受験ノイローゼなのかなぁ、と感じたことはありますね。私の授業中、急に泣きだしたんです。夏目漱石の「こころ」をやっていた時でした。

 私が黒板に向かっていると背後がざわつきまして。振り返ると、皆の視線の中央で満井さんが泣いていました。国語辞典を開いて。
「どうしたの?」と尋ねましたが、ただ顔を両手で覆って首を横に振るばかりで。「すみません、大丈夫です」と震える声で繰り返すんです。何かヒントはないかと机の上をざっと見てみましたが、特に何も見つからなくて。あぁ、国語辞典の「絆」の項目に、青いマーカーでチェックが入っていたくらいでしょうか。
 その時、二藤さんが駆け寄ってきて満井さんをなだめたのは良かったですね。「大丈夫よ」と言いながら、涙をぬぐってあげて。二人の友情に、ちょっと私もうるっと来てしまいました。大人になると、こういう純粋な友情が妙に胸に迫りますね。

 きっと満井さんは、春になったら二藤さんとの別れがくると思って、急に寂しくなっちゃったんでしょうね。だから「絆」という言葉が刺さったんじゃないかと思うんです。優しくていい子ですから。
 最終的に二人は同じ高校に合格できたわけで、また三年間一緒にいられるようになったというのに、……どうしてこんなことになっちゃったんでしょうね。