つめ合い、衝動的なカップルではなく、ちゃんと考えをしっかり持ったお付き合いを始めようと話し合っていた。
「わたしは最初から交際をオープンにしていれば告白も少なくなってて良かったと思うんだけどなー」
「確かに今から思えば、速攻で公開していればと思うが、何と言っても恋愛の大先輩である瑞葉がアドバイスしてくれたからな。従う方が無難だと解釈したんだが、朱莉が前髪あげてから告白の殺到が想像を超えて半端なかったな」
「わたしの恋人はミキオくんだけだから、大勢の男子たちからの告白に付き合うのは辛かったかも。断るのにもエネルギーが要るんだよね。でも、瑞葉ちゃんの告白騒動の時は、入学時からして特に凄かったって聞いたよ」
「瑞葉の告白殺到の時は、上級生から総ざらいで告白受けてたからな、思い出すなぁ、彼氏である義孝までもアワアワしてた。あんな義孝にはファンクラブがあるってんで信じられねえ」
「西之原君は意外と女の子に人気あるのよね。ファンの子二十人ぐらい居るらしいよ」
「マジか? 俺にファンクラブ何てあったんだ」←ヨシタカ
「顔ユルんでるよ」と瑞葉。
「とにかく朱莉すまなかったな、もう俺たちの関係を皆に広めよう。瑞葉もニコニコしながらOK出してたし」
瑞葉たちは楽しそうにミキオが右往左往するのを眺めていた。
「初心者カップルの通過儀礼が終わったわね。次は厄介な人たちが出てくるから、その準備をしなきゃ」
「瑞葉、楽しそうだな……」
「朱莉ちゃんのように可愛い娘には災難が降りかかるのよ。絶対」
いきなり異分子のような美少女がクラス内に誕生したら、しかも転校生ではなく、かつて「ブサイク」とイジメていた全員に人を見る目がないという評価を下せる人物が実在しているさまを。
言った言わない程度ではないだけに、残念なことにクラス内不協和音みたいな別の問題も発生していく。
「みんなね、小林くんと朱莉ちゃんのことで、新しい噂をしているのよ」
義孝の恋人である瑞葉が噂の事実予想合戦に参戦した。話によると同学年の各クラスでも話題だそう。ミキオの気軽に思いついた「朱莉の前髪あげたら可愛いよ」が二年生を席巻していた。
「おい、あのクラスに水野朱莉ちゃんっていただろ、すんげー可愛いぞ。カットモデルでもやってるっぽい」
「見た見た、可愛い系で且つ妹系だな」
「あんな可愛い子、前から居たっけ?」
「こりゃ、たまらん」
「でも、その娘って以前はブサイクとか言われて嫌がらせされてたろ?」
「水野さんのこと知ってるのか?」
「可愛いからイジメられるってのは普通にあるらしいぞ」
「それを庇い続けた級友がいるって話だ」
「ちょっとマテ、水野さんは、小林ミキオって奴と仲が良いらしい」
「その彼だよ、水野さんを庇い続けた級友っての」
「こ、こばやし……ミキオ君かぁ……硬派で有名な奴だな」
「なぜ小林は一匹オオカミと呼ばれて、僕はぼっち呼ばわりなのか、それが疑問だし、是非みんなに問いたい」
「そ、それはな……」
「僕が女の子の後ろを付けているとストーカー呼ばわりだが、小林くんだと一途な男と呼ばれる。これが問われなければならない」
「か……かお……」
「それだけは言ってやるな」
「朱莉ちゃん、アイドルみたいで可愛い」
「お前ら、外見ばかりじゃなく彼女の性格も見てやれよ。美醜姿ばかりで噂したらダメ男の一派になるぞ」
「小林くんと水野さんは、もう一線を越えたのだろうか、それが問題だ」
あっという間にミキオまでが他クラスでも話題になった。
ある者はミキオの硬派ナイスガイぶりから、もし自分が告白しても成功率はほぼゼロだろうと絶望のどん底に叩き落とされ、ある者はミキオに嫉妬をする。一方、女子たちは、新カップル? の誕生かもしれないと経過を楽しみにしつつ、ミキオが意外と女子に”隠れ人気”だったことが露呈され、どこまで噂に信憑性があるのかと話題にしていた。
