公園のブランコ傍にあるベンチにて、朱莉は泣くのを我慢しながらミキオに経緯を話し続けていた。
本来、最も恋愛では有利な立ち位置に居る幼馴染、そこに達也はいた。世間一般の幼馴染と同様に朱莉と達也は一緒に仲良く育った。小学校低学年までは「お兄ちゃん」「可愛い妹」のように両親公認だった。
変化が起き始めたのは小学校高学年になってからだ。朱莉が可愛くなり男子から人気が出てくるとイジメに遭った。その悪戯する男子の中に達也がいた。達也にとっては照れ臭かったのかもしれないが、いじめられる朱莉にとっては青天の霹靂、たまったものではなかった。
「達也くん、どうして私を護ってくれないの?」
「……」
そして中学一年になると女の子らしさに拍車がかかった朱莉は、男子の人気者になったおかげで、イジメは少なくなった代わりに告白が殺到した。それを受けて、達也は朱莉に前髪を下ろして顔が見えにくくしろと強く命令した。
いじめっ子の主みたいな立場であった達也の命に従って、朱莉は前髪を伸ばして顔を隠すようになって、殺到していた告白祭りは終わった。
「俺のおかげでイジメが無くなったろ? 感謝しろよ」
「……」
朱莉の両親は髪型が変わった朱莉の変化に敏感に反応した。当たり前である。そして娘から聞き取った悪戯の存在を重要視し、学校に対して教育委員会も加えてクレームを入れた。
朱莉は学校の担任からは何回も呼び出され、担任はクラスメイトへ朱莉への虐めを何度も注意しようとしたが、小学生時代と違って中学時代は、イジメというより嫉妬による嫌がらせの様態が強く、更には『朱莉の諸問題の根本は、告白が多いだけですよ。だから俺は幼馴染として髪型を変えろとアドバイスしたんです』という達也の言い訳を安易に採用してしまい、最終的に報告書へもそう書いて教育委員会に校長名と共に提出した。
「達也くん、もう私に構わないで!」
「……」
朱莉の心の中に達也への苦手意識と恐怖が定着し、彼を避け始めた朱莉に対して鎮静化を狙うがごとく察したのか、達也は必要以上に彼女に構っていかなかった。
しかし、高校生になってからは嫌がらせの代わりに優しいふりをしてスキンシップを図るようになってきた。そしてとうとう朱莉の部屋に乗り込んだ達也は、キスを無理やりしてしまったという事態となった。簡単に言えばレイプ未遂案件であった。
驚いた朱莉に『出入り禁止』を言い渡された達也だったが、今度は、朱莉のファーストキスを奪ったと喜んで周囲の知人に言いふらした。面白く脚色された「朱莉が達也とファースト・キスをした物語」という噂を、巡り巡って聞いた朱莉は驚いた。
「好き好んでキスしたわけじゃないでしょ! 話を変えないでよ」
「……」
朱莉はどうしたら噂をちゃんとした内容に修正できるのか? 考えても対策は見つからず、益々この事態を深刻に考え、彼氏であるミキオを裏切ったと勘違いされることを恐れ、親が達也を部屋に上げてしまったせいで何が起きてしまったのかを認識し、反省したものの、凹んでしまい鬱状態に陥ってしまった。
「ひどすぎる! 達也くん、無理やりキスしたくせに」
「……」
達也に無視された朱莉は、これでは何の問題解決にもならないと先日、親経由で達也を呼び出し、本人から謝罪を受けたが、また襲われるかもしれないと愛想笑いをしていたのを外で聞いていたのがミキオであった。
しかも、その直後、達也に抱き締められて再度キスをされ、あろうことか朱莉はベットに押し倒されてしまった。嫌がる声を聞きつけた親が助けに入った時は、色々と奪われるギリギリであり、まさに悪夢だった。
当初、ミキオにあげるつもりだったファーストキスを奪われた朱莉は、彼に話すことが出来ず、黙り込んで部屋に閉じこもってしまった。色々と悔やんだり、これからどうしようと悩んだが、母親からバイトでもしてミキオくんにプレゼントを買って渡すという目標を提案され、それを目標に元気を出す方法を実践してみた。
ミキオに経緯を話している途中から朱莉は泣くのに耐えられず、とうとう大粒の涙をこぼしながら話をつづけた。
