私は第二王子のクレイスという。この国の第二位の王位継承権を持つものだ。
先日、私は物凄い経験をした。今も思い出して興奮しているところだ。そして手記を書いている。あの出来事を後世に伝える為に。
私はリンドバーグ伯爵家の怪しい噂を聞き、調査を始めていた。特に婦女子の拉致監禁である。騎士団に訴えてもいまいち行動が伴っていないと不平不満が巡り巡って王都まで訴えがきていたのだ。そこで私の部下に命じて調査をし始めていたところ、驚くべきことにあの女神ハル様が不祥事を把握され腰を上げ、自ら身内を率いて乗り込むという情報が舞い込んできた。
これでは王家の管理が甘かったとお咎めすらありかねないと焦り、私も伯爵領へ乗り込んで事情を聞き、不祥事を伯爵へ直接問いただそうと考えた。王都からリンドバーグ伯爵領までは十日間の旅が必要な距離となる。二十人ほどの近衛兵と料理人を兼ねた付き人のメイドを選任して早速、向かうことにした。
丁度移動の狭間の期間に父上(国王陛下)と教皇に諜報員の派遣をするようにと打診があったらしく、私は目的地で合流して詳細を把握したうえで問題解決をしようと考えていた。
現地へ乗り込むと早速パーティが開催され、私は大歓迎を受けた。伯爵は自分が至らぬせいで王家に御迷惑をおかけしたと労いながらも言い訳に終始していた。様子がおかしかった。拉致監禁された婦女子は他の領へと連れて行かれたとのことだったが、『どこの領だ? 絞り込めているのか?』と聞いたところ、よく分からない段階だったという。
リンドバーグ伯爵領にて数日宿泊し、伯爵と会議を重ねたが、目新しい情報は入手できなかった。そろそろ代理の調査員を私の代わりに置いて王都へ戻ろうかという時、いにしえの勇者一行が宣戦布告をするためにリンドバーグ領に近づいてきているという噂を聞き付けた諜報員がいた。
しかし噂である。確証を持てないまま、私は王都に帰る旨を伯爵へ告げに屋敷へ向かった。直ぐに帰ろうとしたが又もや歓待を受けてしまい、時間を浪費することとなった。
どうやら私は人質になってしまったようだ。精神的な呪縛を受け、伯爵と親密な間柄だと皆が思うように振舞うようにさせられた。絶望感を最初は持っていたが、暫くすると何も感じなくなった。驚くべきことに、魔神ゼノンは、いつの間にか摂政アルフォンヌ公爵に成り代わっていた。
今から思うと魅了魔法というのは本当に恐ろしい。意志が薄弱化して”ながら”仕事ばかりになってしまうし、下手をすると昨日は何をやったのかすら覚えていないようになった。読書をしていたのに昨日読んだ本の内容すら思い出せないのだ。ゆえにアルフォンヌ公爵の言うことまでが正しいように思えてくるのだ。
ただ、こちらの人数が多かったからこれで済んでいるだけで、単独の女性だと逆らうことも出来ずに弄ばれてしまうだろう。女神ハル様が禁止されているのも自分が魅了にかけられ経験した為によく理解できてしまった。
勇者様ご一行がリンドバーグ領に対して宣戦布告を行ったらしい。私とメイド、護衛たちは大広間に連れられて行った。いざとなった時は私を人質として傷つけるのだろう。メイドや近衛兵は私が人質になると身動きが取れなくなる。忠誠を誓った私が殺されるかもと思えば手が出せなくなるものだ。私など王侯貴族が人質となった時の対策は、今後の課題として検討しよう。
そして勇者一行が大広間に突入してきた。その瞬間だった。私を魅了していた魔法が突然切れ、どうやら伯爵夫妻も目を覚ましたようだった。そのキッカケとなったのは、破邪の気を放った麗しき女神……、女神ハル様の目が据わっていた。
正直、怖いぐらいの迫力で、笑いながら魔神ゼノンを射抜く目は何というか、美人過ぎる女神様は怒らせると怖い筆頭だとシミジミと実感した。
まるで飼い犬のように大人しくなった魔神ゼノンは、それまでの横柄で冷徹な印象が全くなくなるほど情けなくなり、魔神ゼノンの地上代行者であったアランも同様に腰砕けとなった。
