SNSの『暇つぶし』なる者による相川さんの悪口騒動から三日後。
この日は金曜日で、この日を乗り越えれば土日の休みが待っている。
その影響か、二年六組はまだ朝にも関わらず、ほんの少しだけ浮き足立っていた。
吹奏楽部に所属する私は、土曜日も部活で潰れてしまうのであまり関係ないが。
私は琴乃ちゃんや時々涼成くんと、いつも通り地味ではあるが平和に過ごしていた。
しかしこの日の朝、二年六組で騒動が起こる。
それは相川さんが登校して来た時のこと。
「ねえ理奈、これどういうこと!? 理奈、豪邸に住んでるって言ってたよね!?」
石田さんが相川さんに勢い良く詰め寄った。
その声には怒りが含まれている。
石田さんの声は大きかったので、教室の生徒達の話し声はしんと静かになる。
石田さんと相川さんの方に。クラスメイト達の視線が集中する。
「え? 愛梨、朝から何?」
相川さんは石田さんの様子に戸惑っているようだ。
クラスの注目を浴びていることに、若干気まずそうにしている。
「とぼけないでよ! 愛梨、昨日見ちゃったんだよね! 理奈が全っ然豪邸じゃない普通の家に入ったとこ! 表札にちゃんと『相川』って書いてあったし! ねえ理奈、愛梨に嘘ついてたの!?」
石田さんは自身のスマートフォンで撮影した写真を相川さんに見せている。
私がいる所からは遠くてあまり見えないが、何となくごく普通の一般住宅が写っているように見える。
「それは……。て言うか愛梨、あたしのことつけてたの? そういうのやめてよ。みんな見てるじゃん」
相川さんは困ったように笑っている。
声のトーンには、若干不快な感情が込められていた。
「話そらさないで! この嘘つき! ……もしかしてさ、あの『暇つぶし』ってアカウントが書き込んでたこと、本当だったりして。理奈のブランド品は全部偽物、お金持ちアピールだってこと」
「違う!」
相川さんは怒ったような、慌てたような表情だった。
クラス内も、二人の様子を困惑しながら見ている。
スクールカーストの女子トップ二人の喧嘩だ。どうしたら良いのか分からないだろう。
私の隣にいる琴乃ちゃんは、不安そうに私の制服の袖を掴んでいた。
だから私は琴乃ちゃんを安心させるように、そっと手を握った。
「じゃあそのポーチとかもよく見せてよ! フランスのブランドなんでしょう!?」
「ちょ、愛梨やめて!」
石田さんは相川さんのポーチを乱暴に自分の引っ張るので、相川さんは何とか阻止しようとする。
すると、相川さんのポーチは見事に壊れてしまった。
チャックの部分が修復不可能なくらいに裂けてしまっている。
「ちょっと愛梨、どうしてくれるの!?」
相川さんは怒り心頭の様子だ。
まあ、ブランドだというポーチが壊されたから当然だろう。
しかし、石田さんは悪びれた様子もなくこう言う。
「どうせやっぱり偽物でしょ。そんな簡単に壊れるんだから。この見栄っ張りの大嘘つき」
「愛梨! このっ!」
相川さんはいよいよ怒りを抑えきれなくなり、石田さんに殴りかかろうとした。
いよいよ危険だ。
二年六組の教室に緊張が走る。
私の隣にいる琴乃ちゃんは、ひゅっと息を飲んだ。
「おい理奈、やめろ! 落ち着け!」
そこへ、登校して来た宮野くんが慌てて相川さんを止める。
相川さんの手は、ギリギリ石田さんを平手打ちする寸前で宮野くんに止められていた。
本当に間一髪である。
「理奈も愛梨も、朝から一体何があったんだよ?」
同じく登校して来た吉岡くんも、困惑状態だ。
吉岡くんは石田さんを宥めている。
二年六組の教室の雰囲気はピリピリとひりついている。
しかし、宮野くんと吉岡くんのお陰で二年六組の空気はほんの少しだけ和らいだ。
彼らのお陰で相川さんと石田さんによる殴り合いのキャットファイトにはならずに済んだのだ。
もしも相川さんと石田さんによる殴り合いのキャットファイトになっていたら、二年六組の教室内の空気がえげつないことになっていただろう。
私の隣で、琴乃ちゃんはホッとしたような表情になっていた。
「琴乃ちゃん、大丈夫だから」
私はそんな琴乃ちゃんの背中をさすった。
「うん。ありがとう、優子ちゃん」
琴乃ちゃんは少しだけ安心したように口角を綻ばせていた。
正直、今の二年六組の空気は最悪だろう。
私は私の周囲の平和を守ることが多分精一杯だ。
今日の二年六組の空気は、やはりその後も本当に最悪なものだった。
ある意味では予想通りでもある。
