僕は(さとし)。学業成績良し、スポーツ万能、顔立ちは中々のイケメン、格闘技の道場に通い、母親は女優。高校二年生だ。

 このスペックからクラスでは陽キャ扱いだが、本人は真面目で控え目、陰キャなクラスメイトでも普通に好意的にしゃべる、どちらかというと今どき珍しい両面ハンサムである。

 今、聡は恋をしていた。隣の席になったハルちゃんこと稲垣華(いながきはる)さん。可愛く清楚で美人という学校一の人気者と評されている。尚、なぜか男子からの告白はすべて断っている。ウブで成績断トツで大人しく飾らない娘である。

 授業が終わり放課後になった今。

「ねえハルちゃん」

「なぁに?」

「僕っていつも”いい人そう”って言われるんだ。これって付き合う対象じゃないけど友達だったらOKっていうレベルで言われてるんだよね。どう思う?」

「あはは。そうね、私だったら、聡くんをいい人そうって言わないな。貴方、かなり格好いいよ。自信持ちなさい。ふふ、何かと思えば、変なこと言うから笑っちゃうじゃない」

「そう、ありがとう」

 一気に期待が膨らむ聡。これは脈がある? きっと脈ありだよね、父さん、母さん、僕に力を与えてくれ。

「私、今日委員会だから先に失礼するね」

「あ、うん、じゃまた明日」

「バイバイ、バーイ」

「ばーい……ハルちゃん」

 これが毎日の二人の関係であった。聡は隣の席になって早々心を華に鷲掴みにされており、毎日毎日、彼女の顔を脳内でリピートして恋心を育てていた。一緒に帰りたい、もっと親しくなりたい。僕が彼女を一番好きだという自負で、彼女を常に見守っていた。

 ハルちゃん ↓


 サトシ ↓


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 ある日、ハルちゃんを中心とする女の子たちが「罰ゲーム」をやっていた。近くから見ていると内容が聞こえてきた。ゲームに負けてしまうと、好きな人に告白しなければならないという。えっ、告白?

 聡にとって他の誰でも告白といってもそんなに関係ないと感じていたが、ハルだけは別である。聞き耳を立てて全力で内容を把握していた。ふむふむ、好きな子に告白するのはイヤだという。それで多数決で嘘告になったらしい。

「嘘告かぁ。嘘の告白ならハルちゃんがしても大丈夫かな」安易にホッとしていた聡だが、ちょっと待てよ、ハルちゃんが嘘告なんてしたら100%、OKになってしまうじゃないか。これは、ある意味ヤバいぞ。最早チラチラ見るレベルではなくバレるのをお構いなしに成り行きを凝視していた。

 こういう時、嫌な予感がハズレることなく、何故かハルちゃんがゲームに負けてしまうものだ。結局ゲームはハルちゃんが嘘告をするということで決着がついた。もし相手からOKが出たら一か月付き合うという。

 そんなぁ……。

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 それから週末を超え、月曜日になった。ハルちゃんと少しでも多くの時間を過ごしたいため、いつも聡は早くから学校の教室にいた。一見すると真面目なので、益々聡は優等生との評判を周囲から得続けるのだが、今はその誉は関係ない。

 ハルちゃんの友達たちが登校し教室にきてコソコソ話をしていた。

「ねえねえ、ハルの件さ、成功して良かったね」

 ドキッとした。聞いてはいけない何かを聞いてしまった。まさかハルちゃんが告白して成功してしまったのか、僕以外と。実は僕も先の土日はいつでもハルちゃんから連絡が着てもいいように自宅待機をしていた。でもやっぱり思うようにはいかないか……。

「おっはよ~」

 ハルちゃんが教室に来て皆に挨拶をしている。明るい。表情が豊かで幸せそうなオーラを振りまいている。

「おはよう、ハルちゃん、今朝は元気だね?」

「聡君、だってね、ふふふ、いえ、秘密。秘密だよ~」

「ええ……えええ……」

 嘘告だよね? どうしてそんなに嬉しそうなの? 聡はそれから昼休みまで放心状態に陥っていた。動きがあったのはお昼休みだ。ハルちゃんの友達が席に近寄ってきてハルちゃんに声を掛けた。