魔神ゼノンは大神⇒上級神⇒中級神まで降格させられた。女神ハル様の鶴の一声だった。魔力も削られ、女神様の配下に収まった。地上代行者のアランは加護を回収されて一般人以下に転落、最早、救いようがないレベルに落ちた。今の贅沢な貴族暮らしから下働きは無理だろうと思われる。彼は仕事をすぐに辞め、犯罪に手を染め、野垂れ死ぬことだろう。
魔神ゼノンを大人しくさせて配下に収めた女神様御一行は、中庭に集められた全員を王都へと転送、王都では父上が受け入れ態勢を整えており、裁判での証言集め、背後関係の洗い出し、被害者たちの精神的ケア等々、まさかの王家+教会の協力関係だったことを後から教えて頂いた。どうやら王宮内にも摂政アルフォンヌ公爵が魔神ゼノンであったように、裏切り者が潜んでいる為、その情報は内密に処理されていたらしい。
第二王子である私にも知らされていなかったので正直なところショックではあった。
リンドバーグ伯爵領での後始末は、騎士団や兵士たちがキビキビと動き、非常に羨ましく思った。女神様たちの指示が的確なのか、全員が効率よく動き、特に騎士団長のユーリをはじめとする幹部たちの働きは突出して良かった。話によると勇者サトシさま、英雄ヨシタカさまから直接激励されたとかで、本人たちが発奮してやる気に満ちたのだそうだ。
これは私も部下を使うときに参考に出来るかもと考える。
いずれ、騎士団長ユーリは王宮近衛兵にスカウトしたいと思っている。
しかし監禁されていた二百五十人もの婦女子の精神的ケアは大変な模様。医療知識のある人間が少ないからだ。また、裁判の審理官たちも女神ハル様が関わっているからとバタバタしている。当然、教会も女神様が降臨なされて事件解決だなんてと右往左往している。
また、リンドバーグ伯爵は、爵位を返上し、長女である神官エレーネが跡を継ぐことに決まった。ただ神官エレーネは代官制度を利用せず、英雄ヨシタカさまを義兄だという事から彼を領主へと指名した。義妹だっただなんて少しだけ羨ましい……ことはない! 義妹は王家には沢山いるからね。
女神様を武闘大会で召還できたのは、王家の誘いだからではなく、女神様がリンドバーグ家を何とかしようとした”ついで”だったみたいだ。なんとも稀な歴史的事件といえよう。あの日を国の記念日に指定するように父上に具申した。
私としては、記憶に一番強く残っている出来事を、これから記したい。
リンドバーグ家の中庭で被害者たちや領主邸関係者の全員を転送する直前の事だった。
私も近衛兵、メイドたちと転送させてもらうところであり、心配をしながらふと横を見ると、何と女神様が顔を赤らめ、英雄ヨシタカさまに甘えている所だった。
信じられないものを観たという気持ちで目が離せなくなり、じぃーーーっと見続けてしまった。
なんて可愛らしい笑顔なのだろう? あんな微笑みを見せられたら私も崇拝どころか心が奪われてしまいそうだ。頬が紅く染められ、目がウルウルされ、愛しい愛情を全身から発散されていらっしゃった。
従って、なるべく正確に後世に伝えれるよう、女神ハル様が発せられた台詞まで正確に書きたいと思う。
『ねぇ、ヨシく~ん、私を甘やかして、もっと甘やかしてよぉ~~! イジワルしないで、なでこ、なでこ、はい、ぎゅーってして、あ、耳は触っちゃダメだってばっ、ダメっ、ヨシくん、もう(怒)今度は私の番よ、ふふっ、照れてるヨシくんって可愛いわ』
『ふふっ、甘えてる女神様も可愛いですよ』
『ほっぺたスリスリ~~、あ、そういえば聞いたわよ……』
『え、何を……ですか?』
『カフェ・丘の隠れ家』
『……』
『ミカジュー、とても美味しかったんですってね?』
『……』
この後で英雄ヨシタカさまは終始無言だった。とても美味しい飲み物があるらしい。
私も、そのお店に行ってみようと思っている。
【オマケ】
ある馬車の通り道。ヨシタカは道端に落ちているスマホみたいな機械を拾った。こんな異世界にスマホだなんて……。
指で触ると表示された。そこには湖の女神ミユがこちらを見て微笑んでいた。
「こ、これって……」
【次なる異世界・完】
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『湖の畔でおっさんと少女が黄昏る物語』につづく。
