守り神さまに連れてこられた場所は、小さな池のほとり。
けれど池は淡く光っていて、周りの花が自由に動き回ってお喋りをしていた。
「ここの池は月の光を吸収して輝いて綺麗だろ? 美肌になるらしいから目が腫れぬように目を洗うといい」
「あ、ありがとうございます」
手で掬い上げると金色に輝き出した。顔を洗うとなんだか頭がすっきりしてグルグルしていた思考が収まっていく。
「この池を見つけて水を飲むのが修行なんだ。清らかで妖力がないと、僕の友達の魑魅魍魎らに行けまでの道を隠され、清らかな心がないと池は見えない」
「そうなんですね……。じゃあ榊くんのおかげで見えるようになって良かった」
彼がコントロールできないほど妖力が溢れていると言っていた。その妖力のおかげで守り神さまが見えるようになったもんね。
「そうじゃないぞ。僕は原石から見えないようにしていた。早苗に言われたからな。お前を傷つけたら許さないと」
「……どういうこと?」
お姉ちゃんは私や守り神さまを嫌いになって都会に出ていったんじゃないの。
困惑していると、守り神さまもうーんと驚くほど呑気に唸った。
「早苗は綺麗だからな。高校で色んな人に注目されたときに、妖力があって妖が見えることを馬鹿にされたらしい。攻撃できるところがそこしかないほど完ぺきな女子だったからな」
「そうなの? お姉ちゃん……高校で嫌がらせ受けたの? なんで見えるだけで」
「特別過ぎたのかもしれん。悪いが僕は封印中で、泣いている早苗を抱きしめて守ってやれなかった。高校とやらは町から遠かったしな」
「……早苗おねえちゃん」
「都会に引っ越すときに柊に修行しろ、私は耐えられたが咲良には同じ目にあわせるな、あの子を守れって言ってたな」
「だからお兄ちゃん、こっそり修行してたんだ」
妖が見えるってだけでお姉ちゃんに心無い言葉を投げつける人がいたんだ。
それでも頑張ってお姉ちゃんは都会で読者モデルとか配信して頑張ってるんだ。
自分が傷ついたのに、私のことをかばってくれてたんだ。
「お前は原石だぞ。綺麗な心もある。修行すれば魑魅魍魎も池まで案内してくれる。だが、早苗が泣くから。あまりにもお前を思って泣くから、皆で咲良が修行をしたいと自分から言うまで手を差し伸べないことにしたらしい」
色々と思い出せば、守り神様のいっていることと家族の言動が一致してくる。
「そっか。早苗お姉ちゃんは私の事、嫌いじゃなかったんだ。私、ひどい言葉ぶつけちゃったな。……でもどうして私の前に守り神様は出てきたの?」
見えないままだったら一矢くんや大輝くん、陽葵ちゃんと同じでよかったのに。
「都会から早苗の紹介でやってきた榊とやら。あの子が早苗に重なった。見えるだけで苦労しているあの子を手招きして、祠を壊させた。そしてお前と出会わせた」
出会わせたというか、同じクラスではあったんだけどね。
「早苗はお前の純粋さに救われていたからな。榊にもお前はいい影響を与えると思ったんだ」
「そんなことは」
「まあ今からだった。だが早苗をまた傷つけてしまったな……」
ちりん。
尻尾の鈴を鳴らしながら守り神さまはくるくると回る。
尻尾も赤い着物も六尾もすべて風に舞い、七色に輝く火蝶が周りを飛ぶ。
「ふぁんとうろくやらは僕の妖力を回復する一つの手だったかもしれんが、ほかにもきっと手はある」
「守り神様……」
「誰かが傷つくならば、やめるのが良い。早苗は傷つけてはいけない優しい子だ」
「……ごめんなさい」
お姉ちゃんは私に同じ目にあってほしくなくて、配信を止めようとして守り神さまにとってはひどい言葉を並べてしまった。
守り神様の存在を否定してまで私を守った。
それが意地悪でも、守り神様を嫌いでもないと理解して守り神さまは受け止めてくれた。
「配信とやらはもうやめて、千尋とパソコンで顔を見て声を聞いて話せるようにしてくれぬか。そんなあぷりとやらがあると童子が言っておった」
「あるけど、お顔が映像ごしでは見えないんじゃ」
「もう少しだけ力が回復すれば人前に姿が見えると思うんじゃが難しいなあ」
そうか、見えないか。
守り神様は残念そうにつぶやくと、急に舞うのをやめた。
「……ここまでじゃ、原石」
「え?」
誰かが走ってくる音がする。
振り返るとお父さんとお爺ちゃん、そしてお兄ちゃんまで走って来ていた。
「今まで楽しかった。だがもう普通の人として生きていくんだよ」
「守り神様っ」
守り神様の方を向くと、もう何も見えなくなっていた。
「えっ」
満月を吸収して輝いていた池も、火蝶も動き回る花も消えている。
ただの森の中、ぼんやりと立っていた。
「だから大丈夫だって言ったろ。ほら白夜がいる」
「涼音の君がいたとかどうでもいい! いや、涼音の君、貴方は儂から説教ですぞ」
おじいちゃんが隣の空間に怒鳴りながら歩いていく。
きっとおじいちゃんの隣に守り神様が一緒に歩いているんだ。
私には、もう、見えなくなっちゃった。
「咲良、お前なあ。今、早苗から連絡きたぞ。中学生だけで配信してたらしいな!」
あっ……。
守り神さまが妖を紹介していたあの配信を、早苗お姉ちゃんはうちの親に報告したんだ。
お兄ちゃんが目配せしてくるけど、どうたら配信のアーカイブは消したか非公開にしたお父さん達から隠してくれたらしい。
「違うよ。たまたま配信がついてたんだよ。夏祭りの準備で千尋ばあちゃんと電話してたら配信ボタンおしたんだろ」
「そうなのか? そんな電話と間違えるような簡単な操作で配信してしまうのか」
お兄ちゃんが話を合わせろと言わんばかりに私を睨んでくる。
なので私は小さく頷いた。
「ごめんなさい。お姉ちゃんの配信をよく見てたから、変なボタン操作しちゃったのかも」
「……お前がそう言うなら、まあ、学校にバレて大変なことになる前に気づいてよかった」
お父さんは機械に弱いので、お兄ちゃんの話を素直に信じてくれたらしい。
もう少しで守り神様のファン登録数が増えそうだったけれど、それはたった数十分の淡い夢だった。
その日から私はまた守り神様が見えなくなったし、パソコンは寝る前に親に没収されることになった。
後に残ったのは、夏祭りの準備。
踊りを榊くんに教えるのと中学生が盆踊りを踊る中、私が放送をするので他の四人で夏祭りのポスターを作って掲示板に貼ったりお店に配るのみ。
蝉の声が小さくなっていくのと同じで、私たちの楽しかった夏の一大イベントももうろうそくの火のように淡くなっていった。



