「お兄ちゃん、家に着きましたね」
「そうだな。なんか疲れた。由愛、俺よりお前の方が元気そうだ。それにしても……」
石壁で覆われた庭と門から自宅を見上げると、義孝は懐かしさを覚えた。
(異世界や夢の世界では、仲間が死んだり、嘘告やNTR危機で感情に振り回されて心も荒んで余裕も無かったな。でも現実世界に戻ってきて今は別の味わいがある)
夕日が射す古びたベテランの風格漂う門に詫寂を感じるくらい、この世界から離れていた事も影響しているのだろう。義孝は無邪気にふるまう由愛の顔を横目で見入る様に目を細めた。
この家がある街は、駅に近くベットタウンの拠点として人気が高く、気軽にショッピングモールや近所の公園などに行ける。親は何も変っていないのだろうか? 数日は街を散策し、数年の空白のギャップを埋める必要があると義孝は考えた。
「ああ、懐かしいな。……そういえば駅ロータリーの近くにあるカフェはまだあるよな、夕飯前に寄っていかないか?」
「うん、私もちょっと思う所があって。お兄ちゃん、今から行きましょう」
「いいな。人間ウオッチングと洒落込もうか」
義孝は由愛も同じ気持ちであろう事を想像し苦笑いをした。一瞬見せた、義孝の兄らしい表情を見抜いたのか、由愛が義孝の手を引っ張る。
「さぁ、行きましょう」
「手を繋ぐのは悪いから遠慮しておくよ」
「悪いから遠慮する? という事は、本当は手を繋いで欲しいという事だよ。それなら、腕を組みましょう。いつも私はお兄ちゃんとくっつきたいと思っているからね」
結局、恋愛については口で勝てないので、義孝は由愛に引っ張られるまま駅ロータリーに向かう。
「恋人つなぎは嫌?」
「いや、構わない……じゃなくて構うだろう。兄妹だぞ」
妹は相変わらず押しが強い。義孝は小さく溜息を吐き、そして愛情深く微笑んだ。
二人仲良く歩いている姿を少し遠くの駅地下へ行く階段の手すりからナンパ連中が眺めている。そして
「あの子、可愛いな」とリーダー格が仲間に目配せした。
やや暗くなりかけた中、義孝達二人はロータリー近くにあるカフェだったところに到着した。カフェは閉店しており、パスタ屋になっていた。
「おっと残念だったな。そんな事もあるだろうと思っていたよ」
「あー、お兄ちゃんとの憩いのお店が……」
「今日は夕飯に備えてるから、次回、食べにこよう」
「その時はアサリのクリームパスタが食べたい」
義孝が由愛と会話をしていると男子学生らが近寄ってきた。彼らの視線を観ると由愛に注がれていた。ナンパだろうと義孝は察して由愛の前に出る。リーダー格の男が喋った。
「やぁ、可愛い子だね。お前は彼氏かな?」
ギロリと男たちを睨みつける義孝。やっぱり人の多い所に来ると異世界だろうが現実世界だろうが変わらない。可愛い女の子がナンパされるのは、古今東西、お約束だなぁと思う。
「お、お兄ひゃん、こ、こあい……」
(こ、こいつ……猫被りやがったな……)←ヨシタカ
怖がる由愛。兄の腕にすかさず自分の腕を絡めて体を密着させる。少し過剰気味だ。そして由愛の顔はにっこりと微笑んでいた。
「何か用か? この子はオレの大切な妹なんだが」
目に殺気を込める。殺気を込め過ぎると男たちが気絶してしまうので加減が難しい。そして、同時に相手達の力が身体から抜けるようにマイナスの付与をかけた。
