相変わらずワッフルを食べながら、私は琴乃ちゃん、そして涼成くんと教室の隅っこで平和な昼休みを過ごしていた。
 二年六組の教室内は相川さん、石田さん、宮野くん、吉岡くん達一軍四人の話し声を中心に、わいわいと賑わっている。

「あ、そういえば英単語の小テスト、いつだっけ?」
 私はふと英単語の小テストの存在を思い出したので、琴乃ちゃんと涼成くんに聞いてみる。
 二人いたら流石にどちらかは日程を覚えているだろう。
「えっと、来週だったはずだよ、優子ちゃん」
「来週の水曜」
 どうやら二人共覚えていたみたいだ。
 涼成くんの方が詳しい日程を答えてくれた。
「ありがとう、琴乃ちゃん。涼成くんも」

 うっかり忘れていた英単語の小テスト。
 日程を聞けて安心する。
 来週水曜日までならまだ余裕があるし、今日から勉強したら間に合うだろう。
 土日を挟むから勉強時間は確保出来る。

「来週は駅ビルイベントもあるよね。今週からそれに向けて部活も大詰めかも」
 琴乃ちゃんはため息をつき、机に突っ伏した。
「そうかもね。別にうちの吹奏楽部、弱小の部類だからそこまで気合い入れなくても良いのにね。今年もコンクール地区大会銅賞だったし」

 吹奏楽部のコンクールは金賞、銀賞、銅賞のどれかが必ずもらえる。
 よって銅賞は三位で好成績というわけではない。
 単なる参加賞だ。
 吹奏楽部の顧問の先生も、地区大会で金賞を取って県大会や上位大会出場を目指すよりも楽しく演奏することに重点を置いている。

「何か先生、俺たちの演奏機会を増やしたいらしい」
 涼成くんはそう言いながら、水筒のお茶を飲む。
 その件についてどう思っているのかは、涼成くんの表情からは読めなかった。
 琴乃ちゃんのように少し怠いかもと思っているのか、それともその逆で楽しみだと思っているのかは分からない。
「へえ。まあ駅ビルイベント終わったらしばらく演奏のイベントなさそうだし、定期演奏会までまたゆるゆるな感じになるね」
 琴乃ちゃんは伸びをして欠伸をしている。
「だね」
 私は琴乃ちゃんに同意する。
 私も琴乃ちゃんと同様に、どちらかというと、部活は緩い方が嬉しい。
 ゴールデンウィークや夏休みなどは、家族で旅行をすることが多いので部活を休むことになるからだ。
 強豪校ならば休むことは許されなかっただろう。
 
 ふと教室の中央に目を向ける。
 相川さん、石田さん、宮野くん、吉岡くんの四人が、相変わらず明るい表情で楽しそうに話をしている。
 私達とは違い、一軍らしい華やかさがそこにはあった。
 同じ教室にいるが、大きな違いである。
 しかし、勉強に部活、友達関係。三軍も三軍で意外と忙しいのだ。

 その時、私達がいる席の近くで、ヒソヒソと話し声が聞こえた。
 澤村さん達のグループからだ。

「ねえ、これってもしかして……相川さんのことかな?」
 澤村さんが自分達のグループの子に、スマートフォンの画面を見せている。
 若干の好奇心を感じる声色だ。
「そうかもね。二年六組のA川って、相川さんしかいないし」
「え? じゃあこれが本当なら、相川さんが持ってるのって……全部偽ブランドってこと?」
「ていうかひまり、よくそのアカウント見つけたね」
「偶然私のタイムラインにランダムで流れて来たの」
 澤村さん達は相川さんを見ながらヒソヒソと話していた。
 
 ガヤガヤと賑やかだった教室が、丁度静かになったところだったので、澤村さん達の声がやけに響いた。
 その声はやはり相川さんに聞こえたらしく、相川さんは澤村さん達の所へやって来た。
 
