■ホテルリゾートマリアンヌ1F 西廊下
21:22 視聴者数:2102

 ユア達6人の高校生による配信が続いている。配信画面には6人それぞれの視点で、廃墟となったホテルの様子を映していた。
 窓際に置かれた鉢植えは枯れ果てており、もう何が植えられていたのか分からない。
 どこまでも無人の廊下が続いている。彼らのヘッドライトが照らす範囲内しか、まともに見えない漆黒の闇。
 配信の映像には、ただ廃墟が映っているだけ。しかし心霊スポットらしい不気味な雰囲気はしっかりとある。
 一人称視点で配信されているので、臨場感は抜群だ。まるでホラー映画のよう。

「きゃっ!?」

 怖がりなレイが何かに反応して悲鳴をあげる。

「…………ただのネズミじゃないか」

 隣に居たマモルの映像には、ジッとこちらを見ているネズミが映っている。
 雨風を凌げるので、恐らくは住処にしているのだろう。特に変な所はない、普通のドブネズミだ。

「あんまり可愛くないね」

 悲鳴を聞いて確認に来たユアのカメラにも、別の画角で同じネズミが映り込む。
 人間達が近付いて来たからか、ネズミは走り出してどこかに消える。

「なあ皆! こっちこっち!」

 先行していたミナトが、手招きしている姿が他5人のカメラに映っている。
 全員がミナトの近くまで行くと、彼の指し示すものが判明する。
 そこは遊技場。プレイルームと呼ばれる様な、遊技設備が並んでいる。

■ホテルリゾートマリアンヌ1F 遊技場
21:35 視聴者数:2153
  
 電源の落ちたビデオゲームの筐体。中身が空になったUFOキャッチャー。
 卓球台はあっても、ラケットやピンポン玉はない。青錆の激しい灰皿。
 昭和の風景がそのまま風化したような、寂しい光景が広がっている。

「古いゲーム機だなぁ。全然知らないタイトルだよ」

 マホがまじまじとビデオゲームの筐体を見ている。それはかつて一世を風靡した、シューティングゲームだ。
 しかし今の時代を生きる彼らには、見たこともない作品でしかない。

「おいミナト、バスケだぞ」

 カズトは見つけたフリースローの筐体を指差し、まだ残っていたボールをミナトに投げた。
 3メートルぐらい離れた位置から、ミナトが綺麗なフォームでシュートを放つ。
 綺麗な弧を描いたボールは、筐体のゴールに吸い込まれていった。

「やるじゃん!」

 ユアが楽しそうに笑っている。彼女も特に怖がっていない様子だ。

「まあ、バスケ部を辞めてもこれぐらいはね」

 ミナトはクールな態度を崩さない。褒められても誇る様な事はない。

「何このキャラ? 見た事ないんだけど?」

 マモルのカメラには、古びたポスターが映っている。昔の作品に登場するキャラクターなので、誰も知らなかった。
 レイを除く5人は、恐れる事なくあちこちを探索して回る。
 怖がりのレイは常に幼馴染のマモルに着いて行くので、頻繁にマモルの後ろ姿が映っている。
 遊技場の探索を終えた彼らは、外に出て次のエリアへと向かう。

「ね、食堂って書いてあるよ」

 ユアが案内板の表示を見つける。白いプレートに赤い矢印と文字が書いてあった。

「行ってみようぜ」

 カズトが先頭に立って進んで行く。相変わらずホテルの中は真っ暗で、僅かな光だけが頼りだ。

「わっ!?」

 ガシャンと音が鳴り、何かを引っ掛けたらしいユアが転倒しかける。

「大丈夫か?」

 隣に居たミナトが上手く抱き留めて、ユアは転倒せずに済んだ。
 ミナトが床を見ると、脚立が倒れていた。恐らくユアが躓いた原因だろう。
 邪魔にならない様に、ミナトが近くの壁に立て掛けておく。

「おーい! お前ら早く来いよ!」

 1人で突き進んだらしいカズトが、数メートル先で他のメンバーを呼んでいる。
 不気味な雰囲気が漂っている中、彼は何とも思っていないのだろう。

「今行く!」

 ミナトが返答し、ユアを連れて歩いていく。

■ホテルリゾートマリアンヌ1F 大食堂
21:50 視聴者数2201

 かつては美しかったのだろう、花柄のカーペットが隅々まで敷かれた大きな部屋。
 丸テーブルがズラリと並んでいる。イスは隅の方に集められており、テーブルの上には小物類が乗っている。
 解体工事の際に持ち込まれた工具だろう。ハンマーやドライバーなど、食堂とは関係ない物ばかりだ。

