バタバタと足音が右から左、左から右へと流れていく。
生ぬるい扇風機と全く効かない機械音しかしない冷房。
この町にある公民館は一階は綺麗なのに物置化した二階は暑いし古いし最悪だ。
「あら、あんたも来たの」
お母さんがトラックから段ボールを運んでいたので、私も一つエレベーターへ運ぶ。
「うん。陽葵ちゃんが大変だから」
「あらまあ、無理に手伝わなくていいのに。できる人だけ参加すればいいのよ」
その出来る人だけ参加って条件が厄介だ。
この町の人たちは、病院みたいな多忙じゃない職業の人たちばかりで、参加しようと思えばほぼできてしまう。
でも今は、母のその言葉が聞きたかった。
「でも保育園の妹たちも迎えに行かなきゃだし」
「いいわよいいわよ。そこで遊ばせて何かやりたいことあるんでしょ」
「実は夏祭りと並行して合同体育祭の打ち合わせが」
それは嘘だったけど、守り神さまのベッドを作りたいといえばまた一から説明しなきゃいけないので大変だった。
「あら、じゃあお母さんが見ててあげるから、学校の事優先しな」
母が一階で走り回っている子どもたちの面倒を見つつ作業してくれると言質を取る。
そのままお手伝いした人に配られるジュースとお菓子をもらって、陽葵ちゃんと私は神社へ。母にはあとで説明しよう。
神社へ到着すると、鳥居の下にトラックが止まっていた。
山下電気店と書かれている軽トラの荷台には、木屑や段ボールが散らばっている。
駐車場を確認するけど、お父さんたちはまだ帰宅していなかった。
「おー、おかえりー」
百八段ある階段の途中で汗だくになっていた大輝のお父さんとすれ違った。
「ベッドですよね。ありがとうございます!」
手に持っていたジュースを渡すと、大輝くんと全く同じのんびりした笑顔で受け取ってくれた。
でもこの急な階段を上って素材を届けてくれたんだ。
一階の離れに置いてくれればちまちま運んだのにこの町の人たちは優しすぎる。
「ねえ、咲良って今は守り神さまが見えるんでしょ」
「そう。急に昨日から見えだしたの」
「千尋のおばあちゃんから聞いたんだけど、守り神様って歌舞伎役者みたいな色気のある流し目のイケメンって本当?」
歌舞伎役者?
流し目のイケメン?
「あの本堂にある六尾の妖狐の石像が祭られてるでしょ、でも人の姿はもっとすっごいって」
「えーっと、参拝してくれる信者が少なくなってきたから今は私たちと同じぐらいの年齢の見た目だよ。イケメンというよりも息をのむような綺麗さで」
「綺麗系かあ」
イケメンというとちょっと影がある榊君の方が色気ある気がする。
でも榊くんも今日一日を見ると影があるっていうより妖が見えるせいで私たちと同じ生活が過ごせなかっただけで、本当は私たちと何一つ変わらないと思うんだ。
「みたいなあ。見えるかな」
「ちょっと待ってて。パソコンとってくるから先に祠の前で合流してて」
パソコンの中なら陽葵ちゃんも見えるかもしれない。
それと祠の前は涼しいとはいえ今日は三十度こえているし麦茶ぐらい持って行きたい。
麦茶の準備をしつつ着替えてとバタバタしていると、パソコン画面が光っているのに気付いた。
「……これ」
守り神さまが動画を見たり検索サイトでいろんな履歴を残して色んなページを開きっぱなしでいなくなっていた。
たとえるなら部屋を散らかしてリビングも散らかして、お兄ちゃんの部屋も散らかして庭に飛び出した感じ。
ここまで散らかす必要はないとは思うけど、インターネットを守り神様が楽しみつくした感じが新鮮で面白い。
どんどん開いたページを消していくと、最後にのこったページは陽葵の病院のホームページ。つまりは一番最初に調べただろうサイトだった。
**
「きたきた。おーい、咲良」
「陽葵ちゃん! お茶とお菓子……」
「おお、その菓子は僕も好きじゃ」
陽葵ちゃんには見えないようだけど、隣で人の姿の守り神さまが座ってる。
ふわふわと飛ぶように、ベッドを作っている男の子たちを覗いたり、設計図を眺めたり皆の輪に混ざってる。
「さ、榊くん」
「おかえりー。勝手に組み立て始めてるよ」
榊くんが立ち上がって私の方へ来ると、守り神さまも付いてきた。
「このお菓子、守り神様も好きらしい。皆もどうぞ」
偶々買い置きが沢山あったこのお菓子は、サクサクのパイの中に餡が入っているお菓子。この町の唯一のスーパーで大量に売られているから食べたことがない人はいないと思う。
「ありがとー」
段ボールが一つ置いてあったので、そこに木材を乗せて簡易テーブルを作ると、皆がお茶を手に取る。祠の神棚にお菓子を乗せると守り神さまも美味しそうに手に取った。
それを見て、陽葵ちゃんと大輝くんと一矢くんが目を丸くしている。
「お菓子が浮いてるー」
「え、まじで絢人が言うようにここに守り神いるのかよ!」
「そうなの? イケメンの守り神いるの?」
三人が興奮する中、榊くんは苦笑している。
「いるんだけど、皆には見えないらしくて」
「私も昨日まで見えなかったもんね。あの、守り神様、私のパソコンのアイコンたちどこに隠しました?」
画面に置いてあったアイコンがすべて無くなっているので、動画サイトや検索サイトが開きにくくなってしまった。でも再度画面にアイコンを置こうとしたら既にあるからと重複できず困っている。
「なんじゃ。それならその奥の画面に」
よいしょとパソコンの中に守り神様が入って画面の裏に隠していたアイコンをポイポイと画面に投げつけてくる。
「え、うそ」
「咲良! このパソコンに映ってる六尾の美少年が守り神様?」
「へえ。画面越しだと見えた!」
右や左にアイコンを滑らせてけらけらいたずらっ子のように笑っていた守り神さまは、三人の顔を見ると一転して優しくふわりと笑った。
「なんじゃ。なぜこの箱に入ったらお前たちに見えるんだ」
「逆だよ! なんでパソコンの中に守り神が入ってるのっ」
二人にパソコンを奪われ、私と陽葵ちゃんは後ろからひょこひょこ覗き込む。
守り神さまは自分が見えているのが嬉しいようで得意げにアイコンを液晶に投げつけて、バウンドして粉々になっていくアイコンを笑っている。やめてくれ。
