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この小さな町の夏の一大イベント『御六尾の祭り』が始まった。
 八月の第二土曜と日曜の二日間行われる。
 一日目は主に出店がメインだ。綿菓子、りんご飴、焼きそば、かき氷を持った子どもがちらほら境内を歩き回っている。
 私は御台の上に設置された放送室で、スポンサーになってくれたお店の名前を放送したり現在の温度や天気、迷子のお知らせなど運営側に放送してくれと要望があったものを放送していた。
ピンクで小花が散りばめられた浴衣と髪には千尋おばあちゃんがくれた椿の形のかんざし。小さく息を吸い込んで、メモを読み始めた。
今から始まるのは、私たちの小さくて大きな秘密の作戦。
「町内会よりお知らせです。夏祭りの広告を中学生で力を合わせて作っております。隅々まで読んで、分からないこと、注意書き、設定などなんでも近くの中学生にお聞きください」
ドキドキしてきた。
でももう私たちの計画は始まっている。

 このお祭りの一週間前。それでこそ榊くんに手を掴まれたあの日。
 私はも一度、守り神様のファン登録を増やしたいと皆に伝えた。
「守り神さまが消えないために封印しなきゃいけなくなるの。次に起きてくるとしても力が戻らなきゃ無理。何年、何十年、何百年先か分からない。でも守り神さまも夏祭りに参加したがってる。千尋おばあちゃんも会いたいって言ってる。何十年も力が戻らず眠ってばかりだった守り神様が、電波塔のおかげで力が戻りつつあった。だったら、戻したい」
「具体的に何をすればいい? 私は妹らの保育園の送り迎えはあるけど手伝えるよ」
「俺も一矢も手伝える」
 皆が身を乗り出してくれた。
「じゃあ俺からも提案がある」
 榊くんと私の提案はほぼ一緒だった。
 集客が見込まれる『御六尾の祭り』で守り神様ジャックをする計画だった。


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 陽葵ちゃんが大人の目を盗んで気づかれないように作ってくれたのは、町中に貼った夏祭りの歩スター。
 夏祭りのお知らせポスターと当日配っていたチラシは、一部変更された部分がある。
その一つは、うちの浄瑠璃神 社公式サイトへの誘導。ホームページではなく動画サイトの守り神さまが使っていたあのアカウントだ。
 あのアカウントに飛び、登録させてファン登録してもらう。
 それのために機械に弱い大人やお年寄りに設定方法を教えるために大樹くんと一矢くん――そして四校の中学生が協力してくれた。
 そう。私が放送委員会で四校合同で話し合った日に、お祭りで手伝ってしいことがあると伝えた。
 つたえる時は本当に怖かった。神様だの妖力だの妖だの、信じて貰えずに笑われるかもしれない。お願いするときや事情を説明するときに怖かった。実際に一度では信じてくれない人もいた。
 お姉ちゃんのように本当のことを伝えても傷つけてくる人たちはいるかもしれないと。
 でも動画を見せたり何度か説明しているうちに、実際に祖母や祖父がお祭りで妖をみたり守り神様をみたことがあると教えてくれたらしい。
 信じてくれた皆がいたので、私も計画を伝え協力をお願いすることができた。

 なので当日、ファン登録の仕方を教えてくれるために境内には中学生が何人も目を光らせている。ファン登録をするためにお年寄りには一人ひとり説明してくれていた。
 お父さんとお爺ちゃんがお祭りで忙しい今日が最後のチャンスだ。
「百夜!」
 囃子で太鼓を担当するお兄ちゃんは、小さな果物の籠を持って御台で準備していたけれど、急にぎっくり返った籠を見て驚いている。
「なんだよそれ。そう、妹たちが頑張ってるおかげ」
 お兄ちゃんが誰かと話している。
 きっと妖力のない人たちから見たら奇妙に見えるだろう。
 でも小さな籠の中に入っていた守り神様は、何人かファン登録してくれたから成長したのかもしれない。見えないけどお兄ちゃんが嬉しそうだからなんとなく察した。
 他の運営からじろじろ見られているので急いで近づく。
 すると榊くんがすかさずお兄ちゃんの隣に立った。
「でもあの浴衣を着るにはまだ足りないですね」
 榊くんは千尋おばあちゃんがくれた浴衣が良く似合っている。
 すこしだけ短かったのがちょっと可愛い。
「俺、野球部の皆にお願いするわ」
「私ももっと放送で呼びかけるね」
 頑張るよって胸を叩くとどこかで小さく鈴の音がした。

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『浄瑠璃神社よりお知らせです。浄瑠璃神社はお知らせを動画サイトでも投稿しています。十七時より動画サイトでもお知らせ配信をいたしますので、ファン登録をお願いします』
 屋台やおみくじに夢中だから放送を聞いている人は少ない。
 だからこそ何度も放送するし、一矢くんや大輝くんたちにファン登録の仕方を教えてもらうしかない。
 ほぼお年寄りばかりのこの町で、お年寄りにファン登録をお願いしないといけないんだから丁寧に教えていかなければ。
 ああでもないこうでもないと頑張っていると、お兄ちゃんと榊くんが御台にやってきた。
「頑張ってるじゃん。水分とってる?」
「お兄ちゃん。とってるよ」
「今日、三十六度だって。全然焼きそばが売れないって困ってたよ」
 そう言いつつも手に焼きそばを持っている榊くんは優しい。
「そういえば母さん呼び出してくれん? 夜に灯るはずの電灯がもうついてんだよね」
 屋台や神社の本堂をみれば、装飾している電気式の提灯や電灯が全部ついていた。
 あれ柱からつるすのが一番大変だったやつだ。
 朝から忙しそうに走り回っているお母さんを見つけるのは大変だもんね。
『お母さんお兄ちゃんがーー』
 ハッと気づいたときには遅かった。
 ドッと笑い声がお祭りの中で聞こえてくる。
 すぐに訂正しようと思ったのに、運営のテントの中でも笑い声が聞こえてくる。
 私がしたミスだけど、笑い声が聞えれば聞こえるほど、恥ずかしくなって声が出なくなる。恥ずかしくて泣きそうだ。
『町内会または神社の関係者さま、夜に点灯するはずの提灯や電球が付いております。確認をお願いします』
 泣きそうで俯いていた私の代わりに――榊くんが放送してくれた。
「あり、ありがとう」
「こんなの可愛いだけだから、気にするなよ」
「絢人、百夜が浴衣着たいっていうから手伝おう」
「ん、行きます。じゃあ頼んだ」
 二人が頑張れよって言ってくれたおかげで、いろんな人が笑ったりからかいに来たけれど全然もう怖くなんてなかった。