放課後、俺は文化祭実行委員会へ向かった。
面倒だけど、自分がぼーっとしていたのが悪いし、こればかりは仕方ない。
(少しは気を引き締めなきゃな…)
「凛先輩っ、お疲れ様です」
突然背後から声をかけられて驚き、バッと振り返った。
「よよよ、頼くん、おつかれさま...」
「ぶはっ、凛先輩驚きすぎです」
俺の反応を見て頼くんは吹き出すように笑った。
(やばい、頼くんの事好きって自覚してからちゃんと顔が見れない…)
「あれ?凛先輩、放課後何かあるんですか?」
俺がうろたえていると頼くんはそう言った。
「あっ、うん、実は文化祭実行委員になっちゃって…これから委員会行かなきゃ行けないんだよね、連絡するの忘れてた、ごめんね」
今は2人きりになると心臓が持つ気がしないから少し助かった。
「え?なんで?凛先輩がそういう目立つ事するの意外」
頼くんの事で頭がいっぱいで気付いた頃には決まってましたなんて言えるはずない。
「あー、えっと、流れ?でそうなって」
必死に誤魔化したが、バレてないだろうか。
「そうなんですね…じゃあ俺、凛先輩が終わるまで待…」
「天羽〜!委員会で使う紙忘れてるぞ〜」
頼くんが何か言いかけた時、委員会のペアの成瀬が俺の忘れ物を届けてくれた。
「わっ、ごめん成瀬、ありがとう」
「なんか今日ぼーっとしてない?委員決めの時もずっと変だったし。大丈夫?」
「だっ、大丈夫!行こう!頼くん、今日は先帰ってて!ごめんね、またね!」
せっかく誤魔化しているのに、成瀬が余計な事を言ってさらに焦ってしまったが、なんとかその場を収めて委員会に向かった。
帰り道、すっかり暗くなってしまった。
(いつも隣に頼くんがいるから1人で帰るの久々だな)
頼くんの事が好きだと自覚したものの、誰かと付き合った事もなければ男を好きになった事もない。
そんな俺にはこの気持ちをどうすればいいのかさっぱり分からない。
今日、ヤキモチを妬いた事を思い出した。
(俺、これからもあんな胸の痛み、我慢し続けなきゃなのかな)
切ない気持ちになると風の冷たさや匂いがダイレクトに感じた。
頼くんのいない帰り道はこんなにも静かで、寂しいと知った。
文化祭準備が始まり、やる事が多くて息が詰まりそうになる。
(頼くん元気かな、何してるんだろう…)
文化祭実行委員な事もあり、休み時間や放課後はずっと作業をしている。そのせいでここ最近頼くんには会えていない。
(前はあんなに俺のところ来てたのにな…)
ふとある事が頭をよぎり、血の気が引いて作業中の手が止まった。
(もしかして…俺が忙しくしてる間に俺の事飽きた!?)
忙しいはずなのに、頼くんの事ばかり考えてしまう。
「実行委員さーん!絵の具無くなった!」
「あっ、取りに行きます!」
気持ちを切り替えるように、クラスメイトの呼びかけに反応して教室を出た。
(あーもう…だめだめ、ちゃんと準備に集中しなきゃ。)
美術室に絵の具を借りて教室へ帰る途中、
2年教室のある廊下を通り、辺りを見渡した。
(はっ!無意識に頼くんの事探してた!…でも、最近全然会えてないし、ちょっとだけなら)
頼くんの教室の前で足を止めて、ひっそりと中を覗いてみた。
(あ、いた、頼くん…)
机に肘をつきながら、ぼーっと外を眺める頼くん。
お構いなしにクラスメイトが話しかけて適当に返事をしてる。
それだけなのにすごくかっこよくて様になっている。思わず見惚れてしまい、目が離せなくなった。
(やっぱり、好きだなぁ)
「天羽!ごめん!俺も実行委員なのにお前1人に行かせちまった!」
その時、走って息の上がった成瀬が声をかけてきた。
「わっ、ななな成瀬!びっくりした」
(やばい…成瀬に覗き見してるとこ見られたかな)
「それ、絵の具。半分持つよ、貸して。」
「えっ、ありがとう」
成瀬に覗き見がバレてなくてホッとしたのも束の間、去り際にもう一度頼くんを見ると目が合い固まってしまった。
(頼くん…)
「天羽?」
「あっ、ごめん。行こっか」
俺は恥ずかしい気持ちになり、声をかけずに教室へ戻った。