https://novema.jp/book/n1760420
先日、私は物凄い経験をした。今も思い出して興奮しているところだ。そして手記を書いている。あの出来事を後世に伝える為に。
私はリンドバーグ伯爵家の怪しい噂を聞き、調査を始めていた。特に婦女子の拉致監禁である。騎士団に訴えてもいまいち行動が伴っていないと不平不満が巡り巡って王都まで訴えがきていたのだ。そこで私の部下に命じて調査をし始めていたところ、驚くべきことにあの女神ハル様が不祥事を把握され腰を上げ、自ら身内を率いて乗り込むという情報が舞い込んできた。
これでは王家の管理が甘かったとお咎めすらありかねないと焦り、私も伯爵領へ乗り込んで事情を聞き、不祥事を伯爵へ直接問いただそうと考えた。王都からリンドバーグ伯爵領までは十日間の旅が必要な距離となる。二十人ほどの近衛兵と料理人を兼ねた付き人のメイドを選任して早速、向かうことにした。
丁度移動の狭間の期間に父上(国王陛下)と教皇に諜報員の派遣をするようにと打診があったらしく、私は目的地で合流して詳細を把握したうえで問題解決をしようと考えていた。
現地へ乗り込むと早速パーティが開催され、私は大歓迎を受けた。伯爵は自分が至らぬせいで王家に御迷惑をおかけしたと労いながらも言い訳に終始していた。様子がおかしかった。拉致監禁された婦女子は他の領へと連れて行かれたとのことだったが、『どこの領だ? 絞り込めているのか?』と聞いたところ、よく分からない段階だったという。
リンドバーグ伯爵領にて数日宿泊し、伯爵と会議を重ねたが、目新しい情報は入手できなかった。そろそろ代理の調査員を私の代わりに置いて王都へ戻ろうかという時、いにしえの勇者一行が宣戦布告をするためにリンドバーグ領に近づいてきているという噂を聞き付けた諜報員がいた。
しかし噂である。確証を持てないまま、私は王都に帰る旨を伯爵へ告げに屋敷へ向かった。直ぐに帰ろうとしたが又もや歓待を受けてしまい、時間を浪費することとなった。
どうやら私は人質になってしまったようだ。精神的な呪縛を受け、伯爵と親密な間柄だと皆が思うように振舞うようにさせられた。絶望感を最初は持っていたが、暫くすると何も感じなくなった。驚くべきことに、魔神ゼノンは、いつの間にか摂政アルフォンヌ公爵に成り代わっていた。
今から思うと魅了魔法というのは本当に恐ろしい。意志が薄弱化して”ながら”仕事ばかりになってしまうし、下手をすると昨日は何をやったのかすら覚えていないようになった。読書をしていたのに昨日読んだ本の内容すら思い出せないのだ。ゆえにアルフォンヌ公爵の言うことまでが正しいように思えてくるのだ。
ただ、こちらの人数が多かったからこれで済んでいるだけで、単独の女性だと逆らうことも出来ずに弄ばれてしまうだろう。女神ハル様が禁止されているのも自分が魅了にかけられ経験した為によく理解できてしまった。
勇者様ご一行がリンドバーグ領に対して宣戦布告を行ったらしい。私とメイド、護衛たちは大広間に連れられて行った。いざとなった時は私を人質として傷つけるのだろう。メイドや近衛兵は私が人質になると身動きが取れなくなる。忠誠を誓った私が殺されるかもと思えば手が出せなくなるものだ。私など王侯貴族が人質となった時の対策は、今後の課題として検討しよう。
そして勇者一行が大広間に突入してきた。その瞬間だった。私を魅了していた魔法が突然切れ、どうやら伯爵夫妻も目を覚ましたようだった。そのキッカケとなったのは、破邪の気を放った麗しき女神……、女神ハル様の目が据わっていた。
正直、怖いぐらいの迫力で、笑いながら魔神ゼノンを射抜く目は何というか、美人過ぎる女神様は怒らせると怖い筆頭だとシミジミと実感した。
まるで飼い犬のように大人しくなった魔神ゼノンは、それまでの横柄で冷徹な印象が全くなくなるほど情けなくなり、魔神ゼノンの地上代行者であったアランも同様に腰砕けとなった。
魔神ゼノンは大神⇒上級神⇒中級神まで降格させられた。女神ハル様の鶴の一声だった。魔力も削られ、女神様の配下に収まった。地上代行者のアランは加護を回収されて一般人以下に転落、最早、救いようがないレベルに落ちた。今の贅沢な貴族暮らしから下働きは無理だろうと思われる。彼は仕事をすぐに辞め、犯罪に手を染め、野垂れ死ぬことだろう。