「あの電波塔から守り神さまの妖気も微力ながら流してるの」
「え、じゃあ弧守家の契約している回線は無敵なの?」
回線っていうか、この町まで回線繋げてくれる会社は実質一社だけだったのでほぼ全体なんだよね。
「あの俺、大輝って言います。電気屋の息子です!」
「俺、オレオレ! 家が林業だから山に入る前によく神社でお祓いしたり清めたりしてる! いつもありがとー!」
「うむ。素直な童子じゃ。この姿じゃが天候ぐらいは操ってやるから、困ったら参拝するように」
横柄な態度なのに言葉の端々から漂う気品というか、圧に圧倒されてしまう。
でもこの町を大飢饉や気象災害から救ってきた歴史がある。
今ならば、絶対に夏祭りの日は晴れるってぐらいかな。
「守り神さまはどんなベッドが欲しかったんだ?」
「こんな安っぽい木で申し訳ねえ!」
「あ、ベッドは手作りだけど、枕はすっごい良いの持ってきたよ。引っ越し祝いの中にあった」
「守り神さまは何色のお布団がいい……」
四人がわいわいと盛り上がっていたけど、急にパソコンの画面を見て時を止めた。
私も皆の背中から隙間を探して覗き込むと、目を細めて本当に幸せそうに喜ぶ守り神様の御姿があった。
「うむうむ。僕が守った村の子孫が幸せそうに生きているのは、良いな」
「そりゃあ守り神様のおかげだからじゃん」
「いつもありがとー」
「愛い」
ふふんと笑う守り神さまの、愛いとう言葉に陽葵ちゃん以外が首を傾げた。
「ウイってどういう意味?」
「愛くるしいとか可愛いとか、まあ英語で言うとアイラブユーよ」
それは極端すぎる説明だと思ったけど、先に反応したのは守り神さまの方だった。
「なんじゃ。言葉は進化していくからの。お前ら、あいらぶゆーの方が伝わるのか」
尻尾をぶんぶん振りながら、守り神さまは大きく息を吸い込んだ後笑った。
「お前たち、アイラブユーじゃ」
その言葉に私たちは天にも昇る幸せな気持ちと、少しだけチクチクする胸の痛みが襲ってきた。
だって守り神さまとっても楽しそうなんだもん。
こんなにお喋りで、そして私たちに興味をもっていてくれると思わなかったんだもん。
力がなくなって姿が幼くなるにつれ、眠っている時間が増えたって言ってたけど、本当は私たちともっとたくさんお喋りいたかったのかもしれない。
一緒に遊びたかったのに、見えない私たちは、守ってもらっているのにとっても不誠実な気がした。
今もベッドの設計図や切った木を興味津々で見ているのに。
外の気温は二十八度。
この山は木々が生い茂っていて日陰が多いから三十度を超えないけど、やはり暑い。そして蝉の声もずっと鳴り響いている。
季節は移ろうのに、なのに。
なのにパソコンの中にいる守り神様はだけはにこにこ笑って時間の中に止めっている気がして、説明するのはへたくそだけどなんだか嫌だった。なんだか辛かった。やめてほしかった。
「あの! 守り神様!」
普段大きな声なんて出さないから、榊くん以外は私を注目した。
でも私はもうそんなこと構ってられなくて、大声がこんなに声が震えちゃうなんて知らなかったけど、叫ぶように尋ねていた。
「千尋おばあちゃんに会いたくて、パソコンで病院を調べてましたよね?」
私の質問に、今度は皆が息を飲んでパソコンの中の守り神様を見た。
守り神様は、少年のようなお姿でにこにこと頷いていた。
「そうじゃ。彼女は僕の最後の信者だからな。あの子が僕を慕ってくれているからこの姿は輪郭を保っておられる。電波塔を作ったときに皆が僕にお礼を言いに来たが、僕の姿を知らない町の人らと彼女一人の祈りは全然違う」
難しいかなと首を傾げられた。
榊くんだけは首を振って分かります、と身を乗り出す。
「想像上や都合のいい時の神頼みの神様にお礼というのと、実際に力を使ってくれた貴方にお礼を言うのは全然違うし、届く気持ちがそもそも違う」
「その通りじゃ。皆、お礼を言う先に僕を見ていなかった」
それは仕方がないというけれど、うまく笑えていなかった。
「千尋は泣き虫で、転んではよく泣いていた。三個連なった団子が大好きで、僕に持ってきたくせに三本中二本は自分で食べてしまうような愛い女子じゃ」
もう八十を過ぎた千尋おばあちゃんのことを、守り神さまは愛し気に語っていた。
「転んで足を骨折したんじゃろ。また泣いてないか心配じゃ。痛くて泣いているときに、足をさすってくれる伴侶は隣にいるじゃろうか。それを確認してから寝たいだけじゃよ」
しいんとその場が静まり返った。
守り神様の一言一言は千尋おばあちゃんを心から心配してくれている言葉なのに、なぜかぎゅうっと心が痛む。
「そうだ! テレビ電話! テレビ電話なら千尋おばあちゃん見えるんじゃない?」
大輝くんが携帯を取り出すけど、自分の画面をパソコンにかざしても守り神さまが映らなくて、携帯とパソコンを交互に見る。
一矢くんは携帯を持っていなかったし、陽葵ちゃんの携帯からも駄目だった。
私は弧守家の血が流れているし映るか期待したけど駄目だった。
でも榊くんの携帯では写真は写った。
「やっぱ絢人は妖が見えたり、体調が悪くなっちゃったりするから見えるのか」
「そうなの? 絢人は俺らと何か違うの? 守り神様~」
いつの間にか下の名前で呼ぶほど仲良くなっていることに驚くけど、守り神さまは首を振った。
「んや。見えるだけ。魂が綺麗だから穢れが集まってくるだけで、特別じゃない」
特別ではないといわれ、安堵したような傷ついたような複雑な顔で動揺する榊くんに、守り神様はため息を吐く。
「力がないので追い払えないのに穢れが寄ってくることほど恐怖もありまい」
「そ……そうなんです」
「せめて僕の町では妖らにお前を驚かすなと伝えておく。下位になるほど下品だからお前がおびえる姿を楽しむかもしれんが、そこの弧守家の原石がおるじゃろ」
「げんせき」
原石って言い方はどう反応していいか分からないけど、お兄ちゃんみたいに修行すれば見えたり追い払ったりできるのかな。
「こいつは見えないが近づけない。隣にいると楽だと思うぞ」
近づけない?
