暑くなってきた季節。今、演劇部の部室の中心に机を寄せ合い、部員たちで「今年の文化祭、どうしようか」と会議をしていた。

「このチョコレート美味しい!」
「美味しいよね、新商品だよ!」

 僕が買った新商品のチョコレートを他のメンバーが試食している時だった。

幼なじみであり、ひとつ年下の一年生、柴宮快(しばみやかい)くんが廊下を無表情で風のように通り過ぎて行った。

 サラリと揺れる艶やかな黒髪、美しい肌と整ったクールビューティーな顔立ち。そして抜群なスタイル。

さすが、入学式早々イケメンがいると注目を浴びていた快くん。一瞬横切っただけなのにキラキラオーラが眩しい。もわっとしていた空気も一瞬涼しくなった気がした。

「柴宮くんみたいな人が演劇部にいたら、演劇部の地味さが消えて、ぱっと一気に華やかになりそうだよね」と、廊下を眺めながら、やさぐれ役担当の山下部長が呟く。

 僕たち演劇部メンバーは、僕みたいな妄想大好きな地味男子、四人で結成されていた。今の山下部長の発言に対して肯定した答えを返してしまうと〝現在の演劇部は地味〟と完全に認めてしまうことにもなり、後々〝『演劇部は地味発言』の発信源は萌木星〟と、いつの間にか、妄想が広がりすぎてあちこち散らかる僕たちの間で面倒なことになりそうな確率はゼロではないので、聞こえないふりをした。別に地味なことがダメなんてことは一切僕は思わないけれど。

「柴宮くんと幼なじみじゃなかったっけ?」

 おだやか役担当仲本くんの視線を感じる。明らかに僕に語りかけている。

「萌木くん聞こえてる?」
「……う、うん。そうだけど」

 その後の話の展開が予想できたから聞こえないふりを貫き通そうと思っていたけれど、直接名前を呼ばれたら無視を続けることは難しく、返事をした。

「柴宮くん、お芝居に興味ないかなぁ……萌木くん、誘ってみたら?」と、やんちゃ役担当の小田川くんが明るい声で言った。

 ほら来た! 予想通りの言葉が。快くんはどちらかといえばクールな性格で、表情筋もあまり動かさないタイプの人だ。舞台の上で喜怒哀楽を全身で表現しているところなんて、想像すらできない。だけど快くんのような、クールで美しい役が当てられたなら、きっと素晴らしくなるだろう。

 実は中学生の頃に一度「役者をやってみない?」と誘ったことがある。だけど、うんともすんとも言わず微妙な顔をされたまま見つめられ、しまいには苦笑いされた。そうして微妙な雰囲気のまま勧誘は終わった。

 しかも快くんとは最近微妙な関係だ。小さい頃から近所に住んでいたから遊んだりもしていた。なのに最近は怒っているのか、僕を見ると顔を赤らめ、さらに目を逸らし、ささっと逃げるように離れていってしまう。

「いや、快くんはお芝居興味ないんじゃないかな? 実は中学の時に一回誘ってみたけれど断られてるんだよね。しつこく誘わない方がよいと思うな」

 日々の出来事を考えると、快くんに対しては積極的な考えにはなれない。

「そうなんだ。でも今誘ったら考えが変わっているかもしれないよね」

 僕の答えを遮り、小田川くんが前向きな発言をしてきた。

 僕以外のメンバーで、快くんはあんな役こんな役が似合いそうだなと、勝手に話が盛り上がりだした。
 そしてしまいには……。

「今から声かけるの緊張するけれど、柴宮くんを呼んでくるね」と、全員で行ってしまった。

――何故そうなる。

演劇部のメンバーは普段消極的だけど、妄想事になるとみんな別の人間が乗り移ったかのように積極的な人間へと進化する。自分もだけど。

部室でひとり、ぽつんとしながら「うっわー、気まずいなぁ」と、言葉をそっと漏らした。

 どうせ誘ってもはっきりと断られて、ここに快くんは来ないだろうと思っていたのに、メンバーに囲まれて……来た。

 快くんはいつの間にか僕の身長を越しすぎて、今は長身なイケメンだ。僕たち演劇部のメンバーもそれほど小さいわけではないけれど、快くんは特に身長が高く、光り輝いている。僕たちの中に混ざると僕たちが引き立て役のようになる。今もまるで快くんは、ファンに囲まれている売れっ子アイドルのような雰囲気だ。快くんはそんな役も似合いそうだなと妄想だけは膨らむ。

