2025年8月2日。21:05
 チャンネル登録者5万人 チャンネル名:ユアフレンズ
 配信タイトル:『心霊スポットチャレンジ㊴ あのマリアンヌに挑戦! 夜の廃ホテルへ!』 視聴者数:2098

 配信画面には、落ち葉や枯れ木の散乱する小汚い駐車場が映っている。
 その奥に見えるのは、本来なら真っ白だった筈のホテルの壁面。くすんだ色をしている。ヒビ割れもあちこちに見られる。
 かつてはスキー客達を楽しませた筈の、賑やかな雰囲気とは程遠い廃屋。
 長年に渡って放置された、砂埃塗れの建造物。確かに心霊スポットとしては、十分な迫力が感じられる。
 明かりの消えた建物からは、人間の気配を一切感じられない。むしろ廃墟特有の、不気味な何かを纏っている。

 廃ホテルには今も、死んだ支配人が居るのではないか。そう思わせる何かがある。
 暗闇の中に堂々と建っている、ホテルリゾートマリアンヌ。その看板は錆びが浮いている。
 まるで別世界に入り込んだのではないかと、勘違いさせる異様。
 昭和レトロな外観と、妙な静けさが嫌にマッチしている。
 そんなホテルの駐車場跡地から、彼女達の生配信は行われている。

 「こんばんわ〜! ユアだよ〜!」

 こちらに向かって金髪ロングの可愛らしい女の子が挨拶をしている。
 見た感じ背が高めな、日本人女性と思われる。夜と言っても夏は熱い。ピンクのTシャツにショートパンツ姿だ。
 ユアと名乗る少女は、東京都内の高校に通う高校2年生。

「じゃあ皆を呼ぶね〜! はいカモン!」

 ユアの合図で残る5人の少年少女達が、カメラの前に姿を現した。
 彼女の隣に立つのは、ミナトという男子。ユアとは恋仲にある少年である。


「よろしく」
 
 元バスケットボール部のエースで、180cmという長身の持ち主だ。クールな雰囲気と整った容姿から、女性の視聴者から人気だ。
 彼は有名なスポーツメーカーのロゴTシャツに、同じメーカーのジャージを履いている。
 そんな適当な格好だが、ウルフカットにした黒髪と整った顔立ちだけで、随分と格好良く見える。

 その反対側でユアと並んで居るのは、マホという茶髪の少女だ。
 女子にしてはやや背が高めのユアと比べて、10cm程背が低い小柄な女子だ。
 背丈は低いがイタズラ好きの活発な女の子である。中性的な声を持つ、ムードメーカーだ。

「今日もウチらが色々と探索しちゃうよ〜」

 ボブカットを揺らしながら、マホが視聴者に向けてアピールし、ヒラヒラと手を降っている。
 彼女の隣には、ミナトよりも背の高い大柄な男子がいる。彼はカズト、空手をやっている武闘派だ。
 このメンバーでは一番背が高く胸板も分厚い。185cmの身長と、ガタイの良さから非常に目立つ。
 あまり口数の多いタイプではないが、いざという時に頼れる角刈りの兄貴分だ。
 黒いタンクトップにジーンズと、ワイルドな雰囲気を漂わせている。

「今日もバシッと決めていくぜ」
 
 ミナトの様に爽やかなイケメンではないものの、厳つい男子が好きな女子達からは人気がある。
 そしてカズトの横でやや斜に構えている男子は、このグループにおけるブレーン。
 分析や解説を担当する頭脳派男子。体育会系な他の2人とはタイプが違うものの、決して劣る容姿ではない。
 知的な男子が好きな女子なら、彼の様なタイプは好ましいと感じる筈だ。

「カズ、あんまり物を壊すなよ。片付けが面倒だ」
 
 フレームレス眼鏡が似合う彼は、マモルという。彼は東大や京大を狙えると言われている高い知能を持つ。
 背の高いミナトやカズトと比べたら、小さく見えるが彼の身長は175cm。十分高い背丈をしている。
 167cmのユアと見比べれば、立派な体格をしているのが分かるだろう。
 彼は髪を伸ばしており、いつも後頭部で髪を結っている。オシャレには気を使う方で、青いインナーカラーを少しだけ入れている。
 風景写真がプリントされた白いTシャツに、紺色のハーフパンツを履いている。