LHRであった体育祭の出場種目決めで再び相川さんと石田さんが同じ種目に出場したくないと喧嘩になり、宮野くんと吉岡くんが止めてくれるという感じだ。
おまけに相川さんがお金持ちで豪邸に住んでいるということが嘘であり、ブランドも全て偽物であるという『暇つぶし』の書き込みが信憑性を帯びてしまい、現在相川さんはクラスで嘲笑の的になってしまった。
「自称お金持ちって余裕がないんだ」
「もしかしたら貧乏だったりして」
「偽ブランドまで持って来て、そこまで見栄張りたい? 私にはよく分かんないなぁ」
今まで相川さん達に押さえつけられていた空気もあるので、特にスクールカースト二軍の女子達の中ではわざとらしく相川さんに聞こえるように悪口を言う人達もいた。
澤村さん達のグループも、相川さんを見てクスクスと嘲笑している。
私は派手で声が大きい相川さんや石田さんのことが苦手だけれど、正直澤村さんのことも苦手だ。
良い子の顔して腹黒そうだと、吹奏楽部入部当初から思ったので距離を置いている。
まあ実際フルートパートと低音パートは一緒に行動することがないので、澤村さんとは数日前の朝のように連絡事項などがあった場合のみしか話さない。
石田さんは二軍女子達の様子に満足したような表情を浮かべていた。
その表情は、どこか下品にも見える。
恐らく女子のカーストトップだった相川さんを引き摺り下ろそうと狙っていたのだろうか。
女子の友情はドロドロしている。
相川さんは、自身の悪口を言う二軍女子や、石田さんのことをキッときつく睨んでいるが、彼女達に対して効果はないだろう。
スクールカーストのトップに君臨していた女王は、転落してしまったのだ。
琴乃ちゃんなどのスクールカースト三軍に位置する人達は、完全にその空気に萎縮してしまっている。
ふと涼成くんに目を向けると、いつも通り冷静そうな態度だった。
ある意味凄いなと思う。
宮野くんと吉岡くんが何とかクラスの空気を良くしようとしてくれたお陰で、何とかこれ以上険悪な雰囲気にならずには済んだ。
そのお陰で、何とか体育祭の出場種目はクラス全員決まった。
ちなみに、私は琴乃ちゃんと一緒に玉入れに出ることになった。
当初の予定通り、大人数に埋もれて目立たない種目だ。
正直、二人三脚ではなくてこれで良かったと思っている。
この日は金曜日で、この日を乗り越えれば土日の休みが待っている。
その影響か、二年六組はまだ朝にも関わらず、ほんの少しだけ浮き足立っていた。
吹奏楽部に所属する私は、土曜日も部活で潰れてしまうのであまり関係ないが。
私は琴乃ちゃんや時々涼成くんと、いつも通り地味ではあるが平和に過ごしていた。
しかしこの日の朝、二年六組で騒動が起こる。
それは相川さんが登校して来た時のこと。
「ねえ理奈、これどういうこと!? 理奈、豪邸に住んでるって言ってたよね!?」
石田さんが相川さんに勢い良く詰め寄った。
その声には怒りが含まれている。
石田さんの声は大きかったので、教室の生徒達の話し声はしんと静かになる。
石田さんと相川さんの方に。クラスメイト達の視線が集中する。
「え? 愛梨、朝から何?」
相川さんは石田さんの様子に戸惑っているようだ。
クラスの注目を浴びていることに、若干気まずそうにしている。
「とぼけないでよ! 愛梨、昨日見ちゃったんだよね! 理奈が全っ然豪邸じゃない普通の家に入ったとこ! 表札にちゃんと『相川』って書いてあったし! ねえ理奈、愛梨に嘘ついてたの!?」
石田さんは自身のスマートフォンで撮影した写真を相川さんに見せている。
私がいる所からは遠くてあまり見えないが、何となくごく普通の一般住宅が写っているように見える。
「それは……。て言うか愛梨、あたしのことつけてたの? そういうのやめてよ。みんな見てるじゃん」
相川さんは困ったように笑っている。
声のトーンには、若干不快な感情が込められていた。
「話そらさないで! この嘘つき! ……もしかしてさ、あの『暇つぶし』ってアカウントが書き込んでたこと、本当だったりして。理奈のブランド品は全部偽物、お金持ちアピールだってこと」
「違う!」
相川さんは怒ったような、慌てたような表情だった。
クラス内も、二人の様子を困惑しながら見ている。
スクールカーストの女子トップ二人の喧嘩だ。どうしたら良いのか分からないだろう。
私の隣にいる琴乃ちゃんは、不安そうに私の制服の袖を掴んでいた。
だから私は琴乃ちゃんを安心させるように、そっと手を握った。