「快くん、どうして来たの?」と僕は様子を伺うように、慎重に質問した。何も答えず僕を見つめる快くん。「いいって!」と、あまえんぼう担当の手越くんが、嬉しさでテンション上がったからなのか、快くんの手を握り、微笑みながらそう言った。

 快くんと手越くんの繋がっている手が気になる。じっと見つめていると胸の辺りに何か鋭いものが詰まるような、なんと言えば良いのか分からないけれど、ちょっと苦しくなった。

「萌木くん、どうしたの?」と、手越くんの声で僕は我に返る。

「いや、何がいいのかな?って思って」
「柴宮くんが、演劇部に入るってことだよ」
「えっ? 快くん、無理やり誘われた? 無理しなくて大丈夫だよ?」

 こんな短時間で快くんが入部する話になっているなんて、おかしい。僕はじっと快くんを見つめる。

「無理、してないし……」

 どうしよう。快くんが入部してくれることに対して、嬉しい気持ちも大きいけれど大丈夫なのかな?って気持ちもある。緊張も込み上げてきた。

「じゃあ、とりあえず自己紹介しようか」と山下部長の言葉を合図に、快くんと向かい合わせになり適当に横一列に並ぶ部員たち。並ぶのと同時に、高めだったテンションが幻だったかのように、快くんを除いたメンバーがモジモジしだす。

「じゃあ、左から。部長やってます、やさぐれ役希望の三年、山下です」
「おだやかな役を演じるのが好きな二年生、仲本です」
「やんちゃな役を担当してる三年生、小田川です」
「あまえんぼう役が似合う一年生の手越です」

 みんなさりげなくアイドルのキャッチフレーズのような言葉を名前に添えている。僕は特にそういうのないな。でもとりあえず何かを添えておこう。

「……まとめる役が多い、萌木です」

 快くんに自己紹介をあらためてするのは、今更感が強くて、むず痒い感じがする。

 僕が言い終わると、しんとなる。しんとなったのは僕のキャッチフレーズが滑ったからかな?と不安がよぎる。

 あっ、でも今はそれどころではなくて、流れ的に快くんが自己紹介する番だ。

 僕は目をぱちぱちさせ、顎を少し上げて『快くんも自己紹介を』と、合図した。それに気がついた快くんは「柴宮です」と、いつも通りにクールな雰囲気で言う。

 これからは快くんも一緒に芝居の稽古するのか。まだ想像ができない!

 こうして不安や楽しみ、色々な気持ちが交差する中、夏休み明けに開催される文化祭の準備が始まった。



 数日後。なんの芝居をするか、いつものように部室の中心に机を寄せ合い、ポテチなどを食べながらゆるゆるな話し合いをしていた。いつもこんな感じだ。だけど今は快くんもいるから以前よりは全体に引き締まり感が増している。うちの演劇部が実際に舞台をやるのは九月の文化祭と近隣の高校演劇部が集まり開催される冬の大会のみで、後は基本の練習をしたり妄想で盛り上がったりする感じだった。

「最近ファンタジー時代劇ドラマにハマっててさぁ。殺陣やってみたいかも」

 と、やんちゃ担当小田川くんが呟いた。

「殺陣やるなら、ワイヤーアクションやったり、ド派手な演出でやってみたいな!」
「うーん。場所と予算的にそれは難しいかも」
「そうだよね……」

 僕が妄想を伝えると、山下部長が答える。

「僕たち全員運動神経あんまり良くないけど、殺陣出来るのかなぁ」
「やってみるか?」

 おだやか担当仲本くんが疑問を口にすると、小田川くんと共に立ち上がる。そして大道具を作る時に使っていた木の棒を手に取ると殺陣の練習を始めた。

「なんだこれ、思ったよりも難しいな」

 ふたりの動きはぎこちない。

 しばらく頬杖つきながらふたりを眺めていた快くんは立ち上がると部室から出ていった。

 退屈だったのかな?
 快くんにとって何か嫌なこととか、無意識に僕たちはしていたりしないよね?

 お客さんが自分たちの部屋にいるような感覚がして、いつもよりも快くんの様子が気になる。

 ふたりの様子を眺めながらポテチを綺麗に食べ終えた、あまえんぼう担当の手越くんは「僕、小さい頃に殺陣少しだけやったことある」と、立ち上がった。ちなみに手越くんは小さい頃からミュージカルなど経験している。演劇部で唯一、芸歴の長めなメンバーだ。

「どっちかの棒借りていい?」と手越くんが言うと、仲本くんが棒を差し出した。

「久しぶりで上手くできるか分からないけれど、小田川くん右、左って交互に上からシュって斜めにやって、そして横からえいってやってみてもらってよい?」

 手越くんが手本を見せると「こうかな?」と小田川くんが真似をした。それに合わせて手越くんが棒で小田川くんの振り下ろした棒をシュッシュッ棒で受けるとそれから体を反らし、見事にふたりの動きが綺麗にまとまった。

