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カレーと素麺と天ぷらを食べたあと、お母さんとお父さんは夏祭りの準備で出た段ボールの片づけ、一矢くんと大輝くんは祠周辺の配信部屋の最終整理。
お兄ちゃんと榊くんはベッドの確認。
私は今日一日特になにも手伝わなかったのとこっそり生配信したことの後ろめたさからお皿を洗っていた。
お皿を洗う私の横で、お父さんのお土産の栗饅頭を食べている守り神様は、寂しそうに月を見上げていた。
あんなにご飯中は賑やかで、守り神様もにこにこしていたのに、やっぱり心のどこかで千尋おばあちゃんのことを心配しているのかな。
「なあ、原石」
「咲良です」
「名は呼んだら情が湧くだろう」
洗ったお皿を拭きながら、首を傾げる。
「すでに守り神様は私たちに情が溢れてますよ」
むしろ情が守り神様の原動力にしか思えない。
「ふふ」
満足げに笑ったあと、尻尾の鈴を鳴らしながら私がお皿を拭くのを眺めている。
「だが情があっても皿を拭くことも手伝えない」
「少なくても今日の千尋おばあちゃんは守り神様が起きただけで喜んでいましたよ」
「それなんだが、僕はもっと配信をしてみたい。ファンが増えると力も回復するじゃろ?」
「え、えーっと」
うちの神社の公式サイトで配信すれば、お父さんたちにいつか気づかれてしまう。
流石に子供だけで配信はお父さん達も怒るだろうし、全国にこんな田舎の神社を配信するリスクやらデメリットがまだよくわからなくて、怖いってのが本音だ。
「お、お父さんたちに相談してみる?」
「嫌じゃ。さきほど配信部屋を見ても、理解しておらんかった。僕が説明するのも全部を把握できていないから難しい」
「でも神様がいる神社なんて、悪い配信者が荒らしに来たり、観光客が増えても町を荒らす人が来たりするかも。せめて神社の名前を消して、ここがどこだか把握されないようにして……」
でも偶に配信者さんの後ろの背景から住所を特定する人とかもいたし。
「守り神さまを安全な地からファン登録者を増やすという甘い考えは難しいかもしれない」
そもそも今日の生配信だって視聴回数は十七回だけだけど、ファン登録は何人か増えているし、どこからこの配信を見つけてきたのかわからない。
「ふむ。では僕がこの配信のからくりを理解し知識を身に着けるまで、心の清い子供にしか見えないようにするのはどうだ?」
「そんなことできるんですか」
「ここの設定に、子どもが見れないセーフティモードとやらがあってな、それの逆モードの大人は見るなを僕の妖力で設定する。難しいならば、この浄瑠璃神社公式ってページを限定公開とやらにする。ちょっとまてな。童子らに聞こう」
限定公開って早苗お姉ちゃんもしてた。ファンクラブに入っている人にURLを送ってくれるのでそれを見るらしい。ファンクラブは会員費がかかるから親から駄目って言われて入ったことない。
「でも……」
「なんだ。いい方法があるのか?」
耳も尻尾も嬉しそうに動いているけれど、申し訳なくなった。
でも守り神様と私の考えは違うので、首を振るしかなかった。
「私は、最終的には町の皆に守り神様のファン登録して、今までずっと守ってくれていたのはこんな素敵な方なんだよって見てほしい。私がなぜか姿を見れるようになったように、皆にもせっかく見れる方法が出来たし、それで心から感謝を伝えてほしいなって」
「清い!」
ほぼ言い終わるのと守り神さまが大声を出すのが同時だった。
「おぬし、子供とはいえ心が清らか過ぎる。心配してしまうあいつの気持ちもわかる。清らかすぎて愚かで心配じゃ」
「愚か、ですか?」
お前はおバカだって言っているようなもの?
皆の感謝が守り神様に伝えればいいのにって思っただけなのに。
心配してしまうあいつって誰の事だろう。お父さんもおじいちゃんもお兄ちゃんも心配しそう。
「僕はこの町が大好きだが、僕の存在自体も否定して嫌いな人間もいるんじゃよ」
「守ってもらっているのに?」
「見えないものを信じないのは仕方ない。それでも僕は千尋やお前たちが僕を大切にしてくれている間は守る気持ちは揺るがないよ」
守り神さまを大切にしている人。
私たち弧守家はもう刷り込みのように、神様を大切にするのは当たり前って思っているけど、見えない人たちには分からないよね。それこそ電波塔みたいに目に見えて分かるほど感謝することがないと。
「ふふふ。話は聞かせてもらったぜ」
「俺と柊さんだけな」
「部分的にも俺たちは話分かったってば」
「咲良、偶々だから許せ」
台所を覗くように廊下の柱から四人が顔を出している。
一矢くんと大輝くん、そしてお兄ちゃんと榊くん。
守り神さまは栗饅頭を口に放り込みながら、ジトッとした目で睨みつけている。
「無礼者めが」
「無礼者って怒ってます」
柊くんが二人に通訳しつつ、お兄ちゃんが近づいてくる。
「白夜の負担が半端ねえなって思う! 頑張りすぎッて思う! でもこれで少しは解決するんだろ?」
「む?」
「ファン登録を増やしたり、配信にコメントが貰えるだけで微々たるものだけど、守り神さまの力になるんだったら、俺たちで協力します」
榊くんの発言のあとに二人も両手を上げてやや興奮気味だ。そのままうちの神社のアカウントにファン登録までし出した。
お兄ちゃんの方を入ると、なんだか少しだけ嬉しそう。
この中で一番、動画や配信についてブレーキになってくれると思っていたのに、限定公開の方法まで説明し出している。
「お、お兄ちゃん、子どもだけで配信したり動画公開とか駄目だよ」
この動画サイトは高校生でも親の承諾が必要だったはず。
「俺らは配信しないよ。齢数百歳の白夜なんだからセーフ」
セーフ?