「なんで私には近づけないの?」
不思議でそう聞くと、守り神さまはなぜか首を傾げた。
「わからん。お前の魂は未熟じゃが綺麗じゃ。千尋の次ぐらい」
それほど千尋おばあちゃんをお気に入りなんだと話が戻ってしまう。
でも現状、千尋おばあちゃんと守り神様があえる方法がないのが悔しい。
神様の力を全身に受け継いだ穢れなき存在だからこの神社の祠から動けないのはもう理解できたし、こんなに姿が幼くなって弱まっている守り神様を動かすのは危険なのはわかる。
でも一秒でも早く、眠ってしまう前に千尋おばあちゃんと会ってほしいよ。
次はいつ目覚めるかもわからないし。おばあちゃんも守り神様も流れる時間が違うんだもん。
「そうだ! あれだよ。あれ」
一矢くんは立ち上がるとカバンの中をごそごそかき混ぜ出した。
「なるほど。あれだな。あー柊先輩が帰ってこないかな。高校は部活かな」
「お兄ちゃん?」
二人が守り神様の許可をもらって祠の周りをきょろきょろと見渡しだした。
祠を守るように建てられたこの小さな家の中を見て、コンセントの差込口や屋根を確認している。
「あとは夏祭り!」
二人が夏祭りの準備物を置いてある倉庫へ走っていく。
以心伝心なのは別にいいけど、私たちにも何をするのか教えてくれてもいいのに。
「ふむ。僕も見に行こうっと」
守り神様が二人の走っていった方へ行くのと、自転車の急ブレーキが聞こえてくるのがほぼ同時だった。
「あちぃ」
お兄ちゃんがふらふらになりながら階段を上がってくる。
ナイスタイミングとはこのことだ。
「お兄ちゃん、一矢くんたちが探してたよ。倉庫の方」
「ええ。ちょっと休憩。俺だって心配して帰ってきたんだぞ。でも休ませろお」
駅から自転車で帰ってきたんだろうけど、この三十度を超える炎天下の中三十分かけて帰ってきたんだから仕方ないか。
「なんか下にお祭りの準備の機材とか置いてあったよ」
「そうなの。くじびきとかお土産とか町内会がするお店の準備は今日終わりましたよ」
陽葵ちゃんが私が持ってきた麦茶の入れ物をお兄ちゃんに渡すと、お兄ちゃんは直のみし出した。まだ半分残っていたのに全部飲み干す。
直のみは汚いと注意したかったけど、全部飲み干したらな誰も使わないからいいのかな。
「放送のマイクとか重いものどこに閉まったかな。それらも倉庫なら出しといてやるか」
最近腰を痛めたばかりのお父さんのことを思い出したのか、麦茶の入れ物をお盆に載せるとそのまま倉庫へ向かう。
飲んだものを自分で下げるということはしないらしい。
「咲良のお兄ちゃん、また少し焼けた?」
「どうだろ。でも靴下脱ぐと色が違うよ」
「大変だね。でも高校の制服格好いい」
陽葵ちゃんがお兄ちゃんの後姿を眺めながらそう言うから驚いた。
私的には、神社の跡取りのはずが野球にはまってからムキムキまっちょの小麦色の肌になっていくお兄ちゃんが心配だよ。
神社の跡取りと言えば守り神さまぐらいの儚げで美少年な神主さまがいいよ。
まあお父さんもお爺ちゃんも全然かけ離れているけど。
「弧守さん、取り合えず俺がベッドの続き作っておくよ。二人は涼しいとこで休憩しといで」
皆が飲んだコップをお盆に集めてくれて、そのまま軍手を装着して木材を掴んだ。
あの二人め! 榊くんにだけ作らせて。
「何か手伝おうか?」
「私はコップ洗ってくるよ。勝手に入るからね」
陽葵ちゃんが家に向かってしまったので、私と榊くんは二人っきりになってしまった。
あのどんよりして人を近づけなかった時の榊くんとは違って明らかに歩み寄ってくれている榊くんは話しやすい。
なんといえばいいか分からないけど、近寄りがたいときはイケメンの観察ができて眼福と思ってたんだけど、こうやって距離が近くなるとイケメンだと距離を置く必要がなくてちょっとだけ気が楽になった。
「弧守さん」
「あ、はい! なんですか。手伝いますか」
まさか手伝おうとせず顔を眺めていたなんて言えない。
「いや俺も咲良って下の名前で呼んでいい?」
「あ、え、あ、はい! もちろんです」
「ありがとう。おじさんやお爺さん、お兄さんもいるから名字で呼ぶと皆振り返るだろうし」
私も下の名前で呼びたいと思ってたから頷く。
私も呼びたいって言わなきゃ。
「咲良さん」
「呼び捨てでいいよ! あの私も」
「じゃあ咲良」
嬉しそうに呼ばれて、心臓が跳ね上がった。びっくりしちゃった。
「わた、わたし」
「俺が守り神さまを皆に見せられるとしたら、写真とか動画を撮影して、届けるのは咲良にお願いすれば一応は守り神さまもそのおばあさんの安否がわかって安心すると思うんだよね」
私も下の名前で呼びたいって話し出す前に、守り神様の話に戻ってしまった。
言い出すタイミングを完全に逃してしまった。
「一緒に行こうよ。まだ町の中あんまりうろうろしてないでしょ」
「病院は苦手なんだよね。風邪で病院行ったのになぜかもっと体調悪くなっちゃう」
はははって力なく笑うのに胸が痛む。
榊くんも誰も見えないものとずっと戦っていたんだ。
「でももう知っちゃったよ、だから私、榊くんにも守り神さまにも幸せにすご
してほしいよ」
「知っちゃったか。ごめん」
「ごめんじゃないよ! 知らなかったら榊くんが何に傷ついたり怯えたり、逃げていたのか理解できなかった。守り神さまだって私はきっと一生見えなかったし、見えなかったら、あんなにやさしい人の事、知ることもできなかった。昨日は私の運命を大きく変えてくれたよ」
大げさかもしれないけど、でも本音だ。
「ちょっとネジはめるからうるさくなるよ」
電動ねじ回しでベッドの足を結合させていたので、反対側を持って揺れないように押さえる。
「ここでは変なもの見ても、皆信じてくれるんだ。正直、気持ち悪がられるかと思ってた」
「あはは。幽霊見たって言ってもきっと皆、どんな姿?って聞いてくるし驚く人もいなさそうだよね」
「本当にそう。俺の体質ってもっと受け入れてもらえない異質なものだとか、信じてもらえないファンタジーって思われる覚悟だったから正直居心地がいいよ」
「そうだね。榊くんって初めて見た世界に全警戒してる子猫みたいだった」
原因が分かってよかったって思ったけど、気持ち悪いとか異質だとか思わなかった。
「私は修行して見えるようにならなきゃいけない弧守家だけど、見える人は見える人なりの苦労があるね」
皆、それぞれ大変だよねっというと、榊くんは優しく笑う。
目を細めてくしゃっと笑うのはちょっとだけ可愛いって思ってしまう。
「咲良、おばさんが皆にスイカどうぞって」
「え、私、スイカはちょっと」
榊くんの前で種をちまちま出すの恥ずかしい。
でもガラスのお皿に並べられた三角のスイカは美味しそう。
お母さん、いつの間にか帰ってきてたのか。
本堂に飾るちょうちんの準備かもしれない。
「あはは。咲良は恥ずかしがり屋だからね。種なんてそこらへんに出せばいいのよ」
「そうだよ。スイカ畑ができても咲良さんのせいじゃないよ」
