……こんなことを口にしていいのか、正直怖いんですけど 。女将に知られたらどうなるか……。
他言無用でお願いします。
『幸せを呼ぶ部屋』なんて、観光客に向けた呼び名ですよ。
私たちは、ずっと『白蛇の間』って呼んでいました。
理由は簡単ですよ。床の間に飾られた掛け軸と、脇に置かれた木彫り。どちらも白蛇を象っているからです。福の神だと説明されてはいましたが……。私もね数回しか目にしたことは無いんだけど、どう見ても、睨んでいるようにしか感じませんでした。夜の薄明かりで見ると、赤い目がじっと光っていて……。思い出すだけで、鳥肌が。
三十年もここで働いていれば、あの部屋のことを見てしまうんですよ。新人の子たちには決して教えません。知らない方が幸せだから。けれど、私たち古い者の間では暗黙の了解があります。
『白蛇の間』には余計なことをしない。
布団も畳まない。埃も払わない。必ず女将に任せる。
それが旅館で働く上での暗黙の決まりでした。
本当はおかしいんですよ。
だって、普通のお客様のお部屋なら、女将が自分で片づけることなんてあり得ませんから。
でも『白蛇の間』だけは違う。必ず女将がひとりで入って、鍵を掛ける。私たちは廊下で待たされるんです。
不思議な音も耳にしました。
深夜、廊下を歩いていると、部屋の中から鈴を転がすような音が聞こえてきたんです。最初は風かと思いました。でも確かに、チリン……チリン……と規則的に鳴っていた。
襖を開けようとしたら、女将に腕をつかまれて、すごい力で止められました。
「決して開けてはいけません」
あの声の冷たさは、今も忘れられません。
私は三度、宿泊客が消えたのを見ました。
最初は若い頃。二度目は十年ほど前。三度目はつい最近です。懸賞で来られた男性で……きっと貴方の探しておられるS様のことですね。夜、廊下を通ったら、また中から鈴の音がしていました。
私たちは皆、ずっと見て見ぬふりをしてきました。
地元で働く場所なんて限られていますし、この旅館を辞めて暮らすのは難しい。だから従うしかなかった。
でも本当は、ずっと疑問なんです。
あの部屋は『幸せを呼ぶ部屋』なんて言われていますけど……。本当に幸せを呼んでいるんでしょうか?
呼ばれているのは、別の何かじゃないんでしょうか。
どうか、この証言が女将の耳に入らないようにしてください。私はまだ、ここで働かないといけないんですから……。
他言無用でお願いします。
『幸せを呼ぶ部屋』なんて、観光客に向けた呼び名ですよ。
私たちは、ずっと『白蛇の間』って呼んでいました。
理由は簡単ですよ。床の間に飾られた掛け軸と、脇に置かれた木彫り。どちらも白蛇を象っているからです。福の神だと説明されてはいましたが……。私もね数回しか目にしたことは無いんだけど、どう見ても、睨んでいるようにしか感じませんでした。夜の薄明かりで見ると、赤い目がじっと光っていて……。思い出すだけで、鳥肌が。
三十年もここで働いていれば、あの部屋のことを見てしまうんですよ。新人の子たちには決して教えません。知らない方が幸せだから。けれど、私たち古い者の間では暗黙の了解があります。
『白蛇の間』には余計なことをしない。
布団も畳まない。埃も払わない。必ず女将に任せる。
それが旅館で働く上での暗黙の決まりでした。
本当はおかしいんですよ。
だって、普通のお客様のお部屋なら、女将が自分で片づけることなんてあり得ませんから。
でも『白蛇の間』だけは違う。必ず女将がひとりで入って、鍵を掛ける。私たちは廊下で待たされるんです。
不思議な音も耳にしました。
深夜、廊下を歩いていると、部屋の中から鈴を転がすような音が聞こえてきたんです。最初は風かと思いました。でも確かに、チリン……チリン……と規則的に鳴っていた。
襖を開けようとしたら、女将に腕をつかまれて、すごい力で止められました。
「決して開けてはいけません」
あの声の冷たさは、今も忘れられません。
私は三度、宿泊客が消えたのを見ました。
最初は若い頃。二度目は十年ほど前。三度目はつい最近です。懸賞で来られた男性で……きっと貴方の探しておられるS様のことですね。夜、廊下を通ったら、また中から鈴の音がしていました。
私たちは皆、ずっと見て見ぬふりをしてきました。
地元で働く場所なんて限られていますし、この旅館を辞めて暮らすのは難しい。だから従うしかなかった。
でも本当は、ずっと疑問なんです。
あの部屋は『幸せを呼ぶ部屋』なんて言われていますけど……。本当に幸せを呼んでいるんでしょうか?
呼ばれているのは、別の何かじゃないんでしょうか。
どうか、この証言が女将の耳に入らないようにしてください。私はまだ、ここで働かないといけないんですから……。



