図書委員の仕事は好きだ。

静かで落ち着いた空間
好きな本を好きなだけ読める
俺にとっては天職だと思う。
特に夏休み中の今は人が全然居らず、落ち着いて本を読める至福の時間だ。


だけど…このズッシリと肩が外れそうなくらい重い何冊もの本を運ぶ作業は、何度やっても苦手だ。

夏休み中にやっておかないといけないらしいが、それを伝えられたのは夏休みが終わる二日前の今日。
ギリギリに頼んできた先生に少しモヤモヤしたが、何も言えないのが俺。
気弱で小心者な自分にいつも呆れる。

足元も見えづらく歩きにくい。
誰かに手伝ってもらおうにも、生憎夏休み中で校内に知り合いは1人もいない。

(これも図書委員の仕事のうちだから仕方ないか…)

腕をプルプルさせながら少しづつ歩いていると、たまたま通りかかったどこかの運動部の女子にクスクス笑われているのが聞こえた。
その理由が俺には分かる。

天羽 凛(あもう りん)高校三年生18歳、俺は身長も低く体も小さいから子どもが大きなおもちゃを運んでるような姿に見えるのだろう。
おまけに童顔。悔しいがこれは自分でも思う、母親譲りだ。
でも最近は2ミリ伸びて164センチになった。
伸びしろがある。俺はそう信じてる。

小さくため息をこぼしながら、前も下も見えない階段を慎重に降りる。

(地面まで後8段くらい…)

「うぁっ!?」

その時、足にズルッという違和感を感じた。足を滑らせ、気付いた頃には俺は宙に浮いていた。

(落ちる…!)

その瞬間、誰かが俺の真下に入り込んできた。
やばい、これは間違いなく相手も自分も大怪我まっしぐらだ。
覚悟を決めて咄嗟に目を瞑ってしまった。

ドンッ!!バサバサバサ…

焦りと怖さで、俺は意識を失った。



(…い…おい…おーい)

どのくらい時間が経ったんだろう、

(誰か、呼んでる…)

ゆっくり目を開くと知らない男がいた。

「大丈夫ですか?」

状況を頭の中で整理した。
ここは保健室。
俺はきっとあの時気絶してここまで運ばれた。

そして目の前にはうちの学校の制服を着た知らない男子生徒。

「だっ…誰…」

思い出した。階段から落ちた瞬間、この人を下敷きにしてしまったことを。
彼の手首には湿布が貼られ、その上から包帯がぐるぐる巻きにされている。
ここでようやく血の気が引いてきた。

「ご、ごめんなさい!こ、こんな怪我させてしまって…なんとお詫びをしたら良いか…」

焦りで必死な俺を見て、目の前のやたら綺麗な顔をした彼が目を丸くした。同時に少し笑った。

「ははっ、そんなに謝らなくて大丈夫ですよ。それより具合、どうですか?」

「俺は大丈夫です…そんなことより、手首…!
俺のせいですよね、ごめんなさい…」

「いえ、このくらいで済んで助かりました。でも、そうだなぁ…」

彼は少し悩んで、ニヤッとして目を細めた。

「じゃあお詫び。俺の荷物、と言ってもこのカバンだけなんですけど、家まで運んでくれませんか?」

突然の頼みで驚いた。
しかしこちらが怪我をさせてしまったのだ。
断るなんて選択肢は無かった。

「わかりました…。って、もうこんな時間!待たせてしまってごめんなさい、カバンもらいます…」

俺は18時を指す時計に焦りながらベッドから起き上がり、彼のカバンを受け取った。

帰り道、怪我をさせてしまった罪悪感で何も喋れず、気まずい空気の中少し俯きながら歩いていた。
彼が今どんな表情をしてるのか気になり、横目で彼を少し見上げた。

(それにしても、よく見ると背も高くてスタイルいいな、俺より15センチくらい高い。うわ、横顔すっごい綺麗。これはモテるだろうなぁ…)

「先輩、もしかして俺のこと警戒してます?すっごい見られてる」
「えっ!?いや、そんなんじゃ…」
「ぶははっ」

彼は突然吹き出すように笑い出した。

「警戒じゃなくて、俺はただ心配で…って、あれ?今俺のこと先輩、って」
「あ、俺後輩ですよ。2年です。」
「えっ、年下…」

少し驚いた。どう見ても俺の方が年下に見える。

(でも確かに同学年にこんな目立つ人見たことなかったな…)

「ふーん、先輩、俺のこと心配してくれてるんだ、嬉しいなぁ」

彼は俺を見ながらニヤニヤと嬉しそうにそう言った。

(うぐっ…完ッッ全にからかわれてる…)

そんな事を考えている間に彼の家に到着した。

「ありがとうございます、助かりました。」
「じゃ、じゃあ、お大事に。あと本当に今日はごめんなさい…」
「ふふっ。あ、凛先輩。これからよろしくお願いしますね。」

彼は笑顔でそう言い、俺はなぜか恥ずかしくなり素早く踵を返した。

(よろしく、ってどういうつもりなのかな…てか、凛先輩って、あれ?なんで俺の名前知ってるんだろ?)

そんな事を考える事すらどっと疲れた。

「はぁ、今日は災難だった…」

もうすっかり暗くなった空を見上げながら、
思わずそう口からこぼれた。

(今日はもう疲れたな、帰ってすぐ寝よう…)



夏休み明けのお昼休み。俺は校内の自動販売機へ向かった。
買うものはいつも小さなパックの牛乳だ。
なんとなく子どもの頃から飲んだ方がいいのではと思い、習慣になっている。意味はない。多分。
自動販売機のボタンを押した瞬間、

「牛乳って、やっぱ身長気にしてるんですか?」

驚いて振り返ると夏休み中に怪我をさせた彼がいた。
相変わらず綺麗な顔でキラキラとした笑顔を俺に向けている。
完全にからかわれている。だが、怪我をさせた手前なにも言えない。

「なっ…えっと、そういえば手首大丈夫?」

俺は誤魔化すようにそう言って、後退りしながら近くのベンチを腰をかけた。

彼は手首をわざとらしく見せつけた。

「あ〜まだ痛いなぁ、凛先輩、今日は何してくれるんですか?」

そう言いながら俺の隣に座り、甘えるように俺の肩に頭を乗せてくる。

「な、なにって、」

あまりの距離の近さに困惑していると、彼は突然思いついたように口を開いた。

「あ、そうだ。今日俺日直なんですけど、凛先輩、放課後、日誌書くの手伝ってくれません?なんせ利き手がこれだから」

彼はまたもわざとらしく怪我をした手を見せつけてくる。

(完ッッ全にからかわれてる…)

そう思いながらも断るなんてできなかった。

「分かったよ、日誌ね。」
「本当ですか!?じゃあ放課後、2-Aの教室で待ってますね、凛先輩」

語尾にハートマークでもつくような口調でそれを言い残した。

(はぁ、面倒だけど仕方ない…怪我させちゃったのは俺だし)

放課後、2-Aの教室の前につく。
2年の教室なんて久々で少し緊張するが、おそるおそる扉を開いた。

「失礼しまーす…」
「凛先輩!本当に来てくれたんですね、俺のために。嬉しいです。」

彼は俺をみるなり、相変わらずキラキラとした顔を向けてきた。

「俺のためにって…そりゃあ、頼まれたんだから来るよ、怪我させたの俺なわけだし…」

そう言うとまた彼は嬉しそうに笑った。

彼の指示通り日誌の記入を進めていく。
記入者のところに目を移すと、そこには九条 頼(くじょう より)と書かれていた。

「…名前、九条くんって言うんだ、なんかかっこいいね。下の名前、なんて読むの?」
「よりです。先輩、下の名前で呼んでほしいです!」
「えと…頼…くん?」

突然の事で、少し恥ずかしくなりながらも呼んでみた。

「あれ?名前呼んだら照れちゃいました?かわいい」

頼くんは笑いながら突然俺の頭を撫でてきた。

「なっ!?照れてないよっ!かわいいって、俺は男だし…またそうやってからかって...」
「からかってませんよ?」

(絶対嘘だ…!)

顔が赤くなるのが自分でも分かり、余計恥ずかしくなってしまった。
俺の頭を撫でる手をフイっと払った。

「はい、もう書けたし帰るよ」
「今日も一緒に帰ってくれるんですか?凛先輩と帰れるの嬉しいな〜」

彼は喜びながら帰ろうとする俺について来る。
どうしてこうも俺とは真逆の人種な彼に懐かれてしまったんだ…

初めての経験で、恥ずかしい気持ちと新鮮な気持ちで頭がいっぱいになった。