「できた! もっと思い出せばみんなに殺陣教えれるかも~」

 手越くんがほわっと微笑んだ。
 そのタイミングで快くんが戻ってきた。部活が嫌なわけではなくて、お手洗いなどに行ってただけなのかなと、僕はほっとした。手越くんたちがもう少し長めの殺陣をゆっくりとした動きで練習した。

「柴宮くんもやってみる?」
「うん」

 手越くんの質問に快くんが軽く頷く。

「じゃあ、萌木くんとやってみたら? 幼なじみだから息ぴったりかもね」

 その言葉を聞くと快くんは、全身をビクンと揺らし、微妙な反応をした。手越くんたちから棒を受け取る。僕と快くんは向かい合わせになった。慣れない動きを試すからか、見つめ合うとドキドキする。

 両手で棒を持ち足を前後に開く快くん。

「快くんの姿勢完璧だね、もしかして経験ある?」

 手越くんが質問すると「いや、全くない」と快くんは首を振った。手越くんがさっきのような動きを説明してくれた。

「快くん、ゆっくりめにやろうね」
「うん」

 快くんは初めてなのに慣れたような雰囲気で、僕もやりやすい。上手くできて、メンバーからも「ふたり、良かったよ」と言ってもらえて嬉しくなる。

それぞれ部員たちが自由に、遊ぶように殺陣の練習を少しすると再び椅子に腰かけた。

「萌木くんと柴宮くんが戦うシーン、絵になりそうだよね」
「うん、分かる」

 僕たちが戦う舞台を想像して話は盛り上がる。

「今回、ふたりライバルになって戦う物語にする? ふたりはどう思う?」
「僕は良いと思う。やってみたい」

 快くんと殺陣か――楽しそうだな。と妄想を膨らませている時だった。

「それは、嫌だ」と快くんが低い声で呟いた。

 一瞬で空気が張り詰め、全員の強い視線が快くんに集まる。同時に「相手が僕だから?」とか「本当はやりたくないのかな?」とか、マイナスな考えが頭の中をぐるぐるした。全員をチラリ見た後、理由を聞くのは僕だなと思い、静かに深呼吸した。それから静かに尋ねる。

「快くん、どうして嫌なの?」

 しばらく沈黙した後、いつも凛としている快くんは珍しくしゅんとなり俯いた。そして小声で言った。

「だって、星くんとライバルになりたくないし、攻撃なんてしたくないから」と。

「原因って、それ?」
「ライバルになるくらいなら、星くんのワイヤーになりたい……」
「ワイヤーって、さっき僕が言ってたワイヤーアクションの?」

 快くんは静かに頷いた。

 嫌がる理由に対してマイナスなことばかり考えてしまっていた僕は、予想外の言葉に目を見開く。同時に心の奥が温かくもなった。僕はそっと胸に手を置いた。

――どうなるのだろう。僕たちの、舞台。



 なんだかんだ話し合いは進み、正式にファンタジーな時代劇をすることに決定した。そして僕は物語を考える担当。夜、家の机に向かいパソコンを開きながら詳しい内容を考えていた。

 時代劇、和風と中華どっちにするかで若干揉めてたなぁ。衣装は部長の山下くんのお姉さんが男装趣味で袴コレクションしているらしいからそれを借りようかと話し合った。さっきコレクションの写真も送られてきていい感じだったから、決定で良いと思う。

僕の場合、時代劇は似たような衣装や髪型だと誰が誰だか覚えられない。だけどお姉さんのコレクション衣装はカラフルでそれぞれの個性を出せて、遠くから見ても誰なのかが分かる感じになるから良い感じになりそうだ。

小道具は仲本くんが作るの得意だし、動きについては経験ありな手越くんに任せれば良い。あと、音や照明関係などは部員の中で一番人見知り度が低い小川田くんが文化部の人たちに声をかけてお願いをしてくれる予定。

あとは馬に乗りたいって話も出てたなぁ。学校で、しかも舞台の上で乗るのは無理だろう。どこかで撮影してきて、それをプロジェクター映像にする? 映像にしても、もし本物の馬が難しいなら……ふと、家の近くにある貸切撮影が出来そうな遊園地が頭の中に浮かんだ。

 メリーゴーランドとかはどうだろうか――。

 とりあえず、まずは殺陣の勉強をしてみよう。

 色々刀や剣で戦う系のファンタジードラマをタブレットで観てみた。
 ずっしりと真っ直ぐな感じ、クルクル回転したり、剣が霊気で輝いたりもしている……あんまり詳しくないから分からないなぁ。でも、カッコいい~!!