「どうして、こんな重要なことを教えてくれなかったんだよ」
「……」
朱莉は黙ってしまった。大粒の涙が止まらない。
「別にオレを裏切って浮気していたんじゃないんだな?」
朱莉は頷く。
「忙しかったのは母親に紹介されたバイトのせいで、目的はオレへのサプライズ・プレゼントを買おうとしたんだな? だから黙っていたと」
頷く。
「最も重要な達也先輩の件で何も話せなかったのは、ファースト・キスをオレじゃない達也に奪われたから、という解釈でいいのか?」
頷く。
「オレのこと、まだ好きか?」
「……すき。別れるの、いやです」
気づかないうちに朱莉の瞳から大粒の涙から一筋の流れになって零れ落ち始めた。頬を伝ってポトリポトリと服の上に水滴の溜まりを作る。慌てながら手の甲で水滴を払うが、彼女の涙は次から次にと溢れて止まらなくなった。
とうとう、ぶわっと涙が滝のように流れる。いまだ涙が枯れず止まらない。
「抱き締めていいか?」
頷く。
ミキオは朱莉の両肩に手を置き、自分の胸に彼女の頭を寄せ、抱き締めた。左手で背中を、右手で頭を撫でる。
「なでこ、なでこ、あかり、いいこ、いいこ」
彼女もミキオの背中に手を回してぎゅっとしてきた。
「あ、あの、ミキオくん、結婚するまではダメって言ってたキス、今して欲しいです……だって……」
「ああ、分かった。上書きってヤツだよな。喜んで」
二人の影が重なった。二人の初めてのキスは柔らかく温かかった。朱莉は久しく忘れていた安堵を覚え、心の底から満たされる幸福を感じていた。
朱莉が幹夫の肩に頭乗せて「ミキオくん……大好き」と呟く。
「俺も好きだよ」と返すと、朱莉が顔を上げて、目を潤ませて微笑む。もう一度、そっと顔が近づいて唇が触れあう。ミキオは緊張しながらも頑張ってゆっくり感触を味わった。
朱莉が「ん……」と甘く小さい声をこぼして幹夫の胸に手を置いてくる。朱莉は小柄ゆえ腕の中にすっぽりと治まっていた。
「朱莉、可愛いよ」
「だめ……そんなこと言われたら恥ずかしいよ」
二人の気持ちが、心が通い合い、長い間「朱莉、好きだよ」「ミキオくん、私も好き」と何度も言い合う。まさしくバカップルそのものであった。
「あ、ありがとうございます……」
朱莉は幸せそうに、名前の字の通り頬や耳を朱に染めていた。
朱莉にとって不本意とはいえ達也に奪われた勢いだけの強引なキスが、一生に一度だけというファーストタイムのキスであり、トラウマのごとく悔しくて仕方がなかった。キスがこんなに嫌なものだと嫌悪していた。
しかし、ミキオの優しく思いやりのあるキスは全く別のものだった。嫌な感じどころか恥ずかしさや照れくささが全身に巡り、もっと触れていたいと思わせる幸福感に包まれた。朱莉の胸に優しくて大切な人という気持ちが強く沸き上がってくる。
そして気づく。まだ朱莉にはミキオにあげられる初めてのものがあった。
「あと加速装置もして欲しいです……恋人同士がする行為って、ハルちゃんが教えてくれたラブラブになれる癒しの魔法……」
「意味わかってないだろ朱莉」
「ダメ……ですか?」
「そうやって上目遣いであざといと、思わずOKしてしまいそうになるが、ハルの言ってた加速装置だけはダメだ。まだオレ達には早い」
「じゃ18歳になったら、お願いします……」
「来年じゃねーか、……いや結婚してからな」
「は、はい、変な事を口走ってごめんなさい」
また真っ赤になった朱莉は下を向いて恥ずかしそうにした。
(義孝と瑞葉の通算キス三回記録を直ぐに抜けそうだな……あいつ悔しがるだろうな。明日にでも威張ってやるか)
(ミキオくんの真剣な目……素敵)
「これからは何でもオレに話せ。けっして自分だけの心に仕舞うな。心の中に棚を作れ。そして棚に自分を乗っければ尚オツケイ」
「はい……心の中に棚を作るのですね……」
「辛くなったらその棚に自分を乗っけろ。達也先輩はオレが何とかする。もう心配はいらない」
「ミキオくん……ぎゅっとしてください……」