「結構広いね〜」

 ユアが並んだテーブルの間を進んでいく。その後ろ姿が、レイのカメラに映っていた。

「ねぇ本当に大丈夫なの〜?」

 怖がっているレイが、何度目か分からない質問をする。

「大丈夫だって。いつも何ともないだろ」

 怖がるレイに向けて、マモルがいつもの様に大丈夫だと言い聞かせる。
 彼らが心霊スポットに突入するのはこれで39回目。次は記念すべき40回目を迎える。
 そのいずれでも問題は起きず、こうして配信を続けている。
 視聴者達もこの雰囲気を楽しんでいる。怖いとコメントも流れているが、結局は観ているのだ。

「何だろうこれ? 帽子?」

 マホが床に落ちていた紺色の帽子を拾う。ホテルのスタッフが被る様な、良くあるドゴール帽だ。

「うわっ!? 気持ち悪い〜〜」

 マホが持ち上げたドゴール帽の下には、大きめの蜘蛛が居た。
 少しビックリしたらしく、マホのカメラが勢い良く跳ねる。

「あっちいけ!」

 マホが足下の蜘蛛を蹴飛ばす。勢い良く飛んだ蜘蛛は、暗闇の中へ消えて行った。

「特に何もなさそうだし、次に行かない?」

 つまらなそうにマモルは、他の場所に行く事を提案する。実際にこれと言って目立つ収穫はない。
 そろそろ何かしらの撮れ高が欲しいのだろう。今の所はただの廃墟探検でしかない。

■ホテルリゾートマリアンヌ1F エトランスホール
22:12 視聴者数2562

 1階の西側を調べたユア達は、東側を調べる為に一度エントランスへ戻って来た。
 彼らが入って来た時と、特に変わらない風景が広がっている。

「あっちは何があるかな〜?」

 ユアは楽しそうにしている。ホラー体験に強いので、彼女は心霊スポットでも平常運転だ。
 エレベーター前を通り過ぎて、6人は東側へと向かおうとした。
 しかし次の瞬間、チンという音が響き1基のエレベーターがドアを開く。
 真っ暗だったエントランスホールに、エレベーターの光が差し込む。

「電気、付かなかったよね?」

 レイが震えながら、皆に確認を取る。とっくに廃業したマリアンヌに電気など来ていない。
 ならばこの状況は何だと言うのか。いよいよ心霊現象が起きたかと、コメント欄は盛り上がる。

「…………予備電源が活きているのか?」

 自分なりに考察したマモルが、エレベーターに近付いていく。

「やめなよマモル! 危ないって!」

 幼馴染を心配するレイが、マモルを止めようとするも彼は止まらない。
 エレベーターが動くのか、マモルは確認しようと中に入ろうとした。
 その瞬間にエレベーターのドアが勢い良く閉まり、マモルはドアに挟まれてしまう。

「いってぇ! クソッ!? 何だコレ!?」

 脱出しようとマモルは試みるが、鋼鉄のドアは動かない。その上、エレベーターがゆっくりと上昇を始める。マモルをドアに挟んだまま。

「やべぇ! 行くぞミナト!」

「ああ!」

 2人の男子がエレベーターに駆け寄り、それぞれドアを力一杯左右に引く。

「開けぇ!!」

 カズトが渾身の力でドアを引くが、開く様子は見られない。

「重すぎるだろこのドア!」

 ミナトも必死でドアを開こうとするが、鋼鉄のドアはびくともしない。

「早くしてくれ!」

 マモルが必死に叫ぶ。このままではマモルがエレベーターに潰されてしまう。

「うおおおお!!」

「くっそぉぉぉ!」

 3人掛かりで全力でドアを開けようとする。もうすぐエレベーターがマモルの半身を潰してしまう。
 そんなギリギリのタイミングで、ドアが開いてマモルが転がる様に脱出した。

「はぁ、はぁ……このオンボロエレベーターめ」

 マモルが上昇していくエレベーターに向かって吐き捨てる。
 エレベーターの液晶表示はどんどん上昇を続けていく。