畑ができないことも、そんなことで恥ずかしがってるわけでもないのに。
二人が笑うから、勇気を出してスイカを掴んだ。
「そういえば本堂で飾るちょうちんの準備と屋台の設置場所に紐を貼ってたよ」
「本当に準備は早いなあ」
お祭りは一週間後なのに。
でもそのあともお盆にもあるからそれまで神社は賑やかだ。
「榊くん、聞いてよ。咲良の極度の人見知りの理由」
「ん?」
足を付け終えた榊くんが腕で汗をぬぐいながらこちらにやってきた。軍手をとるとスイカに手を伸ばしてくれる。
「神社のお祭りとか行事で人が沢山くるでしょ? ずっと祭囃子やら人の声がする家で寝るのが怖かったんだって」
「怖いよ! 陽葵ちゃんは分からないと思うけど親せきのおじさんとかこの祭りに混ざって妖怪や幽霊も集まってくるんだぞって脅してくるし。それに二十一時以降は神社に入るの禁止って看板置いても侵入してくるし」
私が生まれたときには携帯電話を皆持ってるのが当たり前だったけど、この町は電波が悪いからたびたび神社の御台に侵入してそこで携帯でメッセージやりとりする人が出たし。
「……人間か人間じゃないか分からないから怖くなったの?」
「ううん。怖がる私を笑う大人や年上の人たちが怖くて、気づいたら人見知りになってた」
神社の娘なのにって笑う。
見えないのに怖いのかって笑う。
馬鹿にされたような笑いに、なんだか自分は才能がないのがみじめになって怖くなった。誰にも見られなければ笑われないで済むって親せきが来ると端に隠れた。
私が笑われるとお兄ちゃんが怒ってくれるけど、お兄ちゃんまで馬鹿にされたらいやだったし。
「ひどい話だ」
「田舎って話題がないのよ。人のことを噂したり話題に出して話を広げるつまらない年寄りは多いの。インターネットの普及でゲームとか動画とか流行ったおかげで子どもたちは視野が広がったんだけどね」
鋭い考察をして斜めから大人をばっさり切ってくれる陽葵ちゃんは格好いい。
「でもね、私はお兄ちゃんや陽葵ちゃんが助けてくれたし。その……親戚から隠れてたら早苗おねえちゃんがいっつも探しに来て遊んでくれたの」
ふわっとかかったパーマがお洒落で、ブランド品の格好いい眼鏡をしていて、いっつもお洒落なワンピースを着ていた。おとぎ話から出てきたお姫様みたいに可愛いお姉ちゃんだった。
隣町の高校で買ってきてくれた匂い付きの消しゴムや、光るペン、ラメの入った蝶々柄のミニ鏡。私に色んなお土産を持って来てくれた。
高校の放送部の放送コンテストで地方テレビに出たら、数百年の一度の美少女だってインターネットで有名になってスカウトされて……東京に行ってしまったけど。
「お仕事や学校になれたら、お手紙かメッセージに返事をもらえたら嬉しいんだけどな」
小学校の卒業式でも連絡は来なかった。プレゼントにお洒落なローファーが送られてきたけど中学校では禁止だったのでまだ飾っている。
「早苗さんか。俺、連絡先知ってるよ」
「ううん。私も知ってるから大丈夫。返事が来ないだけ」
どこかでお姉ちゃんが楽しそうにしてくれてるならばそれでいい。
きっとこんな田舎と違って毎日がキラキラした新しい発見ばかりで、きっと忙しいんだ。
「できたー!」
「おい、こらクソガキ二人まて!」
「逃げろー」
ドタドタ、ごろごろと賑やかな音がする。
そのすきにスイカの種を地面に吐き出すと、陽葵ちゃんに見つかってクスクス笑われた。
倉庫から見つけてきたであろうネコ車には楽しそうな守り神さまも乗っている。
「この罰当たり!」
「良い。この僕が許す」
怒っているお兄ちゃんと鼻歌を歌っている守り神様。
一矢くんと大輝くんはコンセントからねじ回しをひっこ抜くと、拡張コンセントを持ってきた。木材を運んできたときの段ボールや発泡スチロールを祠を祭っている家の中に入りつけていく。
お札が貼ってある場所を避けてはいるものの、どんどん機材を運び、お祭りで御台を照らす照明まで持ち込んできた。
「ベッドを置くともっと狭くなるよ」
榊くんが足がついたベッドを急いで場所の確保のために置いていく。
祠の前はベッドと機材だらけになった。お札の上も守り神様の許可が下りたので機材を置いていく。
「何してるの?」
陽葵ちゃんも驚いて中をのぞく。一矢くんが発泡スチロールをガムテープで補強しながらこちらを振り向いた。
「防音にしてるの。音がマイクに入らないと嫌でしょ」
「マイク?」
「この盆踊りの時のマイクで大丈夫かな」
「機材につながるなら大丈夫だ。柊先輩、ライトの調整お願い」
「……お前らなあ」
参院が何をしているのかわからず困惑していると、守り神さまがスキップするような軽快さで私の元へやってくる。
「こやつらは僕の祠の家を配信部屋にするらしいぞ」
「配信部屋?」
「そこの童子二人がげーむ対戦する時にマイクを使って通話しながらげーむするらしくてな。それの大規模版らしい」
「らしいって守り神様、騙されてますよ」
榊くんも同意してくれて頷くけど、守り神様はとっても嬉しそうだ。
「騙されてても構わん。この三人が僕のために頑張っていることだけは伝わってくるのでな」
三人が何を思って祠を奉っているこの建物を配信部屋にしようとしているのかわからないけど、この段ボールや発泡スチロールだらけの中を見たら、お父さんが本殿に奉納している日本刀を振りかざしながら激怒しそう。
「仕方ねえな。親父には俺が説明するからここにいるし、陽葵と咲良と榊くんだっけ。パソコン持って病院向かってくれるか」
「えっ」
「千尋ばあちゃんの面会を頼みたいんだが」
「じゃあ私がお父さんに頼みます。ついでに妹たちを公民館に迎えに行ってから帰宅するから先に二人行ってきて」
「ええっ今からなの」
陽葵ちゃんがいないで二人きりで?
何をしにパソコンを持って千尋のおばあちゃんの元に?
「行こう咲良さん」
「え、あの」
「頼むぞ、原石」
うー。
全く説明もないのに、いきなりそんなこと言われてもせめて何をするのか言ってくれたらいいのに。
でも守り神様がとても楽しそうなので、断るなんてしたくなかった。
「下に自転車あるから貸すよ」
お兄ちゃんの自転車を榊くんが乗って、濃いオレンジ色になった空を切り裂くように走っていく。
ノートパソコンの入ったカバンが、かごの中でガタガタぶつかるので壊れないか怖くなってスピードを落とす。地面が小石の多い砂利のせいで不安しかない。
「カバン、貸して」
「えっ」
「俺が背負うから。リュックみたいに背負っていい?」
フリルの付いた手提げ鞄だったんだけど、榊くんはリュックのように両腕に通してノートパソコンを運んでくれるらしい。
「その代わり病院の場所もあやふやだし、穢れとか妖が怖いから前を進んでほしい」
「も、もちろん! あのね、私! 榊くんにいっぱいこの町を紹介しようって思ってたの」
夏祭りのついでに色々教えてほしいって言われてたからじゃないよ。