ミキオの胸に頭を預ける朱莉、ミキオは長い時間、頭を撫で続けた。ヨシタカに教えて貰った家族ハグのテクニックに少し慣れてきた奥手なミキオであった。
雨降って地固まる。お似合いのバカップルは元通りになり、今後も愛を育んでいくことは確実だろう。
【達也へお灸(終)】
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
達也が帰宅している途中。自宅そばの裏道にて。
「こんばんわ、達也先輩」
「う、小林……」
「ちょっと話があるんですが」
「俺にはない、消えろ」
「達也先輩、朱莉から聞きましたけど、無理やりキスしたそうですよね?」
「チッ……」
「オレが朱莉の恋人という事を知っていて、その上で手を出したんですよね?」
「くっ、お前は廃倉庫の際に俺を助けてくれたそうだが、それとこれとは話が別だ。お前は朱莉にはふさわしくないからな、朱莉は俺が貰う」
(注:助けられた達也は気絶していて、圧倒的強さを誇る小林の活躍は見ていません)
「はぁ~、あの時、朱莉を助けようと無謀な戦いを覚悟した貴方には、一瞬でも尊敬して認めてしまったのは、オレの間違いでしたね。漢らしいと感じたのは本当に勘違いでしたよ」
「なんだとぉ、先輩を舐めやがってクソが……」
「間違いは速やかに訂正しなければなりません。じゃ、オレの恐怖をいつでも思い出せるようにしてあげますね、先輩」
ミキオはとてつもないスピードで達也に接近し、彼の眉間に右手の人差し指で軽く突きを入れる。
「うがっ!」
「今のは幻惑を誘発する技です。今後、朱莉に近づいたり、女性に無理やり迫ろうとしたら、オレが貴方に与えた恐怖を思い出します」
「鳳凰幻魔拳か!?」
「違いますっ!(怒)」
「痛くも痒くもないぞ、しょぼい拳だな」
「定番をそれ以上言ったら怒りますよ!」
「こ、こしゃくな……今になってそんな技ぶっこんで来るとは」
「そんなこと言ってて良いんですか先輩、もう怖くてしょうがないでしょう」
「くそっ」
「オレの技を解除することは出来ませんから、朱莉に手を出そうとした貴方の愚行を、一生後悔を背負って生きてください」
「な、何を馬鹿な……」
「貴方のスマホ朱莉盗撮画像を見た時、ヨシタカに言われた”節度ある行動”を心がけていれば何も起きなかったのですよ……今更遅いですが」
「まさか俺の足が震えている……小林が怖いだと、この俺が……」
「貴方が手も足も出なかった十数人を、オレとサトシの二人で倒してる事実を知っているのに理解できないとは。同じ世界で生きていても、スキルが近いと理解できる、スキルに差がありすぎると理解できない、よく言われる通りですね。貴方との差があり過ぎて」
「うぐぐ……」
「朱莉には二度と近づくな、では失礼」
こうしてミキオは達也にくぎを刺して立ち去った。朱莉だけでなく”女性に無理やり迫る”ことまで幻惑技を放ったのは、直感で達也の危うさを感じていたからだった。
「はぁ、疲れた。ヨシタカのヤツ、何がNTR界だよ、全然違ったじゃねーか。相談すんじゃなかったよ、まったく。ファンクラブがある義孝がNTR性癖だなんて知ったらクラブ解散だろ」
「ただ朱莉が達也にされたベットでの描写を説明し続けていたら、オレの危険な扉が開くかもしれなかったな。その点はヤバかった」
悩み事を相談する際は、人選ミスをすると逆に危険だ……という事を否応なく学んだミキオだった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
【朱莉Side】
あの日々から数ヶ月が過ぎ、朱莉は、ミキオと並んで緩やかな登り坂道を歩いていた。あれから少し伸びた髪が風に揺れている。
今日は日曜日。少し小高い丘の上にある公園でサンドイッチを始め手作りの昼食を持ってハイキングに向かっているのだ。
朱莉は時折、ミキオの横顔を盗み見る。
