あれから俺と頼くんは恋人同士になり、1ヶ月が経った。
とはいえ、一緒に登下校したり、お昼休みは2人で過ごしたり、特に前と変わらない日常を過ごしている。唯一変わった事があるとしたら…

「ねぇ頼くん…」
「ん?」
「近くない?俺今、ご飯食べてるんだけど…」
「だって凛先輩、受験勉強で忙しいしお昼くらいしか一緒にゆっくり出来ないじゃないですか」
「そうだけど…誰か来たらまずいって〜!」
「秋の屋上なんて寒いんで誰も来ませんよ」

唯一変わった事、それは頼くんからのスキンシップがやたらと増えた事だ。
今だってお昼ご飯を食べる俺に後ろから抱きついている。距離を取ろうとジタバタしたところで、頼くんの力が強くてどうしようも出来ない。

「今日の放課後も勉強ですよね、じゃあ今だけは俺だけの凛先輩です」

そう言って拗ねながら、抱きついている腕に力がこもった。

(そんなふうに言われたら、許しちゃうじゃん…)

俺は頼くんから甘えられるのに、めっぽう弱い事も分かった。

予鈴が鳴り、そろそろ教室に戻ろうと立ち上がった。

「あ、待って凛先輩」

その瞬間、俺の後頭部を優しく抑えながら短いキスをしてきた。

「ちょっ…」
「少し充電させてもらいました。」

そう言いながら、照れてる俺を見て頼くんは嬉しそうに笑った。

(…っ不意打ち…)

キスは何度かしたけど、恋愛初心者の俺にはまだまだ慣れそうにない。

(きっとこれからも慣れない事沢山あるんだろうな)

色んな問題が出てくる度に、一つ一つ解決しなくちゃいけない。
自分がそれをこなしていけるのか不安だけど、頼くんと一緒にいる為には必要な事だと思う。


そしてなにより、俺は今とても大きな問題を抱えている。
そう、今週末には頼くんの誕生日がある。
恋人の誕生日の祝い方なんてさっぱり分からず、頭を悩ませていた。

「はぁ…」
「どーしたそんな険しい顔して。眉間に皺できるぞ。」

放課後、教室で思わずため息を溢すと、成瀬が声をかけてきた。

「なっ、成瀬…」

(わ…なんかちょっときまずい…)

文化祭の時告白されて以来、俺と成瀬は少しぎこちなくなっていた。

「ったく。あのさぁ、気まずいって顔に書いてんだよ。もうそんな事気にしなくていいから。普通に今まで通り仲良くしてくれていいんだぞ。」

その言葉に俺は少し驚いたが、同時に安心した。

(そっか、今まで通りでもいいんだ)

「ごめんね、あの時…っでも俺、成瀬の事友達として好きだから!これからもよろしくね」

俺がそう言うと成瀬は笑った。

「俺も気持ち伝えられて良かった。改めてしっかり振ってもらえて吹っ切れたわ。ま、あんまり険しい顔ばっかしてると俺お前のこと奪いに行くからな」
「奪っ…!?」
「その必要はないんで大丈夫ですよ。」
「えっ?」

会話を遮ったのは頼くんだった。その表情は、成瀬に対してどこか威嚇しているようだった。

「さっ、凛先輩帰りますよ」

すぐに切り替えて、ニコニコと笑いながら俺にそう言った。

「はぁ、ったく。彼氏くん、天羽の事大事にしろよ〜。」

そう言い残して成瀬は先に教室を出た。

「さっきあの人のこと好きって言ってた。」
「友達としてだよ!?」
「でもだめです。好きは俺だけです。」

そう言って拗ねる頼くんを、どうしようもなく愛おしく感じてしまう。

(あーもう、本当に頼くんって人は…)

「頼くん、好きだよ」

思い切って伝えてみると、頼くんは少し照れながら笑った。

「先輩こそ、不意打ちじゃないですか」

そんな頼くんの表情を見て、俺はまた愛おしく感じた。


帰り道、夕方になると少し冷え込む。

「うわ、さむーっ」
「マフラーの凛先輩、めっちゃメロい。」
「またそれ…いまだにメロいって良く分かんないや」
「メロいはメロいです」

頼くんがご機嫌そうに俺の横を歩く。

「そういえばもう秋ですね。秋になると頼先輩と出会った頃を思い出します。」
「あれ?俺はと頼くんが出会ったのって、確か夏休み中じゃなかったっけ?
「違いますよ。俺、去年の秋に図書室で寝てる凛先輩に一度会ってます。」
「っ…!?なにそれ、初めて知った!なんでもっと早く教えてくれなかったの!てか恥ずかし〜…」
「俺はあの時からずっと凛先輩の事見てましたよ」

