お父さんたちが夜には帰ってくる。
 お母さんは朝から夏祭りの準備で公民館に籠ると言っていた。
 お兄ちゃんは野球部の練習試合が近いので早く帰れるか不明。熱中症アラートによっては部活中止になるので、そうなれば急いで帰ってくれるらしい。
「電波塔を破壊されたくなければ、連れていけ」
「えっえええ」
 充電していたパソコン画面から、守り神さまが六つの尻尾を振りながら私のカバンを指さす。
 この暑い中、この安いノートパソコンをカバンに入れて持ち運ぶのは嫌だな。痛みそう。
「そのう、充電が三時間しか持たないので、充電器買って来てからでもいいですか」
「なんだ。この書物は燃費が悪いのか」
「動画さえ見れたらいいかなって一番安いパソコン買ってもらったんです」
 だって電気屋に行って並んでいるパソコン見て高級過ぎて驚いたんだもん。
 いくら卒業祝いといえ、携帯も買ってもらって何十万もするパソコンなんて欲しいといえない。一番端っこにあった携帯よりも安い値段のノートパソコンを恐る恐る強請るしかできなかったよ。
「あのうスマホは駄目ですか?」
「あれは僕の力が流れてないよ」
 だったらパソコンも家の回線だから持ち運んだとしても途中で力が止まっちゃうんだよね。でも私じゃうまく説明できないので、なんとか説得して家にいてもらうことにした。
 パソコンの中は好きに移動したり弄ってくれていいけど、メッセージアプリと動画サイトのファン登録だけは弄らないようにお願いした。
 説明するのに遅刻ぎりぎりになってしまったよ。
 学校まで多分八キロぐらいあるので急いで行かなきゃ間に合わない。
 いつもはお父さんが駅までお兄ちゃんを送っていくついでに途中まで乗せてくれるけど、今日はいない。
 十キロ以上学校と離れていたら自転車が認められていたので、あと二キロが憎い。
「おはよう、咲良」
 駆け込んだ教室にはすでに四人揃っていた。
「お、お……おはよう」
 急いで走ってきたので肩で息をしていたのもあるけど、私が驚いていたのは違う部分。
 転校してからずっと話しかけても迷惑そうにしていたあの榊くんが、男の子二人と話している。
 電気屋さんの大輝くんと田中林業会社の一矢くん。会社とは名ばかりの小さな丸太加工工場なんだけど、名前は格好いい。夏祭りでは炭火焼き鳥とか販売してるから覚えてる。
 その二人と榊くんが意気投合するかのようになにか話している。あんなに親や先生に仲良くしなさいと言われて気まずそうだったのに。
「驚きよね。来たらもうあんな感じ。ずっとゲームの話しで盛り上がってた」
「ゲーム?」
「なんかカーレースとかモンスター集める対戦ゲームとか」
「ふうん」
 お兄ちゃんも電波塔が出来てから隣町の友達とゲーム対戦できるの嬉しいって言ってたもんね。その話と同じかな。
「ねえ、夏祭りなんだけど夏祭りのくじびきやお土産詰め合わせが明日公民館であるらしくて」
「陽葵ちゃんが行くの? 町内会のお仕事だよね」
「そう。お母さんが仕事で行けなくて」
 陽葵ちゃんの家はこの町の小さな病院だ。一件しかないが、お年寄りが多い町。行っても三時間待ちが当たり前で、病院ではおじいちゃんおばあちゃんが待ち合わせしておしゃべりしているような賑やかさ。おじちゃんはお医者さんだしさらに無理だ。
「でも陽葵ちゃんが保育園のお迎え行ってるでしょ」
「そう。だから公民館に連れて行こうと思うんだけど、咲良は忙しい?」
「忙しくなるかもだけど、手伝いに行くよ」
 多分他の子どもも連れてこられると思うから、遊ぶスペース作ってもらえたりお友達同士で遊び出せたらお暇すればいい。
 妹二人と弟一人いるから大変だし、この前はお世話になったし協力ぐらいしたい。