魔神ゼノンを大人しくさせて配下に収めた女神様御一行は、中庭に集められた全員を王都へと転送、王都では父上が受け入れ態勢を整えており、裁判での証言集め、背後関係の洗い出し、被害者たちの精神的ケア等々、まさかの王家+教会の協力関係だったことを後から教えて頂いた。どうやら王宮内にも摂政アルフォンヌ公爵が魔神ゼノンであったように、裏切り者が潜んでいる為、その情報は内密に処理されていたらしい。
第二王子である私にも知らされていなかったので正直なところショックではあった。
リンドバーグ伯爵領での後始末は、騎士団や兵士たちがキビキビと動き、非常に羨ましく思った。女神様たちの指示が的確なのか、全員が効率よく動き、特に騎士団長のユーリをはじめとする幹部たちの働きは突出して良かった。話によると勇者サトシさま、英雄ヨシタカさまから直接激励されたとかで、本人たちが発奮してやる気に満ちたのだそうだ。
これは私も部下を使うときに参考に出来るかもと考える。
いずれ、騎士団長ユーリは王宮近衛兵にスカウトしたいと思っている。
しかし監禁されていた二百五十人もの婦女子の精神的ケアは大変な模様。医療知識のある人間が少ないからだ。また、裁判の審理官たちも女神ハル様が関わっているからとバタバタしている。当然、教会も女神様が降臨なされて事件解決だなんてと右往左往している。
また、リンドバーグ伯爵は、爵位を返上し、長女である神官エレーネが跡を継ぐことに決まった。ただ神官エレーネは代官制度を利用せず、英雄ヨシタカさまを義兄だという事から彼を領主へと指名した。義妹だっただなんて少しだけ羨ましい……ことはない! 義妹は王家には沢山いるからね。
女神様を武闘大会で召還できたのは、王家の誘いだからではなく、女神様がリンドバーグ家を何とかしようとした”ついで”だったみたいだ。なんとも稀な歴史的事件といえよう。あの日を国の記念日に指定するように父上に具申した。
私としては、記憶に一番強く残っている出来事を、これから記したい。
リンドバーグ家の中庭で被害者たちや領主邸関係者の全員を転送する直前の事だった。
私も近衛兵、メイドたちと転送させてもらうところであり、心配をしながらふと横を見ると、何と女神様が顔を赤らめ、英雄ヨシタカさまに甘えている所だった。
信じられないものを観たという気持ちで目が離せなくなり、じぃーーーっと見続けてしまった。
なんて可愛らしい笑顔なのだろう? あんな微笑みを見せられたら私も崇拝どころか心が奪われてしまいそうだ。頬が紅く染められ、目がウルウルされ、愛しい愛情を全身から発散されていらっしゃった。
従って、なるべく正確に後世に伝えれるよう、女神ハル様が発せられた台詞まで正確に書きたいと思う。
『ねぇ、ヨシく~ん、私を甘やかして、もっと甘やかしてよぉ~~! イジワルしないで、なでこ、なでこ、はい、ぎゅーってして、あ、耳は触っちゃダメだってばっ、ダメっ、ヨシくん、もう(怒)今度は私の番よ、ふふっ、照れてるヨシくんって可愛いわ』
『ふふっ、甘えてる女神様も可愛いですよ』
『ほっぺたスリスリ~~、あ、そういえば聞いたわよ……』
『え、何を……ですか?』
『カフェ・丘の隠れ家』
『……』
『ミカジュー、とても美味しかったんですってね?』
『……』
この後で英雄ヨシタカさまは終始無言だった。とても美味しい飲み物があるらしい。
私も、そのお店に行ってみようと思っている。
【オマケ】
ある馬車の通り道。ヨシタカは道端に落ちているスマホみたいな機械を拾った。こんな異世界にスマホだなんて……。
指で触ると表示された。そこには湖の女神ミユがこちらを見て微笑んでいた。
「こ、これって……」
【次なる異世界・完】
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『湖の畔でおっさんと少女が黄昏る物語』につづく。
https://novema.jp/book/n1760420