電波塔もようやく建てられたような、田舎町。
可愛い洋服の店もブランド品が並べられたお洒落なビルも、可愛いスイーツが売っているカフェもないようなな田舎。人口が人気の動画配信者の同接よりも少ない田舎。
妖とか幽霊とかの話を笑い飛ばさず迷信のように信じちゃうような田舎。
でも古びた商店街から見上げる夕焼けは綺麗だし、意地悪な同級生なんていないし、皆で電波が通る場所を見つけては携帯を持って走り抜けちゃうような田舎。
綺麗で寂しくて、そしてめちゃくちゃ強い守り神様がいる田舎。
六尾の尻尾が銀色に光って揺れて、愛しげに私たちを見守ってくれている。
嫌なところは沢山あるんだけど、それでもこの町が少しでも住みやすくなるように色々と榊くんにも知ってほしいんだ。
神社から病院までは自転車でも四十分はかかった。
途中でオレンジ色だった空が紫色になっていて、蝉の声が消えた。
病院の前では陽葵ちゃんのお母さんが私を見て手を振っている。
「咲良ちゃーん」
「おばさんっ」
つたう汗を拭きながら自転車から降りると、陽葵ちゃんにそっくりなおばさんが速足で駆けつけてくる。
「陽葵から電話きたけん大丈夫よ。もう夕飯が終わって消灯までは自由よ。でも面会は十九時までだからね」
「ありがとうございます」
私の横で自転車に鍵をかけている榊くんを見て、おばさんは目を丸くした。
「あら、転校してきたって言う榊くんね。確かに美男子ねえ。おばさんたちのアイドルになりそう」
「あ、ありがとうございます」
頭を掻きつつも周りを警戒している榊くんに、私が指さす。
「行こう。私についてきて」
「あら、千尋おばあちゃんの病室わかるの?」
全く分かるはずもなく、恥ずかしくなって振り返ると、少しだけ緊張が和らいだ榊君の姿があった。
生ぬるい扇風機と全く効かない機械音しかしない冷房。
この町にある公民館は一階は綺麗なのに物置化した二階は暑いし古いし最悪だ。
「あら、あんたも来たの」
お母さんがトラックから段ボールを運んでいたので、私も一つエレベーターへ運ぶ。
「うん。陽葵ちゃんが大変だから」
「あらまあ、無理に手伝わなくていいのに。できる人だけ参加すればいいのよ」
その出来る人だけ参加って条件が厄介だ。
この町の人たちは、病院みたいな多忙じゃない職業の人たちばかりで、参加しようと思えばほぼできてしまう。
でも今は、母のその言葉が聞きたかった。
「でも保育園の妹たちも迎えに行かなきゃだし」
「いいわよいいわよ。そこで遊ばせて何かやりたいことあるんでしょ」
「実は夏祭りと並行して合同体育祭の打ち合わせが」
それは嘘だったけど、守り神さまのベッドを作りたいといえばまた一から説明しなきゃいけないので大変だった。
「あら、じゃあお母さんが見ててあげるから、学校の事優先しな」
母が一階で走り回っている子どもたちの面倒を見つつ作業してくれると言質を取る。
そのままお手伝いした人に配られるジュースとお菓子をもらって、陽葵ちゃんと私は神社へ。母にはあとで説明しよう。
神社へ到着すると、鳥居の下にトラックが止まっていた。
山下電気店と書かれている軽トラの荷台には、木屑や段ボールが散らばっている。
駐車場を確認するけど、お父さんたちはまだ帰宅していなかった。
「おー、おかえりー」
百八段ある階段の途中で汗だくになっていた大輝のお父さんとすれ違った。
「ベッドですよね。ありがとうございます!」
手に持っていたジュースを渡すと、大輝くんと全く同じのんびりした笑顔で受け取ってくれた。
でもこの急な階段を上って素材を届けてくれたんだ。
一階の離れに置いてくれればちまちま運んだのにこの町の人たちは優しすぎる。
「ねえ、咲良って今は守り神さまが見えるんでしょ」
「そう。急に昨日から見えだしたの」
「千尋のおばあちゃんから聞いたんだけど、守り神様って歌舞伎役者みたいな色気のある流し目のイケメンって本当?」
歌舞伎役者?
流し目のイケメン?
「あの本堂にある六尾の妖狐の石像が祭られてるでしょ、でも人の姿はもっとすっごいって」
「えーっと、参拝してくれる信者が少なくなってきたから今は私たちと同じぐらいの年齢の見た目だよ。イケメンというよりも息をのむような綺麗さで」
「綺麗系かあ」
イケメンというとちょっと影がある榊君の方が色気ある気がする。
でも榊くんも今日一日を見ると影があるっていうより妖が見えるせいで私たちと同じ生活が過ごせなかっただけで、本当は私たちと何一つ変わらないと思うんだ。
「みたいなあ。見えるかな」
「ちょっと待ってて。パソコンとってくるから先に祠の前で合流してて」
パソコンの中なら陽葵ちゃんも見えるかもしれない。
それと祠の前は涼しいとはいえ今日は三十度こえているし麦茶ぐらい持って行きたい。
麦茶の準備をしつつ着替えてとバタバタしていると、パソコン画面が光っているのに気付いた。
「……これ」
守り神さまが動画を見たり検索サイトでいろんな履歴を残して色んなページを開きっぱなしでいなくなっていた。
たとえるなら部屋を散らかしてリビングも散らかして、お兄ちゃんの部屋も散らかして庭に飛び出した感じ。
ここまで散らかす必要はないとは思うけど、インターネットを守り神様が楽しみつくした感じが新鮮で面白い。
どんどん開いたページを消していくと、最後にのこったページは陽葵の病院のホームページ。つまりは一番最初に調べただろうサイトだった。
**
「きたきた。おーい、咲良」
「陽葵ちゃん! お茶とお菓子……」
「おお、その菓子は僕も好きじゃ」
陽葵ちゃんには見えないようだけど、隣で人の姿の守り神さまが座ってる。
ふわふわと飛ぶように、ベッドを作っている男の子たちを覗いたり、設計図を眺めたり皆の輪に混ざってる。
「さ、榊くん」
「おかえりー。勝手に組み立て始めてるよ」
榊くんが立ち上がって私の方へ来ると、守り神さまも付いてきた。
「このお菓子、守り神様も好きらしい。皆もどうぞ」
偶々買い置きが沢山あったこのお菓子は、サクサクのパイの中に餡が入っているお菓子。この町の唯一のスーパーで大量に売られているから食べたことがない人はいないと思う。
「ありがとー」
段ボールが一つ置いてあったので、そこに木材を乗せて簡易テーブルを作ると、皆がお茶を手に取る。祠の神棚にお菓子を乗せると守り神さまも美味しそうに手に取った。
それを見て、陽葵ちゃんと大輝くんと一矢くんが目を丸くしている。
「お菓子が浮いてるー」
「え、まじで絢人が言うようにここに守り神いるのかよ!」
「そうなの? イケメンの守り神いるの?」
三人が興奮する中、榊くんは苦笑している。
「いるんだけど、皆には見えないらしくて」
「私も昨日まで見えなかったもんね。あの、守り神様、私のパソコンのアイコンたちどこに隠しました?」
画面に置いてあったアイコンがすべて無くなっているので、動画サイトや検索サイトが開きにくくなってしまった。でも再度画面にアイコンを置こうとしたら既にあるからと重複できず困っている。
