「よしっ!できた!」
文化祭当日。浴衣カフェをやる事になった俺のクラスの接客担当は、裏方のクラスメイトに着付けをしてもらっている。
「おつかれ〜、って…お前!浴衣!めっちゃ良いじゃん!」
成瀬がそこにやってきた。俺の浴衣姿を見て目を見開いている。
「そうかな?浴衣なんて初めて着た、なんか変な感じ」
「でもすっげー似合ってる!」
「褒めすぎだよ、ちょっと恥ずかしい…」
俺の浴衣姿を見た成瀬があまりにも褒めてくれるので俺は少し照れた。
「成瀬、天羽にメロつきすぎだよ」
「なっ、そそそんなんじゃねーよ!」
着付けをしてくれたクラスの女子と成瀬がなにやらわちゃわちゃと盛り上がっている。
(そういえば頼くんにも"メロい"とか言われてたなぁ)
「…そういえば昨日、急に帰ってったけど、大丈夫だったのか?なんか様子おかしかったけど」
俺はハッと昨日の事を思い出した。
「き、昨日はあんな風に急に帰ってごめんね、鍵も任せちゃったし」
「それはいいんだけど、あの2年と何かあったのか?」
「何かって…」
昨日のキスが頭に浮かんだ。
(そっか、俺、頼くんとキスしたんだ)
あれから帰って何度も思い出した。瞼を閉じる度に、あの時の頼くんの視線やキスされた事が頭によぎり、あまり眠れなかった。
「まぁいいや、とにかく!今日はやり切ろうな」
俺が黙っていると成瀬がそう言った。
「そうだね、頑張ろう」
(そうだ、今日のために沢山準備したんだ、成瀬にも迷惑かけないように文化祭中だけでも切り替えなきゃ)
その時、扉の外に視線を移すと頼くんが通りかかりにこちらを少し見た。
「あっ…」
その瞬間すぐにまた視線を逸らしてどこかに行ってしまった。
(まただ、また頼くんが俺から離れる)
「成瀬、俺ちょっと出てくる!」
成瀬の返事を聞かずに俺は教室を飛び出した。
「…っ頼くんっ…!!」
久しぶりに走ったせいか息が上がった。
心臓がうるさいくらいに激しく動いているのは走ったからだけじゃない。
「凛先輩…浴衣、似合ってます。メロいです。」
そう口から溢す頼くんの顔は少し赤くて優しい目をしていた。
「頼くん…あ、の、」
(俺なんで追いかけてきたんだっけ!?)
頭で思うより先に体が動いたせいで何も言葉を用意していなかった。
(何か言わなきゃ…そうだ、落ち着け俺、つまり俺は頼くんが離れていくのが嫌でそれで、それから…)
「っ…俺のこと飽きたの!?」
頭がぐちゃぐちゃになり咄嗟に口から出てしまった。
(完全に間違えた…!)
その瞬間、頼くんの目が大きく見開き、俺から顔を背けた。
「凛先輩、昨日はあんな事してすみません。俺我慢できなくて。」
「確かにびっくりはしたけど…あの、俺なんかした?やっぱりなんか怒ってる?」
「ちょっとだけ怒ってます。」
「やっぱり…」
俺は少し落ち込んだが、再びすぐ頼くんに顔を向けた。
「…頼くん、今日終わったら一緒に帰ろう。」
俺は自分へ発破かけるようにそう言った。
(このままじゃいやだ。ちゃんと理由を聞いて謝らなきゃ。そして俺の気持ちもちゃんと言葉にして伝えなきゃ)
浴衣カフェは大盛況だった。
実行委員の俺と成瀬は休憩も取らずに仕事をした。
忙しいのに頭の中は頼くんでいっぱいだった。
早く頼くんに会いたい。早く伝えたい。それしか考えられなかった。
「おつかれ。って、もう帰る準備してんの?」
文化祭の後の片付けも終わり、俺が頼くんのところへ行く準備をしていると成瀬が話しかけてきた。
「成瀬、今日は本当にお疲れ様。俺、先に帰るね。」
「帰るって、この後の閉会の花火見ねーの?」
「うん、ちょっと行かなきゃいけなくて」
「それってあの2年の奴のとこ?」
成瀬はそう言いながら少し険しい顔をした。
「そうだけど…」
「まって」
成瀬は俺の腕掴んだ。
「天羽、俺、天羽のこと好きだよ」
「えっ」
「友達じゃなくて、恋愛として」
突然の事で驚いてしまった。
「気付かなかった。」
「天羽、俺じゃダメなの?」
「…ごめん、俺、好きな人いる。」
俺ははっきりとそう伝えた。こういう時、少し罪悪感が湧く事を初めて知った。
「あいつか。」
「うん、だから成瀬の気持ちには応えられない。でも、勇気もらえた。成瀬はかっこいいね」
「…そっか。やっぱお前にはかなわねーな」
成瀬はそう言って少し笑った。
すると突然身体を引っ張られる感覚がした。
「わっ」
「すみません、この人今から俺のなんで。」
バッと見上げると、俺の肩を寄せながら成瀬を少し睨む頼くんがいた。
(成瀬の前でなんて事を…!!)
