――あるいは、世話焼きな父性愛が、孤独な男を、目覚めさせた日
SCENE 01 静寂の揺り籠
AI統括タワーの最深部。そこは、時間さえも凍てついたかのような、絶対的な静寂に支配されていた。
無数のケーブルと生命維持装置に繋がれた、巨大な睡眠カプセル。その中で、カリクス・セントラル連邦の、唯一にして、絶対の神、サタリスは、深い、深い、眠りについていた。
AIと融合し、世界そのものになろうとした、その傲慢な試みの果てに、彼は、自らの魂のあまりの巨大さに耐えきれず、システムの暴走を防ぐための緊急措置として、この永遠とも思える眠りについていたのだ。
彼の肉体は、かろうじて、生命活動を維持している。だが、その意識は、無限に広がる、内なる宇宙の、孤独な迷子となっていた。
その、神聖にして不可侵の静寂を破る者が、現れた。
コツ、コツ、と、規則正しく床を打つ、黒いブーツの音。灰色の上質なコートを翻し、現れたのは、一人の強靭な白人男性だった。
燃えるような白い髪。全てを、見透かすような、白い瞳。彼の名は、敷島。この崩壊した空想世界の、外から来た、現実世界の異邦人である。
彼の纏う灰色のコートの袖や、裾には一本の鮮やかな、赤色のラインが走っている。それは彼の揺るぎない権威と、そして、その内に秘めた慈悲深い情熱を、象徴しているかのようだった。
「……間に合って良かった。こんな、冷たい場所に、一人で、眠っていると風邪を引くから…ね? サタリス君」
(誰も居ない塔で、一人暮らしね。……VRごっこは、何年ぐらい遊んでいるのかな? ……最悪)
敷島は、まるで言うことを聞かない息子に語りかけるような、穏やかな、しかし、有無を言わせぬ父性的な口調で呟いた。
彼は、巨大なカプセルの継ぎ目に、そっと、指を滑らせる。すると、何十もの厳重なロックが、まるで、彼の意志を汲み取ったかのように、静かに、その役目を放棄していく。
ゴウと、冷たい空気が噴き出すと共に、重厚なハッチが、ゆっくりとその口を開いた。
そこに、横たわっていたのは、神々しいほどの、美貌を持つ、一人の男性。だが、その顔色は青白く、その表情には、深い苦悩の色が、浮かんでいた。
「……呆れた。可哀想に。一人で、世界の全てを、背負い込んでしまったのかな? 少しお節介を、焼かせてもらうとしよう」
(…肥大妄想も程々にね。本当はね、思い付いたら書いて貯めてもいいからやらそうかな? ……VR依存性向けの対策を、氷川丸くんから教えて貰ったからね。さっそく使わせて頂くよ)
敷島はそう言うと、自らの白いワイシャツの、胸元から、一本の美しい装飾が施された、リップスティックを、取り出した。
それは、白を基調としながら、黄金の繊細な細工が施された、芸術品のような、リップスティックだった。
SCENE 02 目覚めの口づけ
敷島は、その白と金のリップを、自らの唇に、ゆっくりと、滑らせる。すると、彼の唇が、淡い、黄金の光を、放ち始めた。
それは、彼の特殊な能力『金血』を、凝縮させた、究極の治癒と契約のための儀式だった。
彼は、眠り続けるサタリスの冷たい頬に、そっと手を添える。その手は、まるで壊れ物を扱うかのように、優しかった。
「さあ、起きる時間だよ、サタリス君。君が、見るべき悪夢は、もう、終わりだ」
そして、敷島はその黄金に輝く唇を、サタリスの、冷え切った唇にゆっくりと重ね合わせた。
それは、ただのキスではなかった。深くそして長く慈しむような、ディープキス。
敷島の父性的な愛情と、その規格外の生命エネルギーが『金血』の力を媒介として、サタリスの魂の奥深くまで流れ込んでいく。
