高校1年のとある秋の日。

「九条くん、入学式の頃に一目惚れして、それからずっと好きでした。付き合ってください。」

俺は放課後、誰もいない図書室で隣のクラスの女子に告白された。
話したことなんて一度もない子だった。

自分の外見が良い事は知っている。
子供の頃からやたらと周りから褒められていたら、嫌でも自覚する。

一目惚れなんて、所詮外見だけで中身なんて知りもしないのに、よく好きだなんて言えるなと思う。

「一目惚れとか意味わかんねーから無理」

俺は表情一つ変えずそう言い放つと、その女子は涙を浮かべ走って図書室から出て行った。
こういうことは初めてではないが、毎度毎度疲れる。

(そういえば図書室なんて初めて入った)

ゆっくり歩きながら本を眺めていると、本棚の隅に小さい人影を見つけた。

「…誰かいんの?」

小さく声に出しながらその影の物体を目で確かめる。
そこには小さく座り込み、本を抱えながら本棚にもたれて寝ている男子生徒がいた。

「うわっ、なんでこんなところで人が寝て…」

言い切る前に俺の目は瞬間的に彼に吸い寄せられた。

細く柔らかい猫っ毛の黒髪、その下に隠れている長いまつ毛、薄く柔らかそうな血色のある唇、白くて綺麗な肌、すらりとした小さい手。

身体に電気が走るような感覚になり、俺は思わず息を呑んだ。
こんなに目が離せなくなるのは生まれて初めてだった。

この人をもっと自分の目に焼き付けたい、寝顔以外も見てみたい、どんな声なのか聞いてみたい、触れてみたい。

俺は堪らず寝ている彼に近寄り、自分の指でおそるおそる彼の唇に触れた。
血が滾るような高揚感で胸がいっぱいになった。

あぁ、これが一目惚れか。即座にそう思った。さっき告白してきた女もこんな感じだったのかな。

「んー…」

(やばっ、)

彼の声がした途端、起こしたかと思い咄嗟に離れてしまった。
その瞬間彼が持っていた本の隙間から何かが落ち、それを拾って見てみると本の貸し出しカードだった。

それは空欄ばかりで1人だけしか借りた履歴が記されていなかった。

(今日の日付…って事はこの人が借りた本なのか。)

名前 天羽 凛

珍しくて綺麗な名前が彼にぴったりだと思った。

それから俺は、凛先輩の事を意識せずとも目で追うようになっていた。

綺麗な瞳の色、柔らかくて優しい口調、友達と楽しそうに話す姿や、自販機でいつも少し悩むくせに結局牛乳しか買わないところ。
静かな場所を好んで読書に没頭するところ、甘いものに目がないところ。

全部俺の目に焼き付けるようにした。
こんなに他人のことを想うのは初めてだった。

ある日教室で女子生徒が何か騒いでいた。

「今回の新ビジュの太郎くんやばくない?もう超メロい!」

流行りの男性アイドルについて話してるようだった。

「ったくよ〜女子って本当イケメン好きだよなぁ。なーにがメロいだよ!」

俺にそう話しかけて来るのはクラスメイトの田村だった。

「知らないけど…まずメロいってなに?」
「んー、メロメロになるとかじゃね?俺の姉ちゃんもよく言ってるよ。テレビ見ながら。」

(メロい、か)

そう考えながら頭に浮かぶのは、他の誰でもない凛先輩だった。

そんな先輩が重い本を運んでいる時、たまたま遭遇してラッキーだと思った。

階段から落ちるのは想定外だったが、
自分が怪我をしようがどうでも良かった。
話ができるきっかけとしては十分だった。

その頃には、この気持ちが恋愛感情としての好きだという事には気付いていた。

そこからは凛先輩の側にいられる事がただただ嬉しくて
俺の言葉一つで表情をコロコロ変える凛先輩が、どうしようもなく愛おしくて仕方がなかった。自分だけのものにしたかった。

それなのに俺は凛先輩を廊下で庇った時に理性が少し飛んだ。

凛先輩にぶつかりそうになった男にムカついたと同時に、自分の腕の中いる凛先輩の体温、感触、匂いで脳みそが溶けそうになった。

理性と本能の狭間でもがいて、今咄嗟に離れたとしても、俺はやっと凛先輩の近くに来れたんだ、もう今更凛先輩を離すことなんて出来ない。