「なんじゃ。それならその奥の画面に」
よいしょとパソコンの中に守り神様が入って画面の裏に隠していたアイコンをポイポイと画面に投げつけてくる。
「え、うそ」
「咲良! このパソコンに映ってる六尾の美少年が守り神様?」
「へえ。画面越しだと見えた!」
右や左にアイコンを滑らせてけらけらいたずらっ子のように笑っていた守り神さまは、三人の顔を見ると一転して優しくふわりと笑った。
「なんじゃ。なぜこの箱に入ったらお前たちに見えるんだ」
「逆だよ! なんでパソコンの中に守り神が入ってるのっ」
二人にパソコンを奪われ、私と陽葵ちゃんは後ろからひょこひょこ覗き込む。
守り神さまは自分が見えているのが嬉しいようで得意げにアイコンを液晶に投げつけて、バウンドして粉々になっていくアイコンを笑っている。やめてくれ。
「あの電波塔から守り神さまの妖気も微力ながら流してるの」
「え、じゃあ弧守家の契約している回線は無敵なの?」
回線っていうか、この町まで回線繋げてくれる会社は実質一社だけだったのでほぼ全体なんだよね。
「あの俺、大輝って言います。電気屋の息子です!」
「俺、オレオレ! 家が林業だから山に入る前によく神社でお祓いしたり清めたりしてる! いつもありがとー!」
「うむ。素直な童子じゃ。この姿じゃが天候ぐらいは操ってやるから、困ったら参拝するように」
横柄な態度なのに言葉の端々から漂う気品というか、圧に圧倒されてしまう。
でもこの町を大飢饉や気象災害から救ってきた歴史がある。
今ならば、絶対に夏祭りの日は晴れるってぐらいかな。
「守り神さまはどんなベッドが欲しかったんだ?」
「こんな安っぽい木で申し訳ねえ!」
「あ、ベッドは手作りだけど、枕はすっごい良いの持ってきたよ。引っ越し祝いの中にあった」
「守り神さまは何色のお布団がいい……」
四人がわいわいと盛り上がっていたけど、急にパソコンの画面を見て時を止めた。
私も皆の背中から隙間を探して覗き込むと、目を細めて本当に幸せそうに喜ぶ守り神様の御姿があった。
「うむうむ。僕が守った村の子孫が幸せそうに生きているのは、良いな」
「そりゃあ守り神様のおかげだからじゃん」
「いつもありがとー」
「愛い」
ふふんと笑う守り神さまの、愛いとう言葉に陽葵ちゃん以外が首を傾げた。
「ウイってどういう意味?」
「愛くるしいとか可愛いとか、まあ英語で言うとアイラブユーよ」
それは極端すぎる説明だと思ったけど、先に反応したのは守り神さまの方だった。
「なんじゃ。言葉は進化していくからの。お前ら、あいらぶゆーの方が伝わるのか」
尻尾をぶんぶん振りながら、守り神さまは大きく息を吸い込んだ後笑った。
「お前たち、アイラブユーじゃ」
その言葉に私たちは天にも昇る幸せな気持ちと、少しだけチクチクする胸の痛みが襲ってきた。
だって守り神さまとっても楽しそうなんだもん。
こんなにお喋りで、そして私たちに興味をもっていてくれると思わなかったんだもん。
力がなくなって姿が幼くなるにつれ、眠っている時間が増えたって言ってたけど、本当は私たちともっとたくさんお喋りいたかったのかもしれない。
一緒に遊びたかったのに、見えない私たちは、守ってもらっているのにとっても不誠実な気がした。
今もベッドの設計図や切った木を興味津々で見ているのに。
外の気温は二十八度。
この山は木々が生い茂っていて日陰が多いから三十度を超えないけど、やはり暑い。そして蝉の声もずっと鳴り響いている。
季節は移ろうのに、なのに。
なのにパソコンの中にいる守り神様はだけはにこにこ笑って時間の中に止めっている気がして、説明するのはへたくそだけどなんだか嫌だった。なんだか辛かった。やめてほしかった。
「あの! 守り神様!」
普段大きな声なんて出さないから、榊くん以外は私を注目した。
でも私はもうそんなこと構ってられなくて、大声がこんなに声が震えちゃうなんて知らなかったけど、叫ぶように尋ねていた。
「千尋おばあちゃんに会いたくて、パソコンで病院を調べてましたよね?」
私の質問に、今度は皆が息を飲んでパソコンの中の守り神様を見た。
守り神様は、少年のようなお姿でにこにこと頷いていた。
「そうじゃ。彼女は僕の最後の信者だからな。あの子が僕を慕ってくれているからこの姿は輪郭を保っておられる。電波塔を作ったときに皆が僕にお礼を言いに来たが、僕の姿を知らない町の人らと彼女一人の祈りは全然違う」
難しいかなと首を傾げられた。
榊くんだけは首を振って分かります、と身を乗り出す。
「想像上や都合のいい時の神頼みの神様にお礼というのと、実際に力を使ってくれた貴方にお礼を言うのは全然違うし、届く気持ちがそもそも違う」
「その通りじゃ。皆、お礼を言う先に僕を見ていなかった」
それは仕方がないというけれど、うまく笑えていなかった。
「千尋は泣き虫で、転んではよく泣いていた。三個連なった団子が大好きで、僕に持ってきたくせに三本中二本は自分で食べてしまうような愛い女子じゃ」
もう八十を過ぎた千尋おばあちゃんのことを、守り神さまは愛し気に語っていた。
「転んで足を骨折したんじゃろ。また泣いてないか心配じゃ。痛くて泣いているときに、足をさすってくれる伴侶は隣にいるじゃろうか。それを確認してから寝たいだけじゃよ」
しいんとその場が静まり返った。
守り神様の一言一言は千尋おばあちゃんを心から心配してくれている言葉なのに、なぜかぎゅうっと心が痛む。
「そうだ! テレビ電話! テレビ電話なら千尋おばあちゃん見えるんじゃない?」
大輝くんが携帯を取り出すけど、自分の画面をパソコンにかざしても守り神さまが映らなくて、携帯とパソコンを交互に見る。
一矢くんは携帯を持っていなかったし、陽葵ちゃんの携帯からも駄目だった。
私は弧守家の血が流れているし映るか期待したけど駄目だった。
でも榊くんの携帯では写真は写った。
「やっぱ絢人は妖が見えたり、体調が悪くなっちゃったりするから見えるのか」
「そうなの? 絢人は俺らと何か違うの? 守り神様~」
いつの間にか下の名前で呼ぶほど仲良くなっていることに驚くけど、守り神さまは首を振った。
「んや。見えるだけ。魂が綺麗だから穢れが集まってくるだけで、特別じゃない」
特別ではないといわれ、安堵したような傷ついたような複雑な顔で動揺する榊くんに、守り神様はため息を吐く。
「力がないので追い払えないのに穢れが寄ってくることほど恐怖もありまい」
「そ……そうなんです」
「せめて僕の町では妖らにお前を驚かすなと伝えておく。下位になるほど下品だからお前がおびえる姿を楽しむかもしれんが、そこの弧守家の原石がおるじゃろ」
「げんせき」
原石って言い方はどう反応していいか分からないけど、お兄ちゃんみたいに修行すれば見えたり追い払ったりできるのかな。
「こいつは見えないが近づけない。隣にいると楽だと思うぞ」
近づけない?