「ハル~~~、西之原義孝(よしたか)君と放課後、どっか行くの? 詳しく聞きたいんだけど」

★仲のいい兄妹 ↓ 西之原義孝と妹の由愛(ゆあい)


「えー、なに、やめてよ~」

 すっごい可愛い顔でハルちゃんは応えている。

 なんだと! 嘘告の相手は西之原義孝くんだと! 隣のクラスの男子だ。口は悪いが、なかなかいいヤツという噂だ。これはマズい。どこにハルちゃんと接点があったんだ、どうして彼に嘘告したんだ、ハルちゃん、どうして僕じゃなかったんだ!

 それからというもの、ハルちゃんは心ここにあらずといった感じで幸せそうに頬を染め、毎日、嬉しそうに過ごしていた。

「ハルちゃん、何か好い事でもあった? 幸せそうな顔をしているよ」

 カマをかける僕。

「え、幸せそうに見える? 聡君、嬉しいこと言ってくれちゃって、もう」

 ニッコニコである。地味にダメージを喰らった聡は、ハルに対する片想いの気持ちが暴走し始めつつあった。

 僕が先に好きだったのに! 嘘告でぽっと出の西之原君にハルちゃんは渡さない、渡したくないっ!

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 自宅での夕食時。父・母・妹と四人が揃っていた。

「あら、聡、どうしたの暗い顔しちゃって。失恋したみたいじゃない」

「う、うん……」

「失恋なら私の知り合いの娘に村越瑞葉(むらこしみずは)ちゃんって娘がいるから紹介しようか? とても可愛くて優しいそうよ。他に由愛(ゆあい)ちゃんって可愛い子もいるわ。聡の一つ下の」

「いや、知らない子とはいいよ。やっぱり知り合ってから友達になって、親しくなってからの恋が、僕はしたいな」

 その時、居間にあるTVから女の子グループのドラマの話が流れた。

「あらあら、あの子、今度私の娘役よ。現場で可愛くって。あの子、お勧めね。どう? 聡」

「だからさ、母さん、初めての子は……って、何、え、あの子ってアイドルじゃん、いいの? ねえ良いの? 母さん、だったら是非……」

「お兄ちゃん、サイテー!!」

 的確なツッコミが妹の由衣(ゆい)から入るのであった。

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 さて、準備は整った。今日は土曜日。昨日、ハルちゃんが昼休みに僕に自慢しながら言った件で僕はとうとう決起した。

「私ね、今度、遊園地に行くんだ。いいでしょ。むふーっ」

 嘘告でなんかで幸せにはなれないよハルちゃん。きっと。僕じゃないと。

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 リュックに食料と水筒、変装用のメガネ、帽子、マスク、何か遭った場合に備えてカメラ(スマホ)を収納し準備万端に整えた。おっと財布は忘れちゃダメだ。ぼくは今日の大切なミッションを無事にこなさなければならない。成功に導くのは必須だ。

 朝早くから遊園地の出入り口に陣取り、ゆっくりと出入りのお客さんたちを眺める。家族、幸せそうなカップル、友人同士の女の子、楽しそうだ。なぜかゴツイ男子学生のグループ……。

「ハルちゃん、西之原君と一緒に来るのかなぁ。もしかして家族と来るのだったら少しはホッとできるんだけど。遊園地ってさ、手を繋いだりして移動、お昼ご飯はお箸で幻のアーン、互いのストローで飲みあっこ。付き合いたてのフレッシュなカップルにとっては、非常に関係が近くなる大イベントだよね」

「ハルちゃんが嫌がってそうなら直ぐにでも介入するよ、僕はヒーローのように彼女を守るんだ! いずれにしてもカレと一緒ではなく、家族や友達と一緒だったらいいな」

 激しく空回りする聡だった。

「あ、来た! うう、ハルちゃんと西之原君だ。望みは消えた。でもハルちゃん、嫌がってないかな?」

 ハルは寧ろ腕を組みたいとか恋人つなぎをしたいかのように近い距離で一緒に歩いていた。義孝(西之原)の方が近すぎて嫌がっているようにも見える。

「これでは僕が介入したら、僕の方が悪者だな。後をつけよう」

 ヒーローどころかお邪魔虫、悪者というか見事にストーカー化していることには残念ながら彼は気づいていなかった。

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 時は流れ、若干、涼しい夕方になってきた。これまでにハルちゃんは恋人つなぎがあった。腕を組むこともあった。幻のアーンもあった。聡は敗北者になりかけていた。

 そして二人は大観覧車へ仲良く向かった。

「とうとう来たか。帽子、メガネ、マスクの出番が」

 アメリカの捜査官のごとく気合の入った聡は大観覧車に続く。可能であれば直後のケージに乗りたい。なぜなら大観覧車では頂点位置が最も危険なイベントのタイミングだからである。見届けたい。二人が相思相愛だなんて信じられない。嘘告なのに。僕の方が先に好きだったのに!

 上手い具合に彼らに見つからず直後のケージに乗ることが出来た。

「ハルちゃん……まさかキスなんてしないよね、断るよね、僕は信じてるよ、神様お願いします、彼女の唇をお守りください」

 スタートしてからチラチラと前のケージ内の二人を見る。二人っきりになったら直ぐにニコニコした幸せそうなハルちゃんが西之原君に話しかけている。何を言っているのかは分からないが、幸せな笑顔が内容を表していた。ボディタッチも多いぞ。

 まるで片想いを処刑するように聡の眼には接近する二人が映った。ハルちゃんの頭を撫でる西之原君。ハルちゃんはニコニコしながら「もう~」っていう仕草をしている。そして西之原君の手がほっぺたに移動してスリスリ触り始めた。

「や、やめろぉ~~~~っ、やめてくれぇぇぇ」

 ハルちゃんが顔を真っ赤にして西之原君の指を噛む。甘噛みでニコニコだ。

「あ~~~、ハルっ、ハルちゃん……嫌がってくれ……キスだけは断ってくれ」

 大観覧車の籠がいよいよ頂点に迫る。西之原君が手でハルちゃんの顎に触れる。

「あ、アゴクイだ、顎クイ、ああ、ダメだ、危険だよハルちゃん!」

「あ~~~~~っ!!!」

「ハルちゃんにそんなことまでして、に、西之原君は、君は彼女をちゃんと責任取ってハルちゃんを幸せにしてくれるんだよなっ?今ならストップしてもいいよ、間に合うよ、やめてくれ、頼む、やめて……」

 いよいよ籠も頂点だ。西之原君がハルちゃんの顎クイをして上向かせ、顔を近づける。

「や、やめろぉぉぉ~~~っ! やめてくれ~~~~~!」

「ハルちゃんの唇を奪わないでくれぇぇ~~~ほんとは僕がぁぁぁ」

 そして、ハルちゃんの背中に手を回した西之原君は、ハルちゃんの尊く美しい唇を奪った。奪ってしまった。ぎゅっと僕の愛しいハルちゃんを抱き締めている。今、僕からはハルちゃんの後頭部しか見えない。

「これじゃ、BSSというよりもNTRみたいなものじゃないか! 止めてくれ、本当に止めてくれ。僕の大切なハルちゃんを、ハルちゃんを早く解放してくれ。こんなの耐えられない。もう止めて……」

 聡にとって長い、長い地獄だった。

「まさか舌を入れるような恋人キスをしているんじゃないだろうね、恋人同士がするディープな甘いキス、そんなの耐えられないよ、ハルちゃん、ぼくのハルちゃんが……」

 こんなことを言っているが、別に聡とハルは付き合ってはいない。学校以外では会ったこともない。ゆえにNTRでもないわけだが、聡には思春期ゆえそのNTR気分を存分に味わってしまった。長い間の片想いを拗らせ、妄想で脳内恋人同士になっていたからだった。

 いわゆる思春期の恐るべし大失恋というヤツである。

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 ハルの嘘告の成功から西之原義孝くんとはラブラブだった。

 一方、聡とハルは未だに知人以上、友人以下(親しいけど学校外では会えない間柄)の関係を維持していた。

 今、聡は失恋を乗り越えようとしていた。しかしハルの顔が徐々に暗くなってきた。挙動不審も加わった。それで聡は心配する。そろそろ嘘告お別れ期限じゃないかと。ただただ願うのはハルの幸せだった。特に寝取られ属性の扉を開けたわけではない。

 余りにも様子がおかしいハルに対し、心配性になった聡は声を掛ける。

「ハルちゃん、元気ないよね最近。大丈夫かい?」

「ううん、ダメみたい。ぐすん、ぐすん」

 声を掛けたタイミングで(すすり)り泣きが始まってしまった。

「話を聞くよハルちゃん。誰かに聞いてもらうと気持ちが楽になると聞いたことがあるから。今の気持ちを話してごらんよ」

「ありがとう。優しいのね聡くん。一緒に帰ろ。駅まで歩きながら聞いて欲しい」

「ああ……聞くよ」

(僕の初放課後デートがコレか……嬉しいけど)

 聡はハルの話を聞いた。的確に相槌を打ち同意しながら。ハルは義孝と付き合い始めてから幸せだった。我が世の春を謳歌するかの如く。

 なぜならハルは、入学式の登校時に道に迷ってしまって困っていた折、義孝がハルに「じゃ学校まで案内するよ、一緒に行こう」と幼馴染の女の子(むらこしみずは)と一緒に丁寧に応対したことがあったからだ。

 また他校の男子生徒たちがナンパでハルを囲んでいた際、ハルを救ったのも義孝であった。ハルの不安を除きながら優しく介抱し、名も名乗らずにさっと笑顔で「気をつけてな」と去っていった。まるで白馬の王子様だったという。

 どうやら聡がハルを好きになるよりもずっと前から、ハルは義孝に惚れてしまっており、嘘告でさえも付き合いが出来た奇蹟と思って喜んでいた。聡が見る幸せオーラより、実際はもっと凄い幸せを噛み締めていたのである。

 それゆえ嘘告白の条件、迫りくる「私の告白は嘘告だった」という白状の日が来る事にハルは怯えていた。表情が暗くなっていた。挙動不審に陥るまでに。

 駅のローターリーまで来た。義孝はもう少しハルと一緒に居たかった。そこでカフェか本屋か寄ろうよと提案した。本屋に行くことになった。

「ねぇ、ハルちゃん、嘘告の話、僕は賛成できないな。早く彼に知らせて謝らないと大変なことになるよ。隣のクラスの西之原君は悪い男子じゃない。許してくれる筈だよ。ハルちゃんだって罰ゲームでさせられたんだし、悪意がそんなにないことも判ってもらえるはず」

「うん、それは分かってる聡くん。でも…でも……わたしね……」

 急に本棚に手をついた誰かのはずみで商品の本がバサバサと落ち、音が盛大に鳴った。驚いたハルと僕。なぜかハルちゃんが目を開いて本棚から本を落とした男子生徒をみていた。僕はオロオロとしていた。

 ハルちゃんは唖然として座り込み、俯いて泣き始めた。僕はハルちゃんの背中に触れてさすり、慰めた。

「サトシ君もごめんね、巻き込んでごめんなさい、ごめんね、ごめんね……」

(あの同じ制服の男子生徒、隣のクラスの西之原君に似ていた。まさか僕たちの会話を聞かれていたのか!?)

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 ハルside

 嘘告という事が義孝君にバレてしまった。私は涙が止まらず、泣き崩れ、嗚咽が止まらなかった。

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 あれからハルちゃんは毎日、隣の教室前の廊下に立って窓を通して西之原君を見ている。彼が出てきたら駆け寄って謝っている。まだ許されていないようだ。

 嘘告は辛い結果を招くことがある。くれぐれも本気の相手に対してやってはならない。

聡「ねぇハルちゃん、キスしたことってある?」

(ハル)「えっ!? 何、わたし? ええ、なんで、どうしてそんなこと聞くの?」

聡「いや僕も早くキスしたいなぁって思ってさ」

華「そんな……聞かないでよ、バカっ」

 真っ赤になってモジモジするハルちゃん、やっぱり君は可愛いよ。はぁ、どうして西之原君はこんな素敵な娘を許してあげないんだろう?酷いよ。僕だったら直ぐに許して付き合いなおすのに。ハルちゃんのファーストキスを奪ったくせに!

聡「ああ、誰か嘘告してくれないかなぁ……」