「あのさ、ユアイ。昨夜はよく眠れたかい?」

「ん、どうしたの、お兄ちゃん。ゆっくり眠れたよ」

 あああ……俺のお兄ちゃんという自意識は音を立てて崩れ去った。ユアイに嘘をつかれた。そんな……? ユアイが恋人を作るのなら応援しよう、そう考えていた俺だったが、心に想像以上の衝撃を受け、圧迫も凄く、膝に力が入らない感じがした。流石にその場にへたり込んではいなかったが、信じていた妹に嘘をつかれて泣きそうである。

 悪夢だ。目を覚ませ俺。俺の心は鉄の城で強固な筈だ、砂の城なんかじゃない。

「なぁユアイ。今さ、お前は恋とかしているか? 彼氏とか出来たら教えてくれな。俺は心配性だからさ、ユアイが泣くような悲しい事が起きないようにしたいんだ」

「ん、カレシねぇ。私に恋人が出来ていたら嫉妬してくれます? 彼氏といってもお兄ちゃんがなってくれるんなら嬉しいですけどねー」

「今は好きな人とかいないんだ? 恋人候補のような親しい人はいないのか?」

「んー内緒、教えないよーー」

「えっ」

(俺は今、絶望の壁と破滅の深淵を覗き込んでいる!)

★★★★★

 また別の日のこと。

 冒険者ギルドのロビーでユアイは誰かを待っていた。そこに親しそうに出てきたのは、あの夜の男とソックリにみえた。二人は互いに挨拶をした後、仲良く外へ向かって歩き始めた。周囲の視線を気にせず二人の世界に入っているかのようだった。

 ユアイは自然な仕草だった。その親しげな光景を改めて見て、あの夜、ユアイはキスを拒んだのではないかもしれないと疑問がわいた。普通にキスしていてもおかしくない雰囲気と思えたからだ。

 俺はその場から動けなかった。ギルドを出ていく二人の姿が遠くなっていく。二人の距離は友人よりも近く感じた。もう腕組や恋人つなぎをするレベルだ。幸せそうなユアイの笑顔を観ると、邪魔は出来ないなと思った。

(見目麗しい美少女ユアイにも恋人が出来たか……まだ付き合い始めかな。それも最近だよな)

「でも手を繋いでなかったな……まだまだ……だな」と独り言ちする。

 何とかしていつもの冷静さに戻ろうとするが中々元に戻らなかった。正直に見たままを認識すれば焦りも解消する、そのことにヨシタカは気づきもしなかった。

 妹が「すぐ寝る」と嘘をついた、深夜に外出して知らない男と逢瀬した、ヨシタカに隠していた、この三つを常識に照らし合わせて考察すれば、ユアイと男性は親密な関係で間違いないだろうし、それを妹に聞くのも何だか自由恋愛を邪魔している気になる……。迷うヨシタカであった。

「彼とユアイとはキスする仲なのだろうか……」

 以前、ユアイはキスという行為、恋人ハグという行為は、大変エッチな行いだと言っていた。好きな人以外とは絶対にしない! と宣言していたほどだ。

「恋人同士か……」

(出来れば正直に教えて欲しかったな。お兄ちゃん嫉妬しちゃうぞ)

 恋人……その甘い響きが俺の脳裏を駆け巡った。ユアイのことは大切に思っていたし信頼もしていた。ここに聖女ミズハがいたらなぁ、適切なアドバイスがもらえるのだが。

 その日以来、ヨシタカはユアイの笑顔を見るたびに名も知らぬ男性のことを想像してしまう。ユアイにあんな笑顔をさせる男性がいる事実、正式にどんな恋人なのか紹介してもらいたいものだ。きっと好いヤツに違いない。なにせ妹が選んだ男性だ。お兄ちゃんは嫉妬なんかしないぞ、結婚だって応援してやろう。

 ユアイも俺の変化に気づいているようだ。しかし相手男性の話をするでもなし、この人が彼氏よと家に連れてくるでもなし、本当に何も言わなかった。改めて考えても本当に恋人なのだろうか? 脅されたりしていないか? いや脅しだったら相談してくれてるか……。

 ぐるぐる巡る思考であった。