「じゃあそのポーチとかもよく見せてよ! フランスのブランドなんでしょう!?」
「ちょ、愛梨やめて!」
石田さんは相川さんのポーチを乱暴に自分の引っ張るので、相川さんは何とか阻止しようとする。
すると、相川さんのポーチは見事に壊れてしまった。
チャックの部分が修復不可能なくらいに裂けてしまっている。
「ちょっと愛梨、どうしてくれるの!?」
相川さんは怒り心頭の様子だ。
まあ、ブランドだというポーチが壊されたから当然だろう。
しかし、石田さんは悪びれた様子もなくこう言う。
「どうせやっぱり偽物でしょ。そんな簡単に壊れるんだから。この見栄っ張りの大嘘つき」
「愛梨! このっ!」
相川さんはいよいよ怒りを抑えきれなくなり、石田さんに殴りかかろうとした。
いよいよ危険だ。
二年六組の教室に緊張が走る。
私の隣にいる琴乃ちゃんは、ひゅっと息を飲んだ。
「おい理奈、やめろ! 落ち着け!」
そこへ、登校して来た宮野くんが慌てて相川さんを止める。
相川さんの手は、ギリギリ石田さんを平手打ちする寸前で宮野くんに止められていた。
本当に間一髪である。
「理奈も愛梨も、朝から一体何があったんだよ?」
同じく登校して来た吉岡くんも、困惑状態だ。
吉岡くんは石田さんを宥めている。
二年六組の教室の雰囲気はピリピリとひりついている。
しかし、宮野くんと吉岡くんのお陰で二年六組の空気はほんの少しだけ和らいだ。
彼らのお陰で相川さんと石田さんによる殴り合いのキャットファイトにはならずに済んだのだ。
もしも相川さんと石田さんによる殴り合いのキャットファイトになっていたら、二年六組の教室内の空気がえげつないことになっていただろう。
私の隣で、琴乃ちゃんはホッとしたような表情になっていた。
「琴乃ちゃん、大丈夫だから」
私はそんな琴乃ちゃんの背中をさすった。
「うん。ありがとう、優子ちゃん」
琴乃ちゃんは少しだけ安心したように口角を綻ばせていた。
正直、今の二年六組の空気は最悪だろう。
私は私の周囲の平和を守ることが多分精一杯だ。
今日の二年六組の空気は、やはりその後も本当に最悪なものだった。
ある意味では予想通りでもある。
LHRであった体育祭の出場種目決めで再び相川さんと石田さんが同じ種目に出場したくないと喧嘩になり、宮野くんと吉岡くんが止めてくれるという感じだ。
おまけに相川さんがお金持ちで豪邸に住んでいるということが嘘であり、ブランドも全て偽物であるという『暇つぶし』の書き込みが信憑性を帯びてしまい、現在相川さんはクラスで嘲笑の的になってしまった。
「自称お金持ちって余裕がないんだ」
「もしかしたら貧乏だったりして」
「偽ブランドまで持って来て、そこまで見栄張りたい? 私にはよく分かんないなぁ」
今まで相川さん達に押さえつけられていた空気もあるので、特にスクールカースト二軍の女子達の中ではわざとらしく相川さんに聞こえるように悪口を言う人達もいた。
澤村さん達のグループも、相川さんを見てクスクスと嘲笑している。
私は派手で声が大きい相川さんや石田さんのことが苦手だけれど、正直澤村さんのことも苦手だ。
良い子の顔して腹黒そうだと、吹奏楽部入部当初から思ったので距離を置いている。
まあ実際フルートパートと低音パートは一緒に行動することがないので、澤村さんとは数日前の朝のように連絡事項などがあった場合のみしか話さない。
石田さんは二軍女子達の様子に満足したような表情を浮かべていた。
その表情は、どこか下品にも見える。
恐らく女子のカーストトップだった相川さんを引き摺り下ろそうと狙っていたのだろうか。
女子の友情はドロドロしている。
相川さんは、自身の悪口を言う二軍女子や、石田さんのことをキッときつく睨んでいるが、彼女達に対して効果はないだろう。
スクールカーストのトップに君臨していた女王は、転落してしまったのだ。
琴乃ちゃんなどのスクールカースト三軍に位置する人達は、完全にその空気に萎縮してしまっている。
ふと涼成くんに目を向けると、いつも通り冷静そうな態度だった。
ある意味凄いなと思う。
宮野くんと吉岡くんが何とかクラスの空気を良くしようとしてくれたお陰で、何とかこれ以上険悪な雰囲気にならずには済んだ。
そのお陰で、何とか体育祭の出場種目はクラス全員決まった。
ちなみに、私は琴乃ちゃんと一緒に玉入れに出ることになった。
当初の予定通り、大人数に埋もれて目立たない種目だ。
正直、二人三脚ではなくてこれで良かったと思っている。