「小林くん、とうとう春が来たね」
ニッコニコで新しいオモチャが出来たと喜ぶような顔をする瑞葉。
「瑞葉、今は止めてやれ。小林にも幸せになる権利がある」と義孝が軽く注意する。
「僕は応援するよ。小林君はとうとう彼女持ちになったかぁ、羨ましいな」
(僕もハルちゃんにアタックしなければ……勇気よ燃えろ)と隣のクラスからやってきてた聡が言う。
「サトシくんは早くハルちゃんに告白して当たって砕けなきゃ」
「砕けたらダメだろ」
「キミたち、僕の心をえぐるの止めてくれないかな、なぁ、小林君」
「いや、俺に話を振るなよ」
「ねーねー、何話してるの~?」
……と隣のクラスから華がやってきて参戦。一気に緊張する聡と義孝。
「ハルちゃん、小林くんと朱莉ちゃんの幸せを祈る会を開催してるのよ」
「あらあら、まぁまぁ」目を細めてニヤけるハル。
「お前ら、どーでもいいが、静かにオレの愛をはぐくむ様子を、遠くから眺めててくれや」
仲間からもいじられ始め、一人ボヤくミキオだった……。
「朱莉を迎えに行ってくる。お前ら、ついて来るなよ」
・・・・・・・・・・
とある上級生。
こんなの俺が知っている幼馴染の朱莉じゃないだろ。
家族連れで一緒に海へ行って、砂浜で俺の隣にしゃがみ文字や絵を描いた、いつも純粋な笑みを浮かべて俺に可愛い顔を見せていた朱莉。綺麗な貝殻を見つけたと、岩場ではカニを捕まえたと俺に見せながら、どこまでも一緒だった朱莉。幼いころから記憶の中で生き続けていた朱莉は俺にべったりだった。
朱莉はボッチじゃなきゃ駄目だ、独りでいればいいのに、どうして男の友達なんか作るんだ。まさか俺に黙ってずっと前から交際していて淫らな行為を教え込まれたのか。許せん。俺以外の男は朱莉には不要だ。
いや待てよ、相手は小林とかいう硬派な同級生らしい。なら奥手で下手だ。朱莉は変わってしまったと思ったが、それはきっと間違いだ。朱莉はあの頃と何も変わっていない筈。小林から朱莉の肉体に淫らな快楽を刻み込まれても下手すぎれば満足できない、すなわち乱れることがない朱莉の心は清らかなままの筈だ。俺が朱莉を正常な状態に戻してやらねばならん。
久しぶりに朱莉とのラインを立ち上げメッセージを打つ。
「俺だ、達也だ。朱莉、久しぶりだな、飯でも食いに行かないか?」
既読スルーだった。
・・・・・・・・・・
朱莉の幼馴染・達也が腰を上げたころ。
あれから朱莉には男子たちから交際の申し込みが殺到した。ミキオの予想外だった。
「朱莉さん、僕はずっと貴女の事が好きでした! 付き合ってください。よろしくお願いします!」
「ごめんなさい、お付き合いできません」
「なぜですか? 理由を教えてくれませんか」
「前髪を上げる前なら告白のお申し出は嬉しかったのですが、ずっと好きだったと言われても少し信じられなくて、すみません」
「ずっと好きだったけど、朱莉さんが前髪を上げたから、他の男子に取られると思って、僕は焦って今告白したんだ。少し僕の気持ちや事情も考慮してくれないかな?」
「あ、あの……ごめんなさい。実は、わたし好きな人がいます……」
「好きな男子の名前を教えてもらえないか?」
「……こ、小林くん、ミキオくんです」
「小林かぁ……。あいつ好いヤツだもんな。誠実に対応してくれてありがとう。僕は朱莉さんを好きになって良かったよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「僕のために時間をくれて有難う。朱莉さんも小林攻略、頑張ってな」
「あ、うん、……ありがとう」