そんなはずないじゃない!
パソコンを今日初めて興味持った守り神様を大人判定して利用しているみたいで嫌だ。
「あのさ、俺たちが生まれてからもずっと白夜は祠で封印されてたろ? 俺だって修行して眠っている白夜としか交流できなかった。その白夜がさ、ずっと力を使っては消えないように眠ることしかできなかった白夜が、起きられて楽しいって配信に興味をもってくれてるんだよ」
「それは勿論、私もわかってるよ。でも、それならやっぱ大人に相談しようよ。お父さん達だって話せばきっと」
「バレてから説明でも遅くない。そのときは僕から説明してやろう」
なぜか守り神様はお兄ちゃんの意見に賛成すると、にたりと笑う。
「僕に感謝しているならば、そうそう怒らないじゃろ」
ふふんと傲慢に微笑んでいる。でも絵になる美しさだ。
「守り神様なんて言ってんの?」
「大人に言わず、俺らで配信や動画サイトを楽しんでみたいらしい」
「いいじゃん、やろうやろう!」
「俺、バッテリーとか防音機材とか家から借りてこれるよ」
「守り神様―、配信部屋の機能教えるからおいでー」
二人が張り切っているので、榊くんの方をちらりと見る。
「榊くんはどうなの?」
「俺は、楽しそうにしているならば協力するよ。守り神さまも見守っている側じゃなくて子どもと一緒にいたずらしたい側なんでしょ」
うそ。
私以外は、守り神様の気持ちを一番に優先しようって。
つまり守り神さまに配信をさせようとしているんだ。
「どうせならば、ぼくはこの弧守神社の紹介やら、僕のるーてぃんやらを紹介したいな。そうすれば僕の美貌でふぁんとうろくがさらに増えて、力が戻るだろ?」
ルーティン? 神社の紹介?
守り神様ってもしかして私のパソコンの中に一日居た時、動画を見漁っていたの?
人気や昔人気だった動画カテゴリを知っている気がする。
「いいね。紹介動画ならこの神社のアカウントで投稿してもおかしくないしね」
「そうと決まったらマイクの準備だな」
「絢人が映さなきゃ配信には乗らないんだろうし、撮影係な。そのうちSNSのアカウント作って宣伝もしないと」
「俺の高校でも広めるとして、あとはどうしようか」
四人がわいわいと相談する中、青ざめていたのはきっと私だけだろう。
インターネットのプライバシー保護について皆、授業で習ったはずなのに!
「……どうしよう。守り神さまってとっても綺麗だしどうせずぐに人気になるよ。この神社に色んな人が押し寄せたら怖いよ」
「何を心配しているかと思えば。かのようなことは、起こってからでいいのに」
私の周りを心配してくれるかのようにくるくると回る守り神様。
この世間知らずで好奇心旺盛で、世界一やさしくて皆を虜にしちゃうような神様、私が抑えられるはずない。
今も私を心配してくれるほどやさしい人なのに。
「お前が人見知りなのは覚えておる。もし全国から人が押し寄せても町に入れないように催眠をかけるか。入ったはずがなぜか入り口に戻されるような」
「……心霊スポットになってしまう」
でも、私がこんなに頭を痛めているのに守り神様はどこか楽しそう。
一矢くんや大輝くんが言う言葉に首を傾げつつも好奇心から身を乗り出し、動画について榊くんとスケジュールを決め、お兄ちゃんとお父さんたち対策について話し合う。
どれをとっても楽しそうで活き活きしている守り神様。
「咲良、お前もこの神社の娘ならば守り神様をサポートしろ」
皆、楽しい事へわくわくしているだけ。
し、しっかりしないといけない。真面目に守り神さまの身辺を心配しているのは私だけなんだから。
守り神様の楽しいを奪わないように、けれど力が完全に回復していない守り神さまを危ない目に合わせないように。
そう決意して大きく息を飲んだのだった。



