今日一日中、昼間の頼くんに触れられた頬、力強く寄せられた腰、おでこにキスされた時の感触がずっと離れなかった。

このままじゃだめだ、冷静になろうと思い、
少し勉強をしようと図書室に向かっていた。

(昼間のあれはなんだったんだろう
あのキスは、どんな意味があったんだろう)

それでもやっぱり、頼くんのことが頭から離れない。
図書室の前に着くと扉の前に人が立っている。

「頼くん?」

全身が脈打つのを感じた。

(いやいやっあれはたまたまだったのかもしれないし、考えるな自分…!)

「ま、まだ帰ってなかったんだ。こんなところで何してるの?」
「…なんとなく、凛先輩の顔が見たくて。勉強するから一緒に帰れないって連絡もらったけど、ここに来れば会えるかなと思っちゃいました。」

そう言われると胸の奥の方がくすぐったいような感覚になった。

「えっと…中入る?俺少し勉強するけど。」
「はい!凛先輩が終わるまで待ってます!」

頼くんは嬉しそうな、どこか安心したような表情を浮かべた。
今は会いたくなかった。自分が正しい反応ができるか分からなかったから。
そんな俺に対して頼くんはいつも通り。

(やっぱりあれはたまたま、頼くんの気まぐれだったんだ、そうそう。)

安堵と、なぜか少し寂しい気持ちになった。

俺は窓際の席に座ると、その隣に腰掛ける頼くん。

(だめだ、頼くんの匂いや動きに敏感になってしまう、勉強なんて絶対集中できない…!)

そんな事を悶々として考えていた。

「凛先輩って勉強得意なんですか?」

そう言われて俺はぎこちない顔をしてしまった。

「得意ではない…でも一応受験生だし、やれる時にやっておかないと不安だし」
「凛先輩どこ受験するんですか?」
「元治大学かなぁ、家から近いし。親も先生もそこがいいんじゃないかって」
「じゃあ俺もそこ行きます。凛先輩と一緒のとこ!」

頼くんはキラキラとした顔で俺の顔を見る。

「じゃあって…そんな理由で決めちゃうの?」
「凛先輩がいるからって、十分すぎる理由です、だめですか?」

そう言って俺の顔を覗き込んだ。
俺は呆れつつも、そう言われた事に対して少し嬉しい気持ちが湧き上がってきた。

「だめじゃ、ないけど…」
「じゃあ決まりですね。凛先輩とキャンパスライフ楽しみだなぁ、勉強頑張らないと」

頼くんの方に視線を移し、あまりにも幸せそうな顔を見ていたら俺も思わず顔がほころんだ。

「俺、凛先輩の側にいられるように努力しますね。」
「側にって、もういるじゃん」
「そうじゃなくて、これからもずっとって事です。」

頼くんはそう言って俺の髪を指の隙間に絡ませてそのまま頬を撫でた。
そのまっすぐな言葉と優しい視線に、俺はまた少し戸惑ってしまい顔が熱くなる。
この大きな温かい手で触られると胸がドキドキするのと同時に、じんわりと熱くなる。

(なんでかな、頼くんにこうされるの、今はなんだか嬉しい…)

「ふふっ、凛先輩、顔熱い。」
「よ、頼くんのせいじゃん…」

そう言われて、思わず咄嗟にそう言った。

「あ、凛先輩もしかして、昼間の事気にしてます?」

俺は図星でなにも言えなかった。

「意識してくれてるんですか?嬉しい」
「お、俺、飲み物買ってくる...」

その場を誤魔化すように俺は席を立ち廊下に出た。その瞬間体の力が抜けたように壁にもたれて座った。

(…あーゆーの、俺にだからしてくるのかな)

あんな風に言われたら、もしかして頼くんにとって俺って特別なんじゃないか、とか思ってしまう。


授業中、窓際の席の俺は外を眺めた。
窓から見えるグラウンドでは下級生が体育の授業でサッカーをしていた。

(あ…頼くんだ。)

ここからでも頼くんの姿は目立つ。
180cmの一般人離れしたようなスタイルに栗色のサラサラヘア、目鼻立ちの整った顔。
容姿端麗で何をしても様になる。

あんな彼がどうして俺なんかに懐いているのかいまだに分からない。
でも頼くんといるのは楽しい。
一緒にいるとあの笑顔に癒される。

それになんだか最近、あのおでこにキスされて以来、妙にドキドキして胸が熱くなる。

そんな事を考えながらソワソワしていると
グラウンドの頼くんに女子生徒が駆け寄る。
タオルを渡して、頼くんは笑顔でそれを受け取っていた。

それを目にした瞬間、なぜか胸が痛んだ。

(今、ズキって、)

( 「今の奴、凛先輩に触れてたら俺、ヤキモチ妬くところでした 」 )

あの時頼くんに言われた言葉が頭をよぎった途端、分かってしまった。

(あぁ、いま俺、ヤキモチ妬いたんだ。)

それ以外の理由を考えても見つからない。
あの笑顔を向けるのが俺だけだったら良いのに。

(もうこんなの、認めるしかないじゃん)

あぁ、なんで、分かってしまった、この胸の熱さの正体に気付いてしまった。泣きそうだ。

(あぁ、俺…頼くんのこと、好きなんだ)



「じゃあ文化祭実行委員は成瀬と天羽で決定だな!」
「えっ?」

突然自分の名前が教室中に響いて驚いてしまった。

「多数決で決まったんだよ。今日の放課後から委員会あるからな。ちゃんと行くんだぞ〜」

(う、嘘でしょ!?)

外に意識を向けて頭がいっぱいになってる間に自分が文化祭実行委員になっていた。
完全にやってしまった。後悔した頃にはもう遅かった。