[録音開始。襖が開く音。畳を踏む音]
S「えーっと……Sです。○月○日、○時。記録を残します。部屋に入りました。これが『幸せを呼ぶ部屋』か。十畳はあるな。畳は青い香りがする。障子も真新しい。照明は柔らかくて、天井の木目が落ち着く。……うん、普通にいい部屋だ。旅館らしい、いかにもな和室だ。不気味な感じはしない。正直な話、物足りなさが否めない」
[窓を開ける音。虫の声が入る]
S「静かで……落ち着く。もっと辛気臭い場所だと思ったが……とりあえず、期待してみるか」
[箸の音、食器の触れ合い]
S「夕食です。……やばいな、これは。懐石に和牛、伊勢海老のお造り。小鉢も色鮮やかだ。まるでパンフレットそのまま。……いや、それ以上かもしれない。味も文句なし。日本酒も上手い。……なるほど。確かに、当選者だけの贅沢って言うのは嘘じゃない。普通に俺も楽しんじゃってるし」
[廊下を歩く足音]
S「温泉から戻った。露天風呂は最高だった。夜風が冷たくて、湯は熱い。空には星も見えた。……ああ、心まで清められてるようだ」
[襖を開ける音。沈黙。次いで、吸い込むような息]
S「……えっと? ……なんだ、これ。……さっきまでなかったぞ。床の間に……祭壇がある。榊、盃に、果物……は新鮮だ。灯りまでともってる。誰が……いつ……?」
[チリン、と鈴の音。チリン……Sが息を呑む]
S「神楽鈴……か?……おい、鳴ってるぞ。誰も触っていないのに?……音が胸に響く。……これ、ただの祭具じゃない。呪具だ。……神楽鈴は境界を揺らす。神を迎えるための鈴だが、払うためじゃない。呼び寄せるためのものだ。やばいぞ……この音は危険だ。はははっ……いいねぇ、ここで何をしようってんだ?」
[息が荒くなる。小さく笑うが震えている]
S「……掛け軸の白蛇……。赤い目。墨のはずなのに、濡れて光を吸ってる。俺を見返してくる。……いや睨んでるな」
[畳に膝をつく音。紙をめくる音]
S「なんだ?……宿帳か。古い。ずらっと名前が並んでいる。ん? 待てよ。変だな。この名前……同じ苗字の●●だけ赤いバツで消されてる。……何十年も、続いている。俺も同じ名を持つのは偶然か?」
[鈴がまた鳴る。録音が歪む。呼吸が詰まる音]
S「……掛け軸の下……鱗。いや、抜け殻だ。……大きい。普通の蛇じゃない。触ると硬いのに……生温かい。まだ生きてるみたいだ」
[神楽鈴が速く鳴る。マイクに息がぶつかる]
S「……掛け軸が……揺れてる。赤い目が濡れて……こちらを……。ちが……う。絵じゃない。や……やめろ……来るな……」
[呼吸が潰れる。短い沈黙]
「……これが……本物……の……呪物か」
[神楽鈴が激しく乱れる。録音が大きく歪む。Sの呻き声が混じる]
S「……っは……な……せ……」
[沈黙。数秒後、低い異質な声]
声「ソノチハスベテタヤス」
声「お部屋に気に入られなかったんですね」
[強いノイズ。録音が跳ね、ブツ、と切れる]
[無音。録音終了]
S「えーっと……Sです。○月○日、○時。記録を残します。部屋に入りました。これが『幸せを呼ぶ部屋』か。十畳はあるな。畳は青い香りがする。障子も真新しい。照明は柔らかくて、天井の木目が落ち着く。……うん、普通にいい部屋だ。旅館らしい、いかにもな和室だ。不気味な感じはしない。正直な話、物足りなさが否めない」
[窓を開ける音。虫の声が入る]
S「静かで……落ち着く。もっと辛気臭い場所だと思ったが……とりあえず、期待してみるか」
[箸の音、食器の触れ合い]
S「夕食です。……やばいな、これは。懐石に和牛、伊勢海老のお造り。小鉢も色鮮やかだ。まるでパンフレットそのまま。……いや、それ以上かもしれない。味も文句なし。日本酒も上手い。……なるほど。確かに、当選者だけの贅沢って言うのは嘘じゃない。普通に俺も楽しんじゃってるし」
[廊下を歩く足音]
S「温泉から戻った。露天風呂は最高だった。夜風が冷たくて、湯は熱い。空には星も見えた。……ああ、心まで清められてるようだ」
[襖を開ける音。沈黙。次いで、吸い込むような息]
S「……えっと? ……なんだ、これ。……さっきまでなかったぞ。床の間に……祭壇がある。榊、盃に、果物……は新鮮だ。灯りまでともってる。誰が……いつ……?」
[チリン、と鈴の音。チリン……Sが息を呑む]
S「神楽鈴……か?……おい、鳴ってるぞ。誰も触っていないのに?……音が胸に響く。……これ、ただの祭具じゃない。呪具だ。……神楽鈴は境界を揺らす。神を迎えるための鈴だが、払うためじゃない。呼び寄せるためのものだ。やばいぞ……この音は危険だ。はははっ……いいねぇ、ここで何をしようってんだ?」
[息が荒くなる。小さく笑うが震えている]
S「……掛け軸の白蛇……。赤い目。墨のはずなのに、濡れて光を吸ってる。俺を見返してくる。……いや睨んでるな」
[畳に膝をつく音。紙をめくる音]
S「なんだ?……宿帳か。古い。ずらっと名前が並んでいる。ん? 待てよ。変だな。この名前……同じ苗字の●●だけ赤いバツで消されてる。……何十年も、続いている。俺も同じ名を持つのは偶然か?」
[鈴がまた鳴る。録音が歪む。呼吸が詰まる音]
S「……掛け軸の下……鱗。いや、抜け殻だ。……大きい。普通の蛇じゃない。触ると硬いのに……生温かい。まだ生きてるみたいだ」
[神楽鈴が速く鳴る。マイクに息がぶつかる]
S「……掛け軸が……揺れてる。赤い目が濡れて……こちらを……。ちが……う。絵じゃない。や……やめろ……来るな……」
[呼吸が潰れる。短い沈黙]
「……これが……本物……の……呪物か」
[神楽鈴が激しく乱れる。録音が大きく歪む。Sの呻き声が混じる]
S「……っは……な……せ……」
[沈黙。数秒後、低い異質な声]
声「ソノチハスベテタヤス」
声「お部屋に気に入られなかったんですね」
[強いノイズ。録音が跳ね、ブツ、と切れる]
[無音。録音終了]