 何度も巻き戻したりして戦うシーンを何度も観た。

 とりあえず、さらさらと全体のイメージ纏めてみよう。

――ファンタジーは、自由だ!!!

 いつも妄想が膨らみ始めると、気持ちが高まりテンションが高くなる。一気にすらすらとイメージの絵を書くと、手を止めた。 

 快くんと僕が殺陣する話かぁ……でも快くんは「どうしても戦いたくない」って言っていたなぁ。結局多数決で僕と快くんがライバルってなったけれど。

「僕と快くんがライバルかぁ」

 妄想は得意だけど、ふたりのライバル関係は全く想像できない。ライバル役だとしても最初からそんな感じだったのか、それとも最初は仲が良かったのか? 僕もまだお芝居始めて二年しか経っていないけれど快くんは初めてだから、元々の幼なじみの関係も役に取り入れた方がやりやすいかな? だとしたらふたりはどうしてライバルになったのか……。

意見のすれ違い? 
世間がそうさせた?

これは演技だと自分に言い聞かせたけれど、争っている自分たちを想像していると切なくなってきた。ふと、昔一緒に公園で走り回っていた記憶を思い出す。

――あの頃は本当にいつも一緒にいて、仲が良かったなぁ。

 今は距離を感じていて、踏み込んではいけないような線が僕たちの間に見える気がする。

 そんなこんなで、文化祭で発表するお芝居の台本を完成させた。



 部室でスケジュール表が配られた。全員で座りながら確認する。

台本が仕上がった日から本読みを始め、同時に殺陣含めシーンの動きも少しずつ頭の中に入れていく。夏休みは廃校となった小学校を借りて一週間の合宿と、遊園地が夕方から貸切できる日があるので、遊園地で馬(メリーゴーランド)に乗るシーンと、広々とした芝生で走ったり動き回るシーンなどを。九月に入ると全体の通しを繰り返し、舞台のライティングや音響、衣装ヘアメイクなどを本番と同じようにして最後まで止めずに通すゲネプロをする。そしてついに本番だ。

 部活が休みの日や空いている時間にも個人でセリフや動きの確認や体力作りをしたりもする。
 多分きっと、あっという間に時間は溶けていくように過ぎるだろう。

「スケジュールはこれで良いですか?」
「いいで~す」

 部長の山下くんが尋ねると快くん以外のみんなが返事をした。

 ちなみに当日流す映像はBL、少女漫画ドラマオタクの映像研究部である綾小路(あやのこうじ)くんが演出含め撮影を担当してくれることになった。そして舞台の演出も今回は中心となってやってくれることになった。

そして今、自分が作った台本をそれぞれの部員が目を通す。このタイミングが一番緊張する。僕が書いたストーリーを読んだみんなはどう思うのかなって。

「うん、楽しい話だな」
「お芝居楽しみ~」

 それぞれがプラスな感想を述べて僕はほっとした。一番気になった快くんはまだ台本をじっくりと読んでいた。しかも、なんか苦しそうというか、複雑そうな顔をしている。

「快、くん?」

 僕が呼ぶと快くんはこっちを向いた。

「……」

 無言で見つめあったままでいると、映像研究部の綾小路くんが「質問があります」と挙手した。

「どうぞ」
「あの、映像の演出で、わかる人だけわかるように、におわせたらだめですか?」

 山下くんが許可を出すと綾小路くんが不思議な質問をした。

「におわすとは?」

 僕は気になり、綾小路くんに尋ねた。

「におわすとは、なんて言えば良いのでしょうか。直接は言葉にしないけれど、視線やさりげない仕草で気があるように見せるというか……察してって感じでしょうか」
「気がある? 誰が誰に?」
「柴宮くんが、萌木くん?」
「いや、僕たちライバルだし」
「そう、ですよね……まぁ、まずは皆さんの魅力を大放出しますので安心していてください」

 僕が否定した時、綾小路くんの視線が泳ぎすぎていたから『におわす』について諦めきれずになんかやりそう。だけど綾小路くんはセンスの塊のような人で、良い映像になりそうだなとは思う。とりあえず任せてみよう。

「綾小路くん、とりあえず確認をしておくけれど、これはBLではないからね」
「も、もちろん分かってますよ~」

 快くんが気になり、チラッと見ると台本をまだ真剣に眺めていた。

 スタッフ集め、本読み、稽古……順調に進むと思っていたけれど、まさかこんなことになるなんて――。