こんな風にフラレれた男子ですら爽やかな風が吹く。些細な展開だが好印象が朱莉に積み上げられていった。あっという間に彼女は学校内でも正直な美少女という印象で有名になった。たった二週間で告白男子は二十五人を超え、全員が玉砕していった。
校門で朱莉が来るのを門に凭れ掛かって待っていたミキオは、タッタッタッと小走りで走ってくる朱莉を見つけ、ようやく告白タイムが終わったかとホッとしながら彼女の到着を待った。
【束の間の幸せ】
校門で待っていたミキオに小走りできた朱莉が声を掛ける。
「ごめん、お待たせしましたー」
「やれやれだな、朱莉、告白では何もなかったか? 逆切れした男はいなかったか?」
「だいじょーぶ。告白の人達は優しくて理解が早くて、何の問題も起きなかったわ」
「そうか、良かったな」
「うん。待っててくれて、ありがとー」
「フッ、素直に礼を言われると不思議と照れるな」
「帰ろ!」
驚くことに朱莉はさっとミキオの手を握って歩き始めた。
「お、おい、手を引っ張るなよ」
「ふふん、帰りにお茶しよー」
「ああ、分かったってば、降参、降参だって~」
・・・・・・・・・・
【夜:ミキオの部屋】
ぷるるるる……スマホが通話の知らせで震える。
(お、電話か。朱莉だな)
『もしもしミキオくん?』
「おう、どうした」
『あのね、声が聞きたかったの』
「そ、そうか……オレも声が聞きたいなぁ~なんて思ってたところだぞ」
『えへっ、私達シンクロしてるね、嬉しい』
「お、おう」
・
・
・
「じゃ、朱莉、おやすみ。夢で会えるといいな」
『今度は抱き締めながら私の顔を見て言ってくださいね』
「ツッ!……」(想像してテンパるミキオ)
『うん、あの……大好き、ミキオくん、おやすみなさい』
「お、お、おう、おやすみ」
……うーむ、可愛すぎる。
ミキオはかつてない幸せを感じていた。これが話に聞く恋人なのか、男に彼女が出来るとはこういう事だったのか。浮かれた気持ちを認識するとともに、あの可愛らしい朱莉をぎゅっと抱き締めている自分を妄想する。
「柔らかいよ、朱莉ちゃん。オレ、すんごい幸せだわ」
ベットに横たわり、枕をぎゅっと抱き締める。
「ああ……朱莉、あかりっ! オレの大好きな彼女、恋人、いずれは結婚したりして……ふふ」
「あー、あーかーりー! 大好きだぁぁあああ」
思わず叫んでしまったミキオ。
【次の日の朝】
「あ、おはようミキオ。あのね、お母さん夜、ちょっと聞こえてきたんだけど、彼女が出来たんだね。名前は、あかりちゃんって言うんだ。近いうちに家に連れてくるのかな、お母さん緊張しちゃうわ。いつ勉強会するの? もしお母さんがいるのが嫌なら前もって言ってくれば出かけてくるわよ。ふふ、青春っていいわね」
「……母さん、今すぐ学校、行ってくるよ」
「朝ごはん、食べないの?」
「ああ、ごめん、残しておいてくれれば夜食べるよ」
(聞かれてたーーーー! まさか母さんに聞かれているとは思ってもみなかった。朱莉の名を叫んでベットでゴロゴロしてたもんな。もし家に連れてきた自宅デートの際は嬌声に気をつけねば)
早くも自宅デートで声を気にする気が早いミキオであった。
・・・・・・・・・・
教室でサトシが握りこぶしをしながら熱く語っている。
「恋愛は戦いなんだよ、小林君。同じ人を想う他のライバルがいたら絶対に負けられない。だって考えてもみたまえ、ハルちゃんにキスとか見えないところでしてるんだぞ巷のカップルって。大観覧車とかの頂点で。それ以上の事までするかもしれない。そんなの、好きな人にされてるのを想像したら耐えられないだろ? だから恋愛は負けたら駄目なんだ。奇麗ごとじゃない、命がけで自分の気持ちを相手に伝え、分かってもらうんだ。そして自分の方を向いていただく。そこから距離が近づいて、自分もカップルの勝利者になるんだよ。心が折れるまで頑張るんだ、その先にきっと光明が見えてくるさ……」