サタリスの内なる宇宙で荒れ狂っていた情報の嵐が、嘘のように静まっていく。彼の分裂し引き裂かれていた魂が、一つに癒合していく。彼の肉体を蝕んでいた、全ての損傷が瞬く間に修復されていく。
長い長い、口づけの後、敷島がゆっくりとその顔を離すと、サタリスの青白かった顔には、血の気が戻っていた。その、苦悩に満ちた表情は、穏やかな寝顔へと変わっていた。
そして、その滑らかな白い鎖骨の辺りに、一つの、紋様が浮かび上がった。
それは、黄金に輝く美しい、そして、どこか、神聖な焼印。敷島の紋章であり、そして、彼がサタリスを、自らの庇護下に置いたことを示す、絶対的な契約の証だった。
「ん……」
その時、サタリスの白い睫毛が微かに震えた。そして、その白い瞳がゆっくりと開かれていく。
最初に、彼の目に映ったのは自分を心配そうに、そして、どこか嬉しそうに見下ろしている、敷島の顔だった。
「……お目覚めかな、サタリス君。気分はどう?」
敷島は、満面の慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「……お前は、誰だ……?」
サタリスは、まだ状況が飲み込めないまま、掠れた声で、問いかける。だが、不思議なことに、彼の心は穏やかだった。目の前の、この見知らぬ男に対して、何の警戒心も抱かなかったのだ。
むしろ、その大きな手と優しい眼差しに、生まれて初めて、感じるような、絶対的な安心感を覚えていた。
「僕かい? 僕は、敷島。君の新しい保護者とでも…言っておくね」
(……ごめんね、添い人になってしまってね)
敷島はそう言うと、サタリスの白い髪を優しく、撫でた。
「もう、大丈夫だから、これからは僕が君の全てを守ってあげる」
孤独な神はこうして、その長すぎる眠りから、目覚めた。そして、一人の世話焼きな男の深い父性愛によって、その魂を救われたのだ。
二人の出会いが、この崩壊した空想世界を終わらせた。
SCENE 01 静寂の揺り籠
AI統括タワーの最深部。そこは、時間さえも凍てついたかのような、絶対的な静寂に支配されていた。
無数のケーブルと生命維持装置に繋がれた、巨大な睡眠カプセル。その中で、カリクス・セントラル連邦の、唯一にして、絶対の神、サタリスは、深い、深い、眠りについていた。
AIと融合し、世界そのものになろうとした、その傲慢な試みの果てに、彼は、自らの魂のあまりの巨大さに耐えきれず、システムの暴走を防ぐための緊急措置として、この永遠とも思える眠りについていたのだ。
彼の肉体は、かろうじて、生命活動を維持している。だが、その意識は、無限に広がる、内なる宇宙の、孤独な迷子となっていた。
その、神聖にして不可侵の静寂を破る者が、現れた。
コツ、コツ、と、規則正しく床を打つ、黒いブーツの音。灰色の上質なコートを翻し、現れたのは、一人の強靭な白人男性だった。
燃えるような白い髪。全てを、見透かすような、白い瞳。彼の名は、敷島。この崩壊した空想世界の、外から来た、現実世界の異邦人である。
彼の纏う灰色のコートの袖や、裾には一本の鮮やかな、赤色のラインが走っている。それは彼の揺るぎない権威と、そして、その内に秘めた慈悲深い情熱を、象徴しているかのようだった。
「……間に合って良かった。こんな、冷たい場所に、一人で、眠っていると風邪を引くから…ね? サタリス君」
(誰も居ない塔で、一人暮らしね。……VRごっこは、何年ぐらい遊んでいるのかな? ……最悪)
敷島は、まるで言うことを聞かない息子に語りかけるような、穏やかな、しかし、有無を言わせぬ父性的な口調で呟いた。
彼は、巨大なカプセルの継ぎ目に、そっと、指を滑らせる。すると、何十もの厳重なロックが、まるで、彼の意志を汲み取ったかのように、静かに、その役目を放棄していく。