突然のカミングアウトには驚いたが、なんだか嬉しい気持ちになった。

(ずっと見てた、か…)

頼くんはいつも俺が知らない事もきちんと言葉にして、真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれる。
その素直さに俺は、何度もいろんな事を気付かされて、何度も幸せを貰った。

(俺も頼くんには、素直でいたい)

「ねぇ、頼くんっ…土曜日どっか出かけない?」
「休日デートですか!?」
「ま、まぁ、そんな感じ…」

(休日デートじゃなくて誕生日デートなんだけどな…)

頼くんのあまりにも喜ぶ姿を見て、俺もどこか嬉しい気持ちになった。

(まぁ、喜んでるし、いっか)


そして今日、ついに頼くんとデートだ。

(髪とか服とか変じゃないかな!?)

自分の身なりを気にしながら待ち合わせしている駅へ向かう。
駅に到着すると、先に頼くんが待っていた。

「頼く…」

声をかけようとしたその瞬間、綺麗な女性が頼くんに話しかけていた。

(まぁ、あれだけカッコよかったらナンパくらいされるよな…)

「凛先輩!」

頼くんはこちらに気付き、すぐに駆け寄ってきた。

「お、お待たせ。あの、いいの?誰かと話してたみたいだけど…」
「あんなのほっとけばいいです。そんな事より凛先輩の私服…レアなんで写真撮っていいですか?」
「あんなのって…てか写真ははずかしいからだめっ」
「あ!凛先輩、こないだのマフラーと違うやつだ。それも似合いますね」
「んえっ、あ、ありがとう」

(ちょっとした変化にまで気付いてくれるの、なんか嬉しいな)

さっきまで頼くんがナンパされている場面を見てモヤモヤしていたのに、頼くんの言葉ですぐに喜んでしまう。俺って単純だ。

「あ、そうだ、俺行きたいところあって、ついてきてくれせんか?」
「行きたいところ?」

嬉しそうな頼くんにしばらくついていくと、そこはケーキ屋さんだった。

「ここって」
「秋限定のモンブランです!凛先輩好きそうだなと思って下調べしちゃいました」
「わ〜、美味しそう!」

店の看板にメニューが貼ってあり、それを見ながら気分が上がった。

(…って!頼くんの誕生日なのに、俺が喜ばされてどうすんの!)

俺は悔しい気持ちになりながら、モンブランを買ってベンチに頼くんと横並びに座った。

「はい。凛先輩、あーん」

突然のあーんに戸惑いながらもそれを咥えた。

「…おいしい!」
「良かった。ジェラートの時もですけど、甘いもの食べてる時の頼先輩の顔、幸せそうですね」
「っ、俺、そんなに顔に出てた!?」
「はい。俺がこれからも沢山あーんしてあげますね」
「またそうやって恥ずかしい事を…」

(まぁ、頼くんが楽しそうならいっか)

「あ、凛先輩クリームついてる。」
「え、どこに」

その瞬間、頼くんの舌が俺の口元のクリームを拭った。

「っっっ〜〜!?」
「ははっ、あまっ」

思いっきり不意打ちを食らった俺は言葉にならない恥ずかしさでいっぱいになった。

「あれ?九条じゃん。」
「あ、田村」
「って、あれ?隣、もしかして凛先輩じゃない?」

急に話しかけてきたのは、頼くんのクラスメイトだと気付いた。前に頼くんと話していたのを見た事があった。

「凛先輩、こいつ同じクラスの田村です。」
「あ、えと、こんにちは」
「こんにちは!凛先輩の事、九条からよく聞いてます!」
「え、あ、そうなんだ」

俺は頼くんに何を話してるんだと言う視線を送ると、頼くんは少しニヤっとしながら、誤魔化すように視線を外した。

(ハッ!そういえば…さっきの見られちゃったかな)

ついさっき口元についたクリームを舌で拭われたのを思い出した。

「…てか、見ちゃったんだけど…もしかして2人、付き合ってる?」

田村くんにそう質問されて俺は戸惑った。

(どうしよう、なんて答えたら…)

「付き合ってるよ」

俺が悩む間もなく、頼くんがハッキリとそう言った。

「え、マジか」

田村くんは目を丸くしていた。

(絶ッ対引かれた〜〜〜)

「うっ…ぐす…うぅぅっ…」

その瞬間、田村くんが顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。

(えっ、この人なんで泣いてんの!?)