男たちは、身体に妙な異変を感じ、目の前の兄と称する男の目を見て恐怖を感じる。いつもなら逆らおうとする生意気な男なら仲間で袋叩きにするものだが、リーダーは何のムカつきも生じなかった。不思議な感覚を覚え、尻込みするような引いた気分になってしまう。
「ああ、お兄さんでしたか。それは邪魔してすんまそん。みんな、行くぞ」
「お、おう、お邪魔しました」
「それじゃ、楽しい兄妹ライフを」
(ワイワイガヤガヤ)
男たちは去って行った。ふぅ~と息をつく義孝。あまりにも強い力を誇示すれば、異世界だろうと日本だろうと相手達に無用なトラブルを発生させ兼ねない。ホッとした。
「ちょっと、お兄ちゃん。ああいう時は、彼女って、恋人って言ってくれなきゃヤダ」
残念そうにする由愛を見て、義孝は笑顔を見せた。
「由愛、腕。腕を外してくれ。危機は去ったぞ」
「いいの。もう少しだけ」
トラブル回避に成功し、義孝はカフェ店の代わりに喫茶店を探そうとロータリー横の広場に目を向ける。そこに記憶のない豪華そうな噴水があり、勇者パーティ? を模した像が立っている。
おや? と思い由愛の手を取り近づいてみた。
「普通はマリア様をモチーフにした像や、過去の武士や郷土の名士とかの像だけど、勇者より目立つ中央に立っているのが聖女像か。これは街に伝わる伝説そのままといっても、どうしても面白おかしく見えるな」
「普通は勇者が一番中央よね」
「像全体としてはバランスが良いが、各自の顔の造形が若干微妙に見える。ホラこれなんて由愛に似てるな。ははは……」
「何言ってるの? こっちはお兄ちゃんにそっくり。恰好いいわ」
義孝は像に背を向けて歩くとポケットに入っていた財布を広げ小銭を取り出した。現実世界では小銭が減るだろう。夢の世界では、次の日には使ったお金が補充されてたから不自由はなかった。
自動販売機で飲み物を二つ買い、噴水の外側にあるベンチに腰をかけ、何故かは分からないが懐かしそうに像を見た。記憶がまだ完全でない。
左隣に由愛が座り、ペタっと身体をくっつけてきた。頭を肩に預けている。
「この銅像、少し、いや、俺達に結構似ているな。はい、ジュース」
「……お兄ちゃん、わたしは冗談で言っただけだよ?」
由愛は義孝からジュースを受け取り、口をつけたのち改めて像を観た。確かに言った通り兄に似ていたが、そもそも、こんな像があったっけ? と記憶を探るも、広場に像があった記憶など何処にもなかった。
「何でもないよ、由愛、何だか懐かしい感じがしてね」
「実物の方がもっと格好いいし」
由愛は、自分を見て笑う義孝から視線を逸らし、不思議そうな表情を浮かべた。
「ああ、実物の方がもっと可愛いぞ」
「そう……」会話をしながら赤くなり恥ずかしがる由愛。
二人ともまだ白い部屋でインストールされた記憶が定着していないようだ。
「お兄ちゃん、これから家に帰って、お母さんたち、どうしよう?」
「夕食をさっと終えて、母さんたちとの会話は最小限で、早目にベットで休みたいかな」
「う、うん、そうだね……」
なぜかまた顔を赤らめモジモジする由愛。
「親の雰囲気で夢の世界でのことを話したり、話さなかったり、臨機応変にいこう」
……おや?