初めて教室で彼を見かけた時、彼がイジメられている朱莉を救おうと行動する瞬間だった。彼を巻き込んじゃダメと即座に思って男子たちに同調して「私はブサイクだから、ハハハ」とイジメを苦笑いに変えた。でも、やはり朱莉は女の子、自分がブサイクと言われて悲しかった。
次に花壇でイジメられていた時、ついにミキオが助けに入ってきた。でも朱莉は彼を制し、男子たちが飽きて帰ってから掘り起こされてしまった土や花を元に戻す作業を手伝ってもらった。嫌がらずに手伝ってくれたので、とても嬉しかったのを覚えている。
いつ、この人を好きになっただろう? いつの間にか一緒に居ることが自然になった。彼の友達もよく一緒に居てくれる。友達が増えてから嫌がらせは無くなった。彼らはクラスのカーストトップだから。でも、普通のありふれた陽キャではない。とても質素で素朴で優しい人達。
ミキオの横顔は優しい微笑みをたたえながら朱莉を安心感で包んでいた。朱莉の顔にも、もう平穏から切り離されたような陰りはどこにもなかった。二人の足取りは軽い。
どちらから言う事もなく右手で彼の左手を繋いだ。指をこすれ合わして感触を確かめる。たったこれだけで朱莉は赤くなってしまう。
「朱莉どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
じっと見過ぎていた。朱莉の視線に気づいてしまったミキオが照れ笑いをしながら言った。
「ふふ、出会った頃を少し思い出していただけ。何でもないよ」
「出会った頃か、朱莉はあの時より料理が上手くなったよな」
「何それっ」
朱莉は、はにかんだ。彼は髪の毛で顔が隠されていた朱莉を好きだと言ってくれた。外見ではなく朱莉の性格や個性、人格を気に入ってくれたのだ。こんな自分に良くしてくれた彼をもっと大切にしたい、そして出来れば朱莉も勉強して立派な大人になり、彼を支えたいと思っていた。
「朱莉、怒ったのか、顔朱いぞ」
朱莉は繋いだ手を放し、ミキオの左腕を持ちギュッと胸に抱いた。
「ミキオくんは乙女心を少しは勉強したほうがよいです」
ムッとした朱莉も可愛かった。
【完】
★次はサトシ主役編をしたいと思っています。
本来、最も恋愛では有利な立ち位置に居る幼馴染、そこに達也はいた。世間一般の幼馴染と同様に朱莉と達也は一緒に仲良く育った。小学校低学年までは「お兄ちゃん」「可愛い妹」のように両親公認だった。
変化が起き始めたのは小学校高学年になってからだ。朱莉が可愛くなり男子から人気が出てくるとイジメに遭った。その悪戯する男子の中に達也がいた。達也にとっては照れ臭かったのかもしれないが、いじめられる朱莉にとっては青天の霹靂、たまったものではなかった。
「達也くん、どうして私を護ってくれないの?」
「……」
そして中学一年になると女の子らしさに拍車がかかった朱莉は、男子の人気者になったおかげで、イジメは少なくなった代わりに告白が殺到した。それを受けて、達也は朱莉に前髪を下ろして顔が見えにくくしろと強く命令した。
いじめっ子の主みたいな立場であった達也の命に従って、朱莉は前髪を伸ばして顔を隠すようになって、殺到していた告白祭りは終わった。
「俺のおかげでイジメが無くなったろ? 感謝しろよ」
「……」
朱莉の両親は髪型が変わった朱莉の変化に敏感に反応した。当たり前である。そして娘から聞き取った悪戯の存在を重要視し、学校に対して教育委員会も加えてクレームを入れた。
朱莉は学校の担任からは何回も呼び出され、担任はクラスメイトへ朱莉への虐めを何度も注意しようとしたが、小学生時代と違って中学時代は、イジメというより嫉妬による嫌がらせの様態が強く、更には『朱莉の諸問題の根本は、告白が多いだけですよ。だから俺は幼馴染として髪型を変えろとアドバイスしたんです』という達也の言い訳を安易に採用してしまい、最終的に報告書へもそう書いて教育委員会に校長名と共に提出した。
「達也くん、もう私に構わないで!」
「……」
朱莉の心の中に達也への苦手意識と恐怖が定着し、彼を避け始めた朱莉に対して鎮静化を狙うがごとく察したのか、達也は必要以上に彼女に構っていかなかった。
