もう話してもいいですか? スマホに向かって話せばいいのかな? ……この宿の庭を任されて、もう三十年近くになります。
裏庭の奥、いまは石畳と植え込みになっている一角があるでしょう。あそこだけは、どれだけ掃いても苔が浮き出てきて、白い小さな花が勝手に咲く。……昔の人はあれを「蛇の通り道」と呼びました。何かが這ったような跡が残る。きっと白蛇様だ。祠があった場所と、鳥居をつなぐ筋だったからのう。

白蛇の祠は、もうご存じでしょう。いまの『白蛇の間』の真下にあったんです。祠を壊して部屋を造ったのは昭和の後半。年寄りたちは「蛇の眠る場所を荒らした」とずいぶん噂したものです。以来、この庭には妙なものがよく落ちるようになった。古い札や、濡れた紙切れ、どこからきたのか誰が置いたかわからない供物……わたしも何度か見つけましたが、なるべく女将に報告せず、そっと処分してきました。

それが、数日前のことです。
いつもどおり池のまわりの落ち葉を片づけていたとき、石畳の隙間に何かが光っているのを見つけました。泥にまみれた、小さなボイスレコーダーでした。最初は観光客の忘れ物だろうと思いましたが……場所がどうにもおかしい。あそこは人がわざわざ物を落とすような場所じゃないんです。部屋の真下から伸びる「蛇の通り道」の真上。苔と花に隠れるようにして差し込まれていたんです。

わたしは迷いました。正直、怖かった。女将に「こんなものが庭から出ました」と渡す勇気はなかった。だから内緒で持ち帰り、息子と一緒に聞いてみたんですよ。ひとりで聞くのが、気味が悪くてね。

再生したとき、背筋が凍りましたよ。声の主は若い男性で、自分を「S」と名乗っていました。その名前には聞き覚えがあったんです。数日前に失踪した宿泊客と同じだったからです。

録音の最初は、落ち着いていて話していました。けれど数分も経たないうちに声が震えだし、途中からは息が荒くなり、言葉も途切れ途切れで、しまいにはぷつんと、途絶えたんです。

わたしは思わず再生を止めました。息子も顔を青くして、二度と聞きたくないと言った。その夜は一睡もできませんでした。

これ以上は、自分の手には負えません。けれど黙っていることもできない。あなたが調べていると聞いて、勇気を出してお話ししました。
これです。……どうか、気をつけてください。あの部屋の下には、今も──。