感心したミキオが溜息をつきながら言う。
「なるほど、さすが勇者サトシ。含蓄があるなぁ」
由愛
「この力説、前にも聞いた記憶が……いえ、なんでもないです」
瑞葉
「ねぇねぇ、失恋側の主張よね、コレ」
幸せの第一歩を踏み出したミキオと朱莉。初々しいカップルは未だ自分達の価値を知らなかった。特に朱莉が、ブサイクといじめられていたのが突如美女に変身、周囲の生徒たちに想像を超えた影響を与えたにもかかわらず、当人だけは知らぬが仏状態。
朱莉が美人薄命、男はオオカミ、等の意味を知っていれば多少の自己防衛策が出来たのに、今までと変わらず同じ感性だった為、ナンパ等の力技には無防備であった。
彼女は、性善説のように相手をまずは信じた上で行動してしまう。非常に危険な状態のまま美少女姿での生活が始まっていた。
一方のミキオは手を繋いだ朱莉の小さくて可愛い指の感触にどぎまぎしつつ、まんざらでもなかった。お花畑である。
朱莉が前髪を上げてから約二週間、25人の告白を受けた。……ということは、そろそろ打ち止め、流石の男子たちも朱莉が容易に落とせないことが理解できる頃であり、ミキオとしては、これからは朱莉への告白も減るだろうという希望的観測を持っていた。
告白祭りが間もなく終わるとミキオは先走ってホッとしていた。
ミキオにはすでに分厚い恋心が芽生えていた。最初期の花壇トラブルにおいて簡易的な告白? も朱莉へと済ませている。そして朱莉も「小林くん好きです」と告白している為、正式にカップルになっていた。
しかし、まだ恋人同士として相思相愛が成立したという事実は仲間以外へは内緒にしてあった。
どうして未だお付き合いが始まったことを公表していないのか?
それは花壇の嫌がらせ騒動の際、小林&朱莉の恋心の告白は突発的であったこと、それゆえ心変わりがあると早期失恋に繋がる云々という瑞葉からアドバイスをされて、二人で少し冷静になってみようと互いに同意したからであった。
朱莉の美人化に対する男子勢告白騒動が落ち着いたら、こちらもお互いに気持ちや周囲の状況を再度見つめ合い、衝動的なカップルではなく、ちゃんと考えをしっかり持ったお付き合いを始めようと話し合っていた。
「わたしは最初から交際をオープンにしていれば告白も少なくなってて良かったと思うんだけどなー」
「確かに今から思えば、速攻で公開していればと思うが、何と言っても恋愛の大先輩である瑞葉がアドバイスしてくれたからな。従う方が無難だと解釈したんだが、朱莉が前髪あげてから告白の殺到が想像を超えて半端なかったな」
「わたしの恋人はミキオくんだけだから、大勢の男子たちからの告白に付き合うのは辛かったかも。断るのにもエネルギーが要るんだよね。でも、瑞葉ちゃんの告白騒動の時は、入学時からして特に凄かったって聞いたよ」
「瑞葉の告白殺到の時は、上級生から総ざらいで告白受けてたからな、思い出すなぁ、彼氏である義孝までもアワアワしてた。あんな義孝にはファンクラブがあるってんで信じられねえ」
「西之原君は意外と女の子に人気あるのよね。ファンの子二十人ぐらい居るらしいよ」
「マジか? 俺にファンクラブ何てあったんだ」←ヨシタカ
「顔ユルんでるよ」と瑞葉。
「とにかく朱莉すまなかったな、もう俺たちの関係を皆に広めよう。瑞葉もニコニコしながらOK出してたし」
瑞葉たちは楽しそうにミキオが右往左往するのを眺めていた。
「初心者カップルの通過儀礼が終わったわね。次は厄介な人たちが出てくるから、その準備をしなきゃ」
「瑞葉、楽しそうだな……」
「朱莉ちゃんのように可愛い娘には災難が降りかかるのよ。絶対」