しかし、高校生になってからは嫌がらせの代わりに優しいふりをしてスキンシップを図るようになってきた。そしてとうとう朱莉の部屋に乗り込んだ達也は、キスを無理やりしてしまったという事態となった。簡単に言えばレイプ未遂案件であった。
驚いた朱莉に『出入り禁止』を言い渡された達也だったが、今度は、朱莉のファーストキスを奪ったと喜んで周囲の知人に言いふらした。面白く脚色された「朱莉が達也とファースト・キスをした物語」という噂を、巡り巡って聞いた朱莉は驚いた。
「好き好んでキスしたわけじゃないでしょ! 話を変えないでよ」
「……」
朱莉はどうしたら噂をちゃんとした内容に修正できるのか? 考えても対策は見つからず、益々この事態を深刻に考え、彼氏であるミキオを裏切ったと勘違いされることを恐れ、親が達也を部屋に上げてしまったせいで何が起きてしまったのかを認識し、反省したものの、凹んでしまい鬱状態に陥ってしまった。
「ひどすぎる! 達也くん、無理やりキスしたくせに」
「……」
達也に無視された朱莉は、これでは何の問題解決にもならないと先日、親経由で達也を呼び出し、本人から謝罪を受けたが、また襲われるかもしれないと愛想笑いをしていたのを外で聞いていたのがミキオであった。
しかも、その直後、達也に抱き締められて再度キスをされ、あろうことか朱莉はベットに押し倒されてしまった。嫌がる声を聞きつけた親が助けに入った時は、色々と奪われるギリギリであり、まさに悪夢だった。
当初、ミキオにあげるつもりだったファーストキスを奪われた朱莉は、彼に話すことが出来ず、黙り込んで部屋に閉じこもってしまった。色々と悔やんだり、これからどうしようと悩んだが、母親からバイトでもしてミキオくんにプレゼントを買って渡すという目標を提案され、それを目標に元気を出す方法を実践してみた。
ミキオに経緯を話している途中から朱莉は泣くのに耐えられず、とうとう大粒の涙をこぼしながら話をつづけた。
「どうして、こんな重要なことを教えてくれなかったんだよ」
「……」
朱莉は黙ってしまった。大粒の涙が止まらない。
「別にオレを裏切って浮気していたんじゃないんだな?」
朱莉は頷く。
「忙しかったのは母親に紹介されたバイトのせいで、目的はオレへのサプライズ・プレゼントを買おうとしたんだな? だから黙っていたと」
頷く。
「最も重要な達也先輩の件で何も話せなかったのは、ファースト・キスをオレじゃない達也に奪われたから、という解釈でいいのか?」
頷く。
「オレのこと、まだ好きか?」
「……すき。別れるの、いやです」
気づかないうちに朱莉の瞳から大粒の涙から一筋の流れになって零れ落ち始めた。頬を伝ってポトリポトリと服の上に水滴の溜まりを作る。慌てながら手の甲で水滴を払うが、彼女の涙は次から次にと溢れて止まらなくなった。
とうとう、ぶわっと涙が滝のように流れる。いまだ涙が枯れず止まらない。
「抱き締めていいか?」
頷く。
ミキオは朱莉の両肩に手を置き、自分の胸に彼女の頭を寄せ、抱き締めた。左手で背中を、右手で頭を撫でる。
「なでこ、なでこ、あかり、いいこ、いいこ」
彼女もミキオの背中に手を回してぎゅっとしてきた。
「あ、あの、ミキオくん、結婚するまではダメって言ってたキス、今して欲しいです……だって……」
「ああ、分かった。上書きってヤツだよな。喜んで」
二人の影が重なった。二人の初めてのキスは柔らかく温かかった。朱莉は久しく忘れていた安堵を覚え、心の底から満たされる幸福を感じていた。
朱莉が幹夫の肩に頭乗せて「ミキオくん……大好き」と呟く。
「俺も好きだよ」と返すと、朱莉が顔を上げて、目を潤ませて微笑む。もう一度、そっと顔が近づいて唇が触れあう。ミキオは緊張しながらも頑張ってゆっくり感触を味わった。
朱莉が「ん……」と甘く小さい声をこぼして幹夫の胸に手を置いてくる。朱莉は小柄ゆえ腕の中にすっぽりと治まっていた。
「朱莉、可愛いよ」
「だめ……そんなこと言われたら恥ずかしいよ」
