「──来たぞ!!」
机の上に散乱した骨董品の間から、Sが勢いよくノートPCを持ち上げた。暗い部屋の中で液晶の光だけが浮かび上がり、埃の粒を青白く照らす。壁際には古びた掛け軸や割れた人形、木彫りの面。普段からコレクションの呪物に囲まれているこの部屋は、深夜になると余計に息苦しい。
「また誰かから怪しいブツでも届いたんですか?」
私は呆れ声で言った。
「違う。見ろよ、これ。やっとだ。俺にしか触れられないモノが来た」
画面には一通のメールが表示されている。
【 △△△旅館 ご当選のご案内 】
なんて胡散臭い。よくある詐欺メール。今どき、こんな古典的な手法に引っかかるやつなんているのか?
「……本当に来るんですね、こういうの」
私は眉をひそめた。
「違う! 来たんだよ!! 俺の元に 」
Sは椅子をきしませて身を乗り出した。
「三年間、毎月応募してきた。外れ続けて、続けて……それが今夜、ようやく来たんだ」
「え? 応募!? Sさんって、キャラじゃないことするんですね。意外すぎます。でも……なんか簡素すぎませんか? 旅館へのアクセス方法も、送迎の案内も書いてないし、やっぱ詐欺じゃ?」
「だからいいんじゃないか。普通の宿泊とは違うんだぞ?」
Sは興奮気味に指で“●●様”をなぞった。
「ここを見ろよ。ご本人のお名前で、だ。強調されてる。わざわざ、こんなこと書く必要なんてないはずだろ?」
「だから、逆に怖いんですよ。本人であることを強調するのって、身分書提示すれば済むじゃないですか」
「本人であること、それこそが鍵なんだ」
彼は口元を歪めた笑みで言った。
「いいか? 呪物には必ず【名】がある。呼びかけられる対象が定まった瞬間に力が動くんだ。つまり、このメールは俺に向けて送られた呼びかけなんだよ」
「いいっすけど……スポンサー案件、山ほど残ってますよ。そんなとこ行ってる暇ないんですけど?」
私は冷静さを取り戻そうと努める。
「Sさん、来月の撮影だって決まってるんです! こんな得体の知れないプランより、そっちを優先すべきじゃないですか?」
「スポンサーは金で来る。でもこれは、俺が選ばれなきゃ来ない。何物にも代えがたい」
私は返す言葉に詰まった。相手にしてるのは生粋の変人だということを忘れていた。彼はさらに別のタブを開き、黒地に白字の掲示板ログを見せてきた。
88 :匿名さん
△△△旅館の「幸せを呼ぶ部屋」
幸せになったって話は多い。昇進、結婚、宝くじ当選。
94 :匿名さん
昔の記事なんだが、泊まった後行方不明になった人がいるって載ってたらしい。
99 :匿名さん
>94
数十年で数件ほど噂あり。急死の噂も。まぁ、偶然かもしれないが。
102 :匿名さん
行きたい。けど当たらない。
「ほらな」
彼はスクロールを止めて言う。
「創業以来の数十年で、行方不明や急死が数件。多すぎないから、ただの偶然だって言い張れる。でも完全には否定できない。その曖昧さにこそ、ロマンがあるじゃないか」
「逆に言えば、幸せになった事例はやたら派手に語られて、不幸な話はいつも曖昧。典型的な伝説の作られ方ですよ」
「だから欲しいんだ!!」
彼の声は熱を帯びる。
「俺が集めてきた呪物は全部【物】だった。でもこれは違う。この【場所】そのものが呪物なんだ」
「……呪物、の部屋?」
思わず口にすると、空気がひやりとした。
「そう。呪物の部屋だ」
Sの口元が不気味に片方の口角を上げる。
「やめてください、そう呼ぶの。名前をつけた時点で、輪郭が固まっちゃうから」
「いいじゃないか、久しぶりに滾るなぁ」
私は、ぶんぶんと頭を振る。
「Sさん! いいですか? 私たちがやってるのは映像企画です。【幸せを呼ぶ部屋に泊まってみた】ならウケます。でも【呪物の部屋に泊まる】じゃ、ただのSさんの自己満足ですよ」
「それでいいじゃないか」
彼はきっぱりと言った。
「じゃあ逆に聞きます。もし、Sさんが奪われる側だったら?」
「構わない」
即答だった。
「代償を払わない願いなんてあり得ない。だろ? 何かが奪うからこそ本物なんだ」
背筋が寒くなる。呪物の部屋が怖いんじゃなくて、Sの言動にだ。熱がこもりすぎている。
「……行くんですね?」
「行く」
「止めても?」
「止めるなよ。お前は俺の記録係だろ? 俺に何かあったら骨だけは拾って残してくれ。呪物として。それが役割だ」
ニヤリと笑った彼の視線はまっすぐで、私は押し返せなかった。再びメールに目を落とす。『ご本人のお名前で』爪に引っかかる木のささくれみたいに気になる。
そんな私の不安は的中したんです。
Sは奪われてしまった。ナニカに。
私にはSとの約束がある。Sに何が起きたのか? それを突き止めなければならないのです。
机の上に散乱した骨董品の間から、Sが勢いよくノートPCを持ち上げた。暗い部屋の中で液晶の光だけが浮かび上がり、埃の粒を青白く照らす。壁際には古びた掛け軸や割れた人形、木彫りの面。普段からコレクションの呪物に囲まれているこの部屋は、深夜になると余計に息苦しい。
「また誰かから怪しいブツでも届いたんですか?」
私は呆れ声で言った。
「違う。見ろよ、これ。やっとだ。俺にしか触れられないモノが来た」
画面には一通のメールが表示されている。
【 △△△旅館 ご当選のご案内 】
なんて胡散臭い。よくある詐欺メール。今どき、こんな古典的な手法に引っかかるやつなんているのか?
