コンコン……コンコン……

「わたしです、エレーネです。もうお休みになられてますか?」

「いや、起きてるよ、入って」

「ありがとうございます、お邪魔します」

 彼女はお風呂から出て宿に備えられてある浴衣に着替えており、神官服とは違った可愛らしさだった。もじもじしながらあどけない表情で頭を小さく下げて入室してきた。

 顔が赤く下を向いてはいるが、その表情を見てヨシタカは夜中で二人きりはマズいなと察して、自分を律するように心構える。とりあえず用件だけは聞いて、早目に戻ってもらおうと扉を開けてエレーネを部屋へ招き入れた。

「そこのテーブルのイスに座ってどうぞ。何か飲み物を入れよう」

 ヨシタカは宿に用意されていたお菓子やお茶をゴソゴソと集め、テーブルをはさんで対面に座った。

「いえ宿のお茶は結構です。実は水筒を持ってきました。備え付けのお茶より美味しいです」

「そうだね、自分で香草と薬草を採取して淹れるから美味しさも格別だもんな」

「はい」

「うん」

「……」

「……」

 しばらくの沈黙の後、意を決したかのようにエレーネは顔を上げ、ぽつりぽつりと話し始めた。

(わたくし)の姓であるリンドバーグ家は伯爵家でございまして、この町は領地の隣になります。ご存じかと思いますが貴族の娘は()()()、八歳には婚約者が出来て、十四歳の私は相手先に嫁ぐため送られる途中で魔狼に襲われました」

「あ、うん、ああ……気軽に話してくれ、(かしこ)まらなくていい」

「わたしたちの馬車が襲われ続けて蹂躙されている間、神官で伯爵家の娘なのに、ヨシくん様に助けられるまで逃げ惑うだけで何もできませんでした」

「……俺への呼び方、様は抜いて、ヨシくんだけでいい。今更だが」

「ヨシくん……」

「うん、それでいい」

「はい。ヨシくんはわたしに『気にするな、妹と仲良くしてくれればいい』と仰られました」

「ああ」

「でも、家に帰れば直ぐにでも婚姻で相手先へと送られてしまいます。妹さんともいつお会いできることか……」

「ああ。社交辞令でもあるし、妹の件はそんなに気にしないで好いぞ」

「でも、わたしは何かお返ししたい、お礼をしたいです。もう一度、申し上げますけど、わたしはリンドバーグ家に戻れば、直ぐに嫁ぎ先に送られてしまいます」

「そうか。婚姻を結ぶなど目出度いことだ。良い話だと思うぞ」

「でも不本意なのです。相手のご尊顔(そんがん)も届けられた絵画でしか見ていません」

「貴族のパーティでも会っていなかったのか?」

「はい。話によりますと余り良くない殿方という事なのですが、父が強引に話を進めまして。わたしはパーティが嫌いですし」

「……うん、エレーネ、キミは何が言いたいのかな?」

「好きでもない殿方に奪われるのは嫌です。わたしの初めては奪われるより……捧げたいです」

「……」

「い、今、ヨシくんに、お礼をしたい……です」

 エレーネの紅く染まった顔、唇をもぞもぞ動かしながら、身体はぶるぶると震え始めた。ヨシタカは察した。これは好ましくない展開だと、マズい画になってしまう、すぐさま思考を巡らした。どうしよう、どう対処すればいいのか。彼女は伯爵令嬢だ……無碍(むげ)には扱えない。

 しかも神官だ。教会本部に知られたら聖女ミズハや女神様に……、待て早まるな。考えるんだ。

★★★★★

 こういう時は鈍感系主人公になりきるのが良い。自分だけは鈍感系主人公にはならないと己を戒めていたが、まさか自ら鈍感系を演じることになろうとは思いもよらなかった。いやヘタレ主人公を演じるのだ。ちゃんと出来る。ガンバレ俺。

 すくっと立ち上がってエレーネの方へ近づいた。ビクっとしたエレーネが顔を俺に向ける。可愛らしい顔つき、金髪の髪が揺れる。瞬きも多くなっている。

「エレーネ」

「はい」