二人の気持ちが、心が通い合い、長い間「朱莉、好きだよ」「ミキオくん、私も好き」と何度も言い合う。まさしくバカップルそのものであった。
「あ、ありがとうございます……」
朱莉は幸せそうに、名前の字の通り頬や耳を朱に染めていた。
朱莉にとって不本意とはいえ達也に奪われた勢いだけの強引なキスが、一生に一度だけというファーストタイムのキスであり、トラウマのごとく悔しくて仕方がなかった。キスがこんなに嫌なものだと嫌悪していた。
しかし、ミキオの優しく思いやりのあるキスは全く別のものだった。嫌な感じどころか恥ずかしさや照れくささが全身に巡り、もっと触れていたいと思わせる幸福感に包まれた。朱莉の胸に優しくて大切な人という気持ちが強く沸き上がってくる。
そして気づく。まだ朱莉にはミキオにあげられる初めてのものがあった。
「あと加速装置もして欲しいです……恋人同士がする行為って、ハルちゃんが教えてくれたラブラブになれる癒しの魔法……」
「意味わかってないだろ朱莉」
「ダメ……ですか?」
「そうやって上目遣いであざといと、思わずOKしてしまいそうになるが、ハルの言ってた加速装置だけはダメだ。まだオレ達には早い」
「じゃ18歳になったら、お願いします……」
「来年じゃねーか、……いや結婚してからな」
「は、はい、変な事を口走ってごめんなさい」
また真っ赤になった朱莉は下を向いて恥ずかしそうにした。
(義孝と瑞葉の通算キス三回記録を直ぐに抜けそうだな……あいつ悔しがるだろうな。明日にでも威張ってやるか)
(ミキオくんの真剣な目……素敵)
「これからは何でもオレに話せ。けっして自分だけの心に仕舞うな。心の中に棚を作れ。そして棚に自分を乗っければ尚オツケイ」
「はい……心の中に棚を作るのですね……」
「辛くなったらその棚に自分を乗っけろ。達也先輩はオレが何とかする。もう心配はいらない」
「ミキオくん……ぎゅっとしてください……」
ミキオの胸に頭を預ける朱莉、ミキオは長い時間、頭を撫で続けた。ヨシタカに教えて貰った家族ハグのテクニックに少し慣れてきた奥手なミキオであった。
雨降って地固まる。お似合いのバカップルは元通りになり、今後も愛を育んでいくことは確実だろう。
【達也へお灸(終)】
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達也が帰宅している途中。自宅そばの裏道にて。
「こんばんわ、達也先輩」
「う、小林……」
「ちょっと話があるんですが」
「俺にはない、消えろ」
「達也先輩、朱莉から聞きましたけど、無理やりキスしたそうですよね?」
「チッ……」
「オレが朱莉の恋人という事を知っていて、その上で手を出したんですよね?」
「くっ、お前は廃倉庫の際に俺を助けてくれたそうだが、それとこれとは話が別だ。お前は朱莉にはふさわしくないからな、朱莉は俺が貰う」
(注:助けられた達也は気絶していて、圧倒的強さを誇る小林の活躍は見ていません)
「はぁ~、あの時、朱莉を助けようと無謀な戦いを覚悟した貴方には、一瞬でも尊敬して認めてしまったのは、オレの間違いでしたね。漢らしいと感じたのは本当に勘違いでしたよ」
「なんだとぉ、先輩を舐めやがってクソが……」
「間違いは速やかに訂正しなければなりません。じゃ、オレの恐怖をいつでも思い出せるようにしてあげますね、先輩」
ミキオはとてつもないスピードで達也に接近し、彼の眉間に右手の人差し指で軽く突きを入れる。
「うがっ!」
「今のは幻惑を誘発する技です。今後、朱莉に近づいたり、女性に無理やり迫ろうとしたら、オレが貴方に与えた恐怖を思い出します」
「鳳凰幻魔拳か!?」
「違いますっ!(怒)」
「痛くも痒くもないぞ、しょぼい拳だな」
「定番をそれ以上言ったら怒りますよ!」
「こ、こしゃくな……今になってそんな技ぶっこんで来るとは」
「そんなこと言ってて良いんですか先輩、もう怖くてしょうがないでしょう」
「くそっ」