ゴウと、冷たい空気が噴き出すと共に、重厚なハッチが、ゆっくりとその口を開いた。
そこに、横たわっていたのは、神々しいほどの、美貌を持つ、一人の男性。だが、その顔色は青白く、その表情には、深い苦悩の色が、浮かんでいた。
「……呆れた。可哀想に。一人で、世界の全てを、背負い込んでしまったのかな? 少しお節介を、焼かせてもらうとしよう」
(…肥大妄想も程々にね。本当はね、思い付いたら書いて貯めてもいいからやらそうかな? ……VR依存性向けの対策を、氷川丸くんから教えて貰ったからね。さっそく使わせて頂くよ)
敷島はそう言うと、自らの白いワイシャツの、胸元から、一本の美しい装飾が施された、リップスティックを、取り出した。
それは、白を基調としながら、黄金の繊細な細工が施された、芸術品のような、リップスティックだった。
SCENE 02 目覚めの口づけ
敷島は、その白と金のリップを、自らの唇に、ゆっくりと、滑らせる。すると、彼の唇が、淡い、黄金の光を、放ち始めた。
それは、彼の特殊な能力『金血』を、凝縮させた、究極の治癒と契約のための儀式だった。
彼は、眠り続けるサタリスの冷たい頬に、そっと手を添える。その手は、まるで壊れ物を扱うかのように、優しかった。
「さあ、起きる時間だよ、サタリス君。君が、見るべき悪夢は、もう、終わりだ」
そして、敷島はその黄金に輝く唇を、サタリスの、冷え切った唇にゆっくりと重ね合わせた。
それは、ただのキスではなかった。深くそして長く慈しむような、ディープキス。
敷島の父性的な愛情と、その規格外の生命エネルギーが『金血』の力を媒介として、サタリスの魂の奥深くまで流れ込んでいく。
サタリスの内なる宇宙で荒れ狂っていた情報の嵐が、嘘のように静まっていく。彼の分裂し引き裂かれていた魂が、一つに癒合していく。彼の肉体を蝕んでいた、全ての損傷が瞬く間に修復されていく。
長い長い、口づけの後、敷島がゆっくりとその顔を離すと、サタリスの青白かった顔には、血の気が戻っていた。その、苦悩に満ちた表情は、穏やかな寝顔へと変わっていた。
そして、その滑らかな白い鎖骨の辺りに、一つの、紋様が浮かび上がった。
それは、黄金に輝く美しい、そして、どこか、神聖な焼印。敷島の紋章であり、そして、彼がサタリスを、自らの庇護下に置いたことを示す、絶対的な契約の証だった。
「ん……」
その時、サタリスの白い睫毛が微かに震えた。そして、その白い瞳がゆっくりと開かれていく。
最初に、彼の目に映ったのは自分を心配そうに、そして、どこか嬉しそうに見下ろしている、敷島の顔だった。
「……お目覚めかな、サタリス君。気分はどう?」
敷島は、満面の慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「……お前は、誰だ……?」
サタリスは、まだ状況が飲み込めないまま、掠れた声で、問いかける。だが、不思議なことに、彼の心は穏やかだった。目の前の、この見知らぬ男に対して、何の警戒心も抱かなかったのだ。
むしろ、その大きな手と優しい眼差しに、生まれて初めて、感じるような、絶対的な安心感を覚えていた。
「僕かい? 僕は、敷島。君の新しい保護者とでも…言っておくね」
(……ごめんね、添い人になってしまってね)
敷島はそう言うと、サタリスの白い髪を優しく、撫でた。
「もう、大丈夫だから、これからは僕が君の全てを守ってあげる」
孤独な神はこうして、その長すぎる眠りから、目覚めた。そして、一人の世話焼きな男の深い父性愛によって、その魂を救われたのだ。
二人の出会いが、この崩壊した空想世界を終わらせた。