「……本当に来るんですね、こういうの」
私は眉をひそめた。
「違う! 来たんだよ!! 俺の元に 」
Sは椅子をきしませて身を乗り出した。
「三年間、毎月応募してきた。外れ続けて、続けて……それが今夜、ようやく来たんだ」
「え? 応募!? Sさんって、キャラじゃないことするんですね。意外すぎます。でも……なんか簡素すぎませんか? 旅館へのアクセス方法も、送迎の案内も書いてないし、やっぱ詐欺じゃ?」
「だからいいんじゃないか。普通の宿泊とは違うんだぞ?」
Sは興奮気味に指で“●●様”をなぞった。
「ここを見ろよ。ご本人のお名前で、だ。強調されてる。わざわざ、こんなこと書く必要なんてないはずだろ?」
「だから、逆に怖いんですよ。本人であることを強調するのって、身分書提示すれば済むじゃないですか」
「本人であること、それこそが鍵なんだ」
彼は口元を歪めた笑みで言った。
「いいか? 呪物には必ず【名】がある。呼びかけられる対象が定まった瞬間に力が動くんだ。つまり、このメールは俺に向けて送られた呼びかけなんだよ」
「いいっすけど……スポンサー案件、山ほど残ってますよ。そんなとこ行ってる暇ないんですけど?」
私は冷静さを取り戻そうと努める。
「Sさん、来月の撮影だって決まってるんです! こんな得体の知れないプランより、そっちを優先すべきじゃないですか?」
「スポンサーは金で来る。でもこれは、俺が選ばれなきゃ来ない。何物にも代えがたい」
私は返す言葉に詰まった。相手にしてるのは生粋の変人だということを忘れていた。彼はさらに別のタブを開き、黒地に白字の掲示板ログを見せてきた。
88 :匿名さん
△△△旅館の「幸せを呼ぶ部屋」
幸せになったって話は多い。昇進、結婚、宝くじ当選。
94 :匿名さん
昔の記事なんだが、泊まった後行方不明になった人がいるって載ってたらしい。
99 :匿名さん
>94
数十年で数件ほど噂あり。急死の噂も。まぁ、偶然かもしれないが。
102 :匿名さん
行きたい。けど当たらない。
「ほらな」
彼はスクロールを止めて言う。
「創業以来の数十年で、行方不明や急死が数件。多すぎないから、ただの偶然だって言い張れる。でも完全には否定できない。その曖昧さにこそ、ロマンがあるじゃないか」
「逆に言えば、幸せになった事例はやたら派手に語られて、不幸な話はいつも曖昧。典型的な伝説の作られ方ですよ」
「だから欲しいんだ!!」
彼の声は熱を帯びる。
「俺が集めてきた呪物は全部【物】だった。でもこれは違う。この【場所】そのものが呪物なんだ」
「……呪物、の部屋?」
思わず口にすると、空気がひやりとした。
「そう。呪物の部屋だ」
Sの口元が不気味に片方の口角を上げる。
「やめてください、そう呼ぶの。名前をつけた時点で、輪郭が固まっちゃうから」
「いいじゃないか、久しぶりに滾るなぁ」
私は、ぶんぶんと頭を振る。
「Sさん! いいですか? 私たちがやってるのは映像企画です。【幸せを呼ぶ部屋に泊まってみた】ならウケます。でも【呪物の部屋に泊まる】じゃ、ただのSさんの自己満足ですよ」
「それでいいじゃないか」
彼はきっぱりと言った。
「じゃあ逆に聞きます。もし、Sさんが奪われる側だったら?」
「構わない」
即答だった。
「代償を払わない願いなんてあり得ない。だろ? 何かが奪うからこそ本物なんだ」
背筋が寒くなる。呪物の部屋が怖いんじゃなくて、Sの言動にだ。熱がこもりすぎている。
「……行くんですね?」
「行く」
「止めても?」
「止めるなよ。お前は俺の記録係だろ? 俺に何かあったら骨だけは拾って残してくれ。呪物として。それが役割だ」
ニヤリと笑った彼の視線はまっすぐで、私は押し返せなかった。再びメールに目を落とす。『ご本人のお名前で』爪に引っかかる木のささくれみたいに気になる。
そんな私の不安は的中したんです。
Sは奪われてしまった。ナニカに。
私にはSとの約束がある。Sに何が起きたのか? それを突き止めなければならないのです。