 夏祭りはまだ規模が小さいし、知り合いばかりだから大丈夫だけど、合同運動会は少し緊張する。互いの中学に行き来する場合、先生の車で向かうらしいし。
「弧守さん」
「あ、はい」
 驚いて座ろうとしていたのに飛び上がってしまった。
 私を苗字呼びするなんて榊くんぐらいしかいない。
「ベッドを作る材料を二人が手伝ってくれるって」
「えっ」
 突然で驚いていると、大輝くんと一矢くんはすっかり友達になった榊くんと肩を組んでご機嫌だ。
 二人とも保育園からずっと一緒だけど、難しいことは考えず体育大好きで人見知りの私の代わりに目立つ作業は率先してくれるような良いやつらだ。榊くんと仲が悪いままはもったいないとは思っていた。
「仕方ねえな。俺は頼りになるからな。俺の父ちゃんに言えば設計図くれると思うけど」
 面倒くさがりな癖に頼られると針きっりゃうのが大輝くん。
「俺の家から好きなだけ木材持って行っていいし、設計図貰えれば切れると思う。最近俺の家族日曜大工に目覚めてるし」
 興味ないよって冷静なふりして一番動いてくれるのが一矢くんだ。
 こんなにとんとん拍子で話が進むのが信じられなくて、頬をつねってみた。
 するとその様子を見て、ふっと彼が笑う。
「昨日の帰りに弧守さんがお守りくれたじゃん? 帰り道で久しぶりに蝉の声が聞けたし、いつも悪寒とか感じてたのに夏ってこんなに暑いんだって気づけたんだ」
「そうだったの? でもあれはうちの神社で売ってるお守りだよ」
 驚いた私の横に陽葵ちゃんが寄ってくる。
「ああ、顔色悪いなって思ってたけど、榊くんってそっち系だったんだね」
「そっち系?」
 私と榊くんが首をかしげると携帯を取り出した大輝くんと一矢くんが人差し指で宙をくるくると混ぜる。
「そっち系だよー。妖怪とかお化けが見えるんだろ? 昔はもっと見える人がいたってうちのじいちゃんが言ってた」
「俺のばあちゃんも言ってた。今はもう千尋のばあさんしかいないらしいよな」
 あっさり受け入れちゃう三人に驚くと、三人は逆に私の方を見て不思議そうだ。
「なんで神社の娘のお前が信じてないんだよ。お前のとこの夏祭りで境内で綿あめ食べる一つ目小僧見たことないのか」
「ないよ! 全然ないよ!」
「俺はコケそうになった時に塗り壁が地面に倒れて助けてくれたし。千尋のばあちゃん曰く、守り神が妖怪を従えてくれてるって」
 自分が全く見えないから話題にしなかっただけで、意外と密接な関係を築いてくれていたらしい。
「ベッドが欲しい理由は、俺が布団で眠れないからってことにしたけど」
 榊くんが私にだけこっそり教えてくれたけど、ほかの三人は何も気にしなさそう。
 大樹くんはお爺ちゃんっ子で優しくて、お年寄りやちびっ子に人気者で、そしてパソコン関係に詳しい。口調が乱暴なのは男らしさの演出だと陽葵ちゃんが言ってた。
 一矢くんは男四兄弟の一番下で、家で放置されることが多いせいか一人遊びが上手で絵がうまい。
 陽葵ちゃんは比較的ちぐはぐな性格の私たちをてきぱきと導いてくれる長女みたいなしっかり者。
 そしてこの昔ながらの皆と一緒に居て楽って思うのは、誰も陰で悪口をいう人がいない。喧嘩しても一晩で忘れるか切り替えてくれる人ばかり。
 そんな小さなころからのお互いを分かってる人らに、小さな嘘をつくのは嫌だったな。
 小さな嘘が広がってどんどん嘘をつき出したら、不誠実だ。
「あの、本当はね」
 ベッドが欲しい理由と昨日起こった出来事を話すと、まるで紙芝居や絵本、映画を見るような真剣な様子で聞いてくれた。
 私が嘘をつくような人間ではないと信じてくれているのも嬉しかった。
「なるほどなあ」
「じゃあ益々張り切らなきゃだな」
 二人が携帯で自宅に連絡を入れてくれた。
「手伝ってくれるの?」
 二人だって夏祭りの準備や部活だってあるのに。
