次の日もその次の日も、頼くんはなにかしら理由を付けたり付けなかったりして俺に絡んできた。

登校中、授業の合間の休憩、お昼休み、放課後、図書委員の仕事中。
俺のいる場所を全て把握しているかのように
ところ構わず俺の目の前に彼が現れる。

「凛先輩」

今だってそうだ。下校しようと靴箱に行くと、俺の靴箱にもたれながら、待ってましたと言わんばかりの表情で頼くんが立っていた。

「今から帰りですか?一緒に帰りましょ!」
「頼くん…その〜…手首もう治ってるよね?」
「おかげさまで。治っても凛先輩と一緒にいちゃだめですか?」

俺よりが高く身体がデカい男が俺に子犬のような眼差しを向けてそう言ってくる。

「いや、だめというか…毎日毎日飽きもせず…」
「飽きるわけないじゃないですか!俺、凛先輩のとこ大好きなんで!」
「なんでそんなに…」
「なんでって…うーん、あ。メロいから。」

(メロい…?)

俺はよく分からず、頭にハテナが浮かんだまま靴を履き替えた。

俺にワクワクしながらついてくる頼くんを横目で見ながら、なんだか少し大型犬を連れている気持ちになった。
帰り道歩いていると突然頼くんが立ち止まる。

「ん、どうしたの?」
「凛先輩!アイス食べて帰りません?」

頼くんの指差す方に視線を移すと、最近新しくオープンしたジェラート屋だった。
クラスの女子が話題にしていて、大の甘党の俺も興味はあった。

「し、仕方ないなぁ〜?」
「凛先輩と寄り道デートですね」
「デートって…」

俺はした事ないから分からないが、こんな感じなのかな。

(いやいやいやいや!相手は頼くんだし、これはただの寄り道!)

「うーん…いちごとチョコ…いちごとチョコ…」
「迷ってるんですか?」
「うん、どっちがいいかなぁ、人気ナンバーワンのいちごと、お店イチオシのチョコ…」
「じゃあ俺チョコ買うんで、シェアしません?そしたらどっちも食べれますし」
「えっ、いや悪いよ、頼くんの好きなのでいいよ?」
「いいからいいから!店員さんすみませーん」

あっさり彼の提案に乗せられてしまった。

(あれ、意外と優しいとこあるんだ)

申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちで不思議な感覚になった。

(ハッ!年下に気を遣わせてしまった…!)

そんな事を思いながら、注文したジェラートを受け取ってベンチに座った。いちごのジェラートを口に運んだ瞬間、あまりに美味しくて目を見開いた。

「美味しい」

やっぱり人気ナンバーワンなだけある。そんな俺を見て頼くんはなぜか嬉しそうだ。

「はい、凛先輩、チョコです。あーんしてください」

突然の事でびっくりしたが咄嗟に口を開けてしまった。

「…美味しい」
「ふふっ、かわいい。あ、間接キスしちゃいましたね」
「かっ…!?」

俺は"間接キス"と言う言葉を聞いて、顔がみるみる熱くなり、思わず下を向いた。

「わー、耳まで真っ赤ですよ。あ、もしかして間接キス初めてでした?」

頼くんはニヤニヤしながら俺を見ていた。

「急に恥ずかしい事言わないでよ」
「メロいなぁ〜」

俺は恥ずかしさを誤魔化すために急いでジェラートを口に運んだ。

(メロいってなんなんだよも〜!)



次の日のお昼休み、自販機に行こうと廊下に出た。
「凛先輩!」

頼くんが俺を見つけて駆け寄ってきた。

「頼くん、3年の校舎よく来れるね、俺が2年の時なんか怖くて行けなかったよ…」
「そうなんですか?凛先輩の事しか考えてなかったです」

彼はキョトンとした顔でそう言った。

「ま、まぁいいや…それよりこんな所まで来てどうしたの?」
「はい!これ。そういえば帰りに荷物持ってもらったり、代わりに日誌書いてもらったお礼してないなと思って。」

頼くんの手には俺がいつも飲んでいる牛乳のパックがあった。

「え、そんなの申し訳ないよ、元はと言えば俺が怪我させちゃってるわけだし…」
「いいんです、まぁ、教室まで迎えに行く口実みたいなもんです。貰ってください」

彼はそう言いながら俺の手に牛乳のパックを握らせた。

(今までよく見てなかったけど頼くんの手おっきいな)

俺の手が頼くんの手にすっぽりと収まったのを見てそう感じた。
その瞬間少し胸がドキッとした。

(今更こんな事で何緊張してるんだよ俺!)

「あ、ありがとう、じゃあありがたく受け取るね。」

胸の鼓動音を掻き消すように俺はそう言い、
それを聞いた頼くんはニコニコと嬉しそうに笑っていた。

(いつも振り回されてばっかだけど、意外と律儀なところあるんだ。)


そんなことを考えていた矢先、廊下でふざけて遊んでいた男子が突然俺の方にぶつかりそうになった。

「あっ、ちょっ、」

ぶつかりそうになる瞬間、ふわっと優しく、強い力を背中に感じた。
気付くと頼くんの腕の中に自分がすっぽりと収まっていた。
身体が頼くんの体温で包まれていて、頼くんの匂いでいっぱいなこの状況を理解しようにも、頭が追いつかない。

「っ、凛先輩、大丈夫ですか!?」

頼くんの声がこんなにも近くで聞こえる。
廊下でふざけていた男子が、悪い悪いと言いながらどこかへ行った。
ハッとした俺は斜め上を見上げると、心配そうな目で俺を見つめていた。

(ち、近い…)

「だ、大丈夫…ごめんね、頼くんこそ大丈夫?」
「俺は大丈夫です、今の奴、凛先輩に触れてたらヤキモチ妬くところでした」

頼くんはそう言いながら柔らかく微笑み、少し泣きそうな切ない表情をして、俺の頬にそっと触れた。その手は大きくて温かくとても優しい。自分の鼓動が頼くんにも伝わるくらい大きく鳴り響いてるのが分かる。

(ヤキモチって、なんで)

その瞬間、おでこに柔らかい感触がした。

「よ、りくん、」

俺が小さな声でそう口からこぼした途端、頼くんはハッとした表情で俺から離れた。

「凛先輩が無事で良かったです。周り、ちゃんと見てくださいね。」

そう言い残して頼くんはどこかへ行ってしまった。
突然いろんな事が重なって頭が真っ白になり、
鼓動の音がおさまるより前に足の力が抜けて、その場にペタンと座り込んだ。

「な、なに、いまの…」