「オレの技を解除することは出来ませんから、朱莉に手を出そうとした貴方の愚行を、一生後悔を背負って生きてください」
「な、何を馬鹿な……」
「貴方のスマホ朱莉盗撮画像を見た時、ヨシタカに言われた”節度ある行動”を心がけていれば何も起きなかったのですよ……今更遅いですが」
「まさか俺の足が震えている……小林が怖いだと、この俺が……」
「貴方が手も足も出なかった十数人を、オレとサトシの二人で倒してる事実を知っているのに理解できないとは。同じ世界で生きていても、スキルが近いと理解できる、スキルに差がありすぎると理解できない、よく言われる通りですね。貴方との差があり過ぎて」
「うぐぐ……」
「朱莉には二度と近づくな、では失礼」
こうしてミキオは達也にくぎを刺して立ち去った。朱莉だけでなく”女性に無理やり迫る”ことまで幻惑技を放ったのは、直感で達也の危うさを感じていたからだった。
「はぁ、疲れた。ヨシタカのヤツ、何がNTR界だよ、全然違ったじゃねーか。相談すんじゃなかったよ、まったく。ファンクラブがある義孝がNTR性癖だなんて知ったらクラブ解散だろ」
「ただ朱莉が達也にされたベットでの描写を説明し続けていたら、オレの危険な扉が開くかもしれなかったな。その点はヤバかった」
悩み事を相談する際は、人選ミスをすると逆に危険だ……という事を否応なく学んだミキオだった。
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【朱莉Side】
あの日々から数ヶ月が過ぎ、朱莉は、ミキオと並んで緩やかな登り坂道を歩いていた。あれから少し伸びた髪が風に揺れている。
今日は日曜日。少し小高い丘の上にある公園でサンドイッチを始め手作りの昼食を持ってハイキングに向かっているのだ。
朱莉は時折、ミキオの横顔を盗み見る。
初めて教室で彼を見かけた時、彼がイジメられている朱莉を救おうと行動する瞬間だった。彼を巻き込んじゃダメと即座に思って男子たちに同調して「私はブサイクだから、ハハハ」とイジメを苦笑いに変えた。でも、やはり朱莉は女の子、自分がブサイクと言われて悲しかった。
次に花壇でイジメられていた時、ついにミキオが助けに入ってきた。でも朱莉は彼を制し、男子たちが飽きて帰ってから掘り起こされてしまった土や花を元に戻す作業を手伝ってもらった。嫌がらずに手伝ってくれたので、とても嬉しかったのを覚えている。
いつ、この人を好きになっただろう? いつの間にか一緒に居ることが自然になった。彼の友達もよく一緒に居てくれる。友達が増えてから嫌がらせは無くなった。彼らはクラスのカーストトップだから。でも、普通のありふれた陽キャではない。とても質素で素朴で優しい人達。
ミキオの横顔は優しい微笑みをたたえながら朱莉を安心感で包んでいた。朱莉の顔にも、もう平穏から切り離されたような陰りはどこにもなかった。二人の足取りは軽い。
どちらから言う事もなく右手で彼の左手を繋いだ。指をこすれ合わして感触を確かめる。たったこれだけで朱莉は赤くなってしまう。
「朱莉どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
じっと見過ぎていた。朱莉の視線に気づいてしまったミキオが照れ笑いをしながら言った。
「ふふ、出会った頃を少し思い出していただけ。何でもないよ」
「出会った頃か、朱莉はあの時より料理が上手くなったよな」
「何それっ」
朱莉は、はにかんだ。彼は髪の毛で顔が隠されていた朱莉を好きだと言ってくれた。外見ではなく朱莉の性格や個性、人格を気に入ってくれたのだ。こんな自分に良くしてくれた彼をもっと大切にしたい、そして出来れば朱莉も勉強して立派な大人になり、彼を支えたいと思っていた。
「朱莉、怒ったのか、顔朱いぞ」
朱莉は繋いだ手を放し、ミキオの左腕を持ちギュッと胸に抱いた。
「ミキオくんは乙女心を少しは勉強したほうがよいです」
ムッとした朱莉も可愛かった。
【完】
★次はサトシ主役編をしたいと思っています。



