「今日こそ、平和な一日を……」

瑠一は朝の昇降口で深く息を吸い込んだ。昨日の猫騒動で体力も精神も削られたが、今日はきっと何も起こらない——そう信じたかった。

しかし、昼休み。給食室の前に人だかりができていた。

「なんだこれ……」

近づくと、給食室の扉の上に貼り紙が貼られているのが目に入った。

『蓮ラーメン、開店中!』

「……は?」

中からは湯気とともに、蓮の元気な声が響いてくる。

「いらっしゃいませ〜! 今日は塩と味噌、選べるっすよ〜!」

瑠一は頭を抱えた。給食室は当然、生徒立ち入り禁止。しかも、ラーメン屋って。

「蓮!! 何してんだ!!」

「瑠一先輩! ちょうどいいところに! 味噌、食べます?」

「食べるわけないだろ!!」

蓮は笑顔のまま鍋をかき混ぜつつ言った。

「みんなに温かいラーメン食べてもらいたくて! 給食ってちょっと冷めてるじゃないっすか。だから、俺が作ればもっと喜ばれるかなって!」

「いや、そういう問題じゃない!!」

そのとき、給食のおばさんが怒鳴り込んできた。

「何やってるの! ここはあなたたちの遊び場じゃないのよ!」

瑠一は慌てて蓮をかばい、土下座寸前の勢いで謝罪した。

「す、すみません! 僕がちゃんと注意してなくて……!」

蓮はしょんぼりと鍋を片付け始める。だがその後、碧汰がぽつりと呟いた。

「蓮、あのラーメン……風邪で休んでる友達のために作ってたらしいぞ」

「え?」

「さっき保健室に持ってってた。『あいつ、昨日から何も食べてないっすから』ってさ」

瑠一は言葉を失った。蓮の暴走は、いつも誰かのため——その善意が空回りして、騒動になるのだ。

放課後、瑠一は蓮に声をかけた。

「……お前、あのラーメン、誰のためだったんだ?」

蓮は照れくさそうに笑った。

「風邪で寝てる友達っす。昨日LINEで『食欲ない』って言ってたから、俺が作れば食べるかなって」

「……バカかお前は」

瑠一はそう言いながら、蓮の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「でも、まあ……味噌、ちょっと気になるな」

「えっ! じゃあ、明日も開店っすか!?」

「やめろ」

今日も平和は訪れなかった。

けれど——誰かのために動く蓮の姿に、瑠一は少しだけ救われた気がした。