「なんで私には近づけないの?」
不思議でそう聞くと、守り神さまはなぜか首を傾げた。
「わからん。お前の魂は未熟じゃが綺麗じゃ。千尋の次ぐらい」
それほど千尋おばあちゃんをお気に入りなんだと話が戻ってしまう。
でも現状、千尋おばあちゃんと守り神様があえる方法がないのが悔しい。
神様の力を全身に受け継いだ穢れなき存在だからこの神社の祠から動けないのはもう理解できたし、こんなに姿が幼くなって弱まっている守り神様を動かすのは危険なのはわかる。
でも一秒でも早く、眠ってしまう前に千尋おばあちゃんと会ってほしいよ。
次はいつ目覚めるかもわからないし。おばあちゃんも守り神様も流れる時間が違うんだもん。
「そうだ! あれだよ。あれ」
一矢くんは立ち上がるとカバンの中をごそごそかき混ぜ出した。
「なるほど。あれだな。あー柊先輩が帰ってこないかな。高校は部活かな」
「お兄ちゃん?」
二人が守り神様の許可をもらって祠の周りをきょろきょろと見渡しだした。
祠を守るように建てられたこの小さな家の中を見て、コンセントの差込口や屋根を確認している。
「あとは夏祭り!」
二人が夏祭りの準備物を置いてある倉庫へ走っていく。
以心伝心なのは別にいいけど、私たちにも何をするのか教えてくれてもいいのに。
「ふむ。僕も見に行こうっと」
守り神様が二人の走っていった方へ行くのと、自転車の急ブレーキが聞こえてくるのがほぼ同時だった。
「あちぃ」
お兄ちゃんがふらふらになりながら階段を上がってくる。
ナイスタイミングとはこのことだ。
「お兄ちゃん、一矢くんたちが探してたよ。倉庫の方」
「ええ。ちょっと休憩。俺だって心配して帰ってきたんだぞ。でも休ませろお」
駅から自転車で帰ってきたんだろうけど、この三十度を超える炎天下の中三十分かけて帰ってきたんだから仕方ないか。
「なんか下にお祭りの準備の機材とか置いてあったよ」
「そうなの。くじびきとかお土産とか町内会がするお店の準備は今日終わりましたよ」
陽葵ちゃんが私が持ってきた麦茶の入れ物をお兄ちゃんに渡すと、お兄ちゃんは直のみし出した。まだ半分残っていたのに全部飲み干す。
直のみは汚いと注意したかったけど、全部飲み干したらな誰も使わないからいいのかな。
「放送のマイクとか重いものどこに閉まったかな。それらも倉庫なら出しといてやるか」
最近腰を痛めたばかりのお父さんのことを思い出したのか、麦茶の入れ物をお盆に載せるとそのまま倉庫へ向かう。
飲んだものを自分で下げるということはしないらしい。
「咲良のお兄ちゃん、また少し焼けた?」
「どうだろ。でも靴下脱ぐと色が違うよ」
「大変だね。でも高校の制服格好いい」
陽葵ちゃんがお兄ちゃんの後姿を眺めながらそう言うから驚いた。
私的には、神社の跡取りのはずが野球にはまってからムキムキまっちょの小麦色の肌になっていくお兄ちゃんが心配だよ。
神社の跡取りと言えば守り神さまぐらいの儚げで美少年な神主さまがいいよ。
まあお父さんもお爺ちゃんも全然かけ離れているけど。
「弧守さん、取り合えず俺がベッドの続き作っておくよ。二人は涼しいとこで休憩しといで」
皆が飲んだコップをお盆に集めてくれて、そのまま軍手を装着して木材を掴んだ。
あの二人め! 榊くんにだけ作らせて。
「何か手伝おうか?」
「私はコップ洗ってくるよ。勝手に入るからね」
陽葵ちゃんが家に向かってしまったので、私と榊くんは二人っきりになってしまった。
あのどんよりして人を近づけなかった時の榊くんとは違って明らかに歩み寄ってくれている榊くんは話しやすい。
なんといえばいいか分からないけど、近寄りがたいときはイケメンの観察ができて眼福と思ってたんだけど、こうやって距離が近くなるとイケメンだと距離を置く必要がなくてちょっとだけ気が楽になった。
「弧守さん」
「あ、はい! なんですか。手伝いますか」
まさか手伝おうとせず顔を眺めていたなんて言えない。
「いや俺も咲良って下の名前で呼んでいい?」
「あ、え、あ、はい! もちろんです」
「ありがとう。おじさんやお爺さん、お兄さんもいるから名字で呼ぶと皆振り返るだろうし」
私も下の名前で呼びたいと思ってたから頷く。
私も呼びたいって言わなきゃ。
「咲良さん」
「呼び捨てでいいよ! あの私も」
「じゃあ咲良」
嬉しそうに呼ばれて、心臓が跳ね上がった。びっくりしちゃった。
「わた、わたし」
「俺が守り神さまを皆に見せられるとしたら、写真とか動画を撮影して、届けるのは咲良にお願いすれば一応は守り神さまもそのおばあさんの安否がわかって安心すると思うんだよね」
私も下の名前で呼びたいって話し出す前に、守り神様の話に戻ってしまった。
言い出すタイミングを完全に逃してしまった。
「一緒に行こうよ。まだ町の中あんまりうろうろしてないでしょ」
「病院は苦手なんだよね。風邪で病院行ったのになぜかもっと体調悪くなっちゃう」
はははって力なく笑うのに胸が痛む。
榊くんも誰も見えないものとずっと戦っていたんだ。
「でももう知っちゃったよ、だから私、榊くんにも守り神さまにも幸せにすご
してほしいよ」
「知っちゃったか。ごめん」
「ごめんじゃないよ! 知らなかったら榊くんが何に傷ついたり怯えたり、逃げていたのか理解できなかった。守り神さまだって私はきっと一生見えなかったし、見えなかったら、あんなにやさしい人の事、知ることもできなかった。昨日は私の運命を大きく変えてくれたよ」
大げさかもしれないけど、でも本音だ。
「ちょっとネジはめるからうるさくなるよ」
電動ねじ回しでベッドの足を結合させていたので、反対側を持って揺れないように押さえる。
「ここでは変なもの見ても、皆信じてくれるんだ。正直、気持ち悪がられるかと思ってた」
「あはは。幽霊見たって言ってもきっと皆、どんな姿?って聞いてくるし驚く人もいなさそうだよね」
「本当にそう。俺の体質ってもっと受け入れてもらえない異質なものだとか、信じてもらえないファンタジーって思われる覚悟だったから正直居心地がいいよ」
「そうだね。榊くんって初めて見た世界に全警戒してる子猫みたいだった」
原因が分かってよかったって思ったけど、気持ち悪いとか異質だとか思わなかった。
「私は修行して見えるようにならなきゃいけない弧守家だけど、見える人は見える人なりの苦労があるね」
皆、それぞれ大変だよねっというと、榊くんは優しく笑う。
目を細めてくしゃっと笑うのはちょっとだけ可愛いって思ってしまう。
「咲良、おばさんが皆にスイカどうぞって」
「え、私、スイカはちょっと」
榊くんの前で種をちまちま出すの恥ずかしい。
でもガラスのお皿に並べられた三角のスイカは美味しそう。
お母さん、いつの間にか帰ってきてたのか。
本堂に飾るちょうちんの準備かもしれない。
「あはは。咲良は恥ずかしがり屋だからね。種なんてそこらへんに出せばいいのよ」
「そうだよ。スイカ畑ができても咲良さんのせいじゃないよ」
畑ができないことも、そんなことで恥ずかしがってるわけでもないのに。
二人が笑うから、勇気を出してスイカを掴んだ。
「そういえば本堂で飾るちょうちんの準備と屋台の設置場所に紐を貼ってたよ」
「本当に準備は早いなあ」
お祭りは一週間後なのに。
でもそのあともお盆にもあるからそれまで神社は賑やかだ。
「榊くん、聞いてよ。咲良の極度の人見知りの理由」
「ん?」
足を付け終えた榊くんが腕で汗をぬぐいながらこちらにやってきた。軍手をとるとスイカに手を伸ばしてくれる。
「神社のお祭りとか行事で人が沢山くるでしょ? ずっと祭囃子やら人の声がする家で寝るのが怖かったんだって」
「怖いよ! 陽葵ちゃんは分からないと思うけど親せきのおじさんとかこの祭りに混ざって妖怪や幽霊も集まってくるんだぞって脅してくるし。それに二十一時以降は神社に入るの禁止って看板置いても侵入してくるし」
