蝉の声はすっかりと止み、夜になるとどこからか虫の声が聞こえてくるようになった。
山の中にある神社のおかげで、季節の変わり目がはっきりと感じられる。
「おい! 百夜、もう来てるぞ」
それと同時に神社の朝は早い。
「いやだ! 僕は今日お休みする。夕方まで眠る」
「駄目よ。心配して千尋おばあちゃんが病院から這いずってくるわよ」
お母さんが皆の目玉焼きをお皿に載せながら、祠の方へ大声で叫ぶ。
守り神様はお兄ちゃんの肩に担がれて、まだぴすぴす鼻を鳴らしながら寝ようとあがいている。
「毎朝毎朝、神社でラジオ体操は禁止にしろ。僕は眠たい」
「守り神さまは昨日遅くまで私のパソコンで早苗お姉ちゃんと通話してたからでしょ。私だってまだ話したかったのに」
「そうだっけな。あ、黒い豆の苦い水をくれ」
「コーヒーね。お砂糖は?」
「蜂蜜が良い」
守り神様の我儘に、私はとっくに用意しておいた蜂蜜を差し出した。
あくびをして眠たそうにしている守り神様は、私と同じ中学生ぐらいの姿だったはずが今はお兄ちゃんぐらいに身長も伸び、髪も伸びたために後ろに縛っている。
あの御六尾祭りから一か月。
あれから守り神様の顔を一目見ようと町の人たちが神社に足を運び、小学校では狐の神様のファンクラブが出来た。
そのせいで守り神様は多忙だ。朝からラジオ体操に誘われ、午前中は公民館でこの町の歴史を聞かれ、午後は学校が終わった小学生とゲームをし、夕方は最近美味しいと気付いたワインとチーズで晩酌。飲みながら配信は色んな妖を祠の周りに呼んで暴れるので禁止になった。
でも守り神さまがこうやって力が少しずつ回復できたのは、配信で本当に守り神が町を守っていたことが知られたからなので、お父さんやお母さんの許可がおりれば配信をしてもいいことになった。
今は山に住む可愛らしい妖やもう少しで八百万の神になる妖へのインタビューなんてして登録者を稼いでいる。
あと一時期は早苗お姉ちゃんの彼氏ではないかとネットで騒ぎになったけど、誰もが否定するのでそれはすぐに消えた。
ただイケメンの神様と、イケメンの神様に配信を教えている榊くんも話題になった。
「おい、咲良。いい加減お前は僕の呼び方を考えたのか」
「えー、えー……でも自分で見えたわけではないのに」
「お前の今までの功績から僕が認めているんだぞ。さっさと名前を考えておくように」
守り神様は目玉焼きを私の分まで食べると、急いで御茶を飲んで立ち上がった。
「お行儀が悪いですよ。コンちゃん」
「早く起こすやつらが悪い。僕は今からあの早起きの老人たちに夜更かしの楽しさを語ってくる」
「……守り神様」
生活リズムを整えるための朝のラジオ体操なのに、夜更かしを進めてくるってどんな神様なの。
でも私の家族は皆、楽しそうにしている神様の姿を見て嬉しそうに笑っていた。
***
「今日、一矢と大輝と修行に神社に泊まりに行くから」
朝一番に榊くんに言われたのは、やっぱり守り神様関係の話し。
一矢くんや大輝くんも、そして妖力をコントロールしたい榊くんも、山のどこかにある幻の池を探したくて息巻いている。
でも動画化しようとカメラを持って山の中をうろつく限り、見つからなさそうではある。
「いいけど、あんまり守り神様に夜更かしを進めないでね。昨日なんて三時のおやつに起きてきたって言ってたの」
「まあ完全に回復してないんだから好きなだけ眠らせてあげればいいのに」
「違うの。夜更かしした後の寝坊が癖になってるの。楽しいんだって」
私のため息交じりの愚痴に榊くんは大爆笑だ。
……榊くんもよく笑うようになった。
あんなに壁を作って人を寄せ付けなかったのが嘘みたい。
笑うとちょっとだけ子どもっぽいけど、やっぱり同じ年とは思えないほど大人っぽくて格好いい。
最近は守り神さまの力が町に流れ出したおかげで、穢れや悪い妖気に充てられることがほぼなくなったみたい。
自分でも見ないようにコントロールするために、遊びまくっている守り神さまに修行をお願いしているって。
遊び優先だから、なかなか修行は進んでいないとか。
「守り神様が朝のラジオ体操をさぼろうとしていてね」
「なあ、咲良ってまだ守り神様の名前を決めてないの?」
う。
朝、守り神様本人に言われたことをまた言われて言葉が詰まる。
「それこそ榊くんは?」
「うーん。考えてはいるけど、迷ってるなら一緒に考えない?」
榊くんの提案に大きく頷いた。
「俺さ、あの日、守り神様が皆の前に現れたのは咲良のおかげだと思ってるよ」
「私の?」
そんなたいそれたことしてないので恥ずかしくなってあたりを見渡す。
まだ教室は私たちしかいない。
だからこそ話せるのかもしれない。
「うん。人見知りとか大勢の前が怖いって言いながら四校の中学に話をしてくれて、当日も何度も放送で呼びかけて、だからこそ早苗さんも咲良を守りたくて頑張って会いに来てくれたし。皆がこの子は傷つけたらダメだって頑張るんだ。ほうっておけない」
そんなこと初めていわれたから、なんだか恥ずかしくなる。
「もちろん、俺もだよ。もっと咲良と仲良くなりたい」
「え、へ、へええ?」
驚いていると、耳まで真っ赤になった榊くんが私を睨む。
「いつまで名字で呼ぶんだよ。一緒に神様を守った仲だよ」
不満げなので、一生懸命名前を呼ぼうとした。
でも恥ずかしくて頬が熱くなる。
「私も、最初は格好良過ぎて話しかけるのさえ緊張したけど、でも妖力をコントロールできなくて一番苦労してるのに私たちと一緒に頑張ってくれて、とても優しい人だなってもっと仲良くなりたいなって思ったよ」
「じゃあ、名前呼んで。もっと仲良くなろうよ」
「うん、えっと絢人くん」
名前を呼んだだけなのに私たちは真っ赤になって机に顔を突っ伏してしまった。
「はずい」
「い、いわないで! あのね、お父さんに許可をもらったあとに私たち守り神さまのファン登録者数を百万人目指そうって約束したでしょ」
早苗おねえちゃんも陽葵ちゃんも、街の中を自由に動けるようになるのを望んでいる千尋おばあちゃんも、一矢くんも大輝くんもお兄ちゃんも頑張ってる。
「ん。百万目指す目標も大事だけど、俺とも仲良くなるってタスクも追加しといて」
「タスクじゃないよ。仲良くなりたいのは私の希望だもん」
正直に言っただけなのにまた恥ずかしくなって俯いた。
私たちの距離は、きっと多分。
守り神様のファン登録者数を達成するまでにはもっと仲良くなっているはず。
守り神様のファン登録者は現在九万人。
目標までの百万人のファン登録まであと九十一万人です。
終