そう思いながら俺は顔がどんどん熱くなるのを感じた。
握られた手を引かれながら、誰もいない廊下を歩く。窓の外では閉会花火を待機している生徒たちで溢れかえっていた。
(いつまで手繋いでるんだろ)
そう考えていると暗くて誰もいない図書室に着いた。
「よ、頼くん、あの、さっきのどこから聞いてた…?」
恥ずかしい気持ちに居た堪れなくなった俺がそう聞いた。
「凛先輩、またあの男といた。かっこいいとか言ってた。告白もされてた。」
頼くんは俺に背を向けながらそう言った。
「全部聞いてたんだ…えっと…でも俺は友達としか見てないし、その…」
俺が言葉に詰まっていると、頼くんが俺の方を向いて話を続けた。
「俺、凛先輩に俺の気持ちちゃんと伝わってると思ってました。
俺が1番凛先輩の近くに居たい。誰にも触らせたくない。この言葉の意味、分かりませんか?」
頼くんはそう言うと、少し泣きそうな、苦しそうな顔で俺を見つめた。
(あぁそうか、俺ずっと勘違いしていたんだ。)
俺は頼くんに少しづつ近づいた。
(いつも余裕そうで俺ばっかりが心掻き乱されてるとばかり思ってた)
そして頼くんの両手を握った。
「分かるよ。俺も同じだから。頼くんの事独り占めしたいとか、飽きられてたらどうしようって不安も、何度も思った。」
(本当は、すごく繊細で、不器用で、誰よりも優しいんだ)
「俺、頼くんのこと好きだよ。本当に鈍感でごめん。悲しませたのも、怒らせたのもごめん。でも俺、頼くんに側に居てほしい、頼くんの事好きなの、やめられない」
俺がそう言うと、頼くんは顔を背けた。
「頼くん…?ねぇ、こっち向いて」
「凛先輩、いま、ちょっとだめ、」
頼くんの両手を俺が握っているのを良いことに、俺は頼くんの顔を下から覗き込んだ。
頼くんの顔が赤く染まっていた。
それを見た俺は胸が熱くなり、どうしようもない気持ちに支配された。
俺は頼くんにキスをした。
「わっ、ご、ごめ、体が勝手に」
(やばい…ついやってしまった…恥ずかしい…)
「はぁぁあ、もう…。ほんと凛先輩ってズルい…煽ってるんですか?俺の理性ぶち壊したいんですか?」
「ちちちち、ちがくて」
頼くんは、軽くパニックになっている俺を見て少し笑った。
「凛先輩、落ち着いて。ちゃんと聞いててください。」
頼くんに言われて俺はやっと少し冷静になった。
「これからは俺の恋人として側にいてくれますか?」
「恋人…」
「はい、恋人です。」
「本当に…俺で良いの?」
「凛先輩だけにしかこんな事言わないです。」
「俺も、頼くんがいい」
そう言うと、頼くんは俺を抱きしめた。
ずっと求めていた頼くんの体温。匂い。
"凛先輩だけ"という言葉。
求めていたものが俺の心の隙間を一気に埋めて溢れ返り、それが涙に変わった。
その瞬間、窓の外に花火が上がった。
花火の光に照らされる頼くんの横顔は、
今まで見た中で1番幸せな顔をしていた。