私が生まれたときには携帯電話を皆持ってるのが当たり前だったけど、この町は電波が悪いからたびたび神社の御台に侵入してそこで携帯でメッセージやりとりする人が出たし。
「……人間か人間じゃないか分からないから怖くなったの?」
「ううん。怖がる私を笑う大人や年上の人たちが怖くて、気づいたら人見知りになってた」
神社の娘なのにって笑う。
見えないのに怖いのかって笑う。
馬鹿にされたような笑いに、なんだか自分は才能がないのがみじめになって怖くなった。誰にも見られなければ笑われないで済むって親せきが来ると端に隠れた。
私が笑われるとお兄ちゃんが怒ってくれるけど、お兄ちゃんまで馬鹿にされたらいやだったし。
「ひどい話だ」
「田舎って話題がないのよ。人のことを噂したり話題に出して話を広げるつまらない年寄りは多いの。インターネットの普及でゲームとか動画とか流行ったおかげで子どもたちは視野が広がったんだけどね」
鋭い考察をして斜めから大人をばっさり切ってくれる陽葵ちゃんは格好いい。
「でもね、私はお兄ちゃんや陽葵ちゃんが助けてくれたし。その……親戚から隠れてたら早苗おねえちゃんがいっつも探しに来て遊んでくれたの」
ふわっとかかったパーマがお洒落で、ブランド品の格好いい眼鏡をしていて、いっつもお洒落なワンピースを着ていた。おとぎ話から出てきたお姫様みたいに可愛いお姉ちゃんだった。
隣町の高校で買ってきてくれた匂い付きの消しゴムや、光るペン、ラメの入った蝶々柄のミニ鏡。私に色んなお土産を持って来てくれた。
高校の放送部の放送コンテストで地方テレビに出たら、数百年の一度の美少女だってインターネットで有名になってスカウトされて……東京に行ってしまったけど。
「お仕事や学校になれたら、お手紙かメッセージに返事をもらえたら嬉しいんだけどな」
小学校の卒業式でも連絡は来なかった。プレゼントにお洒落なローファーが送られてきたけど中学校では禁止だったのでまだ飾っている。
「早苗さんか。俺、連絡先知ってるよ」
「ううん。私も知ってるから大丈夫。返事が来ないだけ」
どこかでお姉ちゃんが楽しそうにしてくれてるならばそれでいい。
きっとこんな田舎と違って毎日がキラキラした新しい発見ばかりで、きっと忙しいんだ。
「できたー!」
「おい、こらクソガキ二人まて!」
「逃げろー」
ドタドタ、ごろごろと賑やかな音がする。
そのすきにスイカの種を地面に吐き出すと、陽葵ちゃんに見つかってクスクス笑われた。
倉庫から見つけてきたであろうネコ車には楽しそうな守り神さまも乗っている。
「この罰当たり!」
「良い。この僕が許す」
怒っているお兄ちゃんと鼻歌を歌っている守り神様。
一矢くんと大輝くんはコンセントからねじ回しをひっこ抜くと、拡張コンセントを持ってきた。木材を運んできたときの段ボールや発泡スチロールを祠を祭っている家の中に入りつけていく。
お札が貼ってある場所を避けてはいるものの、どんどん機材を運び、お祭りで御台を照らす照明まで持ち込んできた。
「ベッドを置くともっと狭くなるよ」
榊くんが足がついたベッドを急いで場所の確保のために置いていく。
祠の前はベッドと機材だらけになった。お札の上も守り神様の許可が下りたので機材を置いていく。
「何してるの?」
陽葵ちゃんも驚いて中をのぞく。一矢くんが発泡スチロールをガムテープで補強しながらこちらを振り向いた。
「防音にしてるの。音がマイクに入らないと嫌でしょ」
「マイク?」
「この盆踊りの時のマイクで大丈夫かな」
「機材につながるなら大丈夫だ。柊先輩、ライトの調整お願い」
「……お前らなあ」
参院が何をしているのかわからず困惑していると、守り神さまがスキップするような軽快さで私の元へやってくる。
「こやつらは僕の祠の家を配信部屋にするらしいぞ」
「配信部屋?」
「そこの童子二人がげーむ対戦する時にマイクを使って通話しながらげーむするらしくてな。それの大規模版らしい」
「らしいって守り神様、騙されてますよ」
榊くんも同意してくれて頷くけど、守り神様はとっても嬉しそうだ。
「騙されてても構わん。この三人が僕のために頑張っていることだけは伝わってくるのでな」
三人が何を思って祠を奉っているこの建物を配信部屋にしようとしているのかわからないけど、この段ボールや発泡スチロールだらけの中を見たら、お父さんが本殿に奉納している日本刀を振りかざしながら激怒しそう。
「仕方ねえな。親父には俺が説明するからここにいるし、陽葵と咲良と榊くんだっけ。パソコン持って病院向かってくれるか」
「えっ」
「千尋ばあちゃんの面会を頼みたいんだが」
「じゃあ私がお父さんに頼みます。ついでに妹たちを公民館に迎えに行ってから帰宅するから先に二人行ってきて」
「ええっ今からなの」
陽葵ちゃんがいないで二人きりで?
何をしにパソコンを持って千尋のおばあちゃんの元に?
「行こう咲良さん」
「え、あの」
「頼むぞ、原石」
うー。
全く説明もないのに、いきなりそんなこと言われてもせめて何をするのか言ってくれたらいいのに。
でも守り神様がとても楽しそうなので、断るなんてしたくなかった。
「下に自転車あるから貸すよ」
お兄ちゃんの自転車を榊くんが乗って、濃いオレンジ色になった空を切り裂くように走っていく。
ノートパソコンの入ったカバンが、かごの中でガタガタぶつかるので壊れないか怖くなってスピードを落とす。地面が小石の多い砂利のせいで不安しかない。
「カバン、貸して」
「えっ」
「俺が背負うから。リュックみたいに背負っていい?」
フリルの付いた手提げ鞄だったんだけど、榊くんはリュックのように両腕に通してノートパソコンを運んでくれるらしい。
「その代わり病院の場所もあやふやだし、穢れとか妖が怖いから前を進んでほしい」
「も、もちろん! あのね、私! 榊くんにいっぱいこの町を紹介しようって思ってたの」
夏祭りのついでに色々教えてほしいって言われてたからじゃないよ。
電波塔もようやく建てられたような、田舎町。
可愛い洋服の店もブランド品が並べられたお洒落なビルも、可愛いスイーツが売っているカフェもないようなな田舎。人口が人気の動画配信者の同接よりも少ない田舎。
妖とか幽霊とかの話を笑い飛ばさず迷信のように信じちゃうような田舎。
でも古びた商店街から見上げる夕焼けは綺麗だし、意地悪な同級生なんていないし、皆で電波が通る場所を見つけては携帯を持って走り抜けちゃうような田舎。
綺麗で寂しくて、そしてめちゃくちゃ強い守り神様がいる田舎。
六尾の尻尾が銀色に光って揺れて、愛しげに私たちを見守ってくれている。
嫌なところは沢山あるんだけど、それでもこの町が少しでも住みやすくなるように色々と榊くんにも知ってほしいんだ。
神社から病院までは自転車でも四十分はかかった。
途中でオレンジ色だった空が紫色になっていて、蝉の声が消えた。
病院の前では陽葵ちゃんのお母さんが私を見て手を振っている。
「咲良ちゃーん」
「おばさんっ」
つたう汗を拭きながら自転車から降りると、陽葵ちゃんにそっくりなおばさんが速足で駆けつけてくる。
「陽葵から電話きたけん大丈夫よ。もう夕飯が終わって消灯までは自由よ。でも面会は十九時までだからね」
「ありがとうございます」
私の横で自転車に鍵をかけている榊くんを見て、おばさんは目を丸くした。
「あら、転校してきたって言う榊くんね。確かに美男子ねえ。おばさんたちのアイドルになりそう」
「あ、ありがとうございます」
頭を掻きつつも周りを警戒している榊くんに、私が指さす。
「行こう。私についてきて」
「あら、千尋おばあちゃんの病室わかるの?」
全く分かるはずもなく、恥ずかしくなって振り返ると、少しだけ緊張が和らいだ榊君の姿があった。