 そんなマモルのシャツを掴んで、不安そうにしている女子が居る。
 腰まである長い黒髪と、目鼻立ちがハッキリした容姿から、大和撫子という言葉を連想させる。
 ユアよりは低く、マホよりも背が高い平均的な体格の女子生徒。
 良い所のお嬢様なのか、どこか気品を感じさせる。彼女はレイという少女で、マモルとは幼馴染の関係だ。

「ねぇ、本当に大丈夫なの? 行方不明者が一杯居るって聞いたけど」

 怯えながら尋ねるレイは、驚く係を担当している。いつも可愛らしい声で悲鳴をあげるので、見所として切り抜かれるのが定番となっている。
 演技ではなく本当に怖がっているので、とても良いリアクションをする少女だ。
 真っ白な花柄のワンピースを着ているが、スタイルの良さが隠しきれていない。
 ユアやマホとは違った形で、学校ではモテているだろう事は容易に想像がつく。

 そんな6人が並んで、ホテルマリアンヌをバックにオープニングトークを続ける。
 雑談を交えながら、マリアンヌへと突入する準備を進めていく。
 彼らの配信では、それぞれが頭部に付けた小型カメラの映像を主に映す。
 1台のカメラでこうして全員が映るのは、最初と配信終了時のみ。
 ユアがスタンドに置いたカメラを手に取り、自身の頭部にセットした所で画面が切り替わる。

 「皆も早く中を見たいよね! さあ準備しよう」

 配信画面が6分割され、順番に5台のカメラから映像が発信され始めた。
 6人全員の主観視点が一度に観られるので、非常にリアルな楽しみ方が出来る。
 カメラが1台だとどうしても、撮影者が気付いていないシーンは撮れない。
 しかしユア達は全員がカメラを装着するので、映像を撮り逃がす心配はない。

「カズ、雑にカメラをつけるな。画面が斜めになっているぞ」

「おお、わりぃ」
 
 全員のカメラから映像が来ているか、マモルがノートパソコンで確認を取ったら行動開始。

「それじゃあ出発〜! イェーイ!」

 ユアが開始を宣言し、不気味に佇むマリアンヌへと6人が入っていく。
 入口のドアには立ち入り禁止の貼り紙と、チェーンロックが掛かっていたがカズトの手により破壊された。

■ホテルリゾートマリアンヌ1F エントランスホール
21:11 視聴者数2100
   
「お邪魔しまーす!」

 若さと勢いに任せた彼らは、遂にマリアンヌへと足を踏み入れる。
 真っ暗なエントランスは、あちこちに埃が溜まっている。やはり人の気配は感じられない。
 ただ無人の空間が広がっているだけ。業者が放置したと思われるブルーシートが、無造作に敷かれている。
 配信画面に映っているのは、ヘッドライトで照らされた6人分の映像だけ。
 各々がチラチラと周囲を伺いながら、更に奥へと進んでいく。

 カメラに映るのは、昭和後期を感じさせるポスターや、ベージュ色の公衆電話。
 フロントに並べられた埃まみれのイス。無人のカウンター。電源の落ちたジュースの自動販売機。
 今ではもう見られない、タバコの自販機と喫煙スペース。
 明るい内ならレトロな雰囲気を楽しめたかも知れないが、こうも真っ暗な心霊スポットだと余計に不気味だ。
 昔の客が忘れて行ったのか、古びたテディベアがイスの上に置かれていた。

「何だか、思っていたより普通だな」

 ミナトが冷静な態度で、カウンターの中を調べ始めた。特に怖がっている様子はない。

「まだまだこれからよ! もっと奥に進んでみよう!」

 ユアが元気な声で、更に進む様に提案する。レイ以外は怖がっておらず、5人はユアの指示に従う。