文化祭の前日、なかなか終わらない作業を淡々とこなしていた。
今は忙しくて助かった。余計な事を考えなくて済む。
相変わらず頼くんとは会えずじまいだ。
「ったく、まだ作業残ってるのに皆帰りやがって〜。天羽、これ俺ら2人でやるしかねえな。」
「そうだね、2人でやれば間に合うよ。頑張ろう!」
「…そうだな!」
俺は気合を入れて残りの作業を成瀬と協力して終わらせた。
「「おわった〜!」」
2人で顔を合わせながら笑った。
「なんとか間に合ってよかったね」
「だなぁ。俺、天羽と一緒に実行委員できてよかったわ!」
「俺も。成瀬手際いいし、ペアが成瀬でよかった」
俺がそう言うと、成瀬は少し照れて笑った。
「あれ、天羽ちょっとこっち向いて、顔に絵の具ついてる」
成瀬はそう言うと、指で俺の顔をなぞった。
「ん、取れた」
「えっ、あ、ありがとう」
「よく頑張ったなお前。えらいえらい。」
そのまま成瀬は笑顔で俺の頭を撫でた。
「ははっ、子ども扱いじゃん〜」
(…でも、今触られた頬も撫でられた頭も、全然頼くんと違った)
少し切ない気持ちになり成瀬の顔を見た。
(やば、俺いま、浮かない顔してるかも。)
ガラッ
突然教室の扉が開き、咄嗟に音の鳴る方を見た。
「凛先輩、帰りますよ。」
そこには久々に見る頼くんの姿があった。
頼くんはこっちに向かって荒々しく歩いてきた。
(え、なんで頼くんがここに…)
その瞬間俺の腕と鞄を掴み無理やり連れて行こうとする。
「!?っ…ごめん成瀬!鍵だけお願い!また明日!」
そのまま頼くんは無言で力強く俺の手を引き、靴箱まで歩いた。
(なんか、いつもと雰囲気違う…)
「頼くんっ。腕、その、痛い…」
俺がそう言うと突然立ち止まり、腕をパッと離した。
「すみません。」
その声は重くて低く、俺に向ける目はひどく冷たかった。
(いつもの目じゃない、視線が冷たい。何か怒ってる…?)
帰り道、あまりの沈黙に耐えきれず俺は口を開いた。
「い、一緒に帰るの久々だね。俺のクラス高校最後の文化祭だからって皆気合い入っちゃってさ〜…」
チラッと頼くんの顔を覗くと、辛そうな顔表情をしていた
「…頼くん…?」
「あぁ、凛先輩、楽しそうでしたね。」
「そ、そうかな」
俺がそう言った瞬間、俺に向かって歩いてきた。ジリジリと壁に追いやられ、俺の顔の横にドンッと肘をつき、俺は頼くんの冷たい目から完全に逃げられなくなった。
「そんなにあの男と一緒にいるのが楽しかったですか?俺といるより楽しかったですか?なんで簡単に触らせるんですか?」
突然の質問責めにうろたえてしまった。
「ど、どういう意味…」
いつもの優しい目じゃなく、あまりにも冷たい目を見るのが辛くなり、視線を背けてしまった。
その瞬間、頼くんは俺の顎を掴み、顔を頼くんの方に向けられた。
「凛先輩、隙だらけですよ。俺以外にもその隙につけ込ませるんですか?」
頼くんは低く重い声でそう言い放った。完全に怒っている。
「…っでも、会いに来なかったのはそっちじゃん。それなのにそんな気まぐれな我欲出されたって…こっちがどんな思いで、」
震える声で振り絞ったが、すぐに言うのをやめた。
(ちがう、ちがう、そういうことが言いたいんじゃない、俺はただ頼くんに会えないのが寂しくて、俺はただ、頼くんの事が好きで)
俺が泣きそうになりながらそう考えていると、
突然俺の唇と頼くんの唇が重なった。
柔らかいのに力強い、触れてるいるだけのキス、それなのに身体中に電流が走るような感覚になった。
(なに、これ)
頭が真っ白になった瞬間、頼くんは俺から体を離した。
「っはぁっ、…えっ…よ、りくん、」
「凛先輩、今のは我欲かもしれません。けど俺にあるのは独占欲です」
そう言って頼くんは先に行ってしまった。
初めてのキスの感覚を残したまま、なにも考えられなくなった。
(独占欲…って…)
頼くんが分からない。いつも突発的な行動で。それなのに俺よりずっと余裕そうで。
俺ばっかりが心掻き乱されて、かと思えば優しい目で俺をみて、優しく触れてくる。
「…もう、意味、わかんない」