 転校生の榊くんや私を優先して大丈夫なのか不安になった。
「俺らの家って遠いじゃん。学校から帰ってランドセル置いて待ち合わせして遊ぶってほぼできなかったじゃん、なあ一矢」
「うん。だから電波塔が立ってさ、回線がつながって家で対戦ゲームであそべるようになったの嬉しいし守り神さまには感謝してるよー」
 確かに商店街と町の奥の林業をしている一矢くんの家は丁度学校から正反対に帰るから十キロ以上離れてしまう。
 回線がつながって一番喜んでるのは今までできなかったゲームや携帯電話が使えるようになった私たちなのかもしれない。
「守り神は、力が回復したら成長するらしい。大人ぐらいの大きなベッドが欲しいんだけど可能かな」
 榊くんなんて、転校してきてから今日が一番多く会話している。
 不機嫌そうないつも一人で眠ってるか私たちから机を離して窓を見ているような人だった。私からしたら、それすらも一匹狼っぽくて凄いと思っていたんだけど、昨日のことを考えれば妖や嫌なものを見ないように殻に閉じこもっていたんだと思う。
「あとはベッドの布団とかだよ」
「それなら千尋おばあちゃんに言えば用意してくれるかも」
 気づけば陽葵ちゃんが私たちの話をまとめてノートに書き起こしてくれていた。
 マットレスは榊くんが用意できるらしいから布団カバーや布団なのだけど、確かに千尋おばあちゃんは一番適任かもしれない。
 この町の唯一の小さな旅館の元女将さんで、旅館は予約者が来た時しか開かない。
 中には使われていない新品の布団が沢山ある。おばあちゃんがいつ沢山お客様が来てもいいように手縫いで作っているって話していた。
「その千尋のおばあさんなんだけど、俺は守り神が会いたがってると思う」
「守り神さまが?」
「普通なら、神主さんたちが無理やり寝かせてきても文句言っていなかったのに、急に起きて自分であの封印を壊させて、会わなきゃいけないように暴れている気がするな」
「あっ……」
 力の強い榊くんにあのお札の封印を壊させたのが守り神様自身だとしたら、私の声でおびき寄せたのは辻褄が合う。
「でも千尋のおばあちゃん足を骨折したはしたけど、元気だよ。数か月もすればまた会えるのに」
「その数か月待たずに守り神に何か起こってしまうとか」
 一矢くんの話しに、私は首を振る。
 進行してくれる人が減って眠るしか自分を守れなかったとはいえ、その状態がもうなん百年も続いている。昨日会った時も消えるような様子はなかった。
「じゃあ千尋のおばあちゃんが結界の外に出て心配なのかもな。あの病院周りって回線が弱いんだよ」
「それかも。うちの病院、電波塔から一番遠いし色々機械があるからまだ回線つながってないのよね」
「なるほど、繋がったな」
 守り神様の妖気が流れている電波塔の回線を、あの病院はまだ届いていないんだ。
「それになんだっけな。昔、この地の歴史みたいなのおまつりの紙芝居で見たけど、神様の力を自分に宿したあの守り神さまは森から離れられないんじゃなかった?」
 色々と自分の身に制限をかけて、あの力を失われないようにこの地にとどまってくれている守り神様。
 今の皆の話しが本当ならば、森から出られず自分の力が届かない場所にお気に入りの信者が入院して心配して起きてきたってことになるのかな。
 本人にきかなきゃただの憶測でしかないけど、でも確かに朝はノートパソコンにはいって学校に来たそうだった。
「まあ守り神さまの本音は咲良に聞いてもらうとして、男三人はベッド作りね。私と咲良は夏祭りの準備や、咲良は放送委員の仕事もあるから」
「ああ。任せてくれ」
 転校生で夏祭りの事を何も知らないはずの榊くんが間髪入れずに任せてくれと言ったので、空気が緩んで私たちは笑ってしまった。