【昨夜】

「兄貴、マナちゃんは、服が同じで白いブラウスにワンピースのフワッとしたスカート、しかし手をつなぐと体温が非常に低い、この地から離れられない、きっと地縛霊だと思う。成仏させてあげたい」

【今】

「ああ、大丈夫。ここを聖地にして村を守ってもらえれば無問題」

 兄貴は成仏という方向とは違った話をし始めた。この会話はマナちゃん自身も聞いて、いや聞こえているのに平気だった。

「ここを聖地にして村を守ってもらうって? 兄貴、何の話だい?」

 兄貴は顎に手をやり少し思考してから僕のほうを向き、なるべく解かり易いように説明を始めた。

「ユキシ、俺が見たところ、ここには悪霊となるオーラもなく、村人を困らせる悪戯好きの精霊もいない、また成仏できずに困っている幽霊もいない。安心しろ」

「え? どういうことで」

「イワナという魚はな、人里離れた渓流に住む魚でな、川が干上がりそうなら雨を利用して別の渓流に移動したりする神懸った魚なんだよ。特に1メートル近い大型になれば神霊化することも多い。イワナは最も標高が高いエリアに棲んでいてね、人を怖がらずに近寄ってくるから釣られすぎて数を減らしたんだ。一時期、幻の魚とまで言われていた。イワナにまつわる不思議な話は多いぞ。食べ物をくれたり、貰ったら恩返しで命を救ってくれたりな」

「ええ? つまりマナちゃんは悪霊ではなく、神獣というか、神霊そのもののイワナさんが正体で、姿は美少女の白い服で、村を見守っているんで……?」

「そうそう。驚いたか」

 マナが僕と兄貴を見ていた。

「あ、あの……私……」

 マナちゃんは、顔を赤らめて下を向き、唇をふにゃふにゃさせ、上目にしたり横目にしたりしてモジモジしながら両手で胸を抱き、また、両手を上に持ってきて顔の頬を包み込んで緊張したり弛緩したりで忙しそうだった。

 ふっと笑顔で兄貴がマナを見た。僕はマナの正体がイワナだと聞いて不思議な光景だなぁと感じていたが、思うよりも悪くはなく、この可憐(かれん)な少女と友達になって良かったと思い返していた。

「知ってるか、イワナという魚はノーテンキが多いんだ」

「知りませんよ、イワナすら昨日初めて聞いたんですから」

 そこで寧ろ逆な思考を始めた。マナちゃんを渓流の外に連れ出して村の盆踊りとかに参加させたい、楽しい行事に参加させたい。出店で、たこ焼き、ヤキソバ、わたあめ、などなど楽しませたいという欲が出てきた。

「ごめんなさい、ユキシくん。私はこの渓からは離れることは出来ません。でも、いつでもココへは遊びに来れます。貴方たちだけの特権ですよ」

 マナちゃんは、まさかの悪霊ではなく、正統派の村の守護神であったイワナ様であった。