朝、下駄箱の中に可愛い封筒の手紙が入っていた。

 字は可愛らしく、女の子のものと推測できた。小林に見られると「一緒に封を開けてみるぞ」とか言いながら、介入してくるだろうから、速攻でカバンの中に仕舞う。

 教室で席に着くと、感慨が押し寄せてきた。俺がラブレターなんて貰うとは。名前が書いてなかったから、誰からかは分からなかった。

 クールにしていても、心は嬉しさで踊っていた。恥ずかしながら、生まれて初めてのラブレターだったからだ。

 放課後、校舎裏で待ち合わせ。

 どんな娘かな?

 外見・容姿は俺の好みかな?

 性格は、真面目で、大人しくて優しいと好いな。

 ギャル系はちょっと苦手だ。

 背は高すぎなければいい。172㎝の俺に合えばいいな。

 贅沢は言わん、中肉中背でオツケイだ。

 授業そっちのけで、丸一日、妄想が蔓延ってしまった。いいじゃないか、初めてのラブレターだもん。

 放課後、校舎裏に向かうと、そこには隣のクラスの稲垣華(いながきはる)ちゃんがいた。彼女は成績優秀で、真面目系、丸顔・下半身体系のゆるふわ美少女として男子に人気な娘だった。

 ハルちゃん ↓


★★★★★

「あ、ヨシくん!……いえ、西之原君、来てくれてありがとう。私は稲垣(はる)、隣のクラスです」

 恥ずかしがりながら彼女は声を出す。俺も緊張しながら言葉を発する。

「あ、ああ、こんにちは。手紙くれたの君だったんだね」

「貴方のことを陰ながら見ていました」

「ありがとう。正直なところ、嬉しいよ」

 最初の挨拶はクリアーできたようだ。稲垣さんは大変可愛らしく、真面目そうで、体型も好みだ。はにかんだ顔は、男子に人気だという事を証明し、大きな目がしっかりと好意を伝えてくる。

「義孝君、好きです。もし良かったら、私とお付き合いをしてくれませんか?」

「もちろん、俺からもよろしく頼むよ」

「ほんと? 嬉しい。とても嬉しい……」

「俺も嬉しいな。君みたいな素直な娘、初めてだ」

 ヤッター! 初めてラブレターを貰って、それがこんなに可愛い娘で、嘘だろ俺、なんか悪いもん食ったんじゃないだろうな?

「ねぇ、スマホでID交換しよ、行きたいところあったら、今週末のお休みに行こうよ」

「ああ、そうだな。行きたいとこ、いっぱいあるぜ」

 もうニヤニヤが止まらない。俺、今夜、死んじゃったりして。転生してしまって、二度と彼女に会えない事になったりするかも。

 それから趣味の事、好きな芸能人、よく聴く歌、音楽、過去に付き合ったことがあるか等々、初めての会話だというのに、すんなりと盛り上がり、思った以上に楽しい時間を過ごすことができた。

「俺が初めての彼氏かぁ、嬉しいな」

 時々、あくまでも時々だが、彼女がふっと寂しそうな顔をした。なにせ初対面なので、そんな悲しそうな顔も、普段の顔つきの一つだと考え、もし事情を聞くとしても又今度と思った。

 彼女は自分のことを「ハル」と呼んで欲しいとお願いしてきた。友人知人は皆そう呼ぶらしい。

 いきなり親しくなった友人、いや、彼女となったハルちゃんと名残惜しいが校門で別れ、心の中でスキップしながら家に帰った。俺は自分の部屋のベットで寝転んだ。

「ハルちゃんか……可愛い娘だったな」

 週末どこ行こう。まずはショッピングモールで初々しいデートからだな。早速、スマホでメッセージを送る。他に行きたいところが多々あるので、デートの行先で苦労することもないだろう。

 俺はバイトもやってるし、彼女の分を含めて出して、負担を減らしてやろう。ふふっと笑みが浮かぶ。

【お兄ちゃんのばかっ】

 コンコン

「ん、何?」

「お兄ちゃん、わたし」

 まだ寝るには早い時間だというのに、黄色いパジャマに着替えた由愛が扉を開いて入ってきた。そしてベットに寝転ぶ俺の傍、ベットの端に腰かけて俺の目を見る。

「お兄ちゃん、嬉しそうだね。何か、いい事でもあったの?」

「ん、何もないぞ。どうした由愛」

「あのね、ちょっと相談したいことがあって」

「うん、それで」

「今日ね、クラスメイトから告白されちゃったの」

 ぶっ、ぶーーーっ! お前もか由愛。

 相談内容を聞くと、同じクラスの男子で告白を断ったら気まずくなるかも……という事、どうしたら無難に済ますことが出来るか、といった内容だった。

「うーん、そればかりは、どうしようもないな。男子だって断られたら気まずくなるぐらい承知の上だろ。お前に責任はないぞ」

「そう、どうしようもないのかな……」

「それ以前に、どうして断るんだ?」

「だって好きな人がいるんだもん」

「え、何だって?」

「私、もう好きな人がいるんだってば」

 俺の心になぜか衝撃が走った。とても辛い何らかの衝撃だ。初めて受けるその衝撃の正体は分からなかった。口は大きくアングリとしてボ~っと由愛の顔を見るばかりであった。

 可愛い妹……思い出がフラッシュバックする。


 少しばかりの空白があり、由愛は突然ベットに寝転んできた。

「お兄ちゃん、ぎゅっとして」

「えっ?」

「ぎゅっとして」

 俺はベットの奥に身体を移動させ、背中を向けて寝転んでいる由愛のスペースを広くとると、背中から俺がくっつき、お腹に手を回すという優しいお兄ちゃんバージョンを作り上げた。

「なぁ由愛、お前、片想い中だったんか?」

 敢えて耳元で言葉を発するイヤラシイ俺。由愛は耳が真っ赤である。由愛のやつ、恋煩いで自分が制御できなくて、一杯いっぱいだな。

 こういった時にお兄ちゃんとして俺が隙間を埋めてやらないとな。母さんから義理の妹? 宣言があったんだ。もう一歩、進んでいい筈だ。何を? とは言うまい。

 由愛のお腹をマッサージする感じでサワサワし、ちょっとだけ、ちょっとだけだからと、上(バスト)の方へ舵を切ろうとしたら……危機を察した由愛が凄いスピードで振り返り、正面から抱き着いてきた。

 驚愕して動けない俺に向かって由愛は言う。

「お兄ちゃんのばかっ」

 ムム……なんだ『お兄ちゃん大好き』の間違いじゃないのか?

 少し残念に思う義孝だった。



 ただ……、このホンワカしたムードが今後も続くとは限らなかった。