俺は右手をエレーネの左頬に当てる。彼女は嫌がらずに左手を上げて添え、俺の掌を受け入れた。彼女は目が大きく開いたのち、大きな瞬きを数回した。

「……あ、あの、その……わたし……私の初めてを……も、貰って……もらえませんか」

「ほんと身を助けたお礼なら妹ユアイと仲良くしてくれ、他は要らないぞ」

「あの……でも……」

「そうやって身を捧げるのは人身御供(ひとみごくう)という犠牲なんだよ。愛という気持ちがないと、初めてを捧げてもらっても俺は要らないな。やはり愛情があってこそなんだよ」

 目がウルウルしだしたエレーネを眺める。もじもじ……も加速している。顔の赤いのが耳にまで浸透している。エレーネにこれ以上は言わせてはいけない。これ以上はダメだ。

 仕方がないか……。

「エレーネ、聞いてくれ。俺は君を妹のように想っている。今日まで辛い気持ちもあっただろう、()()()は俺を実の兄と思って甘えてくれ。心が安まるよう、抱き締めてあげる。兄としてね、家族ハグだよ」

 俺は彼女の手を取って立たせ、ベットへといざなう。端に腰かけ、彼女を右に座らせると軽く抱き寄せた。彼女の手は俺の胸に添えられている。優しく抱き締めながら右手で背中をさする。左手で後頭部をなでながら優しく声を掛ける。

「君の気持は痛いほど解るよ。でも、今の俺は君のお兄ちゃんだ。だからエレーネ、妹としてのお礼は、この感謝の心を貰ったという事だけで充分だ、ハグだけでも充分なんだよ」

「お兄ちゃんは()()()なのですか?」

「もし望むなら、これからもずっとお兄ちゃんとして守ってあげるよ」

「……私は一人っ子です。お兄ちゃんになって頂けるのですか……? わたしのお兄ちゃんに……」

「ああ……特別だぞ」

「ヨシタカお兄ちゃん……ヨシお兄ちゃんと呼んでもよろしいですか?」

「ああ……それに義理の(いもうと)というのは、とても好いんだぞ」

「義理(まい)だといいのですか……? 何が好いのか分かりませんが、嬉しいです」

「いや、義理妹が好いの件は忘れてくれ、ただの妄言…否…失言だ」

「ヨシお兄ちゃん……あったかい……」

「ああ、安心するだろ」

「もう少しだけ抱いてくださってもいいですか?」

 左手でエレーネの頬や金髪をなでながら、背中を右手でさすっていると、彼女は俺の胸に手を当てていた両手を背中に移動させ、ぎゅっと密着してきた。

「幸せを感じます。お兄ちゃん」

「義理の妹が好い」というのは「()()のユアイが義理だったらいいな」という昔の夢の世界での話だ。夢の世界の話だったから良かったものの、リアルにそんなことを実の妹に言ってみろ、地獄を見る……。いや待てよ、たしか言ったな、そしたら嬉しいみたいな反応だった記憶が。ぶるぶると頭を振って記憶を霧散させる。

 エレーネの熱い思いが冷めやらず、ヨシタカは、

「ありがとうな」

 と、彼女の頭を撫でながら優しい口調で語りかけた。

 その行為にエレーネは言葉を失い、撫でられる手の心地よさに目を瞑った。
 彼女の表情は、天使のようで、眺めていると心が洗われるようだった。

(エレーネの心情を推し量り可愛い顔を見てると胸がポカポカしてくる。この気持ちは何だろうか)

 ヨシタカは強く芽生え始めた庇護感情に戸惑いながら身体から離れようとすると、

「ヨシお兄様、私は、いつでも貴方に忠誠を誓います。だから今度とも一緒にいてください」

 その言葉に信頼をもらったヨシタカは「そろそろ部屋に戻れよ」と笑顔で送り出すのであった。

 紳士的である。

★★★★★

 現代日本で過ごしていた為に忘れがちになっていたが、ここは異世界。貴族の娘は家のために嫁がされ、自由恋愛で上手く行くことは滅多にない。貴族令嬢たちの初めては大変貴重で、嫁ぐまでは肌に触らせないというのが基本姿勢だ。

 貴族の跡継ぎの嫡男が、他の男によって出来た子であってはならない。家を乗っ取られるというような不祥事も多々あったからだ。しかし娘にとっては別の意味で()()()()だった。

 エレーネはその初めてをヨシタカに貰ってもらおうと部屋に来た。どうせ彼がいなければ死んでいた身である、助けてもらったお礼という義理堅い性格だというのが背景にはあった。

 しかし、彼が自分を見てくれる目、色眼鏡のない真っ直ぐな視線、加えて優しさや包容力に心から信頼を寄せ、あっという間に想いが募り、本人が考えるよりも純で一途さの恋が芽生え加速した。

 人身御供なんかではない、初めてを捧げる覚悟までを心に秘めてしまったのだ。ヨシタカと出会ってからたった数日。まさにエレーネの一目惚れといって良いほど。

 彼女は奥手であり積極的に甘えられず心の奥底で恋心を抑さえていたが、これが時と共にどんどん育っていった。今も尚。ただ素直に出せない気持ちが義理の妹になるということで代替わりの解消となった。

 こうして口約束とはいえ義理の妹となったエレーネを愛しく抱きながら、ヨシタカたちの夜は更けていく。残念ながら家族ハグが恋人ハグに進化することはなかった。