「なんで教えてくれなかったんだよ〜!良かったなぁ九条〜」
「ちょ、こんなとこで泣くなよ…」
「田村くん!?大丈夫?なんで泣いて…」
「そりゃ泣くでしょ!散々こいつから凛先輩のメロつき惚気話聞かされてたんですから!」

俺は驚愕した。開いた口が塞がらないとはこのことだと思った。そこからは田村くんが泣き止むのを待つという謎の時間が生まれた。

「デート中邪魔してすみません!九条、またメロつき惚気話聞かせろよ!じゃあな!」

(嵐みたいな人だな…)

田村くんが去って行くと、俺は頼くんに視線を移した。

「頼くん…田村くんに何話してるの…」
「はて、何のことでしょう」

頼くんはわざとらしく誤魔化した。

(でも…頼くん、田村くんに俺たちのこと隠さなかったな)

あの時、何の躊躇もなく「付き合ってるよ」と田村くんに言った頼くんを思い浮かべ、少しくすぐったい気持ちになった。

(ああいうの、なんだか嬉しい)


「で、凛先輩はどの映画見たいですか?」
「えっ!?あっ、これ!」

色々考えているうちに映画館に到着した。
急な質問に急いで応えようと適当に指を刺したのは、今流行りのラブストーリーだった。

映画の中ではキスシーンやそれ以上のシーンが盛り沢山で1人で気まずい気持ちになった。

(俺たちもいつか…キス以上の事するのかな。)

そう思うと、隣にいる頼くんの横顔に、妙にドキドキした。

映画が終わって外に出るとすっかり夕暮れ時だった。
ライトアップに照らされた紅葉を眺めている頼くんを見て、今日1日を振り返った。

(今日一日俺はドキドキされっぱなしで、頼くんの事楽しませてあげられたのかな…)

改めて、自分が恋愛に慣れていない事を痛感し、不安な気持ちがよぎった。

「俺、凛先輩とこうやってデートできるなんて夢にも思わなかったです。」

突然立ち止まり、紅葉から俺に視線を移してそう言った。
さっきまで不安に思っていた事が一気に頭から消えるのが分かった。

「…っ頼くん俺、本当に誰かと付き合うのも、デートも初めてで、あの、色々上手く立ち回れなくてごめんね。」
「凛先輩…」
「さっき田村くんとたまたま会ったやつとか、その、さっきの映画みたいに…キス以上のこととか、俺なりに考えても、どうしたら良いのかよく分かんなくて、でも、頼くんとはその、ずっと一緒に居たいと思ってて…」

伝えたい事が沢山ありすぎて、頭が混乱して上手く話せない。悔しくて目に涙が浮かぶ。

(俺、本当ダメダメだ…)

「凛先輩、俺とのことたくさん考えてくれてたんですね。嬉しいです。」
「…え?」

言葉に詰まる俺を見て、頼くんはそう言った。

「でも、焦らなくていいと思います。恋愛っていろんな形があって、俺たちのペースでゆっくりやっていけたらいいんです。それに、ほら」

俺の手を取って頼くんの胸に置かれた。

「俺だって今日ずっとこんな調子です。」

笑顔で照れてる頼くんを見て、俺はホッとした。

(そっか、俺だけじゃなかったんだ…)

「俺、今日だけは凛先輩と過ごしたいって思ってて、でも受験シーズンだし、俺からは中々言えなくて。凛先輩から誘ってもらえてめちゃくちゃ嬉しかったです」
「頼くん…」

そう素直に話す頼くんを、俺はどうしようもなく愛おしく思った。
咄嗟にカバンから用意していたプレゼントのマフラーを取り出し、頼くんの首に勢いよく引っ掛けた。そのまま少し自分に寄せてキスをした。

「こう言うのも初めてだから、」
「っ…もう、また不意打ちですか…ってこれ、マフラー」
「ん、誕生日おめでとう」

(超恥ずかしい…)

頼くんは勢いのまま俺に抱きついた。

「嬉しいです、ありがとうございます、一生大切にします。」
「お、大袈裟だよ」

俺に抱きつく頼くんは本当に嬉しそうで、つられて俺も嬉しくなった。

「俺、絶対凛先輩と同じ大学行くんで、待っててくださいね。」
「うん、待ってる。って、その前に俺も頑張らなきゃだ」

2人で顔を見合わせて笑った。

「これ、お揃いなんですね」
「恥ずかしいからそれは言わないで」
「俺いま、世界一幸せ者です」

焦らなくてもいい、時間をかけて、ゆっくり、俺たちのペースで進んでいく。

大丈夫。だって俺たちは、こんなにも笑ってる。



end