義孝が空を見上げると、雨の雫が滴った。
「あっ、雨が降ってきたかも」
由愛も左手を広げて降り始めた雨を手のひらに感じ取っていた。
「これは本降りになりそうだな」
「遠くで雷が鳴ってるよ。お兄ちゃん、急ごう」
初夏の夕立ちというよりも、あっという間に豪雨になるのが現実世界と夢の世界との違いかもしれない。
義孝と由愛は、急ぎ足で広場を通り駅ロータリーを後にした。やがて雨足が強まる中、乾いた道が雨水に濡れていった。続けて遠雷が響き雨は次第に大きな音を立てて道路を叩き始めた。
「ゲリラ豪雨、懐かしいけど、これだけは要らん」
「お兄ちゃん、びしょびしょになっちゃうよー」
「家に着いたら夕飯というより濡れた服の洗濯と着替え、風呂でシャワーを浴びるぞ」
これからは想定していた不安というより、特に何もない日常になるだろう。ただベットで休むのは遅くなってしまった。
「そうだな。なんか疲れた。由愛、俺よりお前の方が元気そうだ。それにしても……」
石壁で覆われた庭と門から自宅を見上げると、義孝は懐かしさを覚えた。
(異世界や夢の世界では、仲間が死んだり、嘘告やNTR危機で感情に振り回されて心も荒んで余裕も無かったな。でも現実世界に戻ってきて今は別の味わいがある)
夕日が射す古びたベテランの風格漂う門に詫寂を感じるくらい、この世界から離れていた事も影響しているのだろう。義孝は無邪気にふるまう由愛の顔を横目で見入る様に目を細めた。
この家がある街は、駅に近くベットタウンの拠点として人気が高く、気軽にショッピングモールや近所の公園などに行ける。親は何も変っていないのだろうか? 数日は街を散策し、数年の空白のギャップを埋める必要があると義孝は考えた。
「ああ、懐かしいな。……そういえば駅ロータリーの近くにあるカフェはまだあるよな、夕飯前に寄っていかないか?」
「うん、私もちょっと思う所があって。お兄ちゃん、今から行きましょう」
「いいな。人間ウオッチングと洒落込もうか」
義孝は由愛も同じ気持ちであろう事を想像し苦笑いをした。一瞬見せた、義孝の兄らしい表情を見抜いたのか、由愛が義孝の手を引っ張る。
「さぁ、行きましょう」
「手を繋ぐのは悪いから遠慮しておくよ」
「悪いから遠慮する? という事は、本当は手を繋いで欲しいという事だよ。それなら、腕を組みましょう。いつも私はお兄ちゃんとくっつきたいと思っているからね」
結局、恋愛については口で勝てないので、義孝は由愛に引っ張られるまま駅ロータリーに向かう。
「恋人つなぎは嫌?」
「いや、構わない……じゃなくて構うだろう。兄妹だぞ」
妹は相変わらず押しが強い。義孝は小さく溜息を吐き、そして愛情深く微笑んだ。
二人仲良く歩いている姿を少し遠くの駅地下へ行く階段の手すりからナンパ連中が眺めている。そして
「あの子、可愛いな」とリーダー格が仲間に目配せした。
やや暗くなりかけた中、義孝達二人はロータリー近くにあるカフェだったところに到着した。カフェは閉店しており、パスタ屋になっていた。
「おっと残念だったな。そんな事もあるだろうと思っていたよ」
「あー、お兄ちゃんとの憩いのお店が……」
「今日は夕飯に備えてるから、次回、食べにこよう」
「その時はアサリのクリームパスタが食べたい」
義孝が由愛と会話をしていると男子学生らが近寄ってきた。彼らの視線を観ると由愛に注がれていた。ナンパだろうと義孝は察して由愛の前に出る。リーダー格の男が喋った。
「やぁ、可愛い子だね。お前は彼氏かな?」
ギロリと男たちを睨みつける義孝。やっぱり人の多い所に来ると異世界だろうが現実世界だろうが変わらない。可愛い女の子がナンパされるのは、古今東西、お約束だなぁと思う。
「お、お兄ひゃん、こ、こあい……」
(こ、こいつ……猫被りやがったな……)←ヨシタカ
怖がる由愛。兄の腕にすかさず自分の腕を絡めて体を密着させる。少し過剰気味だ。そして由愛の顔はにっこりと微笑んでいた。
「何か用か? この子はオレの大切な妹なんだが」
目に殺気を込める。殺気を込め過ぎると男たちが気絶してしまうので加減が難しい。そして、同時に相手達の力が身体から抜けるようにマイナスの付与をかけた。
男たちは、身体に妙な異変を感じ、目の前の兄と称する男の目を見て恐怖を感じる。いつもなら逆らおうとする生意気な男なら仲間で袋叩きにするものだが、リーダーは何のムカつきも生じなかった。不思議な感覚を覚え、尻込みするような引いた気分になってしまう。
「ああ、お兄さんでしたか。それは邪魔してすんまそん。みんな、行くぞ」
「お、おう、お邪魔しました」
「それじゃ、楽しい兄妹ライフを」
(ワイワイガヤガヤ)
男たちは去って行った。ふぅ~と息をつく義孝。あまりにも強い力を誇示すれば、異世界だろうと日本だろうと相手達に無用なトラブルを発生させ兼ねない。ホッとした。
「ちょっと、お兄ちゃん。ああいう時は、彼女って、恋人って言ってくれなきゃヤダ」
残念そうにする由愛を見て、義孝は笑顔を見せた。
「由愛、腕。腕を外してくれ。危機は去ったぞ」
「いいの。もう少しだけ」
トラブル回避に成功し、義孝はカフェ店の代わりに喫茶店を探そうとロータリー横の広場に目を向ける。そこに記憶のない豪華そうな噴水があり、勇者パーティ? を模した像が立っている。
おや? と思い由愛の手を取り近づいてみた。
「普通はマリア様をモチーフにした像や、過去の武士や郷土の名士とかの像だけど、勇者より目立つ中央に立っているのが聖女像か。これは街に伝わる伝説そのままといっても、どうしても面白おかしく見えるな」
「普通は勇者が一番中央よね」
「像全体としてはバランスが良いが、各自の顔の造形が若干微妙に見える。ホラこれなんて由愛に似てるな。ははは……」
「何言ってるの? こっちはお兄ちゃんにそっくり。恰好いいわ」
義孝は像に背を向けて歩くとポケットに入っていた財布を広げ小銭を取り出した。現実世界では小銭が減るだろう。夢の世界では、次の日には使ったお金が補充されてたから不自由はなかった。
自動販売機で飲み物を二つ買い、噴水の外側にあるベンチに腰をかけ、何故かは分からないが懐かしそうに像を見た。記憶がまだ完全でない。
左隣に由愛が座り、ペタっと身体をくっつけてきた。頭を肩に預けている。
「この銅像、少し、いや、俺達に結構似ているな。はい、ジュース」
「……お兄ちゃん、わたしは冗談で言っただけだよ?」
由愛は義孝からジュースを受け取り、口をつけたのち改めて像を観た。確かに言った通り兄に似ていたが、そもそも、こんな像があったっけ? と記憶を探るも、広場に像があった記憶など何処にもなかった。
「何でもないよ、由愛、何だか懐かしい感じがしてね」
「実物の方がもっと格好いいし」
由愛は、自分を見て笑う義孝から視線を逸らし、不思議そうな表情を浮かべた。
「ああ、実物の方がもっと可愛いぞ」
「そう……」会話をしながら赤くなり恥ずかしがる由愛。
二人ともまだ白い部屋でインストールされた記憶が定着していないようだ。
「お兄ちゃん、これから家に帰って、お母さんたち、どうしよう?」
「夕食をさっと終えて、母さんたちとの会話は最小限で、早目にベットで休みたいかな」
「う、うん、そうだね……」
なぜかまた顔を赤らめモジモジする由愛。
「親の雰囲気で夢の世界でのことを話したり、話さなかったり、臨機応変にいこう」
……おや?
義孝が空を見上げると、雨の雫が滴った。
「あっ、雨が降ってきたかも」
由愛も左手を広げて降り始めた雨を手のひらに感じ取っていた。
「これは本降りになりそうだな」
「遠くで雷が鳴ってるよ。お兄ちゃん、急ごう」
初夏の夕立ちというよりも、あっという間に豪雨になるのが現実世界と夢の世界との違いかもしれない。
義孝と由愛は、急ぎ足で広場を通り駅ロータリーを後にした。やがて雨足が強まる中、乾いた道が雨水に濡れていった。続けて遠雷が響き雨は次第に大きな音を立てて道路を叩き始めた。
「ゲリラ豪雨、懐かしいけど、これだけは要らん」
「お兄ちゃん、びしょびしょになっちゃうよー」
「家に着いたら夕飯というより濡れた服の洗濯と着替え、風呂でシャワーを浴びるぞ」
これからは想定していた不安というより、特に何もない日常になるだろう。ただベットで休むのは遅くなってしまった。