「ねえ、何の話? あたしの悪口?」
 相川さんは不機嫌そうだ。
「えっと、そうじゃなくて……このアカウントに書かれてることなんだけど……」
 澤村さんは慌てたように先程の好奇心を潜め、おずおずとした様子で相川さんに自身のスマートフォンの画面を見せる。
「は? 何これ?」
 相川さんの眉間に皺が寄る。声も更に鋭くなった。
「理奈、どうしたの? え? 『二年六組のA川、ブランド品たくさん持ってるみたいだけどあれ全部偽物。一般家庭の癖して金持ちアピール痛い。マジウケる』? 誰の書き込み?」
 相川さんを心配して来たらしい石田さんは、澤村さんのスマートフォンの画面を読み上げたらしい。
 恐らくSNSの書き込みを見せているのだろう。
 宮野くんと吉岡くんも、「何かあったのか?」と澤村さん達のグループにやって来た。
「うわ、これ理奈に対するただの嫉妬だろ。誰だよこんなこと書き込む奴。理奈、気にするなよ」
「うん、ありがと、翔」
 彼氏である宮野くんに慰められた相川さんは、少しだけ表情を和らげていた。
 声の棘も少しだけ取れている。
「それにしても、このアカウント、誰のだよ? アカウント名は……『暇つぶし』だって。しかもプロフ欄にうちの高校に通ってるって書いてあるぞ」
 吉岡くんは書き込んだアカウントのプロフィールを見ているようだ。

「あ、あった。『暇つぶし』ってこのアカウントかも」
 琴乃ちゃんは私にスマートフォンの画面を見せてくれた。
 世界中でユーザーが多い、百四十字で自由に書き込めるSNSだった。

 ユーザーIDは@himatsubushi、ユーザー名は吉岡くんが言った通り『暇つぶし』となっている。
 プロフィール欄には高校名しか書いていない。
 フォロワー数もフォロー数もゼロ。
 明らかに弱小アカウントだ。

「へえ、こんなアカウントもあるんだ。私、SNSはメッセージアプリしかやってないから全然分かんなくて」
「優子ちゃん、変わってるよね。このアプリは多分うちの高校の大多数の人はやってるんじゃないかな? 私もゲームイベントの情報とか、このSNSで仕入れてるし。それに、アプリ入れてなくても、一応ブラウザからも見れるよ。それだと不便だけどね」
 琴乃ちゃんはどうやら好きなゲームに関する情報収集の為にSNSをやっているらしい。
「そうなんだ」
 私はそう呟きながら、琴乃ちゃんが見せてくれた『暇つぶし』というアカウントの書き込みを見る。

@himatsubushi
二年六組のA川、ブランド品たくさん持ってるみたいだけどあれ全部偽物
一般家庭の癖して金持ちアピール痛い
マジでウケるww

 確かにそう書き込まれていた。
 このユーザー、『暇つぶし』は私達と同じ高校に通う。ここに書き込まれているA川は、間違いなく相川さんのことだろう。
 二年六組とクラスを指定されなくても、二年にはA川は相川さん意外いなかったはずだ。

「とにかく、この『暇つぶし』って奴、このクラスにいるの? あたしのこと悪く書くとか信じられないんだけど」
 相川さんは目を吊り上げてでクラス全体を見渡している。
「相川さん、私じゃないからね」
 澤村さんはやんわりとした口調だ。
 すると澤村さん達のグループのメンバーは彼女に続くように「私じゃない」と口々に言った。
 それがクラス中に伝播し、誰もが「自分じゃない」と口にした。
 もちろん、私はそのSNSアプリをスマートフォンにインストールしていないから潔白を証明出来るだろう。

「今度あたしのこと色々と悪く書いたりしたら承知しないから」
 相川さんはクラスに向けてそう言い放った。
「理奈、大丈夫。愛梨は理奈の味方だから」
「そうだぞ、理奈。俺も智樹もいるぞ」
「理奈、悪口書くやつなんかぶっ飛ばしてやるよ」
 石田さん、宮野くん、吉岡くんは『暇つぶし』による書き込みを信じず、相川さんの味方らしい。
 一旦ここで話は収まったから私は少し安心した。
 正直な話、私達に